【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
冷たい岩肌に体を寄せ、息を殺す。それは長年の仕事で数多の修羅場をやり過ごすために何度も繰り返してきたことだった。
数歩先から重い鎧を身に纏った具足の足音が聞こえてくる。ふと、その足音が自分の近くで止まった。
手のひらに汗が滲んだ。足音がこちらに近づいてくる。
焦るな、落ち着け。
胸の中でそう呟き、緊張で強張る身体を静かな呼吸で落ち着けた。
いざとなれば、腰には剣もある、懐には短刀もある。
自分の技が優れているとは思わないが、一人ぐらい静かに葬るのことはできる。
そっと右手を懐に差し込みながら、その場にじっと伏せる。
足音が更に近づいてきた。心の臓が強く胸を打つ。
荒れそうになる呼吸を不動の精神を持って落ち着け、短刀の柄をそっと握りしめた。
岩を踏みしめる音、砂が蹴られる音。靴紐が揺れる音まで聞こえるのではないかというぐらいに接近される。
「おい、どうした」
別の方向から声がした。
「・・・いや、何か聞こえたような気がしてな」
「どんな音だ?」
「誰かの悲鳴・・・聞こえなかったか?」
「いや、俺は聞こえなかったが・・・鳥の鳴き声とかじゃないのか?」
「・・・違ったと・・・思うんだが・・・」
「・・・報告しとくか?」
「いや、そこまでしなくてもいい。戻ろう」
「おう・・・」
歩き出した二組の足音。
それが十分に遠ざかり、ラガルトは大きく息を吐き出した。
「・・・ふぃ~・・・助かった・・・」
いくら元【黒い牙】といえど、国王直属の正規兵との戦闘はごめん被る。
去ってくれた幸運に感謝しつつ、ラガルトは岩山を歩き出した。
険しい山路を軽々と登っていき、ラガルトは周囲を見渡せる場所にたどり着いた。
「いい景色じゃねぇか・・・」
そこからは幾つかの山々が見渡せた。
日はまだ高く、荒々しい山肌に太陽の光が強く降り注ぐ。
ラガルトはこういった景色が好きだった。朝焼けを受ける山も、夕暮れに消えゆく山もラガルトは嫌いでは無い。日陰者の自分の目にはそれがよい保養である。
「っと、こんなことしてる場合じゃない」
ラガルトは遥か下の谷から続く間道へと目を落とした。
谷の底から続く道は幾つかの山を迂回し、断崖の隙間を縫って更に遠くへと続いている。
その遥か先。
ラガルトは目を細めて、山の向こう側を見渡す。
山肌だらけの視界に青草の色がうつった。
山を越えた先にわずかばかりの草原が広がっているのだ。
険しい山間の中、ほんの少しの平原に草が茂り、驚いたことに街も見える。
そして、その中に一際異彩を放つ建造物が一つ。巨大な神殿が見えた。
遠すぎて大きさがわかりにくいのだが、周囲の山を見る限り相当の大きさのようだ。
それはあたかも山を削って作られたような印象を与えてくる。
「あれが・・・」
見せてもらった情報と一致したことを確認し、ラガルトは赤く染めた手拭いを谷底に向けて振った。
すると、橙の手拭いが振り返される。
「まったく、人使いの荒い奴だ」
ラガルトはそうぼやきながら、更に岩山を進んで行った。
その遥か下の谷底で歩を進めているのはハング達だ。
ここは、王妃から貰った地図に書かれていた王族のみが知る間道だ。
岩だらけの山々の隙間を縫うように作られた道。
周囲が同じような景色の山に囲まれているせいか少し油断するとあっという間に方向感覚を失う。
山々の細かい特徴を記した地図が無ければハング達でここを通過するのは無謀であっただろう。
「それにしても、随分とすんなりこれたね」
前を歩くエリウッドにハングは顔を向けた。
「だな、もっと警備が厳しいと思ってたぜ」
「国王の私兵はどうにもならないって言われたのにね」
ヘクトルとリンディスもエリウッドに同意する。
そんな三人の意見をハングはため息で片付けた。
ハングの無言の説教に押し黙る三人。彼らを代表して、エリウッドが尋ねた。
「・・・・えと、なにか間違えたかい?」
