【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~徒然なるままに(後編)~

離宮から離れた後、マリナスと合流して食料や武器などの買い出しを終えたハング達。

彼らが宿に帰りついたのはもう夕刻だった。

 

「つかれたぁ!ヘクトル様が道に迷うからですよ!」

 

セーラが自分の荷物をエルクに渡しながら叫ぶ。

 

「うるせぇ!!あれはハングの道案内が悪いんだ!」

「悪かったよ。まさかここまで道が変わってるとは思わなかったんでな。俺だってゼフィール王子に文句言いてぇっての」

 

区画整理で歩きやすい町になったのは良いが、久々に訪れたハングにとってはかつての感覚が残っている分、余計に迷ってしまった。

ハング達は愚痴をこぼしながら、宿屋のドアを開けた。

 

途端、ハング達の鼻に甘い匂いが流れ込んできた。

 

「おっ、いい匂いじゃねぇか」

 

ヘクトルが鼻をひくつかせた。

 

「これは、クッキーかな」

 

エリウッドがそう言うと同時に談話室からルイーズが顔を見せた。

 

「皆さん、お帰りなさい。今日は皆でクッキーを作ったんですよ」

 

エリウッドの勘は正しかったようだ。談話室からは仲間達の騒がしい声が聞こえてきた。

ルイーズはそのまま自宅で帰りを出迎える妻の顔となり、パントの荷物の一部を預かった。

 

「良い匂いだ。僕の分もあるのかな?」

「はい、私が心を込めて作りました」

「それは楽しみだ」

 

奥へと進んでいく二人の間には既に他者が割り込める隙間がない。

一瞬で仲睦まじい夫婦の見本と化した二人の背中を見ながら、ハングはエルクの脇腹を肘で突いた。

 

「なぁ、エルク・・・あの二人って、いつもああなのか?」

「いえ・・・いつもは・・・もっと・・・」

「もっと・・・って、あれより先があるのかよ?」

「師匠達を直視してると、時々砂糖が吐けるんじゃないかと思うことがありますよ」

 

エルクはそう言ってウンザリしたような苦笑いを浮かべた。

ハングとしては既に腹いっぱいである。

 

そんな会話をしながら荷物を降ろしたハングとエルク。

そのエルクの背中を勢いの良い張り手が襲った。

 

「っつぅ!!」

「エルク!エルク!私もクッキー食べたい!!」

「だからって叩かないでくれ。食べたいなら食べに行けばいいじゃないか?僕は部屋に戻って少し休養を・・・」

「あんたも来なさい!!」

「えっ!ちょっ!!」

 

パントとルイーズに続くようにエルクが談話室に引っ張られていく。ハングは不幸な友人に片手で祈りを捧げておいた。

 

歓談の声が一層騒がしくなる。そちらに足を向けたい気持ちもハングにはあるが、それは無理な相談だった。

ハングは重要な荷物だけを手に持ち、エリウッド達を振り返った。

 

「お前らも行ってきな。細かいことは俺がやっとくからさ」

「そんな・・・悪いわよ」

 

リンディスがそう言って、ハングの荷物に手を伸ばそうとした。だが、ハングはそれをやんわりと押し返す。

その態度にヘクトルが眉に皺を寄せた。

 

「ハングも来ればいいじゃねぇか」

「今日の買い物の集計、貰った地図の解読、全体の進軍にかかる日数の算出、今後の食料配給の計算・・・やることは山積みなんだよ、腰を落ち着けられる今日中に済ましておきたい」

 

その仕事量の多さにリンディスとヘクトルは口を噤んだ。

そのどれもが重要事項であり、二人には代わりを務めるどころか手伝うことさえできない案件ばかり。

 

「エリウッドも今日の謁見は疲れたろう。いいから休んでこい」

「悪いね・・・」

「気にすんな」

 

そう言って、ハングは弾けたような笑みを見せた。

 

