【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
野宿の場と定めた野営地の片隅。木剣がぶつかり合う乾いた音が響いていた。
額に玉の汗を浮かべているのはリンディス。
それを息一つ乱さずに槍で捌いているのはワレスだった。
そこから少し離れたところにはイサドラが座っており、二人の訓練を眺めていた。
汗を飛び散らせながら、剣を振っていたリンディスだったが、不意に彼女の三段突きがワレスの槍をかいくぐった。
「お見事っ!」
思わずイサドラが叫んでしまう。それ程に今の一撃は素晴らしいものだった。
「素晴らしい太刀筋ですなリンディス様。このワレス、久方ぶりに一本取られましたぞ!」
「ありがとう、ワレスさん」
リンディスは汗を袖で拭う。
一本取ったとは言うものの、本日はワレスに既に14本程先取されている。
だが、ワレスの鉄壁の槍捌きから一本もぎ取ったのは確かに進歩だった。
本当はハングと打ち合いをしたい気分だったが、病み上がりの彼を引っ張ってくるわけにもいかない。そこで、手を挙げてくれたのがイサドラだった。ワレスはいつの間にかそこにいて、いつの間にか目の前にいた。
「リンディス様、短い間に随分と上達しましたね」
「本当ですか、イサドラさん」
「はい、最後の攻撃は私でも危なかったと思います」
イサドラが世辞を言う人では無いことはリンディスはよく知っているので、その言葉を素直に受け止める。
「リンディス様は基礎ができておられますからな、その分上達も早いのでしょう」
ワレスもそう言ってくれる。
「剣は・・・父に習ったから」
「確かに、ハサル殿は弓だけでなく、剣の腕前も相当なものでしたからな」
ハサルとはリンディスの父親の名前だ。
キアランに同時期に仕えていたワレスとハサルは同輩にあたる。
リンディスはその場で何度か木剣を振ってみる。
無口で厳しいながらも、丁寧に根気強く教えてくれた父のことを思い出していた。
表情の変化の乏しい父の顔。大きくて温かな父の手。そして自分の名を呼ぶ深い声。
そこから芋づる式に両親やロルカ族の仲間のことが蘇る。
もう帰ってこない場所だけど、それは美しい思い出としてリンディスの中に残っている。
そして、リンディスはふと気が付いた。
記憶の中に『あの夜』のことが割り込んでこない。
いつだって家族の顔と共に頭から離れなかった仇敵の顔がなぜか浮かんでこない。
「やっぱり・・・そういうことなのかな・・・」
リンディスは小さく呟く。
「・・・お聞きになられたのですか」
その様子を見ていたワレスは静かにそう尋ねた。
「ええ、ハングから聞いたわ」
リンディスは木剣を手元に戻し、そこに視線を落とした。
そのそばにイサドラが寄り添う。細かい事情は知らないイサドラだが、今のリンディスには誰か隣にいた方がいいように思えた。
「もっと、お怒りになるかと思いました」
「・・・私も・・・そう思ってました」
リンディスは自分の髪を縛っている紐を解いた。長い髪が流れるように揺れる。
「私も不思議なんです。思っていた程に怒りとかそういうのが湧いてこなくて」
リンディスはこもっていた熱を払うようにゆっくりと首を振る。彼女の髪がその重みに従って風に揺れる。
「父さんや母さん・・・一族のみんなを忘れたわけじゃないの。あの悪夢みたいな夜だって、今も私の中に確かにある」
束の間、イサドラとワレスが顔を合わせる。
「ああいう無法者は嫌い・・・それは変わらなくて・・・でも、なんだろう・・・『仇討ち』って考えると・・・なんか、違うの・・・投げ出したわけじゃなくて、諦めたわけじゃなくて・・・でも、いないなら・・・もういいかなって思えて」
昔は『仇討ち』だけだった。
それだけが生きていく心の支えだった。
仇を殺すために強くなる。そして、サカの草原に二度と悲劇を起こすまいと誓ったのだ。
だが、今は違う。
キアランに祖父がいる。周囲を見渡せば大切な友人がいる。
そして、いつも隣には・・・
リンディスは人の不安を弾き飛ばしてしまう不敵な笑みを思い出し、小さく笑った。
「上手く説明できてませんね」
「わかりますよ、リンディス様」
イサドラは優しくそう言った。
「そう?」
「はい」
「そっか・・・って!わ、ワレスさん、どうして泣いてるんですか!?」
「うおぉおおおおん!いえ、いえいえ、よいのです。よいのすよ!私のことは気にせんで、うぅ、うぅぅぉおおん!私は嬉しいのですぞ!!リンディス様、あなたは立派になられました!!」
豪快に男泣きするワレス。