「お前らな、本当にこの程度の警備で済むと思うのか?」
「え、でも・・・ここは王族しか知らない道じゃ」
「道は知らなくても警備は置ける」
ハングはそれを確かめるためにラガルトを山を越える道を通らせたのだ。
「忘れたのか。パントさんもここを調べようと何人も間者を送ってるんだぞ。本当にこの程度の警備なら、誰でも通過できてる」
実際、ハングはここでの戦闘も十分視野にいれていた。
「でもよ、実際ここまですんなり来れたんだぞ?」
ヘクトルの意見にハングはまたため息を吐いた。
「だから、問題なんだよ」
「え?」
その時、先行していたはずのギィが前から走ってきた。
「ハング!ちょっと来てくれ!死体だ。死体の山があった」
わずかに青ざめたギィを見て、ハングは目を細める。
そして小さく「やっぱりか」と呟いた。
「ここで行軍を止めよう。小休止を入れる。ギィ先行してたやつらにもそう伝えろ」
「わかった!」
ギィが前方に伝令の為に駆けていき、後ろではエリウッドの命令でロウエンが後続に走っていった。
「・・・僕達もいこう」
「そうだな」
ハング達は少し早足となり、谷底を進んでいった。
死体の山は谷底の岩陰に積まれていた。
上から見ても、それとは気づかれないように色合いまで偽装している。
既に腐臭を放ちつつある山からハングは死体を何人か引っ張りだした。
「ハング・・・この鎧は・・・」
「ああ、ベルン正規軍の鎧だ」
ハングはその兜を取り、ひっくり返して中身を確かめた。
丁寧に鍛えられた金属を用いた兜。裏地には頑丈な牛革が使われ、一部は強度をあげるためにドラゴンの鱗も使われている。
だが、その鎧には一つだけ普通と異なることがあった。
ハングはこの部隊のことを知っていた。だが、それも噂話程度のことだ。
酒場での冗談話しとしてはあまり面白くもない。
「こいつらは正規兵だが正規兵じゃない」
「え?」
「彼らはもう死んでる」
ヘクトルとリンディスが「何バカなことを言ってるんだ」という目でハングを見る。
目の前の彼らは見るまでもなく死んでる。
だが、ハングが言っているのはそういう意味ではない。
「こいつらは何年か前に事故や病気で死んだことになってる連中だ。ベルンの暗部を守ってるって噂を聞いたことはあったが、本当に実在しているとはな」
ハングは探っていた手を止めた。ベルン製の鎧兜には必ず刻印されることになっているベルンの紋章がどこにも刻まれていない。
ハングは自分の予想が的中していることを確信した。
「でも、そんな彼らがどうして・・・」
「こんなところで死んでいるのかって?決まってるだろ」
ハングは死体をひっくり返してうつ伏せにする。
「見ろ」
ハングはそう言って首の一か所をさす。
「首筋を一撃、他に外傷も無い。別の奴らも同じだ。肋骨の隙間から心臓を一突き。背中側から脇腹をばっさり。どいつもこいつも全て急所を一撃で殺されている。こんなことができる奴らを俺らは知ってるだろ」
ハングは手を払い、立ち上がる。
振り返ると覚悟を決めたような顔が待っていた。
「【黒い牙】・・・奴らがこの先で待ってるはずだ。おそらく、最後の生き残り達がな・・・」
ソーニャを殺し、ネルガルとの関係を絶ってなおこちらに向かってくる連中。
私怨か任務か。
どちらにせよ、回避は不可能と見ていい。
「急いでもしょうがないが、急ごう。ここまで来て動きを見せないネルガルも気になるしな」
ハングがそう言うと、エリウッドが頷いた。
「ハング、戦いになると思うかい?」
「なるだろうな。むしろ戦いにならない方がおかしい気がする」
ハングはそう言って空を見上げた。
谷の底から見上げた空はあいにくの曇天。今にも泣き出しそうな空だった。
この季節、雲から千切れ落ちてくるのは雨ではなく、雪のことが多い。
「降らないで欲しいな。雪にはあんまりいい思い出がない」
「験担ぎとは珍しいね」
「担ぎたくなる日もあるさ。こんな日はな」
ハングは部隊の中にいる一人の少女を見た。
