【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第25章~狂える獣(前編)~

「南だ!」

 

ルイーズとパントが帰ってきた翌日の早朝、ヘクトルは開口一番そう言った。

当然、ハングは無視してエリウッドとの話を続けた。

 

「・・・ってなわけで、俺は一度ベルン王宮まで行ってみるべきだと思うんだけど」

「話を聞けよ!ハング!」

 

ハングはため息をついて、ヘクトルへと向き直る。

ここは宿の談話室。今いるのはエリウッドとハングの二人。

彼らは地図と睨めっこをしながら次の目的地を決めているところだった。

 

「で、何の話だ?南は星占学的に言うとさほどいい方向では無いぞ」

「そうなのか?って、んなことはどうでもいい!南に向かうぞ」

「順を追って話せ、馬鹿たれ」

「酒場で高い金を握らせて得た情報だ。盗賊団がベルンのお宝を盗んでいったって話だ」

「・・・盗賊が?」

 

怪訝な声をあげたのはエリウッドだ。

 

たかだか盗賊程度が『ベルンの至宝』とまで言われる【ファイアーエムブレム】を盗めるとは到底思えない、ということで先程ハングと話がついたところだった。

 

「ほら!お前ら出発すんぞ!行き先は南の湖沼地帯だ。今から行けば昼過ぎには到着できる!ほら!立て二人共!盗賊に逃げられちまう!」

 

そんな二人にもヘクトルは御構い無しである。

急かすヘクトルにエリウッドは「やれやれ・・・」と言って立ち上がる。

 

こうなったヘクトルを止めるのは至難の技であることは常々知っている。

ハングもそのことには概ね同意だったが、だからこそ気乗りがしない。

 

期限は十日

 

一日たりとも無駄にしたくはない。

 

「ハング!立て!ぼやぼやすんな!!」

「・・・ヘクトル、罠じゃないだろうな?」

「あ?俺がお前らを嵌めてどうすんだよ」

「いや、そうじゃなくてな」

「いいから、行くぞ!俺はオズインを手伝ってくる!お前らもさっさと準備しろよ!」

 

まるで矢のように談話室を飛び出して行ったヘクトル。

猪突猛進とはこのことだろう。

 

目の前の情報に完全に踊らされている。

 

「・・・あれで、領主が成り立つのかね」

「まぁまぁ。ああいうところがヘクトルのいいところじゃないか?」

「否定はしないがな」

「それで、どうする?ヘクトルの情報を信じて南に行くかい?」

「南の湖沼地帯か・・・まぁ、いいか。どうせベルン王宮まで行くつもりだったんだ。少し遠回りになるが・・・まぁ、見るだけ見てみるとするか。一応、可能性が完全にゼロってわけでもねぇし」

「そうだね。なら、急ごう。ヘクトルに怒鳴られる」

「ああ」

 

エリウッドはそう言って談話室を出ていった。ハングも机の上の地図類を片付けてから身支度の為に椅子から立ち上がろうとした。

 

その時だった。ハングの視界がふらりと傾いた。

 

天地が回る感覚。大地が揺らぎ、世界が歪む。それは立っていられない程にハングの平衡感覚を狂わせた。

 

「おとと・・・」

 

たたらを踏み、思わず椅子にしがみつく。

 

「うお・・・あぁ・・・」

 

うめき声が漏れたのは急激な嘔気のせいだった。

馬車や船に酔った時のように腹の奥から酸味が一気にせり上がってくる。

 

ハングは唾を飲み込んで、目を閉じる。

立ちくらみというやつだろうか。

下を向いて俯き、ハングは吐き気が通り過ぎていくのをただ待った。

 

しばらくして、ハングは冷や汗を拭いながらしゃがみこむ。

 

「はぁ・・・ったく、疲れてんのかな・・・」

 

吐き気は消え、眩暈も止まった。だが、身体に残る倦怠感が身体の不調を訴えていた。

ハングは身体をひねり、節々を伸ばす。首をひねって筋を伸ばせば、少しは不快感が消えたような気がする。

 

ハングは自分の額に手を当ててみる。

 

「熱はねぇけど・・・」

 

食糧と水の欠如による行き倒れ以外たいした病気もしてこなかったハング。

 

「・・・朝飯、多めに食うか」

 

ハングはすっかり食事係となったロウエンとレベッカを探しに談話室を後にした。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

