【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第27章~闇の白い花(前編)~

完全に消されたかのように見える痕跡。それをリンディスは確かな足取りで追跡していく。高く険しい山を登るにつれ、道はいつしか雪に覆われ、気温は肌を粟立たせる程に下がっていた。

そして、数刻をかけて山を登った先にハング達は古めかしい砦を発見した。

 

砦の石壁に刻まれた年季と比較して荒れ方が少ない。

建物は人が住まないと劣化が早まる。この城には誰かが住み着き、手入れしている様子が伺えた。

 

ふと、空を見上げるとその城の一画から竜騎士の一団が飛び出していった。

その先頭にヴァイダの姿をみつけ、ハング達は確信を得る。

 

ここが【黒い牙】の本拠地だ。

 

「・・・どうやら、道は間違ってなかったらしいな」

 

ヴァイダはハング達には眼もくれず、一直線に西に向かっていた。

その方角に何があるかを悟り、ハングは唇の端をニヤリと持ち上げた。

 

どうやら、察してくれたらしい。

 

そのハングの後ろではリンディスが自慢気にヘクトルに声をかけていた。

 

「どう、ヘクトル?」

「へーへー、見くびってた俺が悪かったよ」

「ふふっ」

 

満足する返事をもらえたリンディスは今度はハングの肩を突く。

 

「ハングも私のこと少し疑ってたでしょ」

「まぁな、予備の案を用意するぐらいには疑ってた」

 

リンディスを信頼していなかったわけではなかったが、念のために二重三重に策を考えておくのは軍師の仕事だ。

だが、心の片隅では多少の疑念があったことは否定しない。

 

「見直した?」

 

リンディスはそう言ってハングの顔を覗き込んでくる。上目遣いの挑発的な瞳がハングを見上げていた。そんな彼女に素直に「見直した」と言い返すのはなんだか負けたようで、芸がない。

 

「ねぇ、見直した?見直した?」

「・・・・・・いや」

 

ハングはわざと間を置いて、こう言った。

 

「惚れ直した」

「・・・・っ!」

 

途端に耳まで真っ赤に染めるリンディス。見事に想定通りの反応をしてくれたリンディスにハングは「してやったり」と喉の奥で笑う。

 

「このっ!バカっ!!」

「なんだよ、誉めてやったんだから、『バカ』はねぇだろ」

「うるさい!もう・・・」

 

リンディスはハングから顔を背け、赤くなった頬をもみほぐしていた。

ハングはそれを見てまた笑う。

 

「さて、和むのはこれくらいにしよう。ラガルト、いるか?」

「へいへ~い」

 

いつの間にかハングの後ろにいたラガルト。相変わらずの腕前だ。

 

彼の登場にヘクトルが一旦険しい表情をしたが、何とか胸の内に留めたようだった。

とはいえ、ラガルトの出現位置があと半歩でもハングに近かったらヘクトルは瞬時に斧を引き抜いていただろう。

ヘクトルは元【黒い牙】であるラガルトを直接信頼したわけではなかった。エリウッドやハングが信頼しているから暫定的に信を置いているにすぎない。

 

ただ、それはヘクトルの問題だ。ハングは構わずラガルトに話しかける。

 

「お前、ここには初めて来るのか?」

「いいえ、何度も出入りしてますよ」

 

ハングはのこめかみが僅かに痙攣する。『拠点の場所は知らない』などとほざいていたのはどこの誰か思い知らせてやりたかった。

 

だが、とりあえずそれは後回しにする。

 

「それで、中の構造は?」

「中央の砦が俺たちの休憩所で指示を受ける場所だ。外にある残りの建物は宝物庫とか武器庫、食糧庫の類」

「武器庫が外にあるのか?」

「中央砦だけじゃ収まりきれなくてさ」

 

さすが暗殺団の詰所といったところか。

 

