【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~徒然なるままに(前編)~

ハング達が離宮へと向かった同日。

ハングは部隊のほぼ全員に休暇を言い渡していた。更には慰安の為の軍資金として、資金の一部の放出を許している。

それは今まで連戦だった皆への労いと同時に、今後やってくる激戦の為に気力を回復させておく目的があった。

 

そのことをハングは明言したわけではない。

だが、部隊全体にその緊張感は伝わっていた。

 

次の戦いはより激しくなる。

 

そのことを自覚しながらも、彼等は笑ってこの休暇を楽しもうとしていた。

それが、明日への生きる希望に繋がるのだから。

 

そんな、宿のキッチン。

 

石のオーブンや調理器具の揃いならこの町随一と噂される宿屋のキッチンをわざわざ借りていたのはレベッカをはじめとする女性の面々だった。

 

「はい、それじゃあ第一回クッキー作り教室をはじめます!」

 

レベッカが高らかに宣言し、周囲から拍手がわきあがる。

 

集まっていたのはニノ、フロリーナ、ニニアン、プリシラといった仲良し組。

イサドラとファリナという料理に疎い人達。

 

それと、彼らの中に混じってにこにこしているルイーズだった。彼女は離宮に行った後、真っ直ぐに宿に帰って来たのだが、さっきまでの離宮での出来事など何も無かったかのように楽しげに微笑んでいた。

 

「って、ルイーズさん!?なんで、こんなとこに」

 

レベッカはようやく彼女が列の中にいることに気が付いて飛び上がる。

レベッカにとってルイーズは理想の女性像そのものである。

優雅な立ち振る舞い、あふれ出る気品。同じ弓を扱う者としての親近感もあり、レベッカは彼女のことを非常に尊敬していた。

 

「あら?わたくしもクッキーの作り方を学びたいんですよ。それとも、迷惑でした?」

「い、いえ!とんでもありません!!」

 

少々緊張気味になったレベッカだったが、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

 

「えと、それじゃあ、作り方を説明します」

 

レベッカが材料と分量を教え、かき混ぜるコツなどを説明する。

 

どうしてこうなったかというと、話は簡単だ。

新しくこの部隊に加入したニノのためにレベッカが開いた親睦会だ。

 

ニノ本人が学びたがってるということもあり、これを機に他の人達とも打ち解けてもらいたいというレベッカの思いにより集まってもらったのだ。

 

とはいえ、集まったんは意外な面子であった。

イサドラがこういった料理の場に参加するのは珍しかったし、ファリナが自分から声をかけてくるとも思ってなかった。

ルイーズに至ってはいつの間にかここにいた。

 

フィオーラは訳あって不在、ルセアはとある人物の監視、セーラはハング達の護衛に行ってしまい、こういった面子になっている。

 

ちなみに、ルセアは『女性達の親睦会です!良かったら来ませんか!!』と意気揚々と誘ってくるレベッカに複雑な表情をしたとか。

 

そんなキッチンでフロリーナは料理には疎い姉の参加に意外な顔をしていた。

 

「お姉ちゃんも参加してくれるとは思わなかったよ」

「え?まぁ・・・そうね・・・そうかもね。らしくないのは自分でもわかってるけどさ・・・アハハ」

 

歯切れの悪い姉というのは珍しい。

 

「まあ、ほら。親睦会なんでしょ、いい機会じゃん」

「あっ・・・お姉ちゃん・・・」

 

ファリナはそう言って、無理やり会話を切ってお菓子作りに取り掛かってしまった。なんだか隠し事をされている気がするフロリーナであった。

 

レベッカに教わった通りに、材料をかき混ぜていく女性陣。

 

砂糖や小麦粉はベルンではなかなかの高級品であったが、ハングはこの計画に喜んで賛同して宝物の売却まで決定していた。部隊間の友好関係は良好なことに越したことはない。特にニノがこの部隊に早く馴染んで欲しいというのハングの紛れない本音であった。

 

そのニノは材料を額に汗を浮かべながら材料をかき混ぜていた。

 

「フロリーナさん、私のもう少しかき混ぜた方がいいかな?」

「えと・・・ニノ・・・もう少し」

「うわぁ!フロリーナさんのタネ凄いサラサラだ。もっとかき混ぜよう」

「え・・・あ、うん・・・そうだね」

 

勢いに押されるように頷くフロリーナ。

それを隣で見ていたニニアンがクスクスと笑う。

 