「後でお茶でも持っていくわ」

「おう、期待しとくよ」

 

ハングは最後にエリウッドからヘレーネ王妃に渡された地図を受け取り、階段を登っていった。

それを見送ったエリウッド達はハングの言葉に甘えることにして談話室に入っていった。

 

談話室の中はやけに賑やかだった。

中央のテーブルにはクッキーが積まれ、その周りに人が集って果実酒やミルクを口にしていた。

 

レベッカとロウエンは非常食としてクッキーを使えないかどうか審議している。

セーラはエルクとルセアを自分の両脇に引っ張り寄せて、中央のクッキーをかしましく咀嚼していた。

プリシラは部屋の隅に座ってるレイヴァンの隣でクッキーをつまんでいる。

音楽が聞こえると思えば、ニルスが笛の音を披露しておりニノが演奏中の彼をほうけた顔で見つめていた。

 

エリウッド達が部屋に入ると、真っ先にニニアンが気づいて皆に飲み物を運んできた。

 

「ありがとう、ニニアン。随分と楽しそうだね」

「はい。皆さん甘い物はなかなか食べられないですから」

 

エリウッドはニニアンの持つ盆を素早く引き取り、リンディスとヘクトルへと飲み物を配る。

 

「ニニアン、ニルスは演奏してるみたいだけど、君は踊らないのかい?」

「え・・・あ、き、今日はその・・・ちょっとお菓子作りで疲れてしまって」

 

そう言って、僅かに頬を赤らめて俯くニニアン。

そんな彼女の手のひらには可愛らしいリボンで飾られた袋が乗っていた。

 

それを目ざとく見つけたリンディスは気をきかせて、ヘクトルを談話室の奥へと引っ張っていく。

 

「いてて!リンディス!何すんだ!?」

「・・・ヘクトルって本当に無神経ね・・・ニニアンが何をしようとしていたのか気づかなかったの?」

「は?なんのことだ?」

 

本当に気づいていなかったらしいヘクトル。

リンディスは呆れ顔でニニアンとエリウッドを指さす。

 

そこではちょうど、ニニアンがエリウッドに袋を渡すところである。

離れたせいで、二人がどんな会話をしているのかは聞こえないが、二人の顔を見ればどういった会話がなされているか想像するのは容易であった。

 

「遠目で見てるだけでごちそうさまってとこね」

「さっきからお前は何言ってんだ?」

 

本当に理解していなさそうなヘクトルを見上げ、リンディスはため息を吐きだした。

これは鈍感を通り越して、木偶の坊の称号を与える必要がありそうだった。

 

そんなリンディスとヘクトルにフロリーナが歩み寄ってくる。

 

「リ、リンディス様」

「・・・どうしたの、フロリーナ」

 

やっぱり『リンディス様』と呼ばれることに違和感のあるリンディスだ。

 

「あのね、その、これ、リンディス様に」

 

そして、差し出されたのは先程ニニアンが持っていたのと同じくリボンで飾り付けられた品だった。

 

「ありがとう、フロリーナ。中身はみんなと同じクッキー?」

「うん、あんまりたくさん作れなかったけど」

 

袋を開けると確かに多くはない量のクッキーが詰められていた。

 

「お、いいじゃねぇか。手作りか?」

「ひぅ・・・・」

「ヘクトル!あんたはフロリーナに近づかないの!!」

「はぁっ!?なんでそうなん・・・」

「フロリーナが怯えるからに決まってるでしょ!行きましょ、フロリーナ」

「あっ、リン・・・ちょっと、待って」

「・・・どうかしたの?」

 

『リン』と呼んでくれたことに少し喜びを覚えつつ、リンディスは立ち止まった。

 

「あの・・・これ・・・・」

 

フロリーナの手の中には先程と同じ、包みが一つ。

 

フロリーナはそれをその場で差し出した。

 

一瞬、リンディスはそれが誰に向けられものなのかわからなかった。

そして、自分の目の前で手渡されたにも関わらず、その現実を理解することができなかった。

 