「守備機能は?」

「ただの拠点だからな、あんまり守ることは考えてないね。いざとなったら立てこもるよりさっさと逃げるように言われてたしな」

「罠の類は?」

「そっちは十二分に配置してる。月に二回は罠の配置を変えてるから俺は本当に知らない」

「それって外に出てた連中が戻って来た時にどうするんだ?」

「秘密の入り口があるんだよ。そこから入ってきた奴らは仲間とみなして罠の配置が伝達されるようになってる」

「なるほど」

「けど、そこから入ろうとか考えない方がいいぜ。その通路は一番死角が多い。暗殺者の本領が一番発揮できる通路だ。バレた時のリスクがでかすぎる」

 

やはり、不用意に建物内に突っ込むのは危険だ。

かといって外で迎え撃つのも考え物であった。

 

ハングは靴で足元の雪を軽く払う。

 

万年雪に閉ざされた山脈の雪は長い年月で固められ、氷のような状態になっている。このような場所では騎馬隊は十分な力を発揮できない。歩兵だって足を取られて集団で陣形を組むのも無理そうだ。

 

飛行部隊に頼りたいところだが、さっきから空の調子が悪い。上を見上げれば、今にも灰色の雲から雪が千切れ落ちてきそうだった。

 

「さて・・・どうするか?」

 

頭を悩ませるハング。

そんな彼にリンディスがさも当然のように言い放った。

 

「なら、早速中央砦に忍び込んでみましょう」

「おい・・・ちょっと待て、ここはベルン王宮とは話が違うんだぞ」

 

だが、ハングがリンディスを説得する前に別方向から同意が入る。

 

「おう!当然だ!!」

 

ヘクトルがかなり乗り気であった。

 

この二人には軍の重要人物の立ち位置について一晩かけて教え込む必要がありそうだとハングは微笑の下で考える。とはいえ、他に手段があるわけでもない。生憎、砦周辺の警備はかなり手薄だ。

 

「ハング、行っていい?」

「見つかるなよ」

「任せて。また惚れさせてやるんだから」

「楽しみにしてるよ」

 

ハングが手をひらひらと振って指示を出すと、二人は矢のような勢いで雪道を駆け抜けていった。

 

「ったく、なんで二人ともあんなに楽しそうなんだろうな?」

「根が単純だからじゃないかな」

 

エリウッドが涼しい顔で毒を吐いた。

ハングは「違いないな」と言って仲間達に離脱の用意をさせる。ここは土地勘のない敵地なのだ。何かが起きればいつでも離脱できる用意は常にしておかなければならない。

 

ハングとエリウッドは仕事をマーカス達に任せ、リンディス達の後を追った。

砦の周囲を囲っている門壁は既に崩れて防御拠点としての役割を果たしてはいない。見張りの配置もなく、ハング達は難なく敵の本拠地へと足を踏み入れた。

門の内側の構造はベルンによく見られる構造の砦である。ハングは外見や立地から古い城かとも思っていたが、むしろ様式は現在のものに近い。

 

近年、突貫で大量に造られて放置された砦の一つであろう。

 

雪に閉ざされた砦は異様な程の静けさに満ちていた。

 

「なんか・・・複雑な砦だな」

 

ヘクトルがそう言った。

確かに平城が主なリキアとは違い、山岳地帯の多いベルンの砦は建物が多い。そのせいで複雑な迷路のように感じるのだろう。建物が多いのはいざとなったら建物を打ち壊して瓦礫を山の上から投げ落とすためだ。

 

ハング達は人の目を避けるために砦の壁沿いを移動する。

そんな時、ふと砦の中から話し声がハング達の耳に届いてきた。

 

ハング達は手でサインを出し合って、話声の聞こえてくる窓の外へと集まる。

聞こえるのは女性と男性、それと女の子の声。

 

ハング達が耳を澄ますと、女の子の興奮したような声が聞こえてきた。

 

「・・・ほんとっ!?あたしに仕事くれるって・・・本当なの母さん!?」

 