「む・・・ニニアンさん・・・」

「あ、すみません」

 

口元を抑えて謝るニニアン。だが、その表情はまだ笑ったままだ。そうやってニニアンが明るい表情をしているのが嬉しくて、フロリーナも微笑む。

 

そんな彼女達を保護者のように見つめていたのはイサドラだった。

 

彼女も一緒になって笑っていたが、その隣にいたプリシラにはその彼女の笑顔はどこかぎこちなく見えていた。

 

「はーい、ちゅもぉーく!!」

 

レベッカが声を張り上げて形の作り方を説明して、皆が次の行程に移っていく。

皆はクッキーを色々な形に作り上げていった。

単なる丸にする人、星形やハート型を作っていく人、凝った意匠を見せる人。

クッキーの形一つでも色々と個性が出るものであった。

 

そんな中、エプロンに三角巾という貴族とは程遠い庶民的な恰好になっているルイーズが皆に聞こえるように質問をした。

 

「そういえば、みなさんはクッキーをどなたに送られるんですか?」

「へっ?」

 

全員からほぼ同時に呆気にとられたような声が上がった。

 

「この分量では一人で食べるには多すぎますし、誰かと一緒に食べるぐらいがちょうどいいのではと思っていたんですが、皆さんはいかがですか?」

「わ、私は自分で食べる分だけだよ!」

 

ファリナが焦ったように声をあげた。

 

「そうなんですか?」

「そ、そうそう。だから私のクッキーは別に見た目とか気にしないし!」

 

そうやってファリナはクッキーを再び練り直して何の変哲もない丸型にしていく。

だが、ルイーズは彼女が少し前まで何とか苦心して別の形を作ろうとしていたのを知っていた。

 

「ま、まぁ、姉貴の分は作ってやらないといけないかなぁとは思ってるけど・・・それだけだし!それ以外の人には渡す必要ないし!」

 

なぜか言い訳じみた言葉を並べるファリナ。

ルイーズはそんな彼女に優しく微笑み、他の人を見渡した。

 

次に目に付いたのは顔を赤く染めているプリシラであった。

 

「プリシラさんはどなんたに渡すんですか?」

「えっ・・・あっ・・・その、兄様と・・・ルセア様に・・・」

 

そう言ったプリシラであったが、クッキーは綺麗に4等分されていた。

自分用を含めたとしても一つ余る。そこを見逃してやる女性陣ではなかった。

 

「どなたに渡すんですか?」

 

レベッカが身を乗り出すようにしてそう聞いてくる。

レベッカも年頃の女の子。恋バナは人並み以上に大好きであった。

 

「う、うう・・・ひ、ヒースさんに・・・」

「うわぁ!好きな人にプレゼントだ」

「そ、そんな・・・大声で言わないでください」

 

プリシラは自分の髪色と同じぐらい真っ赤になって顔を伏せてしまった。

少しからかいすぎたと思ったレベッカはそれぐらいで勘弁して、次の狙いを定めた。

 

「フロリーナさんは誰に渡すんですか?」

「私は・・・その・・・リンとヘクトル様にあげようと・・・」

「ヘクトル様にも?」

 

フロリーナがリンディスに送るのはまだわかる。でも、ヘクトルにも送ろうとする理由が皆には今一つ掴めなかった。そんな中、レベッカには思い当たることがあった。

 

「もしかして、フロリーナさん。まだヘクトル様に謝ってないんですか?」

 

フロリーナは気落ちしたように頷いた。

フロリーナとヘクトルの出会いは極めて衝撃的であった。ペガサスから落下してきたフロリーナをヘクトルが受け止めたので、衝撃は一方的にヘクトルが受けただけであったが。

 

実はその時の礼をまだしてないというのだ。

 

「だから・・・これを・・・お礼にと・・・」

「渡せるの?」

「あぅ・・・」

 

今まで何度となく近づいては離れるということを繰り返してきたフロリーナだ。

今回は大丈夫という保証は皆無である。

 

皆が苦笑いを浮かべる中でニノが元気よくそう言った。

 

「私はジャファルにあげようと思うんだ。ジャファルってばずっと仏頂面なんだもん。甘いものでも食べてたまには笑って欲しいの」

 

ジャファルの話題が出てきても、ここにいる皆の雰囲気が変わることはなかった。

 

ハングが招き入れた新たな仲間。それは他の人達と何の変りはない。

ただでさえ、この部隊には海賊や元【黒い牙】の人達がいるのだ。

 