「ヘクトル様にも・・・クッキーを・・・」

「お、おう・・・おう!俺の分もあったのか!ありがとうな!!」

「い、いえ・・・その・・・それは・・・あの・・・お礼・・・」

 

フロリーナがなおも言いつのろうとするも、ヘクトルは既に包みを受け取って中身を頬張ってしまう。

 

「おおっ!うめぇなこれ!!あっ、エリウッド!お前も貰ったのか!?なんだよ、随分嬉しそうな顔してんじゃねぇか?」

「あ・・・・」

 

何かを言おうとするフロリーナを残してヘクトルはエリウッドの所へ行ってしまう。

 

結局、何も言えずじまいになってしまった。

 

「・・・・・・ふぅ」

 

フロリーナは気が抜けてしまったかのように小さくため息を吐いた。

それは、上手に行動できない自分に呆れているようにも聞こえたが、その吐息の真意は本人にしかわからない。

 

そんなフロリーナの額に手が当てられた。

 

「あ、あの?リンディス様?」

「熱は無いわね。フロリーナ、変なものでも食べたの?」

「えええ、な、何でですか!?」

「だって、フロリーナがヘクトルにお菓子なんて・・・まさか、何か脅されてるんじゃ」

「違います、違いますから!!リンディス様!待ってください!!」

 

既に剣に手をかけていたリンディスをフロリーナは割と必死に取り押さえたのだった。

 

そんな階下での騒ぎ声に後ろ髪を引かれながら、ハングは整理した荷物を抱えて二階へと上がっていく。

上の階では窓際に机を置き、酒を飲み交わす二人がいた。

 

「ん?随分珍しい組み合わせだな」

 

そこにいたのはヴァイダとワレスの二人であった。

 

歴戦の二人は酒を飲みながらでも隙は無い。

 

「おう、ハング」

 

ヴァイダに片手をあげて挨拶され、ハングは軽く会釈。

ヴァイダは酒に付き合わせようかとも思ったが、ハングの手に大量の書類が抱えられているのを見て諦めた。

 

「仕事か?あんま根つめるなよ」

「そうします」

 

絶対にそうしないであろう疲れた笑みを浮かべながら、ハングは自室へと引っ込んでいった。

 

「ほう、まるで息子を見るような目ですな」

 

ワレスがそう言いながらヴァイダの杯に酒をつぐ。

味は濃いが酒としては弱い類のこの酒は戦いを生業とする者には結構好まれる。

その酒を口に含みながら、ヴァイダは苦笑いを浮かべた。

 

「まったく・・・私も甘くなったもんだよ。あいつらが生きてると知って頬が緩みっぱなしさ」

 

そう言った、ヴァイダの顔は確かに嬉しそうだ。

もちろん、ハングやヒースの前では決して見せることはない。

 

それは鬼教官であった頃から続く最低限の矜持である。

 

「ふはは、親とは総じてそんなもんだ。儂もリンディス様が生きておられたと知った時は喜びで咽び泣いたもんだ」

 

ワレスも酒を飲み干して、大声で笑った。

 

「リンディス様・・・ねぇ」

「ん?どうかしたのか?」

 

昼間にレイヴァンからこの部隊の人間関係をある程度聞き出していたヴァイダは意味深に目を細め、酒で唇を湿らせた。

 

「いや、なに、あいつが姫さんと恋仲になるとは思わなかったからね」

「あぁ、なるほどな」

 

ヴァイダが久々にハングと会ってみたら、それはもう分かり易く一人の女を見つめてる。

よくよく聞いてみたら相手は貴族の姫様、しかも両想いとくれば驚くには決まっている。

 

森で拾った薄汚いガキがここまで不相応な相手と思いを通じ合わせることができることなど、いくらヴァイダでも予想できなかった。

 

「ふはは、愛は身分など軽く飛び越えていきますぞ。愛の力で小人が竜を倒した御伽噺があるぐらいですからな」

 

