【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
地上に帰ってきたハング達。
ヘクトルが大きく伸びをして深呼吸をした。
「んー!やっぱり地上の空気はうまいぜ!」
こうして外に出てくるとわかるが、やはりあそこの空気は淀んでいた。
あの場所は闇が満ちており、そこには独特の空気の粘りのようなものがある。それが、空気の流れを悪くしてしまうのだ。
皆は階段を下りながら今しがたした経験のことを口にした。
「・・・ブラミモンド様不思議な人だったわね」
「ああ・・・結局、なぜあの人は封印を解いてくれたんだろう?」
「さて、な。あれは、闇。決して見通せぬ深き暗闇・・・その本質は、もとより常人に理解できるものではない」
そんなものだろうか?
リンディスとエリウッドは曖昧に頷いた。
相手は【八神将】だ。もとより常識が通じる相手じゃないのかもしれない。
「ん?ハング・・・どうした?さっきから浮かねぇ顔してっけど」
ヘクトルにそう言われたハングはわずかに目を伏せて、考え込むように顎に手を置きながら歩いていた。その顔は確かにどこか浮かないように見えた。
「何か気になることでもあったのか?」
「ああ、いや・・・たいしたことじゃあ・・・ないんだけどさ・・・」
「なんだよ、はっきりしねぇじゃねぇか」
「ん・・・まぁ・・・ちょっとな・・・」
そしてまた長考に入るような姿勢を見せたハング。
そんな彼にアトスは口を開いた。
「ハングよ、お前たちは急がねばならぬ。封印は解かれた。ネルガルも、すでにこの事を察しておるはず・・・一刻も早く【烈火の剣】を手にせねば・・・」
「アトス様・・・一つお伺いしてもよろしいですか?」
ハングはアトスを遮り、やや睨むような目を向ける。
「・・・・なんじゃ?」
「どうして・・・ブラミモンド様は俺の心だけ映さなかったんですか?」
「・・・・・さっきも言ったじゃろ。あれは闇だと・・・」
「闇なら・・・何もかも飲み込みます・・・誰一人欠けることなく」
「・・・・・・」
返答が無い。
アトスは何かを隠している。だが、それが何故なのかがハングにはわからない。
それが無性にハングの胸の内をざわつかせる。
「ハング?どうしたの?」
リンディスがハングの顔を覗き込んでくる。
ハングは彼女から目を逸らすように、遠くの山へと視線を向けた。
「いや・・・なんでもないさ・・・なんでもな」
そう言ったハングの声には苛立ちが乗っており、エリウッド達は顔を見合わせた。
そんな彼等にアトスは意を決したように声をかけた。
「皆、とにかく今は【烈火の剣】が先じゃ・・・今すぐ・・・」
その時だった。
「・・・残念だな。もう手遅れだ」
声がした。聞き覚えのある声がした。二度と聞きたくないと願った声がした。
ハング達が一斉に神殿の前に広がる草原に目を向けた。
そこに浮かび上がる魔法陣。そして、転移魔法で現れた男。
黒いマントにターバン。そしてこの重苦しくも禍々しい気配。
「ネルガル!」
エリウッドが叫ぶ。ヘクトルが武器を手に取った。すぐさま駆け出そうとしたハングの左手をリンディスが握りしめた。
「ようやく・・・ようやく、力が満ちた」
ここまで離れているはずなのに、耳触りな声がよく届いた。
いち早く危機を察したマーカスの指示のもと、一斉に戦闘態勢を取ったこちらの部隊。
だが、ネルガルはそんな彼らなどいないかのごとく緩慢に周囲を見渡した。
そして、見つけたのは淡い緑の髪をした二人の姉弟。
「さあ、ニニアン、ニルス・・・こちらへ。私のために竜の門を開け」
「・・・い、いやだ!」
叫んだのはニルス。ニニアンは何かを逡巡するような仕草を見せている。
ネルガルが二人に一歩近づいた。
当然、仲間達が庇い建てするように二人の前に出た。
「ここは通さねぇぜ!!」
「草原の花ってのは無暗やたらに摘むもんじゃねぇぞ!!」
ギィとセインが武器を構える。
ネルガルはそんな二人に向け、何かを払う仕草をした。その動きに合わせ竜巻のような黒い暴風が放たれる。
闇の魔力を宿した風はいとも簡単に周囲を吹き飛ばした。
部隊の面々が木の葉のようにその場から飛ばされ、神殿の上にいたハング達ですら何かにしがみついていないと、耐えられない程の強烈な暴風が襲いかかった。
だが、ニルスやニニアンにはかすり傷一つない。
ネルガルにとってはその程度造作もないことだ。
「くだらん・・・」
ネルガルには周囲に散らばった連中など眼中にない。
彼の興味はただ、姉弟の二人に絞られていた。
ネルガルは悠々と二人の前に立った。
「ニニアン!ニルス!!」
衝撃からなんとか立ち直ったエリウッドが階段を駆け下りていく。
だが、ネルガルはもうニニアンに向けて手を伸ばしていた。
「・・・ここで力を使ってもいいんだぞ?選ぶがいい、ニニアン。私に従うか、それとも・・・」
「・・・わたしが行けば・・・弟は・・・皆さんは・・・見逃してくれますか?」
「ニニアン!?」
ニルスが驚いたように叫んだ。
「駄目だ!!ニニアン!!」
