【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第28章外伝~決別の夜(中編)~

水の神殿にたどり着いたニノとジャファル。

 

「こっちのアジトは久しぶりだな。ジャファルは?」

「・・・・・一月ぶりだ・・・」

 

入り口に差し掛かる二人、そこに一人の男性が走ってきた。

 

「ヤンおじさんっ!ヤンおじさんでしょっ!!」

 

それは【黒い牙】の古参の一人。

実力こそ山賊に毛が生えた程度だが、【牙】の中でも信頼されてる男だった。

 

「ニノじょうちゃん!?」

 

ニノの姿を見つけたヤンも彼女の側に駆け寄った。

隣にジャファルがいても臆さないのは彼がくぐってきた修羅場の数を物語っていた。

 

だが、そんな彼にも恐れるものはある。

 

「ど、どうして戻ってきたんだっ!!」

「・・・あたしね、お母さんと話をしようと思って・・・」

 

ニノがそう言うと、ヤンの顔つきが変わった。

青ざめつつも、ヤンは必死にニノの言葉を遮る。

 

「にっ、逃げろっ!!」

「おじさん?」

「首領がやられたんだ!あの女は・・・」

 

ヤンがそう言いかけた時、転移魔法特有の揺らぎがその場に出現した。

 

一番反応が速かったのはジャファルだった。

袖口からナイフを引き抜き、加減などせずに目の前の空間に投げつけた。

だが、そのナイフは壁にでも当たったかのような音を立てて空中で弾かれる。

 

「あら、ご挨拶ね」

 

一呼吸遅れてその場に転移魔法で現れたのはソーニャだった。

 

「母さん!」

「ひ・・・ソーニャ・・・うっ、うわぁぁぁぁぁ!」

 

逃げ出すヤン。それをソーニャはつまらなそうに見送った。

 

「・・・小物め。後でいぶり出してやるわ」

 

そしてその目はそのままニノへと向けられた。

 

「それよりも、ニノ・・・よくも私の顔に泥を塗ってくれたわね」

「あ・・・母さん・・・」

「お黙り!」

 

全てを拒絶する言葉にニノの身が竦む。

 

「とことん役に立たない娘だわ。こんなことなら、早々に実の親のところに送るんだった」

 

その言葉にニノの顔があがる。

 

「実の・・・親?」

 

かすれ気味の声。

 

「ふふっ、そうよ。本当のところを聞かせてあげるわ。お前はリキアで代々名門の魔道一族だった。竜の秘密を守ってる一族だとかでね。十三年前、ネルガル様と私はそれを奪いにいったの」

「あたしの・・・家・・・」

 

呆然と呟くニノの声を無視してソーニャは続ける。

 

「ククク、どんなに優れた賢者でも所詮はただの人間・・・子供を盾にとれば手も足も出ないのよ」

 

ソーニャは思い出し笑いを挟みつつ語り続ける。

目の前のニノの顔が徐々に絶望に染まっていくのを確かめながら。

 

「父親、母親、それから私が盾に使った子供・・・知ってる情報を残らず吐かせた後・・・みぃんなこの手で始末してやった」

 

ニノは涙をこぼしそうになる目を必死に抑え、震える声で尋ねる。

 

「あ、あたし・・・あたし・・・母さんの子供じゃないの?」

 

その質問にソーニャは笑いを止めた。

そして、どうでもよさそうな声音でその質問に答える。

 

「子供は男と女の二人いたわ。母親が必死に守ろうと、最後まで抱えていた女の方・・・それがニノ、お前なのよ」

 

たいした感慨も感動も持たず、ソーニャは忌々しげな表情でその時を振り返る。

 

「まだ口も聞けない子供だけれど何かの役に立つかもしれない。ネルガル様の気まぐれからお前を生かしておくことになったの。私は嫌だったけどネルガル様の望まれるとおり自分の娘として育てたわけ」

「・・・・・」

 

ニノの瞳から耐え切れずに一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「だけどとんだ計算違い!頭の悪い、ただの役立たずなんだもの。お前みたいなクズ、邪魔にしかならなかったわ」

 

これまでの日々を思い出し存分に顔をしかめるソーニャ。

俯きそうになる視線を必死にこらえるニノ。

ここで視線を下げるわけにはいかなかった。

 

それは負けを認めるのと同じ。そう教わったのだ。

教えてくれたのは目の前のソーニャだった。

 

そんなニノの前にジャファルが立つ。

 

「・・・だから始末しようとしたのか・・・汚い女め」

 

ジャファルはニノをソーニャの視線から守るように自分の後ろへと押しやる。ジャファルは背中のマントをニノが握っているのを感じながら、手元の短刀を構える。

 

ソーニャはそんなジャファルを意外そうに眺めた。

 

