【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第26章~届かぬ手、届かぬ心(後編)~

ヴァイダが遠ざかったのを確認し、エリウッドはすぐさまニルスの方へと顔を向けた。

 

「ニルス!怪我はないかい!?」

「う、うん・・・ありがとう、エリウッドさま・・・」

「良かった・・・」

 

エリウッドは安堵の息を吐き。改めて周囲を見渡した。

だが、ニルスと一緒にいるはずの姉の姿がここにはない。

 

「ニルス・・・ニニアンはどこに?」

「あっ!そうだ!ニニアンはさっき1人にしてくれって言って向こうに歩いていって」

「なにっ!!」

 

エリウッドの血相が変わる。もし、1人でいるところをさっきの竜騎士達に狙われていたら彼女の身が危ない。

すぐさま駆け出そうとしたエリウッドだったが、その心配はすぐに杞憂に終わった。

 

「おや、戦闘かい?」

 

警戒態勢に入ったハング達のもとにパントとルイーズが現れた。その後ろにはニニアンがキョトンとした顔で控えている。

 

「ニニアン!!」

 

すぐさま彼女に駆け寄るエリウッドとニルス。

 

「あ、はい・・・エリウッドさま、どうかされたんですか?」

「竜騎士の襲撃だ。襲われたりしなかったかい!?」

「は、はい・・・」

 

ニニアンは頷きながらも、どこか納得のいかないような様子だった。

 

「えっ・・・で、でも・・・私たちの『力』はなにも・・・予兆も・・・」

 

ニニアンが引っかかったのはやはりそこだった。『特別な力』が何も反応を見せなった。そんなことは今まで一度たりとも無かったというのに。

 

「ニルス・・・あなたは?」

「ダメだった・・・僕も何も感じなかった。きっとネルガルだよ!ネルガルが僕達の『力』を妨害してるんだよ!」

 

そんな2人の会話を背中で聞きながら、ハングは「そいつはどうかな」と口の中だけで呟く。

だが、ハングが想定している仮説に確証はない。ネルガルによる妨害という可能性の方が高いのも事実。

どちらにせよ、既に戦闘が始まってしまってはもう関係ない。

 

ハングは肩をすくめ、パントに声をかける。

 

「パント様・・・今までどこに?」

「なに、この近くに買い出しの用事があってね。それですぐそこで彼女に出会った。なんだか深刻そうだったけど、1人は危ないからね。連れてきたんだけど、まずかったかな?」

「いえ、ありがとうございます」

 

頭を下げるハングにパントは朗らかに笑う。

周囲では殺気だった竜騎士が現れているというのに、パントもルイーズも余裕に溢れている。

この状況を脅威などとは欠片も考えていないようであった。

 

「それよりも、大変そうだね。私たちも手伝おう。指示を出してくれ」

 

パントはハングに向けてそう言ったが、ハングとしては『はい、そうですか』とはいかなかった。

なにせ、パントは『私たち』と言ったのだ。

 

「え・・・ルイーズ様も戦うんですか?」

「もちろんですわ」

 

ルイーズはそう言って、背中から弓を取り出した。

 

「え・・・でも・・・」

 

困惑するハングにパントは微笑みを崩さない。

 

「心配しなくていい、彼女の弓の冴えはなかなかのものだよ。ベルン竜騎士に後れはとらないさ」

「私、こう見えましても歌やダンスよりも弓の扱いが得意でしてよ。お役に立てると思いますわ」

 

確かに、彼女の弓は随分と年季が入っており、使い込まれている形跡が見て取れた。貴族の暇つぶし程度の狩りに使っているようなものではなさそうだった。

なにより、パントのお墨付きがあるとならハングも引き下がるしかない。

 

ハングは二人を戦力と組み込むことにして、戦術を若干修正する。

 

「・・・わかりました。では、お願いします!」

 

ハングは改めてヴァイダが空に展開している陣形へと目を向ける。

それに加えて、方々から地上部隊も姿を見せてきており、随分と本格的な戦闘になりそうだった。

 

なんだかんだ言っても、ヴァイダと戦うのはどうも胸がざわついた。

 

そんなハングの手を強く引く者がいた。

リンディスだった。

 

