【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第25章~狂える獣(後編)~

瞼が重い。そんな感想を抱きながらハングは意識を取り戻した。

 

「・・・・・あ・・・」

 

目が覚めると、目の前には天幕の天井を支える柱が見える。

体を起こそうとするも、全身に鉄塊でも括り付けられたかのように体が重い。

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

自分の口から出る呼吸はやけに浅く熱っぽい。

何がどうなってる?とハングは自問する。

 

そして、最初に浮かんだのは倒れた時の記憶だった。

湖沼地帯に進み、行軍の途中で倒れた。

そこまでは思い出せるが、そこから先の記憶が今ひとつ曖昧だ。

 

どこまでが現実で、どこからが夢だったのかよくわからないような感覚。

だが、それを深く思考できるだけの体力が今は無かった。

 

自分は疲れている。

 

ハングがわかるのはそれだけで、それ以上を考えることすらできない。

 

だが、少なくとも自分はまだ仲間のもとにいる。

 

ならば、休んでもかまないだろう。多少のことならエリウッド達に任せても問題ないはずだ。戦闘にでもなったらそういうわけにもいかないだろうけど。

 

ハングは再び重くなってきた瞼に逆らうこのなく、その視界を覆うことを選ぼうとした。

 

だが、その時になって自分の五感にようやく違和感を覚えた。

 

血と鉄の臭い。

 

ハングは視線を天幕の出入り口へと向ける。

光輝く外の世界に見えたのは、そんな太陽をあざ笑うかのような光景だった。

 

ここから見えるのはヘクトルとマシュー。それでも、彼らの目を見れば今がどういう状況かを悟るのには十分すぎる。

 

ハングは自分が寝てる場合ではないことを瞬時に理解した。

自分に掛けられていた毛布をはねのけ、自分の足で立とうとする。

 

「あっ・・・・」

 

だが、自分が思っている以上に体は不調だった。力を込めたはずの足が膝から力が抜けて盛大に転んでしまう。

 

「ハングさん!なにしてるんですか!!」

 

音を聞きつけてやってきたのはルイーズだった。

 

「ハァ・・・今・・・どうなって・・・」

「戦闘中ですが、ハングさんは寝てないといけません!」

 

いつもの温和な彼女が鋭い顔でハングを諌めていた。

それほどに今の自分が動くことができないということだろう。

どこか他人事のようにハングはそう思った。

 

「とにかく・・・状況だけでも・・・」

「皆さんが奮闘してますから、ハングさんは・・・」

「お願いです・・・ハァ・・・状況を見たら・・・寝ますから・・・」

 

策を練るのは横になっていてもできる。だが、戦況は戦場に立たないとわからない。

 

「・・・ですが・・・」

「僕が支えよう、立てるかい?」

「パントさん・・・お願いします・・・」

 

ハングはパントに肩をかしてもらう。

体を起こしたことで、血の巡りが変わったのか、酷い頭痛と眩暈を覚えた。

だが、今は耐える。

ハングは歯を食いしばりながら、天幕の出入り口から外へと出た。

 

まぶしい光に目を細めると同時に、耳から伝わるような戦闘の地響きがハングの体に伝わる。

 

部隊は二つ。

戦場は二つ。

 

湖の対岸に敵の遠距離陣。

 

押されてるだろうな・・・

 

ハングのその結論を裏づけするように、味方は徐々に後退している。

 

その時、不意にまた視界が回転を始めた。

 

「ぅ・・・ぁ・・・・」

「ハング君!大丈夫かい!?」

 

顔を上げ続けることもできずにハングは地面へと視線を落とした。

その頭上から聞きなれない声がした。

 

「ねえ、ちょっとそこのいかついお兄さん!」

 

その声をぼんやりと聞き、ハングはなんとか顔を前に向けた。

今まさに空から駆け下りてきたのは天馬騎士。

 

蒼い髪に蒼い瞳、身にまとう鎧も蒼が主体だ。

イリアの女性に特徴的な雪のような白い肌は少し日に焼けているようで、自分の部隊の天馬騎士二人に比べてえらく行動的な印象を受ける。

 