かく言うワレスもリンディスの母親の駆け落ち騒ぎに手を貸した張本人だ。

愛だの恋だのの可能性の無限さはよく知っている。

 

二人の間に流れる朗らかな空気。

 

だが、それはヴァイダの次の一言で崩壊した。

 

「まぁ、寄せ集めの弱小国の一つの姫さんだ。あいつにはお似合いかもな」

 

ワレスの顔が凍りつく。

 

「・・・なぬ?」

「キアラン、だったか?リキアの中の片田舎の。まぁ、それにしてはあのリンディスは骨がありそうだし、認めてやってもいいか」

「・・・・ほう」

「ん?どうしたい?」

 

ヴァイダはそこでようやくワレスの綺麗な頭から湯気が立ち上ってるのに気がついた。

 

「貴様・・・キアランを侮辱しおったか。ベルン竜騎士がどれ程のもんかは知らんが、このワレス、黙ってはおれんぞ」

「・・・へぇ。田舎騎士風情があたしに勝てるとでも?」

「そんなものハング殿の剣の腕を見てれば大概はわかる。それと、竜騎士の根性の悪さもな」

 

ハングと竜騎士の話題を出され、ヴァイダのこめかみの傷跡が真っ赤に染まり上がった。

 

「竜騎士をバカにされちゃあたしも黙ってられないよ。しかも、ハングを引き合いにするかい!?あいつの根性はあたしが鍛え上げたんだ。そこを貶されるのは我慢ならないね!」

「あのハング殿の根性など・・・蔦の茎の方がまだ真っ直ぐに見えるわい。儂はそのうちハング殿をリンディス様の婿に相応しい男に鍛え直すつもりでおるぞ」

「あいつはもう十分立派な男だ!そいつはあたしが保証してやるよ!それよかあのリンディスの方こそ酷い荒削りじゃないか。あんな火の玉みたいな女をハングの側に置いておけないよ」

「・・・言いおったな」

「・・・言ったがどうしたい」

 

激しく睨み合う二人。

 

「だいたい、小山がのっそりとうごめいてるような戦いしかできない男に鍛えられる程、うちのハングは柔かないよ」

「なにおぅ!弓兵に一々及び腰になるお主にこそ、リンディス様を鍛える資格などないぞ!」

「言うじゃないか、だったらここで決着付けるかい!?」

 

途端に殺気立つヴァイダ。

だが、それをワレスは制した。

 

「我は誇り高きキアラン騎士だぞ。戦を忘れて私闘に走る程愚かではないわ。それにお主も模擬刀などという不粋なものでの決着は御免だろう」

「そうだね、じゃあどうすんだい?」

「わしの力は敵との戦いの中で示してやる。お主も同じ方法で力を示してみるがいい」

「いいだろう。でも、誰が勝者を決めるんだい?私達だけじゃ戦い方が違いすぎて判断できないじゃないか」

「む・・・ならば他の者に判断を託すか。戦に詳しく、また公正な目を持った人物」

「なら、ハングで決まりだ。あいつはこの部隊の軍師だ。あいつが広い視野と的確な判断力があることはあたしより、あんたの方が知っているだろう」

 

満足気に自分の人選を決定しようとするヴァイダに待ったの声が入る。

 

「長くいるからこそハング殿は信用ならん!軍の指揮は確かだが、ハング殿は感情に揺さぶられ過ぎるきらいがある!それよりも我が主君のリンディス様の方が適任だ」

「馬鹿言うんじゃないよ。身内贔屓で負けてたまるかい」

 

身内と言えば、ハングもヴァイダの身内と言って過言ではない。しかも、ハングはヴァイダの一睨みに逆らえない可能性もあるので、この二人の対決の判断を正確に下せるとは思えないのだが、それを指摘する人はこの場にいなかった。

 

