【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「まったく、暗殺するなら。少人数が基本だろうに」
あまりの人数を前にラスの背から降りて戦線に参加していたハングは思わず悪態をついた。
離宮の廊下には次々と暗殺者が現れてくる。この夜闇に何人潜んでいるのか見当もつかない。
王子一人を殺す予定のはずなのに、いったい何人連れてきてるのか。しかも相当の手練ればかり。雪山に残っていた『留守番組』とは根本的に練度が違う。王子相手にこの質と量ははっきり言って異常だった。
「ギィ!先行しろ!!夜目は効く方なんだろ!!」
「前に確かにそう言ったけどさ、これは」
これ程の敵を相手にハングが戦線に参加しても、さほど戦力にならない。
足手まといにはならない程度には戦えているが、だからと言って役に立ってるとは言い難かった。
「ハングさん、手伝います」
「エルク、正面を焼き払え」
「わかりました」
エルクが放った火球が廊下を照らし、その先にいた大男に直撃した。
「あれが暗殺者とは恐れ入る」
「まったくですね」
「エルク、もう一発だ」
「了解です」
再びエルクの火球が飛んでいき、また一人の敵にぶち当たる。
だが、一撃では倒れてくれなかった。
「ギィ!迎え撃つぞ!!」
「ああ!って、ハングは戦えるのか?」
「無理だ!だからお前が迎え撃て!」
堂々と戦力外宣言をするハング。ギィは嫌な汗をかきながら、剣を構えた。
「くっそぉぉぉ!いくぞ、【剣魔】直伝の必殺・・・蓮華!!」
と、ギィが動き出した直後、その敵が真横に吹き飛んだ。
「え?あれ?」
「ギィ、何もしてないよな?」
「あ、ああ」
敵を吹き飛ばしたのは脇から続く廊下から放たれた魔法だった。
「うう・・・うう・・・」
廊下から現れた子にハングは見覚えがあった。
【黒い牙】の本拠にいた少女、ニノだ。
「・・・君は・・・」
「だ、誰!?」
咄嗟に魔道書を開いた彼女に対し、ハングは慌てて両手を挙げた。
「待て!!俺達は敵じゃない」
「嘘だ!!」
「え?」
疑問の声をあげるまでもなく、ニノが呪文を唱え始めた。
「ちょっ!待て!!俺は本当にお前の味方だ!」
「嘘だ!!」
呪文を中断しつつもニノはそう叫んだ。
そうしてる間にも、彼女の手のひらには火球が収束している。
その行為にハングの背後でエルクが「ばかな」と呟いた。
彼女は魔法の詠唱を途中で停止しながら、魔力を分散させずに更に収束させている。
それは、生半可な能力で可能なことではない。
そして、それをやってのけたニノはというとハングに対して敵意をむき出しにしていた。
「俺はお前に危害を加えるつもりはない!」
「嘘だ!」
まるで取り付く島もない。
だが、ニノには彼女なりにハングを信用できない理由があった。
「だってあなたの顔、とっても怖いもん!!」
「・・・・・・・それは・・・うん・・・まぁ・・・」
ハングの背後でエルクが音もなく溜息を吐き出した。
「ハングさん・・・こればっかりは仕方ないですよ」
「そうだな・・・って!いや、ちょっと待て!話せばわかるから」
ハングは一瞬納得しかけた自分を押し潰す。
だが、ハングは自分がこの顔である限り、ニノを説得するのは不可能だと理解した。
「エルク!!お前が説明しろ!!」
自分がここで我を張っても仕方ない。ハングはエルクを前に突き出した。
「はいはい・・・ニノ、だったね。彼の言うことは本当だよ」
「本当?」
ニノと同じく魔道士の格好をしたエルクにニノの警戒心が緩む。
「うん、信用してくれないか?」
「なら、王子は部屋の中だよ!早く助けてあげて!!」
ニノは掌に集めた火球を霧散させつつ、エルクに王子の部屋の場所を教えている。
エルクがあっという間にニノを懐柔したのを目の当たりにしたハングはギィに向かって問いかける。
「なあ、ギィ。俺ってそんなに怖い?」
「暗闇だとやっぱこえぇと思うぞ。もし森でお前と出会ったら俺なら絶対に切りかかるね」
ハングは溜息を吐き出した。