「・・・お前の口からそんな言葉を聞くとは意外だわ。ネルガル様の望まれるまま顔色一つ変えずに標的を始末し、【死神】とまであだ名された男は誰だったかしら?」

 

ジャファルはソーニャを睨みつける。

相変わらずの無表情だが、その目だけは確かに感情を宿していた。

 

それは目の前の敵を打ち滅ぼしてやりたいという、暴力的な欲求だった。

 

「・・・ニノが俺を変えた。俺はもうネルガルの殺人道具じゃない。ニノの為に・・・ソーニャ!俺はお前を滅ぼす」

 

両手に短刀を構えたジャファル。

その本気の殺意を目の前にしてなお、ソーニャは笑ってみせた。

 

「アハハハハハ、とんだおままごとだわ!私に勝つ?それがどれだけ無謀なことかもわからない男だとは思わなかったわ!」

 

ソーニャは無挙動のまま自分の周囲に氷塊を作り上げた。

 

「さぁ【黒い牙】の流儀にのっとって裏切り者の処刑といきましょう?」

 

ジャファルが低い姿勢に移る。

 

それを見ていたニノはジャファルの背中側で涙を袖で拭った。

 

泣いてる場合じゃないのだ。

 

護りたいものの為に戦い、手を血で染める。それが【黒い牙】だ。

それは兄のように募っていた二人から教えてもらったことだ。

 

ニノは懐から魔道書を取り出した。

 

「ククク・・・死の制裁、たっぷりと受けてもらうわよっ!!」

 

ソーニャが腕を振る。鋭い槍先と変わった氷塊が一斉に動き出した。

ジャファルがそれらを弾く姿勢を見せ、ニノが対抗するための火の玉を呼ぶ。

 

その程度で防げるものか

 

ソーニャの自信に満ちた笑み。自分の一撃が間違いなく二人を切り刻むことを確信していた。

 

だが、致命傷は与えない。

 

死なないように切り裂き、生きたまま何度も痛みを与え苦しめて殺してやる。

残忍な笑みでそんな想像をしていたソーニャ。

 

だが、その顔は突如として凍りついた。

 

氷塊が降り注いだ巨大な雷に阻まれたのだ。

 

「これは・・・【サンダーストーム】!?」

 

そのソーニャに答えるように神殿の入り口の方から声がした。

 

「ニノ!ジャファル!無事か!!」

 

ソーニャの意識がそちらへと僅かに逸れた。

 

次の瞬間、ジャファルが一気に間合いを詰めた。短刀をソーニャの急所めがけて突き刺す。だが、捉えたと思った刃は空を切る。

 

ソーニャは既に転移魔法で間合いをとっていた。

 

そして、この神殿の中に新手がなだれ込んでくる。

真っ先に突っ込んできたエリウッドとヘクトルがジャファルと肩を並べた。

 

「間に合ったみたいだな」

「ったく、手間かけさせやがって」

 

そして、三人は少し離れた足場に移動しているソーニャに警戒の目を向ける。

 

その後ろでハングとリンディスがニノの頭に手を置いた。

 

「ニノ、勝手に飛び出すんじゃねぇよ」

「私たちはもう仲間なのよ?それを忘れないで」

 

その後も続々と見知った面々が遺跡の中に入ってくる。

そういった彼らを前にニノの口から涙声が出た。

 

「みんな・・・」

「・・・・・・」

 

ジャファルは相変わらずの無表情だったが、背後に向けて殺気を見せることはなく、目の前だけに集中していた。

 

「アハハハハハ!」

 

その神殿内に笑い声が響く。

 

「いいお友達じゃない、ニノ!」

 

ソーニャに向けて全員が武器を構えた。

 

「こちらから向かう手間が省けたわ。ククッ、逃がさないわ。ただの一人もね!!」

 

その台詞を残し、ソーニャが更に転移。直後、神殿が激しく揺れだした。

その揺れでソーニャがやろうとしてることに気がついたのは三人。

 

「皆!!何かに捕まって!!」

 

ニノが青ざめた顔で叫び、ジャファルが短刀を床の敷石の隙間に突き立てた。

そして、ハングも床の左手を突き立てる。

 

「上空部隊は空へ飛べ!!泳げねぇ奴を釣り上げろ!!」

 

その行動で皆が察したように動き出したのと、神殿内の水が巨大な波となって盛り上がるのは同時だった。

 

武器を持つ者はジャファルのように武器を床に突き立て、それができない者は柱に捕まったり、空に持ち上げられたりすることでその場をしのごうとする。

 

「来るぞォォ!!」

 

ヘクトルの声に言われるまでもなく、目の前まで津波が迫ってきていた。

 

ハングの隣でリンディスも武器を突き立て、ニノはフロリーナに連れられて上空へと飛んでいた。

 