「なら、残りはあの糞真面目なエリウッドだね。あいつが一番、公正な判断がくだせるんじゃないか?」

「よかろう!こちらも異存は無い」

 

名前すらあがらなかったヘクトルに同情する声は無い。

 

「キアラン侯とリンディス様の名にかけて、負けるわけにはいかん」

「望むところさ。大陸最強のベルン竜騎士の強さ、見せつけてやるよ」

 

火花を散らす二人。

 

だがこの言い争い元をたどれば・・・

 

「・・・それはそうと、あのハング殿も元『最強のベルン竜騎士』の一員なのか?」

「まぁ・・・それは・・・剣の腕はともかくとして、あいつの目的に対する執念は十分な強さだ」

「それは否定せんな」

「それよか、あのリンディスってのもそこまで忠誠を誓える女なのかい?」

「もちろんだ。立場や見た目にとらわれず、真っ直ぐに人を見る誠実さはわしでさえ尊敬できる程だ」

 

単なる親バカである。

 

「ヘックシュ」

「クシュン」

 

この宿でほぼ同時に起きたくしゃみが誰によるものかは説明するまでもないだろう。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

ジャファルは宿の外にいた。

襤褸を纏い、宿の出入り口が見張れる路地に座り込む彼の姿はあたかもただの浮浪者のようだ。

暗殺者たるもの、殺気を完璧に隠して潜伏するなどお手の物である。

 

ただ、そんなジャファルの手には場違いにも甚だしい可愛らしい包みが乗っていた。

中身はまだ暖かく、袋の口を開ければ香ばしい匂いが漂ってくる。

 

それはニノが持ってきたものだ。

彼女はクッキーを焼き上げた後、一直線にここに来た。

ここで見張りをすることは誰にも言ってなかったはずなのに、いつの間にか居場所を把握されていたらしい。

どうにも恐ろしい奴である。

 

ジャファルはクッキーを一つ口に含んで、丹念に咀嚼する。

食事など栄養補給にすぎないと思い、ほとんど飲み込むようにして食べるジャファルにしては随分と長い食事であった。

 

「・・・・甘いな・・・」

 

ジャファルの独り言。

 

それは誰の耳にもとまらずに夜の闇へと溶けていく。

 

突如、そのジャファルの目つきが鋭くなった。

 

クッキーの袋が素早くマントの内側に消え、代わりに手のひらで隠せる程に小さな短刀が握られる。

殺気を覆い隠しながら、周囲に警戒の糸を張り巡らせるジャファル。

 

そんな彼の真正面から散歩をするような気楽さで、歩いてくる男が一人。

 

「よう【死神】久しぶりだな」

「・・・・【疾風】」

 

現れたのはラガルトだった。

かつては同陣営を名乗っていたとはいえ、二人の間の空気は妙に張り詰めていた。

 

「お前がこっちの軍で見ることになるとはな。いやほんと驚いたぜ」

 

飄々とした空気に世間話のような軽い口調。

だが、その立ち姿に隙は無い。

 

「ネルガルの手先だったお前とここでまた出会うなんてな・・・」

 

この男が何をしにきたのかジャファルには掴めない。だが、何しに来たにしろジャファルには預かり知らぬこと。

向かってくるなら抵抗するまで。

 

「・・・だんまりか。雑談もできないのかよ」

 

沈黙を保ったジャファル。

ラガルトは無駄とわかりつつも、何か反応が返ってこないかもう少し試そうとした。

 

だが、それは別の人間の気配を捉えたことで断念することになった。

 

「おっと。他にも客も来たみたいだな」

 

そして、ラガルトとジャファルは路地の奥へと注意を向ける。

 

「・・・・お仲間同士で何の話合いだ?」

 

マシューだ。

 

普段の軽薄な笑みはなりを潜め、鋭い眼光と真一文字の口元が緊張感を放っていた。

 

「いやいや、俺は元『黒い牙』だって言ってるだろ。こいつとはもう関わりなんてないって。そもそも、こんな不気味な奴と一緒くたにしないで欲しいね」

 