だが、そんなことより有用な情報がニノの中にあった。
「ギィ、エリウッド達に防御の拠点を知らせろ。王子は部屋の中だ」
「え!?でも場所はわかるのか!?」
「エリウッドには離宮の地図を叩き込んだ。王子の自室と言えばわかる」
「わ、わかった!!」
ギィを後方に送る。
ハングは改めてニノへと視線を合わせた。
「信用してくれたかい?」
「・・・・」
ニノはエルクの陰からこちらを見ていた。
「嫌われたね」
「やかましい」
エルクに対し睨みをきかせる。そのせいで、余計に顔が怖くなったのか、ニノはエルクのマントの陰に素早く隠れてしまった。
「くくく、ハングさんって本当に・・・くくくく」
「笑うな!!・・・えと・・・俺はハングだ。君はニノだよな?」
「う、うん。どうして、名前を・・・」
「えと・・・どこから説明するか・・・」
ただでさえ、委縮させてる状態。ハングは助けを求めるようにエルクを見る。
すると『しょうがない』と無言の返事があった。
エルクはニノに対しこれまでの経緯や【黒い牙】の実態についてかいつまんで説明した。
「・・・そんな・・・そんな・・・ウソ・・・」
「残念だけど・・・本当の話なんだ。【黒い牙】は、もう君が思ってるような義賊団じゃない。ネルガルにいいように使われているんだ」
エルクが語った内容は事実。
だが、もちろんそれはこちら側からの主観でしか語れないことばかりだ。
ニノが内側からどのように【黒い牙】を見てきたかはわからない。
「・・・すぐに信じろとは言わない。だけど・・・真実は一つだけだ。僕たちと一緒に行かないか?王子の命を奪わなかった君ならきっとわかると思う」
エルクは語るようにそう言い聞かせる。
ニノは衝撃を受けてはいたが、その眼から頭の中を全力で回転させているのが見て取れた。
聡い子だ。
ハングはそう思う。
自分の価値観を覆されたとき、人はその本性が浮き彫りになる。
八つ当たりのように怒り狂うのか、受け入れきれずに嘆くのか、全てを投げ出して思考を停止してしまうのか。
ニノは考えることを選んだ。
ならば、時間はかかるかもしれないが、いつか結論を出せるだろう。
だが、今はその時間が無い。
ハングはニノは思考を遮るつもりで彼女の名を呼んだ。
「ニノ、一つ聞きたいことがある」
「えっ、なに?」
「もう一人・・・ジャファルだったか?」
その名を出した途端、ニノの顔が凍りついた。
「奴はどうした?」
そう尋ねながら、ハングはその結論の大部分を予想していた。
ニノは魔道士としての才能の片鱗を確実に持っている。だが、彼女はまだ原石だ。ジャファルを倒し、王子の命を救ったとはハングには思えなかった。
それに加え、暗殺集団がこの人数を投入していることを考慮すれば自ずと答えは出る。
「ジャファルは・・・私を・・・助けようとして・・・」
ニノの目尻がわずかに湿っていた。ハング達に出会う直前まで泣いていたのかもしれない。
だが、ハングは冷めた目を離宮の奥に送る。
思い出していたのはたった一つ。
【魔の島】で見せつけられたレイラの死体。
彼女を殺したのは【四牙】の一人。ハングはあのジャファルという男を疑っていた。
冷えた感情がハングの胸の奥にうごめく。
ここで死ぬならそれもいいか・・・
獣のような無慈悲な考えが脳裏を駆け抜けた。
「と、思えたら楽なんだがな」
ハングはそうぼやいた。
ハングの目が冷酷なものから感情を宿したものへと変わった。
胸の奥に現れた感情はに偽りはない。だが、今はその気持ちが表に浮上してくることはなさそうだった。
ハングは『見捨てる』という選択肢を排除する。
「なんとかなるかな・・・」
「え・・・」
ハングの呟きが聞こえたのか、ニノが顔をあげた。
彼女の視線の先でハングは不敵に笑っていた。
そこにロウエンが駆け込んできた。
「ハング殿、あまり突出しないでください」
「よう、ロウエン。いいところに来たな」
「え?」
ロウエンの背を見ればレベッカも一緒だ。
これで手勢は十分だ。