「もう、大げさなんだから」
「フフフ、ワレスさんは面白いお方ですね」
「うぉぉぉ!このワレス!リンディス様をこの力の限り助力いたしますぞ!!必ずや、リンディス様とハング殿の未来を守ってみせます!!」
「ちょっ!ワレスさん!!何言ってるんですか!?」
「いや、これで心残りの一つが消えました!ハサル殿とマデリン様へのよい土産話ができましたよ!!うぅぉぉぉ!!!」
慌てるリンディス。イサドラは口元に手を当てて笑っていた。
「リンディス様、照れなくてもいいじゃないですか」
「て、照れてるわけじゃ・・・イサドラさん!笑わないでください!」
「くっくくく・・・失礼・・・くく」
「もう・・・」
夜も遅くなっている。
そろそろ寝ようかと思う。
ふと、リンディスは自分の心臓の上を手を置いてその音を確かめてみた。
最近、よく夢を見る。父さんがいて、母さんがいて、部族の皆と暮らす夢を見る。
その夢はもう悪夢なんかではない。起きた時に頬を涙が伝ってることもない。
それは、自分の心を暖かく包んでくれる大切な夢。
草原で一人でいたら、きっとこんな夢は見れなかった。
ハングと出会い、旅に出て、いろんなことがあった。
「少しは・・・前に進めたのかな・・・」
見上げれば空は生憎の曇り空。
だが、その雲の隙間から欠けた月が朧気に光っているのを見つける。
「あとは・・・ハング・・・かな」
ネルガルの野望を止める。それはハングの復讐の終着を意味する。
「今は・・・それでいいか」
リンディスはそう言って首から下げた布袋を握ったのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
天幕の中で燭台の明かりのもと、本を読んでいたエリウッドはパタンと本を閉じた。
表紙は擦り切れ、手垢にまみれたハングから借り受けた本。エリウッドはこれを読みこめとハングに言われた。
何度も読み、どこに何が書いているのか索引を用いずともわかるようになっている。
だが・・・
「ふぅ・・・」
珍しく吐き出した溜息。思い出していたのは、昼間の戦闘
この軍がハングに依存しすぎていることが露呈した一件だった。
自分やヘクトルも兵は動かせるし、マーカスやオズインという歴戦の騎士もいる。
それでも、ハングの用いるような策を瞬時に捻り出せる者はいない。
ハングが今回のように指示が出せない状態になったら、この軍が生き延びる確率は間違いなく低下する。
それは、よくない。個人に頼る部隊は必ず崩壊する。
「くぅ~~・・・・」
エリウッドは大きく伸びをして腰をならす。
ハングに頼りきるのがまずいことはわかってるが、どうしたらいいのかわからないのが本音だった。こうやって学んでいても、自分の作戦立案能力はハングに劣ってしまう。
「一人で悩んでても仕方ないか・・・」
エリウッドは気分転換を兼ねて外に出ることにした。燭台の火を消すと、外からはたき火の柔らかな明かりが入ってきていた。エリウッドはそれにつられて外に出る。すると、探していた人がたき火のそばにいた。
「やぁ、ハング。一人かい?」
「ん?おう、ついさっき一人になった」
よく見ると、ハングの周囲には人のいた気配が残っている。
「逃げられたのかい?」
「どういう意味だよ」
ハングは手元の枯枝を二つに折り、火の中に投げ込んだ。エリウッドはその隣に腰をおろす。
「体調は?」「まずまず」などとあたりさわりのない話をし、エリウッドは話を切り出した。
「・・・ハング」
「軍略の話だろ?」
「・・・・・・」
図星を突かれたエリウッドはその突然の奇襲に対応できなかった。
その隙にハングは畳みかける。
「お前は随分とできるようになってるさ。俺がいなくても今日の状況下から五分五分まで持っていった。上出来だと思うぞ」
ハングはエリウッド相手だからと言って世辞や慰めの言葉をかけるような人ではない。
エリウッドは複雑な気分だ。ハングはまた一つ枯れ枝を二つに折って、焚き火の中に放り込んだ。
「今のまま進んでりゃいいんだよ。迷うな。自分を信じてろ」
ハングの横顔が焚き火に照らされ、橙色に輝く。その顔にエリウッドは溜息を吐きかけた。
「僕はまだ何も言ってないんだけど」
「言わなくてもわかるっての。お前はわかりやすいからな」
「狸軍師め」
「ハハハハハ!」
ハングは声をあげて笑ってしまった。
「いいね、ユーモアを持つことは領主にとって重要だぞ」
「お褒めに預かり光栄の至りだよ。ところで、ハング。もし、ハングが最初から今回の戦いに参戦していたらどうしてた?」
「ん?」