多少、思うところがある者もいるが、彼女らはそれを飲み込めるだけの度量を持っていた。

 

「そう、素敵ねニノ。だったらいろんな形にして、見た目も楽しいものにしましょうか?」

「うん!!」

「あ、あの・・・私も色々な形を作ってみたいのですけど・・・教えてもらえますか?」

 

その声は意外なところからあがった。イサドラだ。

 

「私も元気づけたい人がいるんです」

 

それは先日加入したハーケンだ。

イサドラの婚約者であり、共に切磋琢磨した仲間だった。その彼はこの部隊に所属し、再びフェレ騎士として動けるのだ。なのに、彼の表情はずっと沈んだままだった。

 

「私も・・・見ていて楽しいぐらいのクッキーを作りたいんです」

 

だったら無理やりでも笑わせてみせる。イサドラはそう思ってクッキー教室に参加したのだった。

 

「・・・私も・・・」

「ニニアンさんも?」

「はい・・・私も・・・元気づけたい人がいるんです」

 

エリウッド様か

 

ほぼ全員がその結論に至った。確かに最近綱渡りのような戦いが続いていた。

エリウッドの疲労もかなり溜まっているだろう。

 

皆から色々な形を作りたいという意見が出て、レベッカは少し思案する。

 

材料はまだ余っている。今度は別の材料を混ぜて色違いのタネを作って、彩りを加えるのもしれない。

 

そんなことを考えていたレベッカ。

 

だが、常に彼女が質問する側でいられるはずもない。

 

「ふふふ、それでレベッカさんは?」

「へ?」

 

レベッカが顔をあげると、ルイーズを筆頭にみんなの目が自分に向いていた。

 

「ですから、レベッカさんはどなたにこのクッキーを差し上げるつもりなんですか?」

「へ?へ?えぇぇ!!」

 

ルイーズの目は決して逃がしてくれそうにないのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

宿の裏手には馬小屋があるのが普通だ。

だが、ベルンだと大概その隣にはドラゴン小屋があるのが常である。

 

そんなドラゴン小屋で相棒であるドラゴンにブラシがけをしてやっているのはヒースだった。一心不乱にブラシをかけるヒース。彼は相棒の状態をつぶさに観察し、鱗の一枚一枚から健康状態を読み取る気概で手先の感覚に集中していた。

 

あまりに集中しているためか、ヒースはドラゴン小屋へと現れた訪問者に気づかなかった。

 

「・・・・・」

 

ドラゴン小屋の入口に背を預け、ヒースの手つきを見ているのは先日この部隊に参加することになったヴァイダだった。

 

ハングとヒースの師匠であり、【竜牙将軍】の称号を持つ実力者。

 

彼女の身元はハングが保障したものの、一時は敵対関係にあった者だ。手放しにほっつき歩かせることはできず、その隣にはレイヴァンとルセアが監視の意味で追従している。皆が休暇を取ってもらってる中、仕事を言い渡すのは気が引けたものの、二人は二つ返事で了承していた。

 

「ふん・・・」

「レイヴァン様?」

「くだらん、帰っていいか?」

「ちょっ、ダメですよ!彼女の監視はハングさんの指示でもあるんですよ」

「その当人はこの竜騎士を疑っていないんだろ。それこそ監視など必要ない」

 

そう言ったレイヴァンの顔には退屈の二文字があからさまに浮かんでいた。

ルセアも実のところヴァイダがハングの知り合いということで然程警戒もしていない。だが、真面目な性格ゆえか口には出さず、言われた仕事をこなそうという姿勢を貫く。

 

そんな二人を外に残し、ヴァイダはヒースの手つきを眺めていた。

 

昔に比べてだいぶ手馴れている。

 

別離してから何年経過したかなど、もう定かではないが、その間も決して怠惰な日々を過ごしてきたわけではないようだ。

ふと、ヒースのドラゴンであるハイペリオンがその首を持ち上げてヴァイダの姿をとらえた。

 

「ハイペリオン?」

 

ヒースはその視線を追い、入口に佇むヴァイダを見つけた。

 

「た、隊長!いつからそこに」

「隊長はやめろと言っているだろ。お前といいハングといい、公私の区別もつかんのか」

「それは、三つ子の魂はなんとやらというものですので」

「ふん」

 

ヴァイダはドラゴン小屋に足を入れる。

 