石造りの砦に靴の音が響いていた。

朝方だというのに差し込む光は無く、松明を燃やさなければほんの先も見通せないような廊下。

その廊下の左右には錆びた鉄格子が並び、小さな部屋の中を満遍なく見渡せる。

 

そこを一人で歩くのは【黒い牙】のソーニャ。

 

「そこのお前、牢を開けなさい」

 

ソーニャは最奥の牢を警備する男にそう言った。

 

「ソ、ソーニャ様!?」

 

こんな辺境の砦に彼女が現れたことでさえ驚くべきことだ。

だが、彼女の命令はそれを上回る驚異だった。

 

「し、しかし、奴には誰も近づけてはならぬと、首領から・・・」

「聞こえなかったのかしら?」

 

何かを言い募ろうとする衛兵を黙らせるように、ソーニャは淡々と繰り返す。

 

「・・・牢を開けなさい」

「は、はいっ!」

 

そこに含まれる氷よりも冷たい殺気を感じ、衛兵は素早く牢を開け放った。

風通しだけは極めてよい、牢の中。さほど、苦になる匂いも無い場所にソーニャは足を踏み入れた。中にいたのは壮年の男性。

 

「おや、これはこれは御美しい御婦人だ。狭苦しいところで恐縮だが、許してくれたまえ」

 

長いこと牢に入れられていたのか、その髪は薄汚れ、体は垢にまみれている。

だが、その目だけはまだ蘭々と輝き、ある種の生気を保っていた。

 

「ベルン王国ランツクロン伯パスカル・グランツァウ・・・」

 

ソーニャはその者の名と経歴を諳んじた。

 

「戦場ではその恐れを知らぬ戦いぶりで勇名を馳せるも、その興が過ぎて領民を城に招いては無差別に惨殺。爵位を失い、王宮の追ってを逃れて【黒い牙】の一人となる・・・これであってるかしら?」

「ふむ・・・きみは私のことをよく知ってるようだ」

「かつては【四牙】の一人まで数えられたおまえがこんなところで余命を終えるのはもったいないこと。ブレンダンはお前を【怪物】と呼んだそうね。一人を始末するために町一つ食い尽くす獣だと」

 

パスカルはそんなこともあったとでも言いたげに笑った。

 

「彼は仕事を楽しむということを知らんのだよ。『無関係な人間を殺めてはならない』『【黒い牙】は裁けぬ悪を裁くための組織だ』面白い冗談だと思わんかね?」

 

ソーニャは肯定も否定もせず、やはり淡々と目的を告げた。

だが、その口元は満足気に微笑んでいた。

 

「ここから出してあげるわ、伯爵。仕事をあげる。お前の大好きな仕事をね。悪い話では無いでしょう?」

「ふむ、いいだろう。願ってもない話だ。私にとって仕事と趣味は常に同義なのでね。さて・・・聞かせてもらえるかな?標的の名を」

 

そして、ソーニャは標的の名を告げる。

紡ぎ出された名に、パスカルはただ一つ質問をした。

 

「奴らは何人だ?できれば何人か捕虜にして遊びたい」

「標的さえ確実に始末してくれれば、他はどうしようと構わないわ」

「そうか、それはいい。女子供がいてくれるとよりいいのだが・・・あれらは刻む時にいい声を出す」

「希望には添えそうよ」

「そうか・・・楽しみだ」

 

パスカルはそう言って楽しげに笑った。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

「随分辺境まで来たな」

 

前を歩くヘクトルがそう言った。

 

「ああ、さすがにこの辺はほとんど人家も無いようだ」

 

エリウッドがその隣で周りを見渡す。ここは巨大な盆地であった。視界をいくら巡らせど遠くに見える山々が視界を途中で塞いでいる。そんな盆地の内側には北西に大きな湖、西には広大な森が広がっている。そして、エリウッド達の北には小さいながらも険しい山が視界を塞いでいる。地図上ではこの北の山を越えたところに小さな村があるようだが、今はそれを見ることはできない。

 

「本当にここに【ファイアーエムブレム】があるの?」

 

彼らと共に歩くリンディスが疑問の声をあげる。

 

「ほら、あそこにボロい城が三つ見えるだろ?あっちと、あれと、あそこに見えるやつだ」

 

ヘクトルが順に指差したのは森の中でわずかに塔の先が見える古城と湖の北と東ある古城。

 

