【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~それぞれの夜~

村へと帰るドルカスとナタリーの二人を見送り、各々の武器の手入れと周囲の偵察も終えた頃。

ハング達はようやく眠ることができそうな時分となった。

 

「我らが交代で見張りを務めます。みなさまはお休みください」

 

直立するケント。その頼もしい姿に懸念は無い。あるとしたらもう一人である。

リンは緑の鎧の騎士に怪訝な目を向けた。

 

「まかせていいの?大丈夫?セイン」

「は、はい!モチロンですとも!!」

 

わずかに裏返った声は信じろという方に無理がある。

 

「言っておくけど、夜中に忍び込んできたら問答無用で叩き斬るから。その覚悟でいてね」

 

物騒なことを物騒な表情で言うリン。

それに気圧されセインが一歩足を下げた。

 

「い、いやですね~俺は、誇り高き騎士ですよ?そんな心配いりませんって!な、ケント!」

「・・・少しでも不審な動きをすれば私が始末します。どうか、ご安心下さい」

 

ケントがそこまで言ったところでリンもようやく安堵の表情を浮かべた。

 

「そう?じゃあおやすみなさい。ハングとウィルもまた明日ね」

「おう」

「ういっす!」

 

フロリーナを伴って寝室とした小部屋に足を向けるリン。

それと反対側へと歩いていくウィルとハング。

 

「セイン。我らも行くぞ」

 

そして、ケントも見張りへと消えた

 

「とほほ・・・俺って、信用ないな・・・」

 

その後を追い、重い足取りでセインも消えていった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

山賊を追い払って。心身共に疲れた体。

それを引きずるようにして自分の寝具に転がり込んだのはウィルだった。

 

「随分疲れてるな?」

「そりゃそうだよ。弓を引くのってけっこう体力いるんだぞ」

 

ハングは小部屋の隅に背を預けて苦笑した。

 

「ハングは眠らないのか?」

「なんだか、まだ身体が起きててさ。まだ眠れそうにないんだよ」

「ああ、あるよね。そういうこと俺も昔よくあったよ」

「昔?」

「うん、大きな猪を狩った夜とか、親友と村中にこっそり悪戯しかけた夜とか。身体は疲れて眠れそうなのに、妙に心臓の音が大きくてさ・・・」

「お前、どんな少年時代を過ごしてたんだよ」

「え?普通だろ?」

 

小さく笑うハング。それを見てウィルもつられたように笑った。

 

「そういや、ハングってどんな子供だったんだ?俺全然想像つかないんだけど」

「俺か?う~ん、そうだな・・・」

 

壁に後頭部をつけて上を見上げるハング。壊れかけた天井からはわずかに星明りが見えていた。

 

「やっぱ、昔から本ばっか読んでたのか?」

「いや、戦術を身に着けたのは結構最近だ。昔か・・・やっぱ、妹に付き合わされてよく遊んでたかな」

「へぇ~ハングって妹いるのか?」

「正確には妹が『いた』だけどな」

 

過去形。その意味を掴んだウィルは申し訳そうな表情を浮かべた

 

「悪い・・・いやなこと思い出させたか?」

「いや、気にすんなよ」

 

ハングは笑ってそう言った。

 

「そうだな、妹に連れられて森に遊びに行ったりしてたかな。木の実とったり、花摘んだり、巣穴に忍び込んで卵を拝借しようとしたこともあったな」

「へ~俺とあんま変わらないんだな」

「どこがだよ、俺は結構優等生だったんだぞ。勝手に弓持ち出して無茶したり、村中のドアを釘で開かなくしたりなんてことはしたことないぞ」

「うえ!」

 

ウィルが慌てて飛び起きた

 

「なんでそんな細かいことまで知ってんの!?もしかしてハングってフェレ出身なのか?」

「いや、違うけど。どんな場所でも悪ガキの考えることはいつも一緒ってわけだ」

 

ハングは控えめに笑った。

 

その後、ウィルとハングはお互いの子供時代の悪戯に関して少しの間話していた。だが、結局ウィルの大あくびでお開きになった。

 

「俺、もう限界かも。先に寝るな」

「おう、おやすみ」

「おやす・・・み・・・」

 

最後の挨拶を交わす前にウィルはほとんど落ちる寸前であった。彼が木の枕に頭を付けた途端、規則正しい寝息が聞こえてくる。

それを聞きながら、ハングは自分の過去に思いをはせる。

 

小さな村、小さな家、小さな畑。

貧しいながらも家族4人で幸せな日々を過ごしていた。

 

『ハングって妹がいるのか?』

 

ウィルの声が脳裏に響いた。

 