ヴァイダに鼻面を伸ばしてきたハイペリオンを撫でて、ヴァイダは懐かしむように目を細めた。

 

「他の奴らは・・・どうなった?」

 

ヒースはわずかに顔を伏せた。

 

「皆、ベルンを脱出する時に・・・」

「そうかい・・・ま、二人も生き延びてたら上出来だろうな」

 

ヴァイダはあの時の状況を思い出し「悔しいね」とつぶやいた。

 

「まあ、お前には逃亡兵として懸賞金がかかってたから、どこかで生きてるとは思ってたが」

「ハングが生き延びてたのは自分も驚きました」

「はんっ!人の度肝を抜くのはあいつの十八番だろう」

「確かに」

 

ヴァイダの声をききつけ、ドラゴン小屋の隅で寝ていた別のドラゴンも顔をあげた。

ヴァイダの相棒であるアンブリエルだ。

 

「なんだ?お前もブラシ掛けしてほしいのか?しょうがないね」

 

ブラシを手に取りつつも微笑むヴァイダを横目にヒースもまた手を動かしだす。

 

だが、その手つきは程なくして止まった。

ドラゴン小屋の外から鈴を転がすような声が聞こえてきたのだ。

その声はこんな堆肥臭い場所にはあまりに場違いであった。

 

「あ、兄様。ここにいらしたんですね」

「プリシラか?どうしたこんなところまで」

「えと・・・その・・・」

 

何か言いだしにくそうにするプリシラにルセアが小さく笑いながら助け船を出した。

 

「ふふふ、ヒースさんなら中にいますよ」

「えっ!あっ・・・はい・・・ありがとうございます」

 

いつの間にか、ヒースの視線はハイペリオンを離れ、ドラゴン小屋の出入り口に向けられていた。

ハイペリオンはブラシ掛けを催促するかのように鼻息を二、三度吹き鳴らしたが、結局諦めたのか大きな欠伸を見せた。

 

相棒の世話そっちのけとなったヒースの目を見て、ヴァイダは「おや?」と思った。

ヴァイダは自分も手を休め、興味本位でドラゴン小屋に入ってきた人物へと視線を向けた。

 

「あ、ヒースさん」

「プリシラさん」

 

彼女の名前を呼んだヒースの声音を聞き、ヴァイダは口角を釣り上げた。

 

「・・・ふん・・・なるほどな、お前もハングも戦い方が腑抜けるわけだ」

 

独り言のように呟いたそれはアンブリエルの鼻息で掻き消えてしまう。

ヴァイダは再びブラシを手に取り、アンブリエルに向き直った。

それは、強面の隊長としての威厳を保つためだった。今のヴァイダの緩んだ頬は部下に決して見せるわけにはいかないのだ。

 

その後ろではプリシラとヒースの話が続いている。

 

「どうかしたのかい?こんなところまで」

「い、いえ、その、ご一緒にお食事とも思いまして」

「え?もうそんな時間か。ごめん、もう少し待ってくれるかな。ハイペリオンのブラシ掛けが・・・って、あれ?」

 

ハイペリオンは大きく鼻息を吐き出して、ヒースに背を向けた。そのまま、尻尾をパタパタと振って、もう満足したとでも言いたげだ。

 

「あ・・・ハイペリオン?もういいのかい?」

 

ハイペリオンは返事をするように尻尾をパタンと軽く地面に打ち付けた。

 

「・・・・」

 

ヒースの感覚からすると、ハイペリオンはもう少しブラシ掛けをしてやらないと気が済まないはずなのだが。

 

まぁ、そういう日もあるのだろう。

 

ヒースはそう結論づけて、ブラシを桶の中に放り込んだ。

 

「あの、隊長。片付けはやっておくんで、ブラシはそこの桶の中に入れておいてください」

「隊長と呼ぶなと言ってるだろうが。まぁ、いい。片付けぐらいやっておいてやる!さっさと行け!」

「え、そんな。悪いですよ・・・自分が」

「さっさと行きな!!私の命令が聞けないのか!!」

 

ヒースはしばらく困惑したように佇んでいたが、プリシラを待たせるのも悪いと思ったのかヴァイダに頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

「はいはい」

 

適当に返事をして、ヴァイダはひらひらと手を振った。

二人はドラゴン小屋から出ていき、代わりにレイヴァンとルセアが中に入ってくる。

外からはプリシラとヒースの楽しげな会話が聞こえてくる。

 