ハング達は石組の隙間を探し出し、砦の中を覗き込んだ。

中では魔道士風の恰好をした女の子が女性に向けて期待を込めた目で見上げていた。

 

「そうよ、とても大きい仕事」

 

そう言った女性には見覚えがあった。

ベルン城で見た女だ。名前はソーニャだったと記憶していた。

 

「あなたに任せる仕事はベルン国王の依頼よ」

「国王の!?そんなすごい仕事をあたしにっ?」

 

興奮で声を裏返らせる女の子。その無邪気さは暗殺集団とは程遠く、普通に魔道を学ぶ少女と言った方がしっくりくる。そんな少女をソーニャはまるで感情を感じさせない瞳で見下ろしていた。

 

そんな時、年季を感じさせる声が割り込んだ。

 

「ソーニャ!?わしは反対だぞっ!!こんな小さな子にそんな危険な仕事を・・・」

「とうさん?」

 

父と呼ばれたのは筋骨隆々で顔に歴戦の傷痕を残す男。

その男の身体的特徴をハングは知っていた。

 

「・・・ブレンダン・・・ブレンダン=リーダスか・・・」

 

暗殺団の長であり、かつては傭兵として名を馳せた男。

彼の武勇伝はもはや伝説であり、話に尾ひれがついて眉唾ものばかりになっている。だが、いざブレンダンを目の前にすると、それらの噂もあながち嘘ではないように思えてくる。

ブレンダンはそれだけの体躯と風格を持っていた。

 

部屋の中では依然話は続いている。

 

「・・・そうね、本当ならあなたの息子達がやるべき仕事よ。だけど、先日の報告以来どちらも姿を見せない。だから私の娘にやらせるの。いくらあなたでも文句なんて言わせないわ」

 

理路整然とした話だ。

 

ソーニャが仕事を与え、ブレンダンは蚊帳の外。

ブレンダンは口の中で苦虫を噛み潰したような顔をして、その部屋から出て行った。

 

「とうさん・・・・」

「好きにさせればいいわ。それより仕事の話よ。ジャファル!出てきなさい!」

 

ソーニャの声に応じるように、部屋の隅から一人の男が歩み出てきた。

 

ハングはその男の出現に目を見張る。

 

「あの、男。【竜の門】にいた・・・」

「ネルガルの手下だ。間違いねぇ」

 

ヘクトルが憎々しげに小さく悪態をついた。彼の表情は今すぐにでもジャファルの首を捩じ切ってやりたいと訴えていた。とはいえ、忍び込んでいる以上、今仕掛けるわけにもいかない。ヘクトルは唇を噛み締めることで自分の衝動を抑えていた。

 

部屋の中のジャファルの持つ気配の鋭さは明らかに尋常ではない。それなのに、部屋にいる女の子は何の躊躇いもなしに声をかけていた。

 

「ジャファル!起き上がって大丈夫?傷は痛まない?」

 

そこには他意など微塵も含まれておらず、純然な温もりがある。あんな男でも心配してくれる人間の一人ぐらいはいるんだな、とハングは思った。

 

だが、ジャファルはそんな女の子にほとんど反応らしいものは見せなかった。

 

愛想の無い男だ。

 

それと同じ感想をソーニャも抱いたようだった。

 

「愛想の無い男ね・・・まぁ、いいわ。ジャファル、国王からきた依頼の内容は聞いてるわね?」

 

ジャファルは岩のように動かない頬をわずかに動かし、口を開いた。

 

「・・・王子ゼフィールの・・・暗殺・・・」

 

それを聞き、外で聞いていた四人、そして中の女の子の計五人に衝撃が走った。

 

「え!?王子!?国王は王子を暗殺しようとしているの!?」

 

女の子が放った疑問は外の四人の抱いた疑問と同じものだった。

だが、その質問の答えをソーニャは言わなかった。ソーニャは「ニノ!うるさいわよ」と言い放ち、少女を黙らせた。

 