「ハング・・・それで、どういうことなの?」

「俺はあの人を信じた。それだけだよ」

「でも、あの人は!」

 

ハングは溜息混じりにリンディスの言葉を遮った。

 

「あの人がその気だったら、俺達はとっくに地面に転がって冷たくなってるぞ」

 

ハングがそう言うと、リンディスの体が図星を付かれたかのように強張った。剣を打ち合わせたからこそわかることがあったのだろう。

 

「それは・・・そうだけど・・・」

「俺を信じろ。今はそれしか言えないけど。でも、信じろ」

「・・・・わかった」

 

口ではそう言ったものの、リンディスは上手く飲み込むことができないような顔をしていた。

ハングはリンディスの頭をくしゃりと撫でる。

されるがままに撫でられている彼女を見ると、一昔前ならここまで素直に頷いてくれなかったな、などと感想が胸の内からこぼれ出る。

 

自分達は確実に変わりつつある。

 

「それじゃあ、行こうか」

「戦うのか?」

「いや・・・その必要はねぇさ」

「え?」

 

疑問符を浮かべる仲間達に向けて、ハングは不敵に笑ってみせた。

 

「ヴァイダさんは『王宮は手出ししてこない』と言っていたが、それは短期決戦に限定される。デズモンド国王の姿は見ただろ。典型的な子悪党にしかなれねぇ心の小さな奴だ。そんな奴が王宮と目と鼻の先で激しい戦闘が起きてる状況で軍部を押さえつけられるものか。王宮の軍隊なんてただでさえ手柄が欲しくてうずうずしている奴らばかりなのによ」

 

ベルンという国を熟知しているハングはその確信があった。

 

特にベルンには指揮系統が独立している小部隊がいくらか存在している。それをデズモンドのカリスマで抑えきれるものか。

 

そして、彼らが動き出せばデズモンドも自分の部隊を動かさなければ体裁が悪い。

いくら手出ししない約束があったところで、自分の面子よりそれを優先させるような男ではない。デズモンドなら暗殺集団との口約束など軽く反故にしてみせるだろう。なにか問題が起これば武力を背景に無理を押し通せる自信があってこそだ。実際、デズモンド国王はその切り札で何度も面倒な局面を越えてきた。奴は拳を振りかざして脅すしかできない無能なのだ。

 

その辺りはヴァイダさんも理解しているはず。

 

「特に今回は俺達が門兵を昏倒させてるからな。城と無関係とは言い張れない。戦いを長引かせれば必ず軍部が出張ってくる。それまでは逃げて逃げて逃げまくる」

「まさか・・・あんな乱暴な脱出方法を取ったのはこのことを予想して・・・」

「あのな・・・」

 

ハングが呆れたようにため息を吐いた。

 

「お前は俺を予言者かなんかかと勘違いしてねぇか?今回のは完全に単なる偶然だっての」

「普段から予言じみたことをやってるからね。疑いたくもなる」

「ったく・・・」

 

ハングは逸れた話題を軌道修正する。

 

「ヴァイダさんは中央突破から敵陣を攪乱して白兵戦に持ち込む戦術を好む。乱戦はあの人の十八番だからな・・・特に俺を相手にするなら自分の最も得意な戦術を使ってくるだろう。俺達はそれをいなし続けるだけでいい。無理に戦うな。追い込まれるな。固まって動き、地形を利用して、戦わずして終わらせる。いいなっ!?」

 

エリウッドとヘクトルから頼もしい返事をもらい、ハングは南の方角へと目を向けた。その方向には仲間達が待機している。マーカスやワレスがいるからそう大事にはならないだろうが、素早く合流するにこしたことはない。

 

とにかく今は引く時だった。

 

「ん?リン、お前弓使うようになったのか?」

「ええ、今まであんまり好きじゃなかったんだけど。何事も挑戦してみないとね。せっかく、父さんに基礎を教わったんだから」

「ふぅん・・・そっか」

 

ハングはそのことを深くは聞かなかった。これもまた『変化』かと思っただけだ。

彼女が痛みを堪えていなければ、それでいい。

 

そんな2人の後ろではニニアンがエリウッドに頭を下げていた。

 