「ここらを根城にする盗賊団がお宝を盗んだらしいぜ」

「盗賊?本当かしら?」

 

リンディスの疑問ももっともだった。

 

例え王宮内からの手引きがあったとしても、『ベルンの至宝』なんて宝を盗むなどそこらの盗賊が行えるはずがない。盗んだ後、ベルンが血眼になって探し回ることを考えれば余りにも危険すぎる。金に変えるにしても、保持してるだけで軍事大国を敵に回す品をどんな物好きが買い取ろうというのか。

 

城に盗みに入る危険性と得られる利益が余りに釣り合っていない。

 

そんなことをぼんやりと考えながらハングは皆の後ろを歩いていた。

 

いや、正確には歩いてるつもりだった。

 

さっきから、徐々に身体が言うことを聞かなくなってきている。

 

ハングは身体を前に傾け、それを足で無理やり支えるようにして動いていた。『歩く』と言うよりは倒れ続けているという方が正しい。

 

ハングは額から零れ落ちる汗をぬぐった。

 

おかしい、なんだこれ・・・

 

目の前でエリウッド達が何かを話しているようなのに、まるで頭の中に入ってこない。耳の奥に綿でも詰め込まれたかのようだった。

次第に視界も霧がかかったかのように霞んでくる。目の前では三人が何かを言い、笑いあっているようなのだが、その様子もぼんやりとしかわからない。

 

全身が気だるい。頭が熱い。喉の奥が焼けるように痛んだ。瞬きをするたびに涙がこぼれ落ちそうになる。

 

なんだ?なんなんだ?

 

行き倒れる時とは明らかに違う酷い倦怠感。

 

飯や水が足りなくなった時は全身が次第に重くなっていくのだ。

だが、今はむしろ身体は不思議な浮遊感に包まれていた。風にさえ流れそうに感じる程に足元がおぼつかない。

 

不意に視界が傾いた。傾いた視界はそのまま角度を増していき、一回転してなお傾き続ける。

世界が自分の中で何度も回る。そして、突如右半身に衝撃が訪れた。何かに身体をぶつけたような痛みが体幹に響く。自分が倒れたのだと気がついたのは視界の半分が野草に覆われてからだった。

 

「・・・・!・・・・・・」

 

誰かが叫んでるような気がした。

誰かに名前を呼ばれた気がした。

 

だが、今のハングには何の意味合いも無い音としてしか今は聞こえなかった。

 

誰かが自分を仰向けにした。

 

空が見える。

 

死にたくなるぐらい青い空と生き生きと形を変える大きな雲が見えた。

そして、ハングの意識は何かに飲み込まれるかのごとく、消えていった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

「酷い熱だ」

 

臨時に張った天幕の中から出てきたパントは皆に向かってそう言った。

 

「ハングは大丈夫なんですか!?」

 

声をあげたのはリンディスだ。パントは何と伝えるか少し悩み、そしてこう言った。

 

「今は・・・落ち着いている」

 

ホッと安堵の息が部隊全体から漏れた。

 

「とにかく、今は彼を動かせない。しばらくここに留まるしかないだろう」

「わかりました・・・」

 

エリウッドはそう言い、ここに簡単な野営地を作るように皆に指示を出した。

ハングが倒れた今、これらの仕事をするのは軍主であるエリウッドの役目だ。

 

エリウッドはハングの眠る天幕を名残惜しそうに一瞥した後、細かい指示を出すためにそこから離れていった。

本当はハングの状態が心配であったが、すべきことは確かに目の前に存在する。

エリウッドは後ろ髪を引く思いを断ち切り、自分の仕事に集中した。

 

皆が野営地の準備に取り掛かる中、リンディスとヘクトルはパントに詰め寄っていた。

 

「・・・・それで、どうなんですか?」

 

リンディスは小さな声でそう問うた。

質問の意図をパントは受け取り、彼は正確に答えた。

 

「今は落ち着いている。だけど、このまま熱が下がらなければ・・・最悪も覚悟しとかなければならないだろう」

 

リンディスとヘクトルの目が見開かれた。

だが、伝えられた内容に心のどこかでは『やっぱり』という確信があった。

 

ハングは軍の要だ。

 

危険な状態だと言ってしまえば、周りに与える不安は計り知れない。

だから、パントは曖昧な言い方をしたのだ。

 

「正直、今も生きてるのが不思議なくらいの熱が出ている。感染症などの疑いは無いと断定できたが、それ以外は・・・まったくと言っていいほど原因がわからない」

「じゃあ、治療法はねぇのか?」

「少なくとも、ここには無い」

 

そんな馬鹿な!!