薄ら笑いを浮かべてラガルトはそう言った。

ジャファルは先程の姿勢のまま動きはしない。

 

「どうだかな。身分を偽って敵の懐に潜り込む。それが俺やお前の仕事だろ?」

「そりゃそうだ。だけどそれは『俺やお前』の仕事だ。ここにいる【死神】は違う。それはお前もわかってるだろ?」

 

密偵と暗殺者

 

両者は似ているようでその間には大きな隔たりがある。

持ちうる技術も、剣捌きの能力も、対話の仕方一つとってもそれらは似ても似つかない。

 

「で、どうする?」

 

殺し合うか?

 

言外にそんな意味を込めつつ、ラガルトは苦笑いを見せた。

 

「あんたは敵だって証拠もないのにそんなことできるかよ・・・だが、お前は少し事情が違うぞ」

 

マシューは視線をラガルトからジャファルへと向けた。

 

「お前、【魔の島】にいたよな?」

 

マシューの声には抑揚もなく、淡々と紡ぎ出させる様には感情が無いように聞こえる。

しかし、聞く者が聞けばわかるだろう。

 

彼が感情を無理矢理殺していることが。

 

「レイラって名前の女。知ってるか?」

 

辺りを吹く風が彼らの服の裾を揺らした。

 

「その女はオスティアの密偵の一人だ。内情を探るために【黒い牙】に潜入し・・・死んだ。お前、何か知ってるか?」

 

やはり、沈黙を返すジャファル。

だが、彼の手の中で握られていたはずの短刀はいつの間にか服の下へと消えていた。

 

「レイラは俺たちの仲間内でも一二を争う使い手だった。あいつをやったのは【黒い牙】でも相当な腕を持った奴だということだ。組織の中で【四牙】と呼ばれてた暗殺者の誰か・・・お前だな?」

 

裏稼業に生きる三人の男達。

吹き抜ける夜風が彼らの体温を奪って行く。

月が雲に隠れ、日常のざわめきはここには無い。

 

そして、一つの返事があった。

 

「・・・そうだ」

 

その言葉に風さえも消え失せる。

放たれる殺気が身を切るような鋭利なものへと変わる。

 

そして、マシューは静かに声を紡ぎだす。

 

「・・・これは挨拶だ。若様やエリウッド様がどう思おうが、俺はお前を許さねぇ。俺に負けて死ぬ時・・・レイラの名を思い出せ」

 

唐突にマシューの姿は路地裏から消えた。

背を見せず、溶けるように姿をくらます動き方は密偵としては一流だ。

 

取り残されたジャファルとラガルト。

 

「随分、憎まれたもんだな」

「・・・・・」

「ま、お前には関係ないか」

 

ラガルトは警告の一つでもしてやろうかと思ったが、やめておいた。

そんな義理を抱く程ラガルトとジャファルの関係は暖かくない。

 

「そんじゃぁな」

 

ラガルトもいなくなる瞬間を見せずに路地から消えていく。

 

思い出したように吹き抜けていった夜風がジャファルの身を切り裂いていった。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

窓際に置かれた机。

 

星明りと燭台に照らされた手元には格安の羊皮紙が何枚も広げられ、乱雑に並べられた数字で埋め尽くされていた。そんな物言わぬ相手と格闘を重ねていたハングは羽ペンを置き、大きく伸びをした。

 

首を左右に動かすと凝り固まっていた筋がいい音をたてた。

 

そろそろ夜も更けたという頃合い。階下の騒ぎ声も聞こえなくなって久しい。ハングの仕事もほとんど終わりかけであった。

 

いろいろと濃厚な旅を続けてきたハング。

仕事を素早く片付けるコツも否応なく身に付くというものだ。

量が量だけに時間がかかってしまったが、仕事は上々といったところだろう。

 