「エリウッドさま・・・申し訳ありません」

「ん?どうしたんだい?」

「私・・・狙われている身でありながら・・・1人で・・・」

「ああ、なんだそのことか。確かに少し不用意だったけど。普段なら『力』で危機を察知できているんだからしょうがない。それよりも、『力』で察知できない場合があることがわかったんだから、次から気を付けるんだよ」

 

優しく諭すような言い方だったが、ニニアンの反応は鈍い。

エリウッドが不思議そうに彼女の顔を伺うと、ニニアンの憂いを帯びた顔が今朝よりも一際強くなっている。その表情が他にも胸に抱えていることがあることを雄弁に物語っていた。エリウッドはその表情の意味を問い詰めておくべきかどうか少し思考を巡らせた。

 

聞いてしまいたい気もする。それが、彼女の憂いを取り除くことに繋がるのならそうすべきである。

だけど、今はその時間がない。

 

ならば、エリウッドの今の役目は彼女が思い悩んで結論を出すだけの余裕を作ってあげることだ。

 

「・・・ニニアン、ニルス」

「はい・・・」

「なに?」

「僕から離れないで。『力』が使えないのなら君たちは普通の人達となんら変わりはない」

 

エリウッドはそう言って唇の端で笑う。それはどこかハングを彷彿とさせる不敵な笑みであった。

 

「君たちは必ず・・・僕が守る」

 

エリウッドのその台詞を聞き、姉弟の2人はどこか虚を突かれたような顔になる。

その反応にエリウッドは照れたように頬をかいた。

 

「ははは・・・やっぱり、似合わないかな」

 

柄にもないことをしてしまったと思うエリウッド。

やはり、自分にはこういう人の気持ちを引き上げるような笑顔は上手くできないようだ。

頬をわずかに染めるエリウッドに対し、ニルスはゆっくりと首を横に振った。

 

「そんなことないよ。エリウッドさま」

「そう・・・かな」

「うん。やっぱり、エリウッドさまがいてくれてよかった」

「え?」

 

そう言ったニルスの顔は消え入るような微笑みを浮かべていた。

ニルスは姉の顔を下からのぞき込んだ。

 

「だよね、姉さん」

「・・・・・・・はい・・・」

 

ニニアンの返事はなぜか震えていた。

その瞳の端に滲む涙を見て、エリウッドは息を飲んだ。

 

「に、ニニアン?どうしたんだい?」

 

エリウッドは戦いが始まる直前だということも忘れてニニアンへと駆け寄った。

 

「ちがいます・・・ちがうんです・・・ただ・・・ただ・・・」

「ニニアン・・・」

「ただ・・・」

 

ニニアンは顔をあげた。

 

「ただ・・・嬉しくて・・・」

 

彼女はそう言って涙を流しながら穏やかに微笑んでいた。

 

エリウッドはその笑顔に一瞬呼吸することを忘れた。

次いで訪れたのは胸が締め付けられるような感覚だった。

 

彼女の涙を今すぐ拭いたい。彼女には陽だまりの中で笑顔でいて欲しい。

それは、エリウッドが産まれて初めて抱く想いかもしれない。

 

エリウッドはニニアンから一歩後ろに下がる。

 

「そうか、ならよかった・・・急に泣かれたからびっくりしたよ」

「・・・ごめんなさい」

 

エリウッドは表情筋を緩めるようにして笑顔を形作り、腹の奥の感情を吐息にして吐き出した。それはエリウッドが幼い頃から身に着けていた感情をコントロールする方法だった。

 

人に自分の気持ちを悟らせず、自分の気持ちを落ち着ける。

 

だが、今回はそれがどうにも上手くいかなかった。

深呼吸に乗せても吐ききれない熱量が心臓から血に乗って全身に回っていた。身体中を心地よい火照りが包んでいた。レイピアを握る手に自然と力がこもる。

 

ああ・・・ハングのこと馬鹿にできないな・・・

 

エリウッドは心の中でそう呟く。

 

その時、ハングの大声量が山々に轟いた。

 

「向こうが動いた!行くぞ!!」

 

エリウッドはマントを翻し、気持ちを切り替える。

 

