【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
ウルスラは離宮の奥で独り言を吐き出した。
「やりますね・・・」
先程から遠距離魔法を放っているが一発も当たらない。
ジャファル一人ならまだしも、こんな時にフェレの鼠共が参戦してくるとは完全に想定外だった。味方部隊は次々と無力化され、離宮内を制圧されつつある。
戦略的にはもう引き時だ。だが、ウルスラは暗殺者。
標的を殺す前に引くわけにはいかなかった。
どうせ引いたところで待っているのは死の制裁のみ。
残念なことに、あの【モルフ】はウルスラより腕が立つ。抵抗を試みても無駄であろう。覚悟はしているし、後悔は無い。ならば、一人でも多くの敵を地獄の旅路に付き合わせるしかなかった。
「残念だったな。地獄には一人で行きな」
「っ!!」
ウルスラが構える。その先にはくすんだ茶色の瞳がウルスラを睨みつけていた。
バカな・・・
ウルスラは驚愕する。
自分とて暗殺者。ここまで接近を許すなんて、自分もとうとうやきが回ったか。
「くくく、どうやってここまで来たかわからないって顔だな?」
「・・・あなた、ハングですね?」
「ご名答」
ハングは余裕の笑顔でそう言った。
ウルスラは彼こそがフェレの田舎貴族がこんな脅威になりえた元凶だと聞いていた。その人物を目の前にしてウルスラはその美しい眉間にシワを寄せる。
「軍師が単騎でここにいるなど、愚の骨頂とは思わないのですか?」
「一人ならな」
直後、ウルスラの背後に気配が出現した。
「なっ!!」
振り返ると、既に一人の弓兵が狙いを定めていた。
魔法は間に合わない、回避も不可能。
「ぐっ!!」
腕で心臓をかばい、何とか馬上で耐える。
すると、再び新たな気配。
今度は前から騎士の突撃だ。
どういうことだ
気配の無い場所から新たな兵が現れるなど、まるで・・・
そんなウルスラの思考を読んだかのように、ハングはほくそ笑んだ。
「あんたらがよくやる手だろ?転移魔法で敵の懐に兵士を送り込む」
ウルスラは目を見開く。
フェレの連中が転移魔法を使えるなどという報告は受けていない。だが、この離宮内には自分達が暗殺者を送り込むために用意した転移魔法の魔法陣が幾重にも張り巡らされていた。
「・・・なるほど・・・」
胸元に迫る槍を無感動に見つめながらウルスラは目線の先に不敵に笑う軍師をとらえた。
「・・・あなた、死ぬのは怖い?」
熱した鉄を押し付けられたような感覚と共に鉄の匂いがせり上がる。槍を引き抜かれ、赤い液体が自分の身体から噴き出す。
体温が一瞬で消え失せていく。身体が震え、酷い頭痛を感じ、耳鳴りが響くウルスラの聴覚。そこにハングの声が割り込んだ。
「死ぬのは怖い。だから生きるんだろ」
「・・・・・」
ウルスラは微笑みながら馬上から崩れ落ちた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
城に明かりが灯るのを離宮の外側で見ていたハングは自分の戦果に上々と評価をつけた。ゼフィールの暗殺は止め、ウルスラも討ち取り、こちらは誰も発見されていない。
そんなハングにロウエンとレベッカが非難の声をあげていた。
「ハング殿、あんな戦術は二度とやりたくないです」
「そうですよ!!ほんっっとうに生きた心地がしなかったです」
「文句はカナスさんに言え」
ハング達が気配も無くウルスラに接近することは本来なら不可能だ。
だからこそ『転移魔法』を使った。今のカナスにその陣を完成させる術は持ち合わせが無いが、既に完成されている陣を使うことぐらいなら可能だった。
【黒い牙】が離宮内を移動するのに使った魔法陣を用いての奇襲。
それがハングの提示した作戦であった。
「体が崩れるような感覚・・・二度と嫌ですからね!」
「レベッカさんの言うとおりです。本当にこう・・・気持ちが悪いんですから」
「俺もやったんだから説明しなくていいっての」
ハングも転移魔法を使ってみたが、感想は似たり寄ったりである。
二度とやりたくないというのも激しく同意だ。
「ま、おかげであの二人が再会できたんだけどな」
ハングがそう言うと、二人は神妙な顔で黙った。
ウルスラの遠距離魔法はかなりの脅威だった。回避自体はさほど難しくはないのだが、それによりこちらの行動が鈍ることの方が問題だった。手練れの暗殺者を相手にするなら一瞬の隙が命取りになる。
それを戦いの序盤で阻止できたのは大きかった。
そして、その結果が無表情の暗殺者とそれに抱きつく少女の命である。