だが、なぜかハングには彼女が他人のような気がしなかった。

 

間違いなく初対面なはずなのに、どこかで会ったことがあるような・・・

 

朦朧とする頭の中で様々なことが巡る。

 

「あん?俺か?」

 

そして、この集団の中で最も『いかつい男』のヘクトルが返事をした。

天馬騎士は地上に降り、やけに大げさな仕草を見せた。

 

「こんないっぱいの敵相手に、無謀なことしてるわね」

「好きでやってるわけじゃねぇ!・・・って、おまえ誰だよ?あいつらの味方じゃねぇのか?」

「私?私はちがうわ。いいもうけ口があるって聞いたからわざわざ来てあげたのに、とんだ期待はずれ!たった、あれっぽっちのお金でこのファリナ様を従えようなんて見くびられたもんだわ」

 

どうやら彼女の名前はファリナというらしい。

 

やはり、どこかで聞いたような気がする。

 

「なんだ、ずいぶんと自信ありげだな?」

「イリアの天馬騎士団第3部隊所属、“すご腕”の傭兵天馬騎士ファリナとは、私のことよ!」

「イリア傭兵は『一度契約を結べば雇い主を決して裏切らない』とか言うな・・・おまえを雇うにはいくら必要なんだ?」

 

ヘクトルとファリナという天馬騎士の話しを聞きながら、ハングは頭の中をなんとかたたき起こしていた。

 

倒れる前に見た地図、現在の状況、被害の大きな部隊、優先事項。

 

そして、勝利の方程式を組み立てる。

 

「この先、あなたの下で旅を続けるのよね?その場合、まず長期の不定時戦闘契約になるでしょ。この上に、死亡時に私の家族に支払われる見舞金がつくわ。さらに戦功に応じたボーナスと任務の危険手当も含めて・・・」

「ま、待て!もういい!!・・・とにかく、必要経費だっつーんだな?」

「そう、わかってもらえて嬉しいわ。それで、どうするの私を雇ってくれる?」

 

ハングが自分の頭を総動員している間に契約の話が進んでいた。

もちろん、ハングはその内容のほとんどを聞けていない。

 

今のハングに思考と状況把握を同時に行える程の体力は残されていなかった。

 

「さて、どうするかな・・・って!ハング!!お前こんなとこで何してんだ!!」

 

そんな時、ヘクトルがハングにようやく気が付いた。

 

「お前!自分の体がわかってんのか!今動いたらお前本当に死んじまうぞ!!」

 

目の前のファリナも傍のマシューも無視して、胸倉をつかまれん勢いでハングに詰め寄ってきたヘクトル。

 

「いいから、寝てろ!戦いは俺らに・・・」

「ヘクトル・・・」

 

だが、胸倉をつかんだのは逆にハングの方だった。

それは胸倉をつかむというより、ヘクトルに縋って立っているような姿勢だった。

 

「詳しい状況を教えろ」

「だ、だけど・・・」

「教えろ!」

 

ハングの落ち窪んだ目から、魂を射抜くような視線が放たれる。

それは今にも地面に倒れそうな病人とは思えない程に力を宿した瞳だった。

その目が一歩も引くつもりがないことを言葉より雄弁に物語っていた。

 

「・・・わかった。だから大人しくしてろ」

 

ヘクトルはハングを天幕に押し返すことを諦めて、地面に座らせた。

 

「とりあえず、現状は不利だ」

「・・・んなもん、わかってる!」

 

ハングは喉が焼けたかのような嗄れ声で吐き捨てた。

 

「そうじゃない!もっと詳しい状況を教えろ。敵の位置、味方の位置、周辺の地理・・・俺の頭は今ほとんど動かねぇからよ・・・俺の見てる世界が現実の世界と合ってるかすり合わせたい」

「わ、わかった・・・」

 

ヘクトルは手早く、だが正確に周囲の状況を伝える。

ハングは今にも意識が飛びそうになるのをなんとかこらえ、脳みそにヘクトルの話す内容を沁み込ませていく。

 