「エリウッド・・・大丈夫か?」

「勿論。僕は誰かと違ってそこまで引きずったりしない」

「言ってろ」

 

そして、ハング達は一丸となって頭上から迫ってくるヴァイダ達の攻撃から逃げ出す。

 

撤退戦の始まりだった。

 

竜騎士は上空から槍を投げおろし、時折遊撃部隊が牽制のように降下しては一撃離脱を繰り返している。

 

竜騎士達は数では俺達を圧倒しているが、なかなか攻め切ることができない。それはハング達が逃げている方向が関係していた。ハング達は山と山の間でわずかに谷となっている道を逃げていた。

そのせいで、攻撃を仕掛けるポイントが限定されてしまう。不用意に攻め込めば魔法と弓矢の餌食となるのは目に見えていた。

 

「・・・まぁ、そうするだろうね・・・」

 

ヴァイダは逃げていくハング達を見下ろしてそう呟く。彼女にとってこの方向に逃げていくことは想定の範囲内だった。

 

「逃げろ逃げろ・・・その先は行き止まりだよ・・・さて、どうするんだ?ハング」

 

ヴァイダはどこか楽しむようにそう呟く。

 

ちょうどその時、ハング達の一団に別方向から竜騎士が一騎近づいてきた。

その姿にもヴァイダは見覚えがある。

 

「・・・そうかい・・・ヒース、あんたもそこにいたのかい・・・」

 

ハングと何か話をしたヒースはこちらを一瞥する。その顔立ちは最後に別れた時から随分と精悍なものになっていた。空を見上げたヒースは一瞬だけ躊躇うような顔をしたが、すぐさま好戦的な笑顔となる。

 

それが、ヴァイダには何よりも嬉しかった。

 

「くくく・・・くはははははははは!!」

 

ヴァイダはたまらず声をあげて笑い出す。

 

「た、隊長?どうされたんです?」

「はっ!なんでもないよ!今日は気分が良くてな!さぁ、お前らあいつらをもっと追い立てろ!!」

「はっ!!」

 

ヴァイダの指示に従い、周囲の竜騎士達はハング達を確実に南へと追いやっていく。

 

対して地上ではヒースからの伝令をハング達が受け取ったところだった。

 

「ハング!南に伏兵だ。山賊や傭兵ばかりだがこっちの手に余る!」

「さすが、隊長だな・・・伏兵の袋小路で空の開けた盆地に追い込んで竜騎士部隊で蹂躙するつもりなんだろう。相変わらずだな」

 

正面突破を成功させるための戦術。力押しを確実に押し通すための戦力配置。流石の一言につきる。

だが、こちらも戦術で負けるわけにはいかない。

 

「ハング!どうするんだ!?これ以上行けば隊長の罠の中に突っ込むことになる!」

「だろうな・・・でもな、ヴァイダ隊長は少し勘違いしてる」

「え?」

「制空権が自分達が常に握っていられると思っている。ヒース!自警団の品を引っ張り出させてこい。交渉はマリナスに任せろ。王宮の軍が動かないことをネタに散々に恐怖を煽れ」

 

ヒースはその言葉を聞き、ハッとしたような表情になった。

 

「なるほど・・・わかった!」

 

ハングの指示を聞き、ヒースは低空で飛んで行く。

ハングはすぐさま周囲に指示を出す。

 

「後退のスピードを落とす。ニニアンとニルス!なんでもいいから足手まといっぽい行動をしろ!!」

「えっ、ええ?足手まといっぽい行動?じゃ、じゃあ・・・」

 

ニルスがすぐさまその場で自分の足を踏んですっころんだ。

 

「上手いな・・・」

 

極めて自然な転び方に指示をしたハングの方が驚いた。だが、なかなかの出来栄えだ。

 

「ヘクトル!どうせてめぇは弓も魔法も使わねぇ木偶なんだから、ニルスを背負え!」

「他に言い方ねぇのかてめぇは!!」

 

文句を垂れながらもヘクトルは素早くニルスの腰をひっつかみ、肩に担ぎ上げた。

 

