【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
神殿内は道が水路により細かく分断され、少数での戦いを余儀なくされていた。
そんな中、活躍を見せていたのがワレスとヴァイダの二人であった。
ワレスが道を陣取って敵の動きを制限し、ヴァイダが敵を確実に狙い撃ちしていく。
「おりゃぁぁぁ!!このワレス、何人たりとも抜かせはせんぞ!!」
「はっ!!その程度で竜騎士を止められると思ったら大間違いだよ!!」
二人は競うように神殿内を突き進んでいく。
一応、ハングの指示に従った進軍なので文句はないのだが、まるで自分達に敵を集めるかのように派手に立ち回るのは少し控えて欲しいのが本音だった。
「なんか、あの二人やけに気合い入ってるな」
「・・・そうだね」
「ん?エリウッド、何か知ってるのか?」
含みのありそうな返事にハングがそう尋ねる。エリウッドはただ苦笑を見せるだけだった。
その疲れた表情から、ハングはあまり深く聞かない方が良いと判断する。
ハングはワレスとヴァイダのことを頭から追い払い、レベッカに合図を送らせた。
別の道で進軍していたヘクトル達が前進を始める。
その時、再び地鳴りのような音がして目の前の通路が沈んでいく。
「ぬぉっ!!し、沈むぞ!」
「ったく、このウスノロ!!掴まんな!」
「すまん!」
ワレスをヴァイダがなんとか引き上げる。だが、その時にはもう進軍すべき道がなくなっていた。
「二人とも!下がれ!!魔法部隊だ!!」
通路が沈んだことで、敵との間に距離があく。
速攻で詰め寄って潰すつもりだった敵の遠距離部隊から攻撃が飛んできていた。
ハングは別の方向に現れた道を探し、頭の中で神殿内の地図を再構築する。
新たな進軍ルートを導き出し、自軍の陣形を編成しなおす。
それは複雑怪奇なパズルを解いている気分だった。
「まったく、これはどういう仕組みなんだ?」
「水の神殿と言われるだけのことはありますね」
そう言ったのはエルクであった。
エルクは超遠距離魔法である【サンダーストーム】で離れた敵の魔法部隊に牽制をしかける。
戦場の間合いを無視できるこの魔法はこの神殿では素晴らしい援護射撃であった。
しかも、雷が鳴るのを嫌がりセーラがはるか後方に待機してくれる。
やっぱり無理をしてでもこの魔道書をマリナスさんにかき集めてもらうべきかとハングは本気で思案していた。
「しかし、こう道が変えられるのはなかなか困りものですね」
「道が変わる時間の間隔も狭まってきている。消耗させようとしてるのが手に取るようにわかるな・・・」
だが、細い道での戦闘という前提が崩れることはない。
ならば、軍師の手腕の見せ所だ。
引き際と押し際を計り、前衛を素早く切り替える。戦場の空気を読み取って時に敵を引き込み、時に奥深くまで突出してかき乱す。
ハングの指示が飛ぶたびに敵の陣形が崩れ、ハングの合図一つで自陣が一匹の生き物のように動く。
長らくこの部隊を率い、幾多の戦場を越えてきたハングにとって、ここにいる有象無象の兵など既に敵ではなかった。
その頃、ソーニャは押し込まれてつつある戦局を特に興味もなく見つめていた。
今、この神殿内に展開しているのは【モルフ】達。
それは、ネルガルが闇の魔術で作りだしたただの人形だ。他者から奪った【エーギル】を用いて作り出されたネルガルの
ソーニャからしてみれば、【モルフ】のことなどどうでもよかった。エリウッド達を消耗させてくれればそれでいい。
ソーニャは奴らが嫌いであった。
あいつらは意志を持たず、ただネルガル様に従うだけの気味の悪い人形だ。真の意味でネルガルの崇高さなど理解してなどいない。ただ命令されるがままに動いているだけなのだ。
だが、私は違う。
私はネルガル様に見出された人間であり。傍に仕えることを許された選ばれし存在なのだ。
これからその力を見せつけてやる。
ソーニャはおそらくこの戦場のどこかで戦局を眺めているであろうリムステラへの侮蔑を込めて、神殿の高い天井を見上げた。
そして、この神殿に配置した最後の【モルフ】が叩き伏せられる。
ソーニャからは迫りくるエリウッドの部隊がよく見えていた。
ソーニャは緩慢に立ち上がり、彼らに向けて手をかざした。
それを見たハングが叫ぶ。
「散れぇぇ!」
ソーニャの魔法が発動するより先にエリウッド達は蜘蛛の子を散らすように分散した。その直後、エリウッド達が先程まで固まっていた場所に特大の落雷が降り注ぐ。
超遠距離魔法の【サンダーストーム】
だが、その威力はエルクの放ったものとは文字通り桁が違った。
その一撃は神殿の足場に巨大な穴を穿ち、地形すら変えんばかりの威力を持っていた。