「ニノ、ジャファルはどう動くかわかるか?」
「助けてくれるの!?」
ハングはニノの頭をくしゃりと撫でた。
「助けるさ。必ずな」
ハングが戦場で見せる良い笑顔。
周囲の士気を否応なく上げていく軍師としての笑顔を前にニノはせりあがる熱い水滴を飲み込んだのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ジャファルの息があがる。身体も先程から鉛のように重い。
だが、そんなことを相手が考慮してくれるはずもない。
ジャファルは手元の短刀を半回転させつつ、相手の動きに合わせて剣を受け流す。ジャファルはがら空きとなった敵の喉にでもう片方の短剣を突き刺す。肉を断つ手応えを感じ、ジャファルは短剣を素早く引き抜いた。
姿勢を落として返り血をかわし、すぐさま次の相手へと体勢を整える。ジャファルは低い姿勢から敵の懐に飛び込み、肋骨の隙間から心臓を突き刺した。
間髪いれず、左右から手槍が飛んでくる。短刀一本でそれらの軌道を逸らしながら、更に跳躍。空中で右の敵の首筋に鋭い蹴りを叩き込みつつ、左の敵に短刀を投擲。夜闇を裂いて飛んだ短刀は敵の眉間へと吸い込まれるように飛んでいった。蹴り飛ばした敵は首の骨が折れたせいか、痙攣を繰り返しつつ床の上でのたうっていた。
ジャファルはそこで一度息を整える。
既に周囲は複数の死体が血だまりをつくり、鉄と脂の臭いが立ち込めていた。
この場所がジャファルが生きてきた世界だ。感情を捨て、理性を捨て、自分すら捨ててジャファルはずっとこの泥の中にいた。
だが、今のジャファルは微かに笑っていた。
表情一つ動かさず標的を葬る【死神】
感情の欠落していたはずの男が今は笑っていた。
敵の増援が現れる。
「ここが貴様の死に場所だ」
「三下が・・・」
悪趣味な鎧を着た騎兵を睨みジャファルは手元で剣を一回転させる。
直後、ジャファルが爆発的に加速した。
馬の足元に踏み込み、騎馬の腹を掻っ捌く。
「なっ!!」
突如暴れ出した馬。
制御できず、隙だらけとなった馬上の敵。ジャファルは確実をきすため、馬の脚の腱を切断した。
倒れてくる馬の背を駆けあがり、馬上の将の首に短剣を突き立てた。
「ふぅ・・」
一人の将を殺したというのに、休む暇もなく新手が突っ込んできた。
この部隊の指揮官はウルスラだ。雑魚をいくら片付けたところで、何も変わらない。
だが、ウルスラはこの闇の中に息をひそめたままだ。ジャファルが生き残るには今離宮に入り込んできている敵兵を全滅させるしか方法がない。
ジャファルは今まで持っていた剣を二本共投げ捨てた。
返り血と人の脂肪で斬れなくなった刃を捨て、新たな牙を手にとる。
手持ちの剣はこれで最後。
ニノは逃げられただろうか。
それを確認できるまで、まだ潰れるわけにはいかない。
ジャファルは細く、短い息を吐き出した。
その時だった。
頭上から巨大な破砕音がした。
ジャファルが見上げると離宮のガラス窓をドラゴンナイトがぶち破ったところだった。
「・・・っく」
無茶苦茶だと、ジャファルは内心悪態をつく。
降り注ぐガラスの破片から逃れるように離宮内を走り抜ける。そのジャファルの傍に別のドラゴンナイトが着地した。乗っていたのは髪の一部が白髪になった精悍な男。ヒースだった。
「君は・・・離宮の兵士・・・じゃなさそうだね」
「・・・・」
ジャファルはこの男が暗殺者ではなく、敵意が無いことを感じ取った。
いつものジャファルであるなら、目撃者を始末しようと行動を開始していただろうが、今はそんなことをしている場合ではない。
既に疲労はピークを迎えており、敵の数は一向に減る気配を見せない。
そんな夜にわざわざ敵を増やす必要はなかった。
そう判断したジャファルはニノを追いやった方向に目を向けた。
「・・・【黒い牙】は・・・俺がやる・・・お前らは・・・部屋の王子と・・・それと・・・」
それを見たヒースは安心させるように微笑む。
「そっちには俺達の味方が展開している。心配いらない」
信用できるのか?