 

そう叫びたいのをヘクトルとリンディスは必死に堪えた。

 

神の杖は外傷しか癒せない。このような病に対し正確な知識と技術があるのはこの部隊の中ではパントとルイーズだけだ。今も天幕の中ではルイーズが看病を続けている。

 

彼らがハングの状態をそう診断したなら、ヘクトル達にそれを覆す根拠は欠片もない。

 

「とにかく、今は安静にさせて様子を見るしかない」

「はい・・・」

 

沈痛な面持ちとなってしまった二人。

 

パントはそんな二人に何か言わねばと思った。

軍の中心人物である彼らがそんな顔をしてるのはよろしくは無いのだ。

 

だが、パントが口を開きかけた時、不意にヘクトルが自分の頬を両手で張った。

 

「ふぅ・・・なら、仕方ねぇ。俺らにできるのは耐えることだけだ。リンディス、お前もそんな面してんじゃねぇぞ」

「・・・そうね・・・ハングに怒鳴られちゃう」

「そういうこった。俺はエリウッドにこのこと伝えて、仕事を手伝ってくる」

 

そう言ってエリウッドの元に駆け寄っていくヘクトル。

 

パントは密かに嘆息した。

余計なことだったようだ。

 

彼らはちゃんと強い。

 

「私も何かできることを探してきます。パント様、ハングをよろしくお願いします」

 

リンディスも一礼してその場を去ろうとする。

だが、我に返ったパントは慌ててそれを止めた。

 

「リンディス、君は少し待ってくれ」

「え?」

「君にできることはここにある」

 

そして、パントが指差したのはハングの休んでる天幕だった。

 

「・・・・あ・・・」

「いってあげなさい」

 

リンディスは思わず自分の胸元を握りしめた。服の上から布袋を掴む。そこには、ハングから貰った品々が入れてある布袋が下げられていた。

 

行きたい。

 

今すぐにでも天幕に駆け込んでハングの姿を確かめたい。叶うなら、ハングの為に何かしてあげたい。

 

でも、自分がそこいいて何ができるのか・・・

 

そんな葛藤がリンディスを内側から苛む。

 

自分には医者や衛生兵まがいのことも出来はしない。ハングのそばにいたところで何も役に立てない。それよりも、この野営地で馬や天馬の管理をしたほうがずっと部隊の為になるのではないか。

体は天幕に走りこみたくてしょうがない。だが、頭がそれを拒んでしまう。

 

そうやって葛藤しているリンディスの内面が手に取るようにわかるパントは彼女の背中を押すように優しく声をかけた。

 

「リンディス、ハングは君に傍にいて欲しいはずだ」

「そう・・・でしょう・・・か」

 

ハングにロマンチストな側面があるということは否定しない。

でも、ハングならこんな時、『自分の仕事をしてろ!』と怒鳴るような気がするのだ。

 

動くことを躊躇ってしまうリンディス。

だが、そんな中、天幕の中から呻き声のような声が聞こえてきた。

 

「・・・リン・・・リン・・ディス・・・」

 

苦しそうな声。それは間違いなくハングの声。その声が自分の真の名前を呼んでいる。

その瞬間、リンディスの頭で渦巻いていた考えが何もかも消しとんだ。

 

「ハング!!」

 

リンディスは一息に駆けだした。

パントの横を駆け抜け、髪を振り乱し、天幕の中に飛び込む。

 

そして、目撃したのは・・・

 

「あ・・・すみません・・・ハングさんが離してくれなくて・・・」

 

何に対する謝罪なのか、ルイーズはハングの傍からリンディスに頭を下げてきていた。

 

「リン・・・ディス・・・そこに・・・いてくれ・・・リン・・・」

 

朦朧とする意識の中で薄眼を開けて、ハングがルイーズの手を握っていた。

 

「えと・・・あの・・・ごめんなさい」

「い、いえ・・・いいんです。ルイーズさんが悪いわけじゃないんで・・・」

 

だからといって、この複雑な感情の持っていき場を探すのは少し苦労するリンであった。

 

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