「・・・こんなもんだ。わかったか?」

「ああ・・・」

 

そして、ハングは1つの結論を出した。

 

「あの天馬騎士・・・雇え・・・」

「は?」

「いいから・・・雇え・・・」

 

そして、ハングは真っすぐにヘクトルを見据えた。

その顔を見てヘクトルは息を飲む。

 

「いくぞヘクトル・・・戦局を・・・ひっくり返すぞ!」

 

いつもは不敵な笑みや弾ける笑顔で覆い隠されていたハングの目。

疲れて無表情になりつつあるハングの眼は槍の切っ先のような視線を剥き出しにしていた。

 

「勝てる・・・勝つぞ・・・」

 

どこか、執念じみたその言葉がヘクトルの体を貫く。

 

それはいつもの感覚。

 

勝利を確信させる力。

ヘクトルの背筋に電撃が走ったような衝撃が駆け抜けた。

 

「頼りにしていいのか?ハング?」

「・・・知るか・・・はやくしろ」

「そうだな、さっさと病人は寝かしてやらねぇとな」

 

そして、ヘクトルはハングの体をパントに預けて、ファリナの方を振り返った。

照りつける太陽の光に眩むハングの目の前で2人が金のやり取りをしているのが見えた。

 

おそらく契約金だろう。

 

「俺はオスティア侯弟ヘクトル。で?受けるのか断んのかどっちなんだ!?」

「私のお金っ!!もちろん、受けるに決まってるわ!オスティアってリキアで一番大きい領地でしょ?よろしくね、侯弟さま!」

「ああ、頼むぜ」

「あ、それから武器や、きずぐすり!今手持の分は、料金内だけど新しいのはそっちで用意してよね!私、自腹切るのぜったいヤだから」

「しっかりしてんなお前・・・」

 

無事雇えたらしい。

 

ハングは荒い呼吸の中でほくそ笑む。

 

「・・・これで・・・手札が揃った・・・」

 

そんな独り言を聞いたパントはハングの顔を覗き込む。

 

今は見る者に勝利を確信させるような不敵な笑みをしているハング。

だが、疲れ切った顔の中には普段は見せないドス黒い切っ先が見え隠れしていた。

 

ハングの表情の中にそれを見つけたパントは鳥肌が立つのを感じた。

 

この青年は・・・

 

ハングはその場から部隊の再編成をヘクトルに指示する。

パントはその声の奥底に潜む執念のような何かを確かに聞いたのだった。

 

ハングが示した策。

 

それはマシューを介して、一気に前線の仲間にまで浸透した。

そして、最前線にいたリンディスにも指示が届く。

 

「え!?ハングの策って・・・・あのバカ・・・起きたの・・・」

「え、ええ、まあ・・・」

 

こりゃまた夫婦喧嘩になりそうですよ、とマシューは内心で思いながらハングは将来苦労するかもとも思ったのだった。

 

「ワレスさん!オズインさん!私、一旦下がります!」

「わかりました。ここはお任せを。しかし、ハング殿にはいつも驚かされますね」

「フハハハハ、血が騒ぐではないか!根競べの策などな」

 

皮肉じみた笑顔を浮かべる重装歩兵の二人。

リンディスとマシューはそんな二人に前線を託していったん後退。

 

野営地の近くまで下がると、既にそこにはハングが集めた面々が揃っていた。

 

リンディスの他にレイヴァン、エルク、ドルカス。

竜騎士のヒースもその中にいる。

 

そして、リンディスの目を何よりも引いたのは・・・

 

「あれ?リンちゃんじゃないの」

「・・・・ファリナさん!!」

 

フロリーナの姉にして、フィオーラの妹。

リキアの三人姉妹天馬騎士次女のファリナがそこにいた。

 

「うわー!ひっさしぶりじゃない!!美人になっちゃってまぁ」

「え?え?え?なんでファリナさんが!?確か・・・家出したってフロリーナが・・・」

 

そう言ったところ、ファリナの後ろからフロリーナとフィオーラも歩み出てきた。

フロリーナの目が泣き腫らしているところをみると、どうやら、姉妹の感動の再会は終わったようだった。

 