そう言いかけて、ジャファルは喉元でその言葉を飲み込む。
信用ならないのはジャファル本人だって一緒だ。
「ヒース!!世間話はその程度にしとけ!!敵がやけに多い」
「わかってるよ、レイヴァン!」
ジャファルはまた短く息を吐き出した。
「奴らの狙いは・・・王子の部屋と、この俺の始末だ」
「なるほどな」
レイヴァンが皮肉るように笑う。
ここは王子の自室へと続く道であり、ジャファルもいる。さすがに敵の層が厚い。
「この人数で何とかなるか?」
ジャファルはヒースにそう問いかけた。
「難しいかもね・・・ハングが救援を送ってくれるといいんだが」
背後では頭上から奇襲をしかけたリンディスとヴァイダが全力で暴れまわっている。
若干、二人の戦い方に怒気が混じっているのが気になるが、頼りになることは間違いない。
だが、敵は離宮内に構築された転移魔法の陣から次々と増援を送り込んでくる。
多勢に無勢であることは間違いない。
「君はジャファルだね。手を貸してくれるか?」
「・・・・・いいだろう」
ヒースとレイヴァンの間にジャファルが並ぶ。
どちらにせよ、今は戦うしかない。
ジャファルは剣を手元で半回転させ、間合いを一気に詰めた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ホールのような広い空間に陣取り、ヴァイダとリンディスは暴れまわっていた。
「なかなかやるじゃないか!!」
「そちらも!!」
槍の切っ先が夜闇を切り裂き、剣の刃が影を討つ。
お互いに背を預ける形で戦っているが、その間にはなぜか無言の火花が散っていた。
リンが踏み込み、隙を見て矢を放つ。
ヴァイダがドラゴンでかき乱し、手槍で風穴を開ける。
それぞれが別々の敵に相対しながら、決して邪魔にならないように動く。
仕草で合図を送っているわけでも、目線で会話してるわけでもない。
歴戦の二人組を思わせる戦いぶりは、この二人がほぼ初対面だとは思えないだろう。
だが、彼女達が目を合わせない理由は単に『目線での意思疎通すら必要ない』という信頼の表れではない。
それは口にするのも憚られるような女の戦いであった。
不意にリンディスのわずかな隙を縫うように矢が放たれた。
それはヴァイダの槍によって叩き落とされた。
「脇が見えてないな、小娘」
「くっ!!」
「そしてムキになるようではまだまだだ」
「・・・・」
恐ろしい程に無表情になるリンディス。ヴァイダは彼女のそんな表情を観察しながらわずかにほくそ笑んだ。
そこには幾つかの思惑が詰まっていたが、一番は『育てがいがありそう』である。
元々はベルン竜騎士の隊長として部下を育ててきたヴァイダ。これ程に今後が楽しみな逸材は久しぶりだった。
そして、もう一つの思惑は『あたしの愛弟子に相応しいか、どうか。ここで見定めるとしよう』というものだ。
なんだかんだ言ってもヴァイダも人の子である。息子であり弟のような存在の愛弟子のことは人一倍想っていた。
対するリンディスはというと、自分の中の嫉妬心をしっかりと受け止めていた。
自分がハングをどう思ってるか。
ハングの昔の知り合いをどう思ってるのか。
それはヒースの加入時にしっかりと自覚した。
だが、自覚したからといってすぐに変わるかというと、当然そういうわけにはいかない。
というか、最近は余計に酷くなっているようにリンディスは思っていた。
ハングが他の女性と喋ってるだけで剣に手が伸びそうになる。
下手するとハングがエリウッドと長いこと相談してるだけで嫉妬を覚える。
愛とは独占欲の錯覚にすぎないと囁く悪魔の声もあながち間違ってないような気がする今日この頃である。
ただ、それらは普通なら我慢できる範囲内だ。
夜にハングと訓練や勉強会をすることを考えれば感情に蓋をすることぐらいどうってことはない。
だが、我慢できることがあれば我慢できないことだってある。
今回はそういうことだった。
後でしっかりとハングを問い詰めてヴァイダとどんなことをしてきたのか細大漏らさず吐かせる算段であった。
そんな状態では目の前の女性に対していささか感情的になるのは仕方ないと言えた。
「次っ!!死にたい奴からかかってきなさい!!」
「オラオラ!そこに並びな!!」
背後に黒い炎が浮かび上がるような女性二人を前に歴戦の暗殺者達も足を引く。
その時、室内に巨大な落雷が迸った。
二人はほぼ同時にその場から飛んでかわす。
「遠距離魔法・・・」
「あのウルスラって女だな。ついに動いたか」
落雷が直撃した場所は僅かな焦げ跡を周囲に残し、床石に大きな亀裂を作り上げていた。
一撃でもその身に浴びれば致命傷だ。
回避は成功したものの、その隙を逃す暗殺者ではない。周囲にいた敵はその雷に呼応するように襲いかかってきた。
「そう簡単に・・・」
「いくわけないだろうが!!」
だが、女性二人は難なくそれらをはじき返した。
「はっ!!くぐってきた修羅場の数が違うんだよ!!」
「一昨日来なさい!!」
再び降り注いだ落雷をかわし、リンディスとヴァイダは再び暴れ出した。
今の彼女達は誰にも止められそうになかった。