ニノはこの部隊で何かの役に立とうと、今はマリナスの荷物を一部背負っている。
ハングは素直に溜息をついた。
「厳しい戦いになる。体力的にも精神的にもな」
「今からできることは?」
「覚悟だけは決めとけ」
ハングはそれだけ言って、自分の荷物を担ぎなおした。
小休止を終え、ハング達は再び動き出す。
「行こう」
「うん」
重苦しい空気のなか、ハングとエリウッドは歩き出す。
空から白い綿のような雪が降り落ちてきていた。
その後、谷から脱し、峠を二つ程越えると山肌ばかりの景色が変わった。
山に囲まれたような土地に青草が広がり、所々に街や民家も見える。
そして、その草原の中に自分こそが世界の中心だと言わんばかりに一つの建造物が鎮座していた。
長い階段と祭壇によって構成された神殿。
重厚な造りと威風堂々とした佇まい。芸術に疎い人間でもそこが特別な場所だというのはすぐにわかるだろう。
ハング達は【封印の神殿】を遂に見つけたのだった。
「・・・辿り着けるかどうかは別だけどな」
ハングはそうぼやいた。
既に全身にまとわりつくような気配がする。
これまでに何度か感じてきた、手練れの放つ殺気だ。
「ね、ねぇ、ちょっと寒くない?」
鈍感なセーラでさえ、この場の雰囲気を感じている。
それほどまでに重苦しく、濃厚な殺意。
まだ姿は見えずとも、そこにいることがわかる。
ハングは片手をあげて合図を出した。
戦闘準備だ。
そして、ハング達が戦闘態勢を取ると、それに呼応するかのように草原に人が溢れ出てきた。
広く見通しのよい草原での戦闘。暗殺者の基本は相手に気づかれないことだが、それを投げ打ってでもここで戦う気らしい。
暗殺者集団らしくない戦いは、そのまま彼らの覚悟の現れなのかもしれない。
「ハング・・・」
「剣を取れ、エリウッド。あいつらはもう義賊なんかじゃない」
禍々しいとも呼べる程の気配を前にハングはそう言った。
その空気をハングは身をもって知っている。これは復讐者の気配だ。
「奴らにもう理屈は通じない。やるしかないんだよ」
ハングがそう言うとエリウッドは苦々しい表情を見せたが、何も言ってはこなかった。
彼らと戦わなければ封印の神殿までたどり着けない。
それはネルガルとの戦いにも関わることなのだ。
戦う理由がこちらになくとも、向かってくるならやらなければならない。
もはや、どちらが正しいかなどは問題ではなかった。
エリウッドは剣の柄に手をかけた。
「・・・・」
そんなエリウッドの思考が手に取るようにわかったハングは少し疑問を抱いた。
奴らの命を賭す程の覚悟は復讐心と考えることで説明はつく。ならば、それがなぜこちらに向けられているのか。
ソーニャの敵討ちとは考えずらい。
では、誰の?
そこまで考えたところで、敵の部隊が動き出した。
「来るぞ!!戦闘準備だ!!」
「ハングさん!」
大きな声に振り返るとジャファルとニノがそこにいた。
「ニノ・・・」
「わたしに行かせてっ!」
「・・・・」
「あの人達、ロイド兄ちゃんの部隊の人達なの!きっとロイド兄ちゃんがいる!!兄ちゃんと話をさせてっ!」
【白狼】ロイド
リーダス兄弟の兄がここにいると。
ハングはジャファルに視線を送る。ジャファルも無言で頷く。二人には確信があるのだろう。
となると、まさか復讐ってのは・・・ロイドの弟の・・・
「・・・無駄かも・・・しれないぞ・・・」
「わかってる・・・でも・・・!!」
ハングはジャファルにもう一度視線を送った。
「守れよ・・・」
「・・・・・・」
言われるまでもない、と言うかのように無言で頷いたジャファル。
「わかった。ただし、絶対に一人で突出するなよ」
「うん!」
ハングはニノの頭をくしゃりと撫で、視線を神殿へと向けた。
その神殿の頂上に一際強い闘気を放つ男がいた。
間違いない。ロイド本人がそこにいる。
ハングは息を大きく吸い込み、声を張り上げた。
「いくぞ!!【黒い牙】との最後の決戦だ!!」
後ろから聞こえた雄叫び。
決戦の火蓋は切って落とされた。