「あははは・・・やっぱりそう伝わってるんだ。あれはちょっと姉貴とケンカしちゃったから、売り言葉に買い言葉ってゆーか、そんな感じだったのよ。でも、もう、すんだことだから!!」

 

リンディスがフィオーラを見ると、彼女は何かを飲み込めていないような顔をしていた。怒っていいんだか、喜んでいいんだか、泣いていいだか、迷いに迷ってるといった感じだった。

 

どうやら、本当は『すんだこと』ではないらしい。

 

「でも、私は今からヘクトル様の隊で働くことになったから。また、よろしくねリンちゃん」

「あ、はい!!よろしくお願いしますファリナさん」

「挨拶は・・・終わったか?」

 

その時、ハングが天幕の中からよろよろと歩み出てきた。

その肩はパントに支えられ、いかにも病人といった感じだ。

 

だが、その眼だけは生気を十分に宿していた。

 

「ハング!!あなたねぇ!!」

 

だが、それもリンディスにとっては関係のないことだ。

 

「リン・・・説教は後で聞く・・・今は・・・行け」

 

ハングは疲れた声でそう言い返す。

 

「・・・・後で・・・覚悟しときなさい」

「わかってる」

 

ハングは指でここに集まっている人間に指示を送った。

 

「・・・いいか、問題は時間だ・・・できるだけ早く制圧しろ・・・」

「わかっている。お前は安心して寝てろ、クソ軍師」

 

レイヴァンがそう言った。ハングは唇の端で笑う。

そのハングを支えるパントにエルクが頭を下げていた。

 

「師匠、ハングさんをよろしくお願いします」

「ああ、エルクは自分の役割をこなしてきなさい」

「はい!!」

 

レイヴァンはフィオーラの後ろに、エルクはヒースの後ろにそれぞれ乗り込んだ。

 

「それで、あなたがドルカスさんね。私の後ろは荒れるから、よろしくね」

「・・・ああ」

 

ドルカスもファリナの後ろに乗り、フロリーナの後ろにリンディスが飛び乗った。

 

「山の稜線沿いに飛べ・・・奇襲だ・・・」

「わかってるわ。行ってくる」

 

リンディスがフロリーナを促し、最初の天馬が飛んで行った。

それに続き、フィオーラが飛び立ち、ファリナも空に舞い上がる。

ヒースのハイペリオンが最後尾を請け負った。

 

彼らは目の前の大きな山から頭を出さないように飛んでいき、ついに見えなくなった。

 

狙うは対岸の超遠距離部隊。

 

飛行部隊を大きく迂回させて敵の後方まで進み、地上部隊を降ろして一気に制圧する。

 

「電撃戦か」

「・・・はは・・・よく知ってますね・・・パントさん」

 

ハングの体は再び激しい疲労感に襲われる。ここから先は本当にまともな判断もできそうにない。

 

「あとは・・・任せるぞ・・・・」

 

ハングは誰に言うともなくそう言った。

 

そこで、ハングは膝をつく。

 

「ハング君、少し熱が下がったとはいえ君はまだ・・・ってあれ・・・」

 

ハングはその場で気を失っていた。

ハングは満足しきったような顔で、わずかに微笑んで眠っている。

恐ろしいまでの眼光が見えないと、ここまで変わるのかとパントは思っていた。

 

そういえば、似たようなことが以前にあったな。

 

あれはまだエルクが来たばかりのことだった。

 

エルクにもこんな時期があった。

 

そんなことを思い出しながら、パントはハングを背負って天幕の中へと戻っていった。

 

それからさほど時間がたつことなく、前線で奮戦をしていたエリウッドの騎馬部隊に変化があった。

最初は苦戦を強いられていたエリウッド達だったが、ある時を境にその戦況は明らかな変化を見せた。

 

対岸からの長距離攻撃が飛んでこなくなったのだ。

 

「ハング殿の策が的中したようですね・・・」

「マーカス!好機だ!一気に責め立てるぞ!!」

 