『悪い・・・いやなこと思い出させたか?』

 

そんな心配はいらねぇよ・・・ウィル

 

「忘れたことなんて無いからな・・・」

 

感情のこもらない声。感情が浮かばない顔。感情を漏らさない体。

心無い人形のように生気を感じさせないハング。ただ、目の奥で光る茶色の瞳だけが冷たい宝石のように光っていた。

 

「つっ!」

 

だが、すぐにハングに感情が戻った。左腕の付け根を掴む右腕。

矢を受けた個所が焼けるように痛んでいた。そして、それに応じるように心臓が激しく鳴り響く。

血が熱いのか肉が熱いのかわからないほどにハングの体が熱を帯び始めた。

 

「くそっ・・・随分とまぁ・・・遅いおでましだったな・・・」

 

ハングは傷を抑えて前のめりになる。身体の中に燃え盛る薪でも放り込まれたような灼熱の痛みが全身に広がっていた。ハングは歯を食いしばり、必死に声を抑え込む。

 

ハングは痛みに唸る体を無理やり持ち上げた。ウィルを起こさないように注意しながら、ハングはその場を後にした。

 

壁を伝い、震える身体を強引に支えて一歩ずつ歩く。吐き出した息は自然と荒いものになっていった。酷い耳鳴りが頭の奥から響いてくる。自分の心音がやけに大きく聞こえて頭が割れそうだった。動けるのが信じられない程の激痛。だが、ハングは人の目を避けるようにして砦の中を歩き続ける。

 

そして、ハングは砦の片隅にしゃがみこんだ。

砦の一部が崩れ、瓦礫がハングの身体を隠してくれる。夜空を見上げれば、なんの役にも立たない満月が静かに自分を見下ろしているばかりだった。

 

ハングはマントと上着を脱ぎ棄て上半身を夜風に晒した。ハングは自分の左腕に巻かれた布を解いていく。

解かれた布の中身は以前と変わらない。鱗に覆われた異形の腕。本来なら緑色をしているはずのそれは少し青みを帯びていた。

月明かりのせいでは無い。彼の血がそうさせていた。

 

ハングの腕の付け根。矢に射抜かれた傷口が開いていた。できたばかりの瘡蓋が割れてその隙間から血が噴き出る。黒く濁った彼の血は赤にも青にも見えていた。

 

「っつぅ!!」

 

ハングは腕の付け根の辺りを掴んだ。激痛の波が一際強くハングの心身を削り取っていく。それでも声をあげることもせず、ハングは丸くなってその場で耐え続けた。

 

そのうち、傷から流れ出る血の色が明らかに変化していった。赤黒い血の色が、深い藍色のように青を帯びてきたのだ。

 

ハングは自分の身体のことを一部しか話していなかった。左腕が鱗に包まれていることなど、ハングにとってはまだ序の口であった。

 

『血を造るのは骨である』

 

その手のことを少しでも齧ったことのある人の中では常識だ。

ハングの左腕は外見だけでなく、その中身もまた人からかけ離れていた。彼の左腕の骨から生成される血は青い色をしているのだ。普段はその血が身体の中で混ざり合ううちに赤い血の中に消えてわからない。

 

だが、今日のように少し大きな傷を負った時にはその限りでは無い。

 

誰にも言わなかったが、ハングに刺さった矢は深いところにまで達していた。強引に圧迫して止血していたのだが、それももう限界だった。鎖骨の下を通る大きな血管を切断された運の無さをハングは悪態をついて紛らわす。

 

彼の顔が徐々に青白く変わっていく。

頭から血が引いたのではない、青い血が全身を巡り出していたのだ。

 

心臓が高鳴り、左腕が鱗に締め付けられるような感覚が激痛と共に訪れる。

小さなうめき声がハングの口から漏れていた。全身の血管が破裂しそうなほどに脈が高鳴る。

 

ハングは高鳴る自分の心臓の上を掴み上げた。その場所は胸の中心では無かった。

ハングの拍動を最も強く感じる場所は左胸の上部。肩の付け根のすぐ傍で高鳴る音がハングの心臓だ。

 

心臓の位置も、流れる血もハングは普通の人間とは異なる。

つくづく、人間離れした身体だと自分でも思う。だが、ハングが自分が人間からかけ離れていると思うの理由がもう一つある。

 

しばらくして、ハングは激痛との戦いがようやく終わりに達したことに気が付いた。

 

ハングの顔色が赤味を帯びる。心音の音が爆音から遠のき、全身に気怠さを残して痛みが引いていく。

 

「はぁ・・・・」

 