とりあえず、女の子の名前はニノというらしい。

 

ソーニャはジャファルに向けて声をかける。

 

「ジャファル、その仕事をニノとお前に任せるわ」

「・・・・本気か?」

「ええ、本気よ。この子にも私の娘として早く一人前になってもらわないとね」

「・・・やめておけ。こんな子供には無理だ」

「お前がついていれば問題ないでしょう?嫌だとは言わせないわ。国王には恩を売っておけと、ネルガル様のきついお達しなのよ」

 

ネルガルの名前を出され、ジャファルが無言になる。

その沈黙を肯定と受け取ったソーニャはニノに向けてきつく言い放った。

 

「ニノ!失敗したらわかってるわね?」

 

失敗には死を

 

自分の娘に向けて随分な話だ。

 

「それじゃ、王子が暮らす離宮まで下調べにいきましょう。詳しい話は道中聞かせるわ。二人とも準備をなさい」

 

ソーニャはそう言って部屋からニノとジャファルを退室させ、廊下から別の人を呼び込んだ。

 

「ケネス、ジュルメ」

 

ソーニャの呼びかけに応じて、次に部屋から入って来たのは小太りの聖職者風の男と顔色の悪い盗賊風の男だった。ソーニャは彼等に向けて質問をする。

 

「首領は?さっき部屋から出て行ったけど?」

 

ソーニャの問いに答えたのは聖職者風の男。

 

「ヤンを伴い外へと向かいました」

「どういうつもりかしら・・・まぁ、いいわ。二人には留守を任せます。例の物も決して奪われぬように」

 

二人が同時に「かしこまりました」と返事をし、退室していく。

その後、ソーニャも部屋から出ていき、周囲に静けさが戻ってくる。

 

しばらく警戒のために耳をすませていたハング達であったが、完全に人気(ひとけ)人気がなくなり、彼等はその場で今聞いた話について議論を始めた。

最初に口を開いたのはエリウッドだった。

 

「・・・まさか、本当に王子を暗殺するつもりなのか?」

「ったく・・・本当に何年歳を重ねても無能は変わらねぇな」

 

ハングはそう言って、唾を吐き捨てる。

ハング程ではないが、エリウッド達もそれぞれ含むもののある顔をしていた。

 

両親より十分な愛情を持って育てられたエリウッド。

幼くして両親を亡くし、兄と共に強く生きてきたヘクトル。

自らを犠牲として、その命を繋いでもらったリンディス。

 

ハングも厳しいながらもそこに確かな愛のあった育ての親がいる。

 

皆、保護者という存在を心の中では絶対のもののように感じていた。

 

今回の話はそれを根本から覆す。

 

「とめよう」

 

エリウッドが簡潔にそう言い放った。

その単純明快な答えにリンディスが頷く。

 

「そうね、【ファイアーエムブレム】を取り戻しても即位する王子がいなければ意味がないもの」

「あのニノという子なら・・・話をすればわかってくれるかもしれない」

 

ハングはエリウッドのその考え方に同意しつつ、警戒すべき相手がいることを皆に思い出させた。

 

「あのジャファルとかいうのに邪魔されなきゃな」

「そうだね、それじゃあ早速・・・」

 

そう言って動き出そうとしたエリウッド。

だが、その動きは後ろを振り返った時点で止まった。

 

「こんにちは侵入者の皆さん」

 

聖職者の恰好をした男、ケネス。

 

「なっ!!」

 

こちらが動揺したその瞬間、ケネスが杖で雪の地面に軽く触れる。

杖の先を中心として巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 

「まずい!!」

 

ハングが警告を発した時にはもう遅かった。

魔法陣がその場から爆発したように拡大していき、地面を駆け抜けていく。

 

次いで地が揺れる程の衝撃が襲った。

 