「あ、あの、ヒースさん。先程の方がヴァイダさんなんですね」

「ああ、そうだよ。俺の師匠で元隊長なんだ」

「お強いんですか?」

「そりゃもちろん。俺の何倍もね。そういえば、なんかいい匂いがするね」

「あ、はい・・・今、オーブンでクッキー焼いてるところなんですよ。みんなで作ったんです」

「ああ、なるほど。それでプリシラさんからも甘い香りがするんだね」

「へっ・・・えっ・・・あの、匂い・・・ますか?」

「うん、少しね」

 

遠ざかる会話を聞きながら、レイヴァンの眉に皺が寄った。

いくらヒースのことを認めたものの、やはり面白くないことには変わりなかった。

 

「あの、レイヴァン様?顔が少し怖いですよ」

「余計なお世話だ」

「プリシラ様が心配なのはわかりますが、あまり気にかけすぎるのもいかがなものかと思いますよ。妹離れができてないなど噂になれば・・・」

「余計なお世話だ!!」

 

レイヴァンが怒鳴るとルセアは面白そうにクスクスと笑う。

最近、ルセアの保護者っぷりが随分と板についてきている。しかも時折、こうやって冗談を挟むようになった。

昔のように、ひたすら自分の殻に閉じこもっているよりは良いかもしれないが、ルセアがあの性悪軍師の影響を受けているようで、レイヴァンとしてはやはり面白くなかった。

 

そんな二人のヴァイダはブラシ掛けの手は休めずに、入口の二人に顔を向けた。

 

「あんた確かあの娘から『兄様』とか呼ばれてたね。ちょいと詳しい話を聞きたいもんだ」

「・・・話す理由はない」

「あるね。私のかわいい弟子が悪女に引っかかってたら一大事だ」

「・・・・なに?」

 

レイヴァンの顔に素早く青筋が立った。

実の妹を『悪女』呼ばわりはさすがに看過できない。

 

「それなら、あのヒースという男も怪しいもんだな。随分と女遊びを繰り返してそうな顔だ」

「・・・・なんだって?」

 

ヴァイダのこめかみにも青筋が浮かび上がる。

二人の間に火花が散り、熱量が高まる。

 

だが、それを見ていたルセアはもう傍観を決め込んでいた。

二人の雰囲気はレイヴァンとハングの関係によく似ていた。

 

最近、私も慣れてきましたね。

 

と、どこか第三者のような視点でルセアは遠い目をしたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

階下から沸き立ってくる甘い香りの誘惑に晒されながら、フィオーラは部屋の一室で桶から手ぬぐいを取り出して水を絞った。

 

「う・・・うう・・・ああ・・・花畑が・・・」

「しっかりしてください、セインさん。ここは宿ですよ」

「フィオーラさん・・・今日も一段と・・お美しい・・・」

 

フィオーラはベッドの上でうわ言のようにフィオーラを口説こうとするセインを振り返った。

彼の顔は赤く火照り、いつもの全身全霊から迸る気力は欠片もない。彼は熱に浮かされて、焦点の定まらない目でフィオーラを追い続けていた。

 

「その台詞、何度目か覚えておりますか?」

「・・・何度でも・・・何度でも・・・いいましょう・・・」

「はいはい・・・手ぬぐい代えますよ」

 

フィオーラはそう言ってセインの額に乗った手ぬぐいを交換した。

彼の額はまだかなりの高熱を持っていた。

 

セインは先の雪山での戦闘から体調を崩し、夜を徹した戦闘で完全にダウンしたのだった。

セインは宿へと帰るなりその場でぶっ倒れ、驚くケントとフィオーラに宿の一室へと運び込まれた。

おそらく、離宮での戦闘中もかなり状態が悪かったのであろうが、セインはまるでそれを感じさせずに戦っていた。それは、相棒のケントにすら悟らせない完璧な仕事ぶりだった。

 

フィオーラは無茶を押し通したセインを見下ろしながら、彼の首筋に落ちる汗を拭ってやった。

 

「ああ・・・フィオーラさんに看護していただけるなんて・・・このセイン・・・例え死んでもこの思い出は忘れません」

「ただの風邪です。まったく・・・縁起でもないことを言わないでください・・・お水飲みますか?」

 

セインは力無く首を横に振った。

 

「あ・・・でも・・・口移しでなら飲ませていただきたく・・・」

「あまり冗談ばかり言っていると、本当に困った時に信じてもらえなくなりますよ」

「ははは・・・これは手厳しい・・・でも、そんなあなたも素敵だ・・・」

 