問題があるとすれば、ただ一つ。

ハングは羊皮紙のうちの一枚を抜き出す。

 

処分しにくく丈夫な羊皮紙には契約を、秘密の言葉は燃やしやすい紙に書く。

 

だが、この地図は羊皮紙に描かれていた。

それだけに信用を置かれていると考えていいのか、それとも偽の手紙をつかまされたか。

だが、この地図はハングの入手した情報で裏付けがとれている。

 

「信用は時に重いよな・・・」

 

思わず漏れた独り言に返事はない。

 

その代わり、ドアの向こうから声がかけられた。

 

「ハング、調子はどう?」

「まあまあだ」

「入っていい?」

「どうぞ」

 

入ってきたリンディスの手元にはさっきの言葉通り、良い香りを放つ紅茶とクッキーとが乗っていた。

 

「順調?」

「というかもうほとんど終わったよ」

 

ハングは羊皮紙を片付けて窓際のテーブルを開ける。

そこに置かれお盆からの香りを存分に吸い込み、ハングはクッキーに手を伸ばした。

 

「ごめんなさい。私はいつも手伝えなくて」

「そんなこと言ったら。俺は戦闘じゃほとんど足手まといだろう。気にするなよ」

 

ハングはクッキーを口に放り込む。

仕事で疲れた頭には甘い物がよく染みた。

 

ハングはもう一つクッキーを手に取り、リンディスへと差し出す。

 

「リンディスも食べるか?」

 

そろそろ彼女のことを「リンディス」と呼ぶことに慣れてきたハングである。

 

「下で食べたからいいわ」

「太るもんな」

「・・・・・」

 

怖い視線を笑って受け流し、ハングはクッキーを音を立てて噛み砕いた。

 

「ねぇ、ハング」

「ニノとジャファルのことか?」

「・・・・」

 

怪訝な顔を浮かべるリンディス。どうやら、当たっていたらしい。

 

「なんでわかったのかって顔だな」

「もういいわ。その辺のことを一々気にしてらんないもん」

 

リンディスは一つため息をついて、話を戻した。

 

「それで?」

「まぁ、十中八九レイラを殺したのはジャファルだろうな」

 

ハングはいきなりそう切り出した。

証拠はどこにもないが、ハングにはある程度の確信があった。

 

「それは多分、ヘクトルとマシューもわかってると思う。エリウッド達もな」

「・・・・・・」

「まぁ、本人達の中でどんな殺意が膨らんでるかは正直わからないよな」

「復讐だもんね」

「復讐だからな」

 

お互い、そのことに関しては並々ならぬ理解がある。

それと同時に人がどんな復讐心を抱いているかを理解することの難しさもよく知っていた。

 

「ハングは・・・どう?」

「俺か・・・俺はどうだろうな・・・」

 

ハングは自分の胸の内を探ってみる。

 

軍師としての自分は『戦力としていかなる相手も受け入れるべきだ』と言っている。

だが、リンディスが求めている答えはそうではない。

彼女はハング個人がどう思っているのかについて聞きたいのだ。

 

「ジャファルに対してある程度怒りを抱いてることは否定できねぇな」

「・・・・・・」

「マシューの奴とも付き合いは長いし、レイラはお前のじいちゃんを救ってくれた恩人だ・・・ジャファルを許せるかと言われると・・・少し困るな・・・けど、ジャファルを殺してしまえば、今度はニノが俺達に復讐を迫る気がする。そんなことをさせちゃいけない・・・」

 

幼くして復讐に取り付かれた末路がロクなものではないことはハング自身がよく理解している。

 

「・・・それに・・・ネルガルの野郎に比べると、憎悪もそこまで深くない・・・そんな感じだ」

「・・・そう・・・」

 

静かに呟いたリンディスの表情は穏やかで、ハングはその顔から彼女の内面を想像することはできなかった。

そういえば、彼女の復讐が唐突な終わりを迎えてからこうして落ち着いて話をするのは初めてであった。

話題はそのままハングの復讐へと移っていく。

 