ハングが倒れてなかったら。ハングはその時の状況を考えてみる。
「とりあえず、あの森には伏兵がいたし。罠だと感じた時点で退却してたかな」
「・・・・え?」
「つまり、逃げてた。あんなとこで無駄に体力消費しても仕方ないしな。三十六計逃げるにしかず」
エリウッドはこの答えには少々困惑した。
「ちょっと、待ってくれ。だが、【ファイアーエムブレム】を探すためにも一応捜索を・・・」
「こんなとこにあるわけないだろ。あそこは盆地で、湖沼に囲まれた砦だぞ。そんな逃げ道のないところに宝を隠すもんか」
「いや、確かにそうなんだが。意気込んでいたヘクトルをどうやって説得するつもりだったんだい」
「『死人に口無し』」
「・・・・」
エリウッドは自分の軍の軍師には決して逆らってはいけないと思った。
意見を述べるのはいいとして、逆らうのだけは絶対にやめておこうと心に誓う。
ただでさえ、この軍師は怒ると果てしなく恐いのだ。
「ま、誰かが倒れて後退できなくなってたら・・・そうだな・・・多分、エリウッドと似たように陣を組んで、やっぱり飛行部隊で後方撹乱だな。ちなみに、ファリナを雇ったのは後方展開する戦力を少しでも増やすためだ」
「やはり、そうなるか・・・」
「古来より戦いってのは高い位置を確保した方が勝つもんだ。戦場の中の高い山を抑える、ペガサスやドラゴンによって制空権を確保する、そして今はそれを排除するために【シューター】なんて兵器もある。で、そういった戦術を軍の基本思想に置いてるのが今いるベルンだ。王宮に向かえばわかるんだがあの国は・・・」
と、ハングが講義に入りかけた時、その近くをファリナとフィオーラが通りかかった。
「あ、エリウッド様、こんばんわ!!」
夜だというのにやけに元気なのはファリナだ。フィオーラはその隣で軽くお辞儀をする。
そして、ファリナはハングの顔を見て、頭を悩ませた。
「それで・・・えーと・・・あの人は・・・ハングさんだ!」
「正解だよ」
「リンをフロリーナから奪った人」
「・・・・それは誰が言ってた?」
ケラケラと楽しそうにファリナが笑う。どうやら、彼女にからかわれたらしい。
「ファリナ!あなたは、いつもそうやって・・・」
「いいですよ、フィオーラさん」
「ですが・・・」
何か言おうとしたフィオーラをエリウッドが遮る。
「彼女みたいな人がいると、部隊が明るくていいじゃないか。ね、ハング」
「まぁそうだな。俺をおちょくる的にしなければだが」
「わっ!エリウッド様達、わかってる!!ケントさんとは大違い」
どうしてここでケントの名が出てくるのか。
フィオーラに目で問いかけると「先程、自己紹介をすましましたので」と返事があった。
「ケントだってそこまで堅物じゃ・・・あるか」
「でしょ!私とは絶対に合わない人よ!」
ファリナはそう言いきって一人で頷いていた。そんなファリナの隣で苦い顔をするフィオーラ。
ハング二人を見てふと思いついたことを聞いてみた。
「ファリナはフィオーラのことどう思ってる?」
「へ?なによ、突然」
「いや、いいからいいから」
「姉貴は・・・」
ファリナは自分の姉を横目で見て、小さい声で言った。
「そ、尊敬してるわよ。家族として・・・好きだし・・・」
とりあえず、ハングとしては満足な答えが得られた。
「そうか、そうか。それじゃ、これからも頼むぞ」
「ええ、任せといて。2万ゴールドの女の実力、見せてやるわ!」
「おう、頼むぞ」
ファリナとフィオーラはそうして天幕へと足を向けた。
「ちょっと待て!!ファリナ!!」
「へ?」
その後ろからハングが声をかけた。
「今の『2万ゴールドの女』ってどういう意味だ!!」
「え、えと、そりゃ、私の実力のことで・・・」
「この部隊の契約金の話か!?」
「・・・う、うんと・・・えと」
そのあまりの剣幕にファリナがしどろもどろになってしまう。
「そうなんだな!!?」
「そ、そう・・・だけど!!お金は返さないからね!」
「わかってるよ、んなこたぁ!差し出したもんを今更奪い返せるか!!それで、この部隊での契約金が2万ゴールド!それを了承したのはヘクトルで間違いねぇか!?」
「そ、そうです」
ハングは勢いよく立ち上がり、駆け出す。
「あ、ちょっ、ハングさん!」
「ファリナ、明日の朝、気持ちよく目覚めたいなら、耳を塞いでなさい」
「え?姉貴ってば、それどういう・・・」
「この部隊で誰を怒らせてはいけないかという話よ」
そして、その直後。
「ヘクトル!!!てめぇ!どういう了見だゴラぁぁぁ!!」
病みあがりとは決して思えぬ声量が野営地に響き渡った。