ハングは大きく息を吐き出した。そして、自分の右肩にできていた傷を眺める。青い瘡蓋を右手の爪で剥ぎ取れば、矢が貫いたはずの場所は僅かな傷痕を残して青白い肌に戻っていた。

 

ハングの青い血は深い傷を瞬く間に消してしまっていた。

この瞬間こそ、ハングは自分が化物なんじゃないかと強く思ってしまうのだ。

 

ハングは痛みとの戦いで消耗した体を休めるように身体を砦の壁に預けた。

明るい満月が自分を小馬鹿にしているような気がして、自分の左腕に視線を移す。

 

ハングは産まれた時からこの腕が嫌いだった。

 

鱗を剥いでもたこともあった。爪をへし折ってやったこともあった。刃物を突きたてた時にはさすがに後悔したけれども。

 

だが、今でもこの腕はハングの左肩から先にくっついている。

 

妬まれたことも、羨まれたこともあった。蔑まれたことも、褒められたこともあった。

この腕に助けられたことあった。この腕のせいで苦しんだこともあった。

 

様々な感情のうち、この腕はいくつを理解しているのだろうか?

 

ハングの内心の問いに答えはない。

 

『腕そのものに意識などありはしない。何かを感じるなら、そいつは紛れもなくお前の意志だ』

 

いつの日か言われた言葉を反芻してみる。だが、やはり結論は出ないままであった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

女性陣の寝室は月の明かりが壊れた天井から差し込み、妙に明るかった。

その中に寝具を広げた二人はいまだに眠れずにいた。

 

「ねぇ、リン」

「どうしたの?フロリーナ、眠れないの?」

 

リンが寝返りをうつと目の前にフロリーナの心配そうな顔があった。

 

「リンこそ大丈夫?」

「私?なんで?」

 

リンが心底驚いた顔を浮かべる。

 

「なんでって・・・えと・・・わかんないけど・・・なんだかリンが落ち着かないように見えて」

「落ち着かない・・・か・・・」

 

リンは天井を見上げて大きく息を吐き出した。

 

「セインさんを警戒してるの?」

 

リンはくすぐったそうにクスクスと笑った。

 

「セインねぇ・・・確かに警戒はしてるけど、思いっきり殴ってやればいいんだから問題ないわ」

 

そう言って寝具の中から鞘に入った剣を取り出す。それにフロリーナも笑う。

 

「よかった、本当に斬っちゃうのかと思ってたもん」

「さすがに私だってそこまではしないわよ、限度を超えない限りね」

 

リンは剣を再び寝具の中にしまう。その時、リンがほのかに溜息をついた。

 

「ハングさんのこと?」

「うん、ちょっとね」

 

リンはフロリーナに笑顔を向けるだけで、言葉を重ねない。

 

「リン・・・」

「ごめんね、なんだか今の感情を説明できなくて」

「感情?」

 

リンは小さく頷いて、天井に向けて自分の手を伸ばした。

 

「ハング・・・多分だけど・・・怪我してたのよ」

「え・・・?」

「何も言わないからそれほど大きな怪我じゃないんだろうけど。でも、ずっと左肩を気にしてたし、戦闘が終わってからはほとんど喋らないし・・・なんか・・・それで・・・ね?」

「心配してるの?」

 

リンはわずかに首をかしげて悩む。

 

「心配も・・・してるけど・・・なんか、無性に・・・」

「無性に?」

「腹立たしい!」

「え?お、怒ってるの?」

 

リンは怒ると結構怖い。友達であるがゆえにそれをフロリーナは知っていた。

本当はそれ以上にハングを怒らせた時の方が怖いのだが、それはフロリーナはまだ知らない。

 

「本当に、いつもあんなに周囲に頼りにさせといて。あいつはこっちに頼ってこない。そりゃ、戦闘中の援護とか連携とかその辺では頼ってるけど。それ以上は・・・何もしてこない」

 

リンは言葉に熱を込めてまくしたてる。

 

「私はハング程頭もよくないし世間のことも知らないけど・・・頼りになるとかそういうのは別だと思うの。だって、そういうのって信頼関係じゃない。それをハングが感じてくれてないのかな・・・って思うと。なんか、やっぱり腹立たしいかな。ハングにも腹が立つし、そんなハングに頼ってもらえない自分にも腹が立つ」

 

握り拳を作ってまでそう言いだすリン。だが、その拳は溜息と共にほどかれた。

 

「って、こんなのただの私の身勝手な考えなんだけどね」

 

フロリーナは何も言わなかった。何も言えなかった。

話の途中で寝落ちしてしまった状況では何も言えるわけがない。

 