ソーニャの魔法が空振りに終わった直後、神殿の最奥に向けて一つの黒い影が走りこんでいた。
ジャファルだ。
「・・・ゆくぞ」
「ネルガル様に拾ってもらった恩を仇で返そうなんて!おまえもあの小娘と同じただのクズだってわけね!いいわよ、その【エーギル】だけ残してくれればね。お前の価値なんてその程度なんだから!」
再びソーニャの周囲に氷の刃が浮かび上がる。視野一面が埋め尽くされる程の大量の刃。その量の魔法は一人を相手にするには余りに過剰であった。それは、ソーニャの頭に先程のブレンダンとの戦闘が残っているせいだ。
魔法を受けてまで前進を止めなかったあの男。彼に付けられた傷が鈍い熱を放っていた。
ソーニャは腕を一振りし、ジャファルに向けて氷塊を一気に叩き込んだ。
それは、どんな手練れでもそれを回避することは不可能な魔法量であった。
「・・・・・」
ジャファルがその場に立ち止まる。その周囲に魔法が次々と突き刺さり、床石を砕いて粉塵を巻き上げた。砕けた氷も白い霧となって舞い上がり、ジャファルの姿がその中に消える。
あれほどの魔法を受けて立っていられる者などいない。
ソーニャはジャファルの死を確信した。
「フフッ、まず一人ね」
「そう簡単にいくか」
その声は右側から聞こえた。ソーニャは反射的に魔法を向けた。
いつの間にか、そこには赤髪で目つきの鋭い傭兵風の男、レイヴァンがいた。
ジャファルへの攻撃に気を取られて接近を許してしまっていたのだ。たが、ソーニャにとっては問題は無い。この距離ならソーニャの魔法の方が早い。
「お前達もネルガル様に【エーギル】を捧げなさい!新しい世に生き残れるのは私みたいな選ばれた人間だけなのよ!!」
ソーニャは魔法を唱えだす。その時、異変が起きた。
「・・・・っ!!!」
ソーニャの呪文が途中で止まった。
声が出ないのだ。喉の周囲に何かが巻きついたような感覚。
息はできるのに、声帯が震えようとしない。
そこでソーニャはハッとした。まさか!という思いが脳裏を過ぎる。
ソーニャが周囲を見渡すと、遠方からツインテールの髪をしたシスターが杖を向けていた。
【サイレン】
他者の声を封じて魔法を止める杖だ。
そして、ソーニャは二度驚く。その隣には殺したはずのジャファルが佇んでいたのだ。
【レスキュー】
簡素な転移魔法を行う杖の一種だ。
移動距離も短く、視野の範囲内程度しか移動できない使い勝手の悪い杖だが、この場ではその魔法の力が遺憾なく発揮されていた。
その、二度の『驚愕』は確実にソーニャの集中力を削ぎ落とす。
「どこを見ている!」
迫ってきた剣をソーニャは身を開いてかわす。
だが、反撃はできない。【サイレン】の杖はソーニャから魔法を奪ったままだ。
勝利を確信したように唇の端で笑うレイヴァン。
それがソーニャの中の矜持を逆撫でした。
「なぁぁめるなぁああああ!!」
「なにっ!!」
自らの魔力を極限まで引き上げ、【サイレン】を打ち破るソーニャ。
だが、既にブレンダンから致命傷を受けた身ではその魔力の負担に耐えられない。
それでも、ソーニャは目を血走らせ、レイヴァンをにらみ上げた。
周囲に満ちる冷気。
「下がれ!バカ傭兵!!」
ハングの指示に反射的にレイヴァンが飛びのいた直後、地面から針山のような氷が突き出てきた。
命の危機に過剰なまでの魔力の乱発。それはソーニャの無尽蔵の魔力をも削っていく。
「くっ・・・この私が・・・」
氷の城のようになった魔法が砕けだす。
魔力を維持することも困難になっていた。
「うてぇぇぇぇ!!」
ハングの号令が轟く。
直後、氷の城が巨大な炎の塊に吹き飛ばされた。ソーニャの頬を氷の欠片が切り裂いた。
その魔力にソーニャは覚えがあった。
「あの・・・役立たずめぇええええ!!」
ニノの放った魔法がソーニャの最期の守りを打ち砕いた。
「うちまくれぇええ!!」
間合いをとって待機していた面々の手から武器が飛ぶ。
矢が風を裂き、投げやりが音を立て、雷、炎、光の魔法が降り注いだ。
ソーニャに降り注ぐ連続攻撃。
そして、その中を単騎で駆け抜ける黒い影。
再び突進したジャファルがソーニャの懐に飛び込んだ。
ジャファルが両手に構えた短刀を振りかぶり、ソーニャのその頸部めがけて振り下ろした。
遠距離から放たれていた連撃が止まり、皆がジャファルの背中を見つめていた。
「・・・やったか・・・」
誰かが呟く。
そして、ジャファルはゆっくりとその場から立ち上がった。
ジャファルの刃から血が滴る。だが、そこはもぬけの殻だった。
ソーニャがいない。ハング達は一瞬顔を見合わせる。言い知れぬ緊張感がその場に漂った。
転移魔法を使われた。次はどこに出現してくる?どこから狙ってくる?