「よ・・・かった・・・ジャファル・・・」
「ニノ・・・・」
ハングはエリウッドとリンディスに目配せを送り、その二人へと近づいていった。ヘクトルは何も言わずともついて来た。
一瞬、マーカスが止めようとしたが思いとどまる。自分の主の判断を信じるつもりなのだろう。
ハングは横槍が入らないことを確信し、二人の前に立った。
それに気づいたジャファルが声をあげる。
「・・・・どうして、俺をやらない?」
ジャファルの質問に答えたのはエリウッドだった。
「そんなことをしたら、ニノまで死んでしまう」
そのニノはジャファルにしがみつきながらもハング達に縋るような目を向けてくる。
「僕たちが今襲いかかったら、ニノは君を庇おうとするだろう。そんなことをさせたくはない」
そして、リンディスが話を続ける。
「それにあなた達は王子の命を奪わなかった。だから、私達もあなたの命を奪わない・・・それだけのことよ」
リンディスの声音はやはり固い。ジャファルは呆れたように二人に声をかける。
「・・・甘いな」
ジャファルは抑揚の無い声でそう言った。
「俺がお前達の仲間をどれだけ手にかけたと思う」
「こいつっ!!」
「落ち着くんだヘクトル!!」
ヘクトルが斧に手をかけたのをエリウッドが諫めた。ヘクトルの殺意も本物だったが、エリウッドの鋭さも本物だった。ヘクトルは舌打ちのみに留め、その場は引き下がる。
「・・・許せないこともある。だが、今は・・・ネルガルを倒すために一つでも多くの力が必要だ」
ネルガルを倒す。
その目標をジャファルは笑わなかった。
「・・・捨てるための命なんだろ?これまでのことを悔いる気持ちがあるのなら、一緒に戦おう」
「・・・悔いる・・・だと?俺にそんな感情が・・・」
「ジャファル・・・」
名を呼ぶ声に遮られ、ジャファルは口を閉ざした。ジャファルは今も自分にしがみつく少女に視線を落とし、再びエリウッドへと戻した。
「・・・・ニノが望むなら・・・俺は・・・従おう」
「ジャファル!!」
今度は歓喜を込めて名を呼び、ニノは更に強くジャファルにしがみついた。
「よかったわね、ニノ」
「うん!!ありがとう!!ありがとう!!」
ニノに優しく声をかけるリンディス。
どうやらもう仲良くなったらしい。
「決まったか?」
「うん、それで・・・これでよかったかい?」
「まぁな」
ハングは普段通りの仕草でそう言った。
「さて、ようやく一息つけるな。近くで野営の準備をしよう。まぁ、あんまり休む時間は無いけどな」
明後日にはもう成人の儀が始まる。【ファイアーエムブレム】を届ける為に明日は朝一でこの離宮を訪れなければならない。
ハングはそう言って、周りに指示を出した。
「そんじゃ、ニノ。お前も手伝ってもらうぞ」
「は、はい!」
「あ、ジャファルは残ってくれ。少し話がある」
「・・・・」
「ジャファル、また後でね」
ハングはリンディスに目配せを送った。
彼女はその意図を読み取り、ニノを連れだす。
「ニノ、行きましょ」
「うん」
ハングはエリウッドとヘクトルにも指示を出し、この場から退ける。
そして、ようやくハングはジャファルと向き合った。
「さて、聞きたいことはあるか?」
「・・・なぜ・・・俺をやらない?」
先と同じ質問。
だが、今回はハング一人に対して向けられた問いだった。
ハングは口元だけで笑いながら、ジャファルに近寄る。
その目は笑っていない。
そこには明確な殺意が見え隠れしていた。
ハングは周囲の誰にも聞こえないような小さい声で語りかけた。
「俺はな・・・死にたがってる奴を殺してやる程お人好しじゃねぇんだ」
ニノの安全が確保された今、ジャファルがここで生きている意味はもうほとんど無い。
少なくとも、ジャファル本人はそう思っていた。そもそも彼は今日、次の朝日を拝むことはないと覚悟して戦っていた。
それでも生きているのは単にニノの望みであるからだ。
「俺はな、自分の情が強くて、深いのをよく知ってる」
復讐心が強いのも。
部隊の誰も死なせない指揮も。
その全てはハングの情が成し得るものだ。
「今だって激情に任せてお前を殺してやりたいさ。でも、喜んで死なれちゃ、こっちも腹の虫がおさまんねぇ」
ハングは極めて低い声でそう言った。
「だから、お前は幸せになってもらう」
「・・・・・・・・」
「死にたくないと懇願するような人生を歩め。一緒に生きたいと願うような人と出会え。その果てに・・・苦しみながら死ね」
ハングはそう言ってジャファルから離れた。