その規則的な寝息に気付いてリンは苦笑をこぼす。

 

「相変わらず寝るときは一瞬ね・・・今日は頑張ってたから仕方ないか、おやすみ・・・」

 

リンはフロリーナの寝具を肩までかけてあげる。そしてそのまま大きく伸びをした。

 

「ふぅ、なんか目が覚めちゃった」

 

リンは剣を一本腰に差し、その小部屋から抜け出した。

部屋の外でこちらの様子をうかがっていたセインの首筋に一撃を加えて昏倒させ、リンが向かったのは正面入口の方だった。

 

「リンディス様、どうかなさいましたか?」

 

そこでは槍を携えて直立したケントがいた。

 

「ちょっと、外の空気が吸いたくてね」

 

はっきり言って砦の中も外も空気は変わらないが。ケントは余計なことは言いはしなかった。

リンはその場に腰掛ける。ほのかに夜風が吹き抜けた。

 

「ねぇ、ケントはハングのことどう思ってる?」

「ハング殿ですか?そうですね・・・」

 

ケントは直立したまま少し考え込む

 

「頼りになる軍師ではありますが、多少何を考えているのかわからないところがありますね。彼と話していても語ってくれるのはおそらく頭の中のほんの一部でしかない。そう感じる時がまれにあります」

 

行軍の際によく相談を重ねているケント。彼もまたリンと同じようなことを思っていたようだった。

 

「ですが」

 

ケントは力強く言葉を続ける。

 

「私は彼に命を預けて戦えます。彼は兵を駒とは考えていない。それだけは自信を持って言い切れます」

 

真っ直ぐ前を見つめるケントの視線に迷いは無いように見えた。それがなんだかリンには羨ましく見えていた。

 

「リンディス様はハング殿を信用していらっしゃらないのですか?」

 

リンは膝をたてて、そこに自分の顎を乗せた。

 

「信じてるわ、ハングが私達を切り捨てたりしないことぐらいはわかってる」

 

月明かりの中でリンの髪が少し流れた。

 

「でも、ハングが私達のことをどう見ているのか・・・時々わからなくなる」

 

わずかにケントの視線が揺れる。だが、彼は前を向いたまま見張りを続けていた。

ケントにも思い当たる節がいくつかあった。

明確にどうとは言えないが、ハングの言葉の端々にそういった違和感を覚えたことが一度や二度はあったのだ。

 

そのたびにケントは時々考えてしまうのだ。

 

ハング殿にとって私たちは単なる旅の道連れ程度の存在なのか。

それとも、本当に肩を並べる仲間だと思ってくれているのか。

 

ケントはそんな自分の疑問を口にすることはしない。

 

だが、ハングの感情が見えなくなる瞬間があることは確かなのだ。

 

それでもケントは沈黙を守る。深く静かな時間が二人の間に流れた。

 

「ハング殿のことといえば・・・」

 

その深さに溺れる前にケントが自ら口を開いた。

 

「以前、サカの祭壇で拳一つで祭壇の壁を崩壊させていましたが。ハング殿はなにか武術の心得でもあるのでしょうか?」

「それは・・・」

 

リンが言葉に詰まる。ハングの左腕のことは知っているが、自分が言っていいものか判断がつかない。

初めてあの腕を見せてくれた時のハングの痛そうな顔がリンの口を重くしていた。

 

「私からは・・・ちょっと言えないかな」

「そうですか」

 

あっさりと引き下がったケント。

リンにとっては少し拍子抜けした感じである。

 

「いいの?あなたは知らないままで」

「興味が無いとは言えませんが。リンディス様がご存知ならば問題無いのでしょう。それだけで私には十分です」

 

君主が信じるならば、それに従うのが騎士の役目。騎士とはそういうものだという宣言を言外に感じたリンは若干苦笑した。

 

『私にそこまでの価値があるとは思えないわ』

 

それは胸の中だけに留めて、全く別のことを口から出した

 

「私はもう寝るわね」

「はっ!見張りはお任せください!」

 

セインのことは明日言えばいいか

リンには自分の一撃の手応えからセインが朝までは起きないであろう確信があった。

来た時よりも少し重くなった瞼をこすりながら、リンはフロリーナの眠る一室へと戻って行った。

 

ハングに対する疑問は消えはしない。

それでも、明日がある。明後日もある。

この旅が終わらない限り、ハングはここに居てくれるだろう。

 

それまでに、ハングのことが少しでも理解できてればいい。

 

そんなふうにリンは考えていた。

 

少しだけ軽くなったものを抱えて、リンはフロリーナの寝顔を見ながら横になったのだった。

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