単純な兵の練度ならこちらの方が圧倒的に上なのだ。

エリウッドが率先して前に出れば、相手の騎馬の波状攻撃ですら敵ではなかった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

ガタゴトと不規則な音が背中からしていた。

ハングが再び目覚めた時、今度は真正面に夕焼けの空が見えていた。

 

自分の状況にとりあえず混乱する。

 

あたりを見渡すと、どうやら自分は馬車か何かの荷台に乗せられているらしい。

 

「気が付いた?軍師さん」

 

ハングが声のした方を見ると馬に乗ってこちらを見下ろしてくるリンディスがいた。

彼女は荷馬車に併走するように馬を歩かせていた。

 

「リン・・・ここは?」

「今はベルン王宮の方角に向かってるわ」

「・・・そうか・・・」

 

ハングが首だけ持ち上げて周囲を見れば、見慣れた仲間たちの行軍のただ中にいた。雰囲気からすると戦いには勝てたらしい。

 

だが、快勝とまではいってないようだった。

 

後方ではギィとバアトルが体のあちこちに包帯を巻きつつ、マシューとバアトルに皮肉をこぼされていた。

ロウエンは腕を激しくやられたのか、片腕をつった状態で馬の上にいる。

ハングと共に荷台に乗っているオズインの鎧は激しい破損を受けており、修復は難しそうだった。他の皆も差はあれこそぼろぼろのだった。

 

ハングは力尽きたように首を降ろした。

 

俺が倒れたからだろうか。

 

そんなことがどうしても頭を巡ってしまう。

 

「ハング、体調は?」

「・・・ん・・・気分は・・・悪くない」

 

右手を持ち上げて、自分の額に手の甲を乗せる。

自分の体からは浮かれるような熱は消え失せていた。

 

それでも、一度消耗した体力はなかなか戻っておらず、気怠い感じが残っていた。

 

「それで・・・もう説教してもいいかしら?」

 

ハングは小さく呻いた。

 

「やっぱり、それがあるのか・・・」

「ハング・・・」

「わかったよ・・・来いよ・・・」

 

ハングはため息を吐きだす。

そして、次に放たれたリンディスの声は親の仇でも前にしたかのように冷たく凍てついていた。

 

「どうして、倒れるまで体調が悪いことを黙ってたの」

「・・・・」

 

ハングは誰か援護してくれる人はいないだろうかと、周囲を見渡してみる。だが、いつの間にか荷台の周囲には人の気配が消えていた。馬車を引くマリナスにも助けを求めてみたが、小さな悲鳴と共に無視を決め込まれてしまった。

 

「まさか、気付かなかったなんて言うつもりはないでしょうね」

「・・・・・・」

「黙ってないでなんとか言ったらどうなの?」

 

正直、今言わなくてもいいだろうとハングは思う。

 

だが、疲れてる今でないとハングが素直にリンディスの意見を聞き入れないだろうというのも事実。

適当にはぐらかす体力のない今のハングは説教を浴びせられる絶好の機会なのだ。だからこそ、リンディスはここは心を鬼にしてでも言っておかなければならない場面だと思っていた。

 

「わるかったよ・・・」

 

ハングはそう言った。

 

今回ばかりは抵抗することもなく素直に謝る。

 

実際、これが一人旅の途中だったら本当に危なかったのだ。

旅の途中で病気に犯され、野垂れ死ぬ人などいくらでもいる。

 

「次はもっと早く言いなさい。倒れてからじゃ遅いんだから」

「わかった・・・」

「それに、体調が悪いのに無理して前に出てこないこと!」

「それも・・・悪かった・・・」

「本当に・・・心配したんだから・・・」

「・・・すまない」

 

いつになく素直なハング。

 

「・・・本当に?反省してる?」

「本当だ・・・」

「じゃあ、約束して」

 

また、約束か・・・

 

ハングは内心で苦笑する。

 

これで何個目だろうか。

 

「私はハングを見捨てない」

「・・・え?」

 

ハングが驚いてリンディスを見た。

彼女の頬は夕焼けに照らされて赤くなっていた。

 

「だから、ハングも私を1人にしないで」

「・・・・・・」

 

なんだろう?