それを否定したのはニニアンの躊躇いがちな声だった。
「・・・あの、危険は・・・もう去ったみたいです」
「本当かい?」
エリウッドの質問にニニアンは頷いた。
ハングとエリウッドはゆっくりと神殿の最奥に近づいていく。
そこにはソーニャが流した血と共に転移魔法の痕跡が見られた。
「・・・逃げたのか・・・」
エリウッドがそうぼやいた。だが、ハングはその場にぶちまけられていた出血の量を見て眉間に皺を寄せる。
「だが、この出血ならもう長くはないだろう・・・もっとも・・・あいつが人間だったらの話だけどな」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハングはニノから【水の神殿】の仕掛けの場所を聞き出し、その前に立つ。
「これは・・・すごいな・・・」
ハングの口から思わずそんな声があがる。
好奇心と共についてきたパントとエルクも驚いたように目の前の仕掛けを眺めていた。
水を操り、神殿の出入り口まで隠してしまう仕掛け。
ハングは少なからず、魔法の力を起点にしてるものと思ってた。
だが、目の前にあるのは歯車に組み込まれたいくつもの装置だけだった。
「パント様、本当にこれ魔法は・・・」
「使われてないみたいだね」
パントがそう答え、エルクは装置の奥を覗こうとしていた。
下手に手を突っ込むと歯車にもっていかれそうなので、少々距離は置いてあったが興味津々といった様子だ。
パントは近くの石碑に描かれた内容を読み取っていく。
「これは・・・随分と古そうですね」
「【黒い牙】が付け足した仕掛けじゃないと?」
「むしろ、この仕掛けを見てアジトにしたんじゃないでしょうか?」
ということは、この神殿が作られた時代にはもうこの仕掛けが作られていたということになる。
「点検や修理が楽にできるように仕掛けの大半は手の届くようになってますし、この遺跡だけで本が一冊書けるかもしれませんね」
「カナスさんが悔しがるな」
酔っ払い共の処理の為に置いてきた仲間の顔を思い浮かべ、ハングは苦笑した。
「まぁ、とにかく出入り口を開こう。これだったな」
ジャファルからあらかじめ聞いていた装置を動かすハング。すると歯車が噛み合い、今まで止まっていた仕掛けが動き出す。目の前で装置が動き出すのを見ても、この仕掛けが本当に魔法を用いていないことがハング達は信じられない。
だが、これの原動力は水車の回転、力を伝えてるのは歯車のみだ。
そして、仕掛けが動き出すとみるみるうちに神殿内の水位と床の高さが変わり水面下に沈んでいた入り口が顔を出した。
「なんというか・・・」
隣で苦笑を浮かべるパントがぽつりと呟いた。
「【封印の神殿】より先にこの神殿を調べたくなってきたよ」
それにはハングも苦笑いだ。
パントはこれでもエトルリアの貴族。こんな自由にベルンを歩き回れる機会はなかなか無い。この神殿に次これるのはいつになるかもわからない。調べ尽くしたい気持ちはわからなくもないハングだ。
「だが、そういうわけにもいかないだろう。明日は【封印の神殿】に出発だ。今はそちらに期待しよう」
「ははは、国家秘密と暗殺団のアジトが同列ってのも不思議ですね」
ハングは知的欲求のまま動き続けていたエルクに声をかけて出入り口へと向かった。
その頃、エリウッドはある種の苦境に立たされていた。
「さぁ!さぁ!エリウッド殿!!どちらが上か決めてもらおうではないか!!」
「気遣いも遠慮も遠回しな言い方もいらないよ!さっさと結論を言いな!!」
ワレスとヴァイダにそう言って追い詰められているのはエリウッドだった。
エリウッドは表面では落ち着いた様子を醸し出していたが、内心では二人の勢いに押され気味だ。
本当は誰かに宥めて欲しいところだが、ハングやリンディスを呼ぶと余計に状況が悪化しそうだ。助けとなりそうなのはマーカスかオズインなどだろうが、二人は我関せずと視線を逸らしている。
この話の顛末を知っている彼らはあえて放っておいていた。