「エリウッド、ついでだ!ニニアンを抱えろ!」

「ハング、それは必要なことなんだな!」

「当たり前だ!」

「ニニアン!ごめん、ちょっと我慢してね」

「えっ!えっ!!あ、あの・・・」

 

エリウッドはすぐさま、ニニアンの後ろから膝裏と肩に手を入れて抱き上げた。

 

「ニニアン、首に掴まって!」

「は、はい・・・」

「行くよ!!」

 

ハングはパントとルイーズ、リンの3人の目となって迎撃する相手を選別する。

だが、行軍速度が落ちたことで敵の攻撃は激しさを増していく。

 

「今が好機だ!攻め込め!!」

 

ヴァイダさんの声が周囲の山々に響き渡る。

その懐かしさに、ハングは思わず今は亡きドラゴンの背中を思い出した。

 

昔はあの声で降下するのは俺の方だった。

 

この地で何度も訓練した。何度も山賊を相手にした。

 

「ハング!敵が勢いづいてんぞ!!どうすんだこれ」

 

ヘクトルがニルスを乱暴に揺らしながらも片手で槍を撃ち落とした。

 

「わかってる。これでいいんだ」

 

ハングは不敵に微笑む。

 

ここまで来れば、ヴァイダさんは最後の追い込みをかけるために総攻撃を仕掛けてくる。ここで俺達を盆地に追いやり、伏兵達と合流して一気に叩き潰すつもりなんだろう。

 

だからこそ、迎撃するにはここしかないのだ。

 

ヴァイダさんが一斉降下の指示を出す。

それに従い、竜騎士部隊が一気に突撃体勢に入った。魔法や弓を恐れず、真正面から噛み砕かんとする気迫がここまで伝わってくる。視界一杯に広がるドラゴンの群れが恐怖を煽る。

 

普通の思考なら仲間達と合流を急いで、逃げ足を速めて罠の中に飛び込んでしまうだろう。

 

だが、ハングは違った。

 

「さて・・・間に合ったかな?」

 

その時、風を切り裂いて巨大な矢が空にアーチを描いた。

 

「止まれ!!!」

 

ヴァイダさんの静止命令がかかる。だが、既に手遅れだった。

放たれた【シューター】の矢が敵陣を切り裂いた。命中はしなかったが、回避しようとバランスを崩した竜騎士が何人かいる。

 

「今だ!!撃ち抜け!!!」

 

ハングの撃が飛び、パントの魔法が宙に放たれた。

巨大な火球が空で弾け、竜騎士部隊の陣形が一気に崩れた。そこに新たな【シューター】の矢が降り注ぐ。

 

「援護射撃、ドンピシャだ!」

 

これは自警団の備品。対山賊用の【シューター】を無理やり引っ張り出させた。剽軽なマリナスが怯える様はさぞかし恐怖を煽ったと見え、手近にある【シューター】は全て稼働されているようだった。

 

【シューター】の矢の精度は低くとも、下にはハング達がいる。

竜騎士達は頭を上げれば【シューター】の矢を浴び、無理に前に出れば魔法と弓の餌食になる。左右に逃げようともここは山の合間であり、そう簡単には離脱できない。

 

竜騎士はたまらずに後退していく。

 

ハング達の後方ではマーカス達が伏せられている兵に襲い掛かっていることだろう。

 

「伏兵は本隊と連携が取れていてこそ効果がある。そうでなければただの遊撃隊に過ぎない。ヴァイダさんに教わったことですよ」

 

ハングはそう呟いて、空を見上げる。

 

「さて、どうします?」

 

その声が聞こえたわけではないが、ヴァイダにはハングが何を言ったかを容易に想像できていた。

ハング達はヴァイダが見ている前で本隊と合流した。伏せていた兵は既に潰走しており、ヴァイダ達の竜騎士は死者こそいないものの、戦える状態ではない者が数名出ている。

 

それに対してハング達の一団はすぐさま陣形を構築し、対空戦闘の準備が整っていた。

上空から見るハング達の部隊の淀みない動きはまさに一匹の獣を想像させた。

 

「ちっ、このあたしを、ここまで手こずらせるなんてね・・・随分と成長したじゃないか」

 

ヴァイダは自分が負けたことを悟る。だが、その顔には清々しい程の笑みが宿っていた。

 