 

その台詞にとてつもない既視感を覚える。

その言葉を自分はどこかで聞いたことがある。

 

なのに、全く思い出すことができなかった。

 

それを表情で悟ったのか、リンディスは小さく溜息をついた。

 

「やっぱり、覚えてなかったか」

「は?」

「いいの、今約束してくれればそれで・・・ね、約束して」

 

ハングを見下ろすリンディス。

その眼にはいつの日か見た暗い輝きはどこにも無かった。ただ、純粋な澄んだ瞳だけがハングを見つめていた。

 

いつからか、リンディスはそんな眼をするようになった。

 

この瞳も綺麗だな・・・

 

ハングはそう思った。

 

闇を内包しつつも、真っ直ぐな眼にハングは惚れた。

それは自分には手にできないものだったからだ。

 

だが、今のリンディスの純粋な眼もまた好きだ。

幸せを享受し、それを糧に生きようとする者の輝かしい眼だ。

 

それもやはり、今のハングには手に出来ていないものだ。

 

「・・・俺達は二人で一人だ・・・そんな約束・・・当たり前だ」

「ふふふ、そう言うと思った」

 

リンディスは嬉しそうに笑った。笑う彼女を見ながら、ハングも口元がほころびそうになる。

 

「・・・・・・」

 

だが、そんな彼女を見ていると心に引っかかるものがあった。

それはワレスがもたらした情報。

 

言うべきか・・・

 

それはいずれ知ること。彼女がいずれ知らなければならないことだ。

 

しかし、今の彼女に言っていいのだろうか。

自分の中ではやはり答えは出なかった。

それでも、決断は下さなければならない。

 

「リンディス・・・」

「え?ちょっ・・・ハング・・・」

 

リンディスは思わず周りを見渡した。

 

それはハングが『リンディス』と呼んだからだ。

皆は説教の気配を察して少し遠ざかっていたので今の2人の話を聞いている者はいない。

 

リンとしてはハングが自分のことを『リンディス』と呼んでいることぐらい周囲に知られても構わないとは思っている。だが、やはり気恥ずかしさが消えるわけではない。

 

幸いにも今回は聞こえた人はいないようだった。

 

「もう・・・まだ、熱があるの?」

 

少し照れたように言うリンディス。

しかし、ハングは笑ってくれなかった。

 

「ハング?」

「・・・リンディス、大事な話があるんだ」

「・・・え?」

 

リンディスの表情が固まる。

 

楽しい話ではない。

 

ハングの目がそう訴えていた。

 

「お前の仇・・・タラビル山賊団のことだ」

 

リンディスの心臓が強く鼓動した。

 

「ど、どうしたの?急に・・・今は・・・もっと大事なことが・・・」

 

ネルガルの打倒、竜の復活の阻止、そしてそのために今は消え失せた【ファイアーエムブレム】を求めてる。それは個人的な復讐よりも大事なことだ。

 

ハングでさえネルガルへの復讐を少し心の中に押し込めてこの部隊で奮戦している。

自分だってそのつもりだった。

 

そのはずなのに・・・

 

ハングはリンディスの瞳の奥から徐々に光が消え失せていくのがわかっていた。

 

それはそれで美しい。

 

人の弱さと強さを表裏に持つ彼女の瞳はやはり綺麗だ。

だが、そんなリンディスの眼を見てもハングの心は踊りはしない。

 

本当ならさっきまでの眼でいて欲しかった。

 

でも、言わなければならない。

 

それは、かつて1つの約束をかわした自分がやらなければならないことだった。

あの日、ケントとセインと共に復讐を手伝うと約束したハングが言わなければならないことだ。

 

ハングは一度深呼吸をして言葉を続けた。

 

「タラビル山賊団はワレスさんが全滅させた」

 

リンディスの目が強く見開かれた。

 

「お前の仇は・・・もういない・・・」

 

夜の闇が近づく。冷たい風が吹き抜けていった。

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