部下の戦いぶりや実力を把握するのは上に立つ者としては必要なことだ。彼等はワレスとヴァイダが必要以上に迫らなければ止めようとはしないだろう。
エリウッドは助けは無いものと判断し、心の中でそっとため息を吐いた。
「今回の戦いだけを見るなら・・・」
エリウッドが喋り出し、二人の口が閉じる。
「ワレスさんとヴァイダさんの力量は同列と言えます」
「なっ!」
「おい!」
「詳しくお教えします」
何か言いたそうな二人を遮り、エリウッドは説明をはじめた。
敵単体に対する武器の扱い関してはヴァイダの方が上だ。
複数相手の立ち回りならワレスの方が上。
それらが上手く機能する位置に二人がおり、各々の仕事は完璧にこなしていたと言える。
討ち取った首の数や、進撃速度などは戦い方が違うので評価には含めていない。
そこまで説明して二人はようやく黙り込んだ。
ああ、納得はしてないだろうな。
などとエリウッドは笑顔の下で思っていたが二人はエリウッドの評価を噛み締めているのかそれに気づかない。
「では・・・」
ワレスが尋ねる。
「どうすれば我々の実力差を浮き彫りにできるのだ?」
そこまでして、勝ち負けを決めたいのか
エリウッドは呆れ半分、感心半分でその言葉を聞いた。
「短い戦いでは難しです。もっと長期的な視点で見ないと判断は難しいと思います」
エリウッドの言葉はもっともなのだが、血気盛んな二人は納得しかねるようだ。
「くっそー・・・」
「うーーーん」
やはり納得できないのか二人はエリウッドの前から動こうとしない。
「そこまでして、勝ち負けを決めたいのですか?」
「当たり前だ!」
「当たり前だ!」
同時に言い放った二人に怯むことなく、エリウッドは更に質問してみた。
「どうしてですか?」
すると、二人はお互いの顔を見て、次に周囲を見渡し、再びエリウッドに視線を戻す。
彼らは少し小声になってこう言った。
「こいつが過度の親バカだからだ」
「こいつが過度の親バカだからだ」
どっちもどっちだよ。
と、エリウッドは苦笑の下でそう思ったのだった。
入り口が開くのを待っていたニノ。
水門の下から出入口が顔を出すと、そこからすぐさまニノの顔見知りが駆け込んできた。
「ニノじょうちゃん!無事かい!?」
「ヤンおじさん!私は大丈夫!ヤンおじさんも無事だったのね!よかった!!」
ジャファルは自分はいない方がいいと思ったのか離れたところで二人を見守っている。
「ああ、戦いもせず外に逃げ出してしまった・・・わしはもう臆病な年寄りだからな・・・」
かつてはブレンダンと共に各地を暴れまわったヤン。
だが、寄る年波には勝てず、今や事務作業に回る日々であった。
「首領があの女にやられた時も・・・飛び出すこともできんかった・・・」
「・・・父さん。死んじゃったんだね・・・本当の娘じゃなくてもあたしのこと可愛がってくれた。なのに・・・母さ・・・ソーニャが・・・」
母さんと言わずに言い直したニノを見てヤンは悲しげに目を伏せた。
「知っちまったんだな・・・」
「うん」
「・・・そうか」
ソーニャを討ち取った今となっては良かったことなのかもしれないとヤンは思った。だが、目の前で泣き出しそうなニノを見てるとどっちが良かったのかわからなくなってくる。
ヤンはそんな思いを抱えながら懐からペンダントを取り出した。
「こいつをじょうちゃんに渡しておくよ」
「・・・ペンダント?」
「じょうちゃんの本当の母親が身につけていたもんらしい」
その言葉に驚いたように見上げてくるニノ。
ヤンはその手にペンダントを握らせた。
「首領とな・・・ソーニャの動きが怪しいって調べてたんだ。それで・・・いろいろなことがわかった・・・じょうちゃんの家のこともな。その家に仕えていた侍女から話を聞くことができて・・・じょうちゃんの話をしたら泣いて喜んで、こいつを渡してくれって・・・」
ニノは手の中のペンダントに視線を落とした。
銀色の金属で作られたペンダント。そこには、魔道書などで時折見かける幾何学模様が小さく描かれていた。
ただ、首にかける紐の部分には茶色くくすんだ汚れがこびりついている。