「ハングはやっぱり・・・ネルガルだけは諦められないの?」

「まぁ・・・な・・・」

 

諦められたらどれだけ楽だろうか、とハングも考えたことはある。

リンディスの為にも自分を変えるべきなんじゃないか、と思ったりもした。

 

だが、無理だった。

 

ネルガルに対する憎悪は身体の深いところに根を下ろし、ハングの骨幹に絡みついている。

 

ハングは紅茶に口をつけ、わずかな苦味と芳醇な香りを口の中に満たした。喉から胃へと紅茶の熱が落ちていく。

その熱がハングの中の凍り付いた感情を際立たせた。

 

「後ろを振り返れば血塗られた過去があって・・・前を見ればネルガルの忌々しい顔が待ち構えてる・・・にっちもさっちもいきやしない・・・」

 

ハングはそう言って力無く首を横に振った。

 

「どうして・・・俺って生き物はこうなんだろうな・・・復讐にしか頭が向かない」

 

情けない話だった。

 

他の生き方を模索することなんて簡単なはずだ。全てを忘れて一から歩みだすことだってできるはずだ。

だが、ハングにはそれができそうにもない。

結局のところ、ハングは村を滅ぼされたあの日から一歩も前に進めていないのだ。

 

力無く項垂れるハング。

 

自分が幼き頃の姿に戻ったような気がしていた。

不敵に笑う軍師のハングはここにはいない。村を焼き出され、途方に暮れて森を歩き続けた少年が座っているだけだった。

 

そのハングの手を温かな手が包み込んだ。

 

「そうそう切り捨てられるものではないわよ・・・それは私もわかってる」

 

リンディスはハングの手をさする。

長い旅の中で風雨にさらされて擦り切れた手だった。

痩せ気味で、骨が張って、それでも剣や槍を握り続けて分厚くなった皮膚に覆われたハングの手だ。

 

「大丈夫」

 

そう言われ、ハングが顔をあげる。

そして、ハングは満面の笑みに迎え撃たれた。

 

「ハング。大丈夫」

「え?」

「大丈夫よ・・・私はいつでも傍にいるから。ずっと、ずっと・・・傍にいる。ハングが復讐したいって言うなら私も手伝う。忘れたいならハングの心が軽くなるまで待ってる・・・」

「リンディス・・・」

「私、これでも待つのは得意なのよ?草原の民はみんな忍耐強いんだから」

 

そう言って彼女は笑っていた。

 

その笑顔をハングは呆けた顔で見つめていた。

彼女の言葉の一字一句が胸に染みていた。

 

「・・・・・やべ」

 

不意にハングは目頭が熱くなるのを感じた。

ハングは慌てて、目元を引き締め、瞬きを繰り返す。

 

「なぁに?泣いてるの?」

「うるせぇ・・・ったく・・・」

 

ハングは左腕で乱暴に目元を拭う。

誰かの前で躊躇いもなく泣きそうになったのは初めてだった。

 

「ああ、もう・・・そんなにしたら腫れちゃうわよ」

 

リンディスの手がハングの目元に伸びる。

ハングは少し恥ずかしがりながらも、その手に瞼から溢れた水滴を拭ってもらった。

 

旅から旅への人生だった。

 

頼れる人などいない。誰も巻き込んではいけない。そう己を律して生きてきた。

ヒース達に背中を預けた日もあったが、この復讐に彼等を巻き込もうと思ったことはない。

 

その考えは今も変わらない。

 

彼女を自分の復讐に巻き込むつもりはない。

それでも、孤独な道を歩いてきたハングにとって、隣に誰かがいてくれることは涙が溢れる程に暖かかった。

 

「・・・リンディス」

「なに?」

「お前・・・いい女だな」

「あら、今更気づいたの?」

 

そうして、二人してクスクスと笑い合う。

 

静かな、とても静かな夜だった。

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