「皆!固まれ!!」

 

エリウッドがそう叫び、ハングは隣のリンディスの身体を引き寄せる。

リンディスもまた、ハングの身体に腕を回した。

 

回避は不可能な衝撃がハング達に襲いかかった。

 

「・・・うぐっ!!」

 

あまりの衝撃にハングの鼻から水が逆流する。

突き立てた床石が剥がれんばかりの勢いだ。

 

ハングはリンディスを抱き寄せた腕にさらに力を込めた。

 

轟音と共にハング達に襲いかかった波。その一波は思ったほど持続せず、すぐに引いていく

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・皆!無事か!!」

 

ハングとエリウッドは後方を振り返る。

それぞれから返事があり、今の波で流された者はいないようだ。

 

騎馬が何匹か流されたみたいだが、彼らも少し離れた水面から泳いで戻ってくる。

 

「くそっ!!」

 

だが、ハングは悪態をついた。

津波の後、神殿内の構造が様変わりしていた。

 

さっきまであった出入り口はなぜか石壁となっており、通路は先へ進む分しか残されていない。

 

『逃がさないわ』

 

ソーニャの言った言葉がハングの頭で繰り返された。

 

「・・・やってもらおうじゃねぇか」

 

ハングはそう言って、不敵に笑った。

 

「あ、あの・・・ハング?」

「ん?」

 

耳元で聞こえた声に反応してそちらに目を向けたハング。目の前にリンディスの瞳があった。

 

「そ、その・・・」

 

ハングの腕はまだリンディスの腰に回ったままであり、彼女の細い身体にが密着していた。

 

「・・・もう、離して平気よ?」

 

彼女は当然全身濡れ鼠であり、それに接するハングの体もびしょ濡れである。

水で冷えた体には心地よい人の体温。

 

「・・・・・」

「・・・・ハング?」

 

反応の無いハングを不思議に思ったのか、リンディスはハングの顔を覗き込んだ。

 

長い睫毛に水滴がついており、前髪から垂れた滴が彼女の頬を通って首筋へと続く。

その視線を追いそうになるハングはしばし硬直した後、ゆっくりとリンディスの身体を離した。

 

「ハング?」

 

さっきから一言も喋らないハング。リンディスは不安を込めてハングの名を呼んだ。

 

「どこか怪我でもしたの?」

「・・・いや・・・とりあえず、これ着ろ。目のやり場に困る」

「え?・・・あ、うん」

 

抑揚の無い声で差し出されたマントを受け取り、リンディスはそれを身につけた。

 

「えと・・・ハング?どうしたの?」

 

ハングはそのことには返事をせず、リンディスに背を向けた。

そして、周囲の様子を伺い、現れた敵の位置を確認する。

 

なんだか挙動不審なハングの行動に疑問符を浮かべながらもリンディスは自分にできることを探しにいった。

 

指示を出し始めたハングの側にエリウッドが寄る。

 

「ハング、どう戦えば・・・ハング?」

 

エリウッドもすぐにハングの異変に気付いた。

やけに無表情で感情を押し殺してるようなハング。

 

「エリウッド・・・」

 

ハングは指示を出す声を一度止めて、エリウッドに向き直った。

 

「・・・リンディスは・・・女だったんだな」

「・・・は?」

「・・・そんで俺は男だった・・・」

「・・・えと、ハング?」

 

頭でもぶつけたのか。

変な物でも食べたのか。

 

そう言おうとしたエリウッドを遮るようにハングは呟いた。

 

「理性を保つのがこんなにきついとは思わなかった」

 

溜息と共に吐き出された言葉。それを皮切りにハングの表情に色がついてきた。

 

真っ赤な色だった。

 

「あ、そうか・・・そういうことかい」

 

同じ男として思うところのあったエリウッドはようやく納得した。

 

「全部忘れて押し倒しそうになった」

「・・・そうかい」

 

ハングにそこまで言わせるリンディスがすごいのか。

少し密着しただけでそこまでしたくなるハングの愛がすごいのか。

 

エリウッドは苦笑しつつハングの肩に手を置いた。

 

「・・・気持ちを切り替えなよ」

「言われるまでもねぇよ」

 

ハングは自分の頬を右手で張る。いい音がして、ハングの目に不敵な笑みが戻ってきた。

 

「ここは敵の本拠地で通路は細い一本道!ちまちま持久戦をやって、変な仕掛けを打たれても面白くない!一気に攻め落とすぞ!」

 

ハングはふと視線をニノに合わせた。

 

「【黒い牙】とネルガル・・・その関係も今夜までだ!!ここで全てを断ち切る!!」

 

ぞくぞくと地下通路から現れる敵を睨みつけ、ハングは声を張り上げた。


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