「まぁ、安心しろ。俺が恨んでるのはお前だけだ。周囲の人間を傷つけるつもりはないさ。例えお前の子供でもな」
「・・・・・・」
無表情のジャファル。
ハングはそんなジャファルに指示を出す。
「周囲の警戒を頼む。ニノに刺客が来るとは思えんが念の為だ」
「・・・・・・」
ジャファルは何も言わずにハングから背を向けた。
その姿は夜の闇に紛れてすぐに見えなくなった。
ハングはその姿が完全に捉えられなくなるまで見送り、自分の後頭部をかいた。
「・・・俺って・・・やっぱ、甘いのかな・・・」
ハングはそうぼやきながら野営の準備へと取り掛かった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
翌日、再び離宮を訪れたパントとルイーズ。その後ろにはエリウッド、ヘクトル、リンディスが並んでいた。
ただの旅人にすぎないハングは流石にこの場に入れない。
「・・・お待たせしました。王妃様がお会いになるそうです」
「わかりました」
パントが返事をして部屋の扉に手をかけた。
「さ、参りましょう」
ルイーズはエリウッド達にそう言った。
「・・・ベルン王妃か。非公式つっても、格式ばった謁見つーのは苦手なんだがな」
「・・・同感。ハングと一緒に残ればよかったかも」
「だな」
そんな二人の愚痴もエリウッドが前に出たことで止まる。
「・・・・・・行こう」
謁見の間に入ったエリウッド達は随分と上機嫌なヘレーネ王妃に出迎えられた。
「おお、そなたたちよくやりました!【ファイアーエムブレム】を見事、取り戻したとか?」
そのヘレーネ王妃にエリウッドは面食らってしまう。
昨晩、この場で戦闘をしたのはエリウッド達本人だ。
「あの・・・ヘレーネ王妃。まだご存知ないのですか?昨夜、この離宮に・・・」
「ああ、なにやら賊が忍び込んだとか。まあ、そんな些事はどうでもよい」
エリウッドの後ろでリンディスは強く握りこぶしを握りしめた。
比喩でも何でもなく昨晩はゼフィール王子の命の瀬戸際だった。
なのに、ヘレーネ王妃はそんなことを知らないと言う。
親子の話に敏感なリンディスは腹の底が熱くなった
「さ、それより早く【エムブレム】を」
せかすヘレーネ王妃にエリウッドは無言でベルンの至宝を差し出した。
「おお、これぞまさしく【ファイアーエムブレム】!ホホ、これで王位は私のゼフィールのもの・・・あの忌々しいギネヴィアなどに渡してなるものか・・・ホホホ」
エリウッドは奥歯を噛み締める思いだった。
思い出していたのはベルン城の中庭での出来事。
子狐を間に挟み、仲睦まじく笑いあっていたゼフィール王子とギネヴィア姫。
そして、毎晩行っているというゼフィール王子の祈りの話。
しかし、これでは余りにも・・・
「・・・ヘレーネ王妃」
「ああ、そうでしたね。約束の褒美はとらせましょう。【封印の神殿】への道でしたね?」
そんなことはどうでもいい!
そう言いたげなヘクトルを視界の端に捉えたエリウッド。
気持ちは皆同じなのだ。
「・・・それより、お尋ねしたいことがあります」
これはこの場で言ってはならないことだ。今は言う必要のないことだ。
わかっているのに、エリウッドは言わずにはいられなかった。
「あなたにとってゼフィール殿下とは、何なのですか?」
「何・・・ですって?」
質問の意味がわからない、といったヘレーネ王妃にエリウッドは続ける。
「ゼフィール殿下は、あなたのご子息ですか?それともその【エムブレム】と同じ・・・王位を手に入れるための道具なのですか?」
「なっ・・・!?ぶ、無礼者っ!誰に向かってそのような口を!」
感情的になったヘレーネ王妃。
だが、エリウッドはそれ以上に感情的だった。
「あなたの身分など関係ない!」
エリウッドの怒鳴り声が部屋に反響する。
「あなたが何を望もうと、それはあなたの勝手です。でも、罪のない我が子を・・・殿下を傷つけるような事だけは、どうかやめてください!」
「何のことです!何を言って・・・?」
本当に知らないというのか。
リンディスは我慢できずに口を挟んだ。
「ご存知ないのですか? 殿下は暗殺者に・・・」
「リンディス、もういい」
今それを伝えても何も変わらない。
エリウッドは静かにリンディスを遮った。
「・・・失礼します」
そして、エリウッドは一礼してヘレーネに背を向けた。
「ま、待ちなさい!まだ話は終わっておらぬ!」
ヘレーネの金切り声を聞きつつも、エリウッド達は退出していく。
パントとルイーズも一礼してその後を追った。