ニノはそれが血の跡だと悟った。
「・・・あたしね」
そのペンダントを手のひらの中にしまいこみ、ニノは顔をあげた。
「【黒い牙】が大好きだったよ。ネルガルとソーニャが・・・ダメにしちゃったけど・・・父さんと兄ちゃん達がつくった【黒い牙】・・・みんなみんなあったかくて・・・本当の家族だと思ってたよ・・・・」
もう、戻ることのできない明るい日々。陽だまりの中のような温もりのあったあの日々。
徐々に目尻に涙を貯めていくニノ。ヤンもまた昔を思い出して涙した。
「ヤンおじさん・・・ありがとう。ペンダント、あたし大切にするね」
「じょうちゃん、元気でな」
「ヤンおじさんは・・・どうするの?」
「俺か・・・俺は・・・どこかで生きていくさ」
「・・・・・・」
ニノはいっそこの部隊に誘おうかと思った。
だが、悲しみをたたえたヤンの目を見てその言葉を飲み込んだ。
今のヤンおじさんを再び戦いの中に置くのは酷だと思われた。
だから、ニノは笑顔を見せた。
「ヤンおじさんも元気でね・・・また、いつか・・・どこかで会おう」
「ああ、じょうちゃんも元気に生きるんだよ」
「うん・・・」
ニノは笑った。
『ニノ、お前はいつも楽しそうだな』
『笑顔でいろよ。それが俺らを元気づけてくれる』
『ニノ・・・お前はいい子だな・・・』
皆に褒めてもらった笑顔でニノはヤンと別れたのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ズルズルと片足を引きずり、ソーニャは森の中を歩いていた。
転移魔法は成功したものの、さほど距離を稼ぐことはできずネルガルの元へと戻ることもできない。
首筋や肩を切り裂かれた痛みと、敗北したことの痛み。苦痛で歪む顔を隠すこともできず、全身から吹き出る冷や汗が不快感を誘う。森の中に吹く小さな風が身体から熱を奪い去っていった。
全身が震えていた。
ソーニャは痛みに震え、寒さに震え、悔しさに震えていた。
「ソーニャ・・・」
名を呼ばれ、そちらを見る。
森の闇の中、ゆらりと現れた人影。
黄金色の瞳のみが強く光にソーニャは誰が来たか悟る。
「・・・・あ・・・あっちに行きなさい・・・人形め・・・・ネルガルさま・・・たすけ・・・て」
自分が拠り所にする人の名をつぶやく。
この痛みを、この寒さを、この恨みを。
自分の命が尽きるなら、せめて【エーギル】だけでも捧げなくては。
そして、望むならばネルガル様に直接お渡ししたい。
だが、それは叶わぬ夢であろう。
ソーニャはちらりとリムステラを見る。
【モルフ】が来たことは不快であったが、この際他に選択肢はない。
こいつがいるのならば、私が無駄死になることはない。
私は優秀な人間。その【エーギル】は必ずや、ネルガル様のお役に立てる。
自分の望みは叶わなくても、最期の希望は残っているのだ。
そんなソーニャに向けてリムステラが呟く。
「・・・人形からは【エーギル】は取れない」
その言葉がソーニャの鼓膜を打った。
ソーニャが勢いよく、リムステラを振り返る。
「お前はもうネルガル様の役には立たない」
「なに・・・なにを・・・言って・・・わたしは・・・人間・・・」
リムステラへと伸ばした手。ふと、その手についた血が乾いていることに気がついた。
首筋から溢れんばかりに流れていた血だ。それがこの短時間に乾ききるはずかない。
ソーニャは再び自分の傷に触れる。
血が止まっていた。塞がったのではない、血が出尽くしたのだ。
それなのに、なぜ自分はまだ動けるのだ。
その時、傷口から乾いた肌が崩れ落ちた。それは砂のような感触だった。
「・・・私は・・・・選ばれた・・・・にん・・・げん・・・」
傷口だけではなく、手の指が地面に落ちる。土塊を落としたようや音がして、指だったものは森の土と一体となった。
「・・・・・私は・・・」
その様子を一瞥し、リムステラは背を向ける。
「わたしは・・・にん・・・・げん・・・」
リムステラが去る。
吹き抜ける風がその場の砂をさらっていく。
ソーニャの姿はもうどこにも存在しなかった。