ハングはこの術を知っていた。

 

人間の心臓を触媒にして構築する闇魔法系統の結界術。

一度発動すれば、術者が結界を解くか、術者を殺さない限り外に出る方法が無い。

穴を掘ろうが、空に飛ぼうが決して出られない結界術だ。

 

奥歯を噛み締めるハングにケネスは余裕の表情を見せる。

 

「私たち暗殺者が、アジトに忍び込まれるなんて笑えない話ですよね。うふふふふふ」

 

品の無い笑みを浮かべるケネスにヘクトルが吠えた。

 

「笑ってんじゃねぇよ!だいたいてめぇ聖職者だろ!なんであんな暗殺集団なんかにいるんだよ!信仰心はどうした!!」

「神・・・神ですかあなたたち、まだそんな者にすがってるんですね。ネルガル様に会われたんでしょう?だったら、分かったはずだ。“神”なんて、人間の弱さが作り出したニセモノだと!神がいるとすればそれは、ネルガル様だけです」

「ばかな・・・」

 

エリウッドが絶句する。

 

その隣でハングはその意見を鼻で笑っていた。

 

「『金は力だ。少なくとも神よりは役に立つ』」

「・・・ん?」

「豪商タウメンの言葉だ。聖書とネルガルの言葉しか知らないような無知な奴にはわからないか?」

 

ケネスはある程度博識ではあったがその格言は知らなかった。だが、それを恥と感じる精神は持ち合わせが無かった。すぐに気をとりなおし、ハングを不躾な視線でなぞる。

 

「その背格好・・・あなたがハングですね」

「ほう、俺も有名になったもんだな」

「ええ、あなたは真っ先に狙えと言われてましてね・・・」

「それはそれは・・・いい気分とは言えんな」

 

その時、雪を踏みしめる音が近くの建物の陰から聞こえた。

ハング達の意識が一瞬そちらに向く。

 

だが、その音のした方向には誰もいない。

 

「お~いるいる。こりゃいいやよりどりみどりだなぁ、おい?」

 

声が聞こえたのは音のした方向の真逆。皆の意識の死角から足音を立てない独特の足運びでジュルメが現れた。

 

「ど、れ、に、すっかな~?いや、まてよ。中にはろくでもねぇクズが混ざってるかもな。そいつに当たっちまうと興ざめだ。せっかくのごちそうも台無しになる。なぁ、それがいいよな?おまえたちも!」

 

既に短刀を抜いている彼に対応するようにエリウッド達も武器に手をかけた。

そんな様子を歯牙にかけることなく、ジュルメの視線はリンディスをとらえた。

 

「お!そこの女!きれいな肌だなぁ!」

 

次の瞬間、突如としてジュルメが爆発的な跳躍を見せた。

 

地を蹴り、壁を蹴り、曲芸師のような動きでジュルメはハング達のど真ん中に飛び込んできた。

その奇抜な動きにハング達の対応が一瞬遅れる。

 

「なっ!」

「まずは味見だぁ!」

「しまっ!」

 

リンディスの背中にナイフが振り下ろされる。

彼女も反転しようとするが、間に合わない。

 

ジュルメがナイフを振り切った。

 

「おっ?」

 

ジュルメはそのナイフの手応えに眉を寄せる。ジュルメのナイフは確かにリンディスの背中を切り付けたはずだった。皮膚を割き、血が滴るぐらいの浅さの傷を残すはずだった。女の背中を切り裂く柔らかな感触を楽しみにしていたというのに、ジュルメが感じたのは魚の鱗に刃を立てた時の感覚だった。

 

「おい・・・」

 

ジュルメの頭上から怒気に満ちた低音が降ってきた。

ジュルメの肌に戦慄が走り抜けた。ジュルメは己の感覚に従うままその場から飛びのいた。

 