「誰か!この無礼者を捕らえよ!誰かっ!」
その声に呼ばれて扉の前で騎士とすれ違う。
それでもエリウッドは逃げ出すような無様な真似は晒さない。
彼らはただ静かにこの離宮を後にした。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「・・・そいつは・・・まいったな」
離宮の前で待っていたハングは中での一部始終を聞き、苦笑した。
周囲には護衛の為にオズインとセーラ、そのセーラに連れてこられたエルクがいるだけだ。
連戦につぐ連戦で疲れ果てた残りの皆は近くの街に戻り、宿を確保してもらっている。
「・・・すまない」
「まぁ、仕方ないさ」
ハングも説教しようとは思わない。
むしろ、自分もその場にいたら何か言っていたと思うぐらいだ。
エリウッドはパントとルイーズにも頭を下げた。
「パント様、ルイーズ様せっかくの機会を台無しにしてしまい・・・申し訳ありませんでした」
「君が間違ったことを言ったとは思わないよ。気にしなくていい」
パントも思うところがあったのか、疲れたように笑った。
その隣でルイーズが悲し気に目を伏せた。
「・・・ヘレーネ様は、変わってしまわれました。お嫁入りされる前は・・・良き妻、良き母になるのだと、気持ちのお優しい方でしたのに・・・」
そんな妻の肩に手を置きながら、パントが話を引き取る。
「ベルンに来て、国王とそりが合わず苦労したようだね。王妃としてのプライドを保つため、王位に執着するようになったんだろう・・・悲しい人だ」
ヘレーネ王妃の昔を知る二人には最後の一言には万感の想いがあるのだろう。その表情は浮かない。
リンディスはもう一度離宮を振り返った。
「親がいるのに・・・両親ともが、あんなだなんて・・・ゼフィール王子が・・・可哀想だわ」
「親がいなくても、愛を注いでもらえる奴もこの世にはいるのにな・・・」
ヘクトルがそう言い、ハングも同意するように頷く。
「だが・・・たとえ・・・正しいことでも、言うべきことではなかった」
エリウッドの表情には激しい後悔があった。
「王妃を怒らせ、手助けを得るどころか、反対に追っ手を差し向けられるとは・・・せっかくの機会を、台無しにした」
そんなエリウッドの肩をハングは軽く叩く。
「・・・過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろ?今は、先に進むことを考えよう」
「あてが・・・あるのかい?」
「なくはない」
「え?」
その時だった。
「お待ちなさい」
「へ、ヘレーネ王妃!?」
ヘクトルが素っ頓狂な声をあげた。
「え!?」
「なっ!」
慌てて振り返ると、確かにそこには先程謁見したヘレーネ王妃がいた。
ただ、その表情は先程と異なり、随分と穏やかであった。
それは本当に同一人物かわからなくなる程だった。
「・・・あなたは確か エリウッド・・・でしたね?この書と印を受け取りなさい。私からあなたへ授ける褒美です」
「・・・王妃?」
「【封印の神殿】へ安全に進める道は、この書に記されております。印は、私がエトルリアより嫁ぐ際リグレ公から贈られた祝いの品。ゼフィールにと、とっておきましたがこれは今、あなたたちにこそ必要ではないかと思います。それから・・・今より三日間だけ、神殿の人払いもしておきました。その間に何がおきようともベルン兵が動くことはないでしょう・・・ただ、国王の私兵については、約束のかぎりではないのですが・・・」
「いえ、それだけで充分です・・・お心遣い感謝します」
エリウッドが深々と頭を下げた。
「ですが、王妃・・・なぜ僕たちにここまで?」
「・・・王妃ではなく、母としてそなたに礼を言います」
そして、今度はヘレーネ王妃が頭を下げた。
「息子を救ってくれたこと ・・・心から感謝します」
顔をあげたヘレーネ王妃は「もうお行きなさい」とだけ告げて離宮へと戻って行った。
「・・・この国が・・・」
「え?」
ハングがヘレーネの背を見送りながら呟いた。
「・・・ああいう人も王族にいるからさ・・・この国が嫌いになりきれねぇんだよな・・・」
ベルンは土地が痩せており、気候も厳しい。時には弱者を切り捨てていかなければ生きていけない。それでも、助け合わなければ生きていけない瞬間が必ずある。そのせいか、ベルンに暮らす人々は皆、情に薄く、情に厚い。
他国から嫁いできたヘレーネ王妃も今では立派なベルン王妃だ。
「そうか・・・」
「ああ」
ハング達は受け取った品を丁寧にしまい込み、帰路へとついたのだった。