ベッドの上で大人しくしていても、その口数の多さは相変わらずである。

 

病身であっても変わらないセインの態度にフィオーラは苦笑する。

だが、彼女はそんなセインにどこか安らぎを感じているようにも見えた。

 

「あなたも、こうやって弱ることがあるんですね・・・」

「え・・・なんですか?」

「いいんです。少し眠ってください・・・楽になりますよ」

「い、嫌です!お、俺は・・・こうして・・・フィオーラさんが俺を看病してくれてる姿を一秒でも長く目に焼き付けておく使命が!」

 

フィオーラはため息を吐きながら、昏倒させて強引にでも眠らせるべきかどうか本気で思案した。

だが、これ以上病人を痛めつけるわけにもいかない。

 

「なら、どうしたら眠ってくれるんですか?」

「手を・・・握ってください」

 

フィオーラは言われるがまま、セインの手を握りしめた。

 

「え・・・」

「なんです?そんな驚いたような顔をして。私があなたの手を取ったことがそんなに不思議ですか?」

「あ・・・いえ・・・いえ・・・そんなことはないですよ・・・ただ・・・嬉しくて」

 

なんとか言葉を取り繕うとするセインであったが、やはりフィオーラの行動はセインとしては予想外であった。

セインは冷たくあしらわれることを想定して、次の口説き文句を考えていたので、完全に虚を突かれたのだ。

 

そんなセインを見下ろしながら、フィオーラはクスクスと笑う。

 

「まったく・・・あれだけ散々女性に声をかけておきながら、手を握っただけでそんなに困惑するなんて、おかしな話ですね」

「あ・・・いや・・・これはフィオーラさんに握ってもらえたからでありまして・・・」

「わかりました・・・でも、約束は守ってください。こうして手を握っていれば傍にいることは目を瞑っていてもわかるでしょう?眠ってください」

「は・・・・はい・・・」

 

いつになく素直なセイン。

 

フィオーラは彼の瞳が瞼に隠れ、静かに寝息を立てるのを見守る。

 

そうしながら、思い出すのは幼き日の思い出だ。

 

妹達が風邪をひいた時、看病するのは姉である自分の仕事だった。

ある日、フロリーナが雪山で一晩過ごして風邪を引いた時もこうやって看病したものだった。

 

フィオーラは昔からそんな時間が好きだった。

 

雪に閉ざされイリアの地では生活の為に色々なものを切り捨てなければならない。そんな中で家族のことだけを考えていればいい時間というのは貴重であった。

 

そして、今は手を握ってあげている目の前の人のことだけを考えていればいい。

それは気恥ずかしくもあり、それでいて胸の奥を浮かれさせるような時間である。

 

フィオーラは穏やかな顔で眠るセインの頬に触れた。

 

「・・・あなたって人は・・・」

 

いつもは『自分に敵などいない!』と豪語しながら、味方を守るために率先して前に出るセイン。

だが、こうして眠ってしまえば弱った幼子と変わりない。

 

「無茶ばかりして・・・人の知らないところで頑張って・・・倒れるまで戦い続けて・・・騎士様・・・ですか」

 

軽薄な態度が目立つセインだが、その内面は驚く程に努力家で実直だ。騎士道精神を外すようなことはせず、自分の言葉に嘘はつかない。戦闘になれば仲間の為に槍を振るい、守るために剣を取る。セインは味方に放たれた矢を誰よりも叩き落していることをフィオーラは知っていた。

 

それはセインの視野の広さと、気配りの細やかさに起因した才能であった。

 

そして、それはフィオーラには欠けている才でもある。

 

「人は・・・自分にないものを他者に求めると言いますが・・・どうなんでしょうね・・・」

 

そんなことを考えていると、ふと宿の扉がノックされる。

 

「よろしいですか?セインに粥を持ってきました」

 

外から声をかけてきたのはセインの良き相棒であるケントであった。

フィオーラは扉を開けようかと思ったが、セインの手を離すことに些か気が引けたのか「どうぞ」と声をかけるに留まった。

 

「失礼します。セインの様子はいかがですか?」

「先程眠ったところです。熱はまだ高いですが、少し下がってきたようです」

「そうですか・・・しかし、なんとも情けない・・・我らは戦いの旅路の途中だというのに」

 