直後、包帯の巻かれたハングの左腕が万年雪の上に振り下ろされた。強烈な爆音が轟き、雪が散る。万年雪の氷が割れ、凍土となった地面までもがわずかに掘り起こされる程の衝撃が走り抜ける。

 

ハング達から距離をとったジュルメはそれを見て唇を舐める。

 

「・・・おいおい・・・なんだありゃ」

 

ジュルメが軽薄な笑みを浮かべながらそう言った。だが、彼の背中には一筋の冷や汗が流れ落ちるのは止めようがない。ジュルメが先程まで立っていた場所は大地が抉れ、小さな隕石でも落ちてきたかのような有様になっていた。

それを作り出した男は、激昂を隠そうともせずにジュルメを睨みつけていた。

 

「おい・・・てめぇ」

「俺かい?」

「他に誰がいる・・・てめぇ・・・」

 

ハングが拳を構えた。

 

「てめぇ!人の女に色目使ってんじぇねぇよ!!」

 

冷たい風が吹いた。

 

「・・・・は?」

 

ジュルメは状況を忘れて間の抜けた声を出してしまった。

ハングの後ろではリンが静かに頬を染めてハングの背中を叩き、エリウッドが感心したように頷き、ヘクトルが呆れ顔でハングの頭を殴りつけた。

 

「そんなことかよ!」

「そんなことはなんだよ!こいつは『きれいな肌』とか言って口説きやがった上に女の背中の肌まで晒させようとした糞野郎だぞ!!」

 

ジュルメは確かに『きれいな肌してる』とは言ったが、それはあくまで標的でという意味である。

 

ヘクトルが再びハングの頭を叩き、彼を中心に緩んだ雰囲気が流れる。

 

そんな空気を払拭しようとケネスが咳払いをしてから話を強引に戻そうとする。

 

「まぁ、とにかく。あなた達をここから出すわけににはいきません」

「こっちだってな・・・そいつを殺すまでここを出るつもりはねぇよ」

 

ハングの視線はジュルメを捉えて離さない。

ジュルメの背筋に悪寒が走る。ジュルメは乾ききった唇を舐め、ナイフを捨てて魔力による遠距離攻撃の可能な武器を懐から引き抜いた。

 

「ま、まぁ。というわけであなた達をここで始末させていただきます!さぁ、踊ってもらいましょうか!!」

 

ケネスは元聖職者ということもあり、高らかに宣誓するようにそう言った。

本人としては闘争に至るプロセスが欲しかったのだろうが、場の雰囲気が完全にぶち壊していた。

 

いまいち締まりきらない間にケネスとジュルメの二人は転移魔法でどこかへと消え失せていった。

 

残されたハングはジュルメが消えた空間を睨み、怨嗟を絞り出すかのように不気味な息の吐き方をした。

 

「ハング・・・大丈夫かい?」

 

エリウッドが躊躇いがちにそう声をかけた。

 

「ああ・・・なんとかな」

 

その声音はいつもの音域に戻ってきており、彼の顔も軍師の冷静さを取り戻していた。

だが、目尻に滲む怒りはどうあっても隠しきれていなかった。

 

「ハングがそこまで怒り狂うのも珍しいね」

「お前だってニニアンが変な男に詰め寄られて嫌そうにしてたら、問答無用な気持ちになることぐらい想像できるだろ」

「・・・否定はしないけどね・・・」

 

ハングは憤懣やるかたなしと言った雰囲気で荒々しく鼻息を吐き出した。

 

「とにかく、仲間と合流する・・・既に砦の中も殺気立ってるしな。行くぞ」

 

そう呼びかけ、走り出したハング。

彼に続いてエリウッド達も移動を開始した。

 

その最後尾を走っていたヘクトルは前を行くリンディスの耳元から首にかけてが真っ赤に染まっているのを目撃した。何か声を駆けようかとも思ったが、馬の後ろから近づいて蹴られるのは御免だ。ヘクトルはそっとリンディスの横に並べるぐらいに加速したのだった。

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