さて、これからどうするか・・・

 

ヴァイダはハングの言葉を思い出す。

 

『【黒い牙】はこれ以上まずい』

『俺のことをもうネルガルが知ってる・・・それと・・・』

 

ハングはヴァイダの身を案じている以上のことを訴えていた。

その内容をヴァイダは想像し、1つの結論に達した。

 

「全員引き上げるよ!!地上部隊!遅れずついてきな!!」

 

ヴァイダは手綱を操って鼻先を巡らした。

向かう先は万年雪に閉ざされたベルンの山の一つだ。

 

そこには【黒い牙】の本拠地がある。

 

ヴァイダは最後にもう一度ハングの方を振り返った。

 

「ふん・・・いい顔をするようになったじゃないか」

 

ヴァイダは一瞬地上部隊に足跡をわざと残すように指示をしようと思ったが、やめておいた。

そこまでしてやる義理はないし、例えそんなことをしなくともハングなら勝手になんとかするだろう。

 

去り行くヴァイダを見送りながら、ハングは大きく息を吐きだした。

 

「・・・なんとかなったな」

 

なんとか本格的な激突をする前に追い返すことができた。

ヴァイダさんがあのまま突っ込んできたら、負けないにしてもかなりの犠牲が出ただろう。

だが、もしそうなったらこちらは容赦なく竜騎士を落とす気でいた。

 

ヴァイダさんはそれがわかっているからこそ引いてくれたのだろう。

 

「変わらないですね・・・」

 

好戦的で冷酷な戦い方とは裏腹に、あの人の性根は仲間想いで随分と温い。

変わらないヴァイダのことがハングは何よりも嬉しかった。

 

「ハング、これからどうする?」

 

ニニアンを降ろしたエリウッドがハングに向かってそう尋ねてくる。

降ろされたニニアンは赤い頬を抑えて震えていたが、エリウッドが見ないふりをしているのでハングもその気持ちを尊重した。

 

「まぁ、焦ってもしょうがない。とにかく今は【ファイアーエムブレム】が先だ。それよりもさっさとここを離れた方がいい。王宮が騒ぎ始めた」

「でも、どこに向かう?」

「近くの町で情報収集か・・・いや、でもな・・・離宮に戻るか」

「え?離宮にかい?」

「ああ、ちょっと気になることがあってな・・・もしかしたら【ファイアーエムブレ】なしでも交渉次第でなんとかなるかもしれない」

 

ヴァイダさんの後をつけてもいいのだが、ハングはヴァイダさんが足跡を残してくれてるとは思っていなかった。

彼女の部下が本気で痕跡を消しているならハングは追跡できる自信は無かった。

 

そんなハングの思考を遮るようにリンディスが声を張った。

 

「待って!私に考えがあるの。あいつらの後を追いましょう!!」

「リンディス?」

「私に任せてちょうだい。【黒い牙】の本拠地を突き止められるかもしれないわ!」

 

ハングとエリウッドは一度顔を見合わせる。

彼女の自信に満ちた顔を前に既に結論は出ていた。

 

「わかった。頼む」

「任せて!」

 

ハングが周囲に撤退の指示を飛ばす。

ハング達は出発準備をマーカスに任せて、リンディスを先頭にして身軽な面々を引き連れてヴァイダ達の逃げた方向へと走り出した。

そして、ベルン王宮の山を迂回して山岳の間道にリンディスは足を進めた。

 

「こっちよ。足跡は消してるけど・・・かなり急いでるこれならなんとか追跡できるわ!」

「本当かよ、おい?」

 

リンの密偵並みの手際にヘクトルは疑問符を浮かべる。それをリンディスは一笑した。

 

「あら、私だってサカの民よ。野外で人間を追うなんてウサギ相手より簡単だわ」

「・・・ハング、いいのかよ?」

「仲間は信じるもんだよ。上手くいかなかったらそん時は別の案がある。今は彼女に付いていこう」

「ま、ならいいけどな」

「みんな、こっちよ!」

 

ハング達はリンディスを先頭に山道を登って行く。

 

向かう先は万年雪が閉ざすベルンの険しい山岳地帯だ。


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