ケントはそう言いつつ、持ってきた粥の鍋をテーブルの上に置いた。

 

「自己管理を疎かにするとは、これではキアラン騎士の名が泣く。セインには後でたっぷりと説教をしてやらねば」

 

口でそんなことを言いつつ、ケントは桶に貼った水を手に取った。

 

「ケントさん」

「フィオーラ殿もあまり気にかけてやらずとも良いですよ。こんなことになったのはこやつの自業自得で・・・」

「ケントさん」

「な、なんですか?」

 

珍しく口数の多いケント。彼を前にフィオーラは小さく笑みを浮かべていた。

 

「先程とまったく同じ台詞を口にしていますよ」

「えっ・・・そ、そうですか」

「はい」

 

ケントは眉間に皺を寄せ、恥ずかしい場面でも見られたかのような顔をした。

 

「それと、桶の水も取り替えたばかりです」

「う、うむ・・・」

 

ケントは気まずそうに桶を元の場所に戻した。

 

病人を前にすると何かしてあげなければという思いが先行するケント。

その様子は昔のフィオーラ自身の姿にそっくりだった。

 

やはり、自分達はよく似ているようであった。

 

「ケントさんは休まれて結構ですよ」

「いえ、そういう訳にもいきません。こいつの失態は私が請け負わねばなりませんから」

「わかりました」

 

ならば自分が何か言ってもケントは聞き入れはしないであろう。

自分がそうであったのだから、間違いない。

 

椅子を引き寄せ、怖い顔でセインを睨むケント。だが、その表情には彼を心配している様子が見え隠れしている。

 

「そういえば、ケントさん」

「なにか?」

「前回の戦闘では妹のファリナを守っていただいたそうで。御礼を申し上げます」

「あ、いや、仲間を守るのは当然のことですので」

「それでも、姉として御礼を言わせてください。ありがとうございます」

 

ケントは照れ隠しのように頭をかく。

ケントは女性から真正面から礼を言われるのに慣れていないのだ。それは、元よりの性格のせいもあるが、そういった機会があれば無意味な突撃を繰り返して場をかき乱す相方のせいでもあった。

 

「いや・・・それほどのことをした訳ではないですが・・・彼女が入隊してから、どうも近くに配置されることが多く、そのせいでよく目に留まりまして」

 

フィオーラの脳裏に不敵に微笑む軍師の顔が浮かんだが、口には出さない。

 

「しかし、随分と活発な妹さんですね。彼女の近くにいると、元気がもらえるようです」

「そうですか?そう言っていただけると姉としても嬉しいですが、あれでは戦場で目立ち過ぎてしまいます。私としては少し心配で・・・いけませんね、また『心配性』だとあの子に言われてしまいます」

「いえ、私もそう思っていたところです。やはり少し注意を促しておいた方が良いかもしれませんね。フィオーラ殿、ファリナに話を聞かせるにはどうしたら良いでしょうか。彼女と話すといつも向こうのペースになってしまって・・・」

「そうですね・・・」

 

フィオーラは悩むふりをしながら、内心から湧き上がる笑みを押し殺そうとしていた。

 

ケントは気づいているだろうか?

 

彼はフィオーラを呼ぶ時は敬称をつけるが、ファリナ相手には呼び捨てであることに。

 

そして、思い浮かぶのは最近のファリナとの会話だった。

ファリナはこの部隊に来てからというものの、随分とケントの話題を口にするようになった。

 

『ケントさんって姉さんと同じ射手座の生まれだって!やっぱり私と馬が合わないと思った!でねでね、ケントさんってキアランで騎士隊の隊長してるんだって、それってお給料どれくらいなのか姉さん知ってる?』

『この前の戦いでケントさんに襲いかかってた敵を撃退したんだけど、これってなんとかして報酬に上乗せできないかな?』

『あぁ!もう!ケントさんに守ってもらっちゃった!これが上の人にバレたら報酬減らされちゃうかも!?姉さん!ケントさんを口止めする方法何か知らない!?弱味でも、恥ずかしい話でも、好きな女性のタイプでもいいからさ!』

 

「フィオーラ殿、私はなにか可笑しなことでも私は言ってしまったのでしょうか?」

「えっ、あっ、いえ。そういうわけではないです」

 

どうやら、自然と頰が緩んでしまっていたらしい。

フィオーラは気をとりなおして、ファリナのことをケントに話していく。

 

軍師に現在の配置を変えないように念押ししておこうかと考えながら。

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