神殿の階段を全力で駆け下りながらエリウッドが叫ぶ。
だが、状況は既に最悪へと向かっていた。
「・・・一人いればことは足りる・・・いいだろう」
「ニニアン!やめるんだっ!!」
エリウッドが必死に手を伸ばす。
ニルスが姉を引き留めようとその服を掴もうとする。
だが、二人の手は何もつかめずに空を切る。
ニニアンを連れ、素早く転移魔法を使ったネルガルは草原の中へと移動していた。
「ネルガルっ!!」
目の前でニニアンを連れ去られたエリウッド。だが、悔しがっている暇も反省している暇もない。ニニアンはまだそこにいるのだ。
それがネルガルの慢心か余裕なのかは知らない。
だが、僅かでも可能性があるのならそこに全力を貫くのみ。
エリウッドは素早くレイピアを引き抜く。
例え何の力を宿していない武器でも、ネルガルを一時的に退けることができるのはエリウッドの父親が身をもって証明してくれていた。
エリウッドはネルガルに向け、一歩踏み出した。
そのエリウッドの脇を一陣の風が通り抜ける。
「え・・・・」
次いで、雷のような爆音。
「ネェェルガァァァァァル!!」
草原の真ん中でハングがネルガルが構築した不可視の壁に左腕を叩きつけていた。
既にその眼には理性の欠片も残されておらず、その形相は獣と呼んで差し支えない程にゆがめられていた。
『憎悪』
彼の目にはそれしかなかった。
「くっそ!!リンディス!!なんで止めなかった!」
「止めてたわよ!でも!!」
先のネルガルが放った暴風。その僅かな隙を付いてハングはリンの手を振りほどいてしまったのだ。
例えどれだけ自分を想ってくれる人がいようと、どれだけ寄り添ってもらおうと、ネルガルを見た途端その全てが『復讐』の言葉に呑まれていってしまった。
ただ、ハングは目の前の男を殺したくてたまらなかったのだ。
許せなかった。この男が生きていることが、存在していることが、視界にいるということがどうしようもなく許せなかった。
「ああぁぁぁぁぁぁあああぁあ!」
打ち破れぬと悟ってなお、ハングは再び見えぬ壁に向けて拳を叩き込んだ。
再び巻き起こる轟音。障壁の向こう側にネルガルの顔が見えた。
それは、楽しそうな笑顔だった。
面白い余興を見つけたような楽しそうな笑み。
ハングの脳裏に一瞬だけ過去の記憶がよみがえる。
ハングの目の前で村一つ消し飛ばして見せた男。
あの時と同じ笑みだ。
ハングは再び拳を振りかぶって叩きつけた。
左腕の鱗が割れる。手から皮が弾け飛ぶ。だが、不思議と痛みはなかった。
「ふふふ・・・ハング・・・会いたかったぞ」
「ふざけんなぁぁぁぁぁああ!!」
視線だけで人が殺せないことをこれほど憎んだことはなかった。
胸に宿る憎悪の炎でこいつが焼け死なないことがなにより理不尽だと思った。
殺してやる。
それだけが頭の中にあった。
「・・・ククク・・・ハング・・・そう、ハングか・・・」
ネルガルの笑顔が一層深くなる。
「笑ってんじゃねぇえええええ!!」
「そうか・・・だが、これほどいい余興もなかったぞ」
「なにを言ってんだぁ!!」
ハングは何度も拳を叩き込む。
そんなハングに仲間達が集まろうとしているが、彼らは一定距離から前に進むことができずにいた。
「くそったれ!なんだこの障壁は!!」
ヘクトルが斧を何度も叩きつけるが、ハングとネルガル、ニニアンを囲うように構築された障壁はびくともしない。
「アトスのじいさん!なんとかならねぇのか!!」
「ぐっ!ネルガル・・・ここまで、力を取り戻しよったか」
アトスの魔力ですらその障壁を破ることはできない。
なにせネルガルが攻撃を捨ててまで作り上げた障壁だ。易々と突破できるものではない。
ハングが呼応して内側から攻撃すればあるいは突破できたかもしれないが、今のハングにはそんなことを考えている余裕は残されていなかった。
「てめぇは俺が殺す!殺してやる!!ネルガルっ!!」
「ふん・・・まだそんなことを言っていたのか?」
「何の話だ、クソ野郎!!」
「自分が何者なのかわかっておらんのか?それともあえて気付かないふりをしているのか?まあ、そんなことはどちらでも同じだがな」
「だから・・・何の話だぁ!?」
ハングは一度拳を引いた。
「てめぇの戯言に付き合ってる余裕はねぇんだよ!」
「戯言?戯言なものか。なにせハング、お前の話だ」
「御託はあの世で聞いてやる!!!だから、死ねぇえぇえ!!」
そして、ハングは再び前に出て拳を振るう。
愚直な突撃しか繰り返さないハングに冷静な軍師の姿はない。
「ハング、何をしてるんだ!!」
「そんな奴の挑発に耳を貸さないで!!」
仲間の声は遠い。ハングの拳と障壁がせめぎ合うも、一向にネルガルは涼しい顔のまま。
その隣ではニニアンが怯えたような顔で震えていた。
ネルガルはそのニニアンの前に立ち、マントを広げ、声を張った。
「貴様らも知っておくがいい。仲間だ友だと声をかけてきたこの男のことを」
「だから・・・」
ハングは一度距離を置いた。地を蹴り、加速の勢いを拳に乗せる。
「何の話だぁぁぁ!!」
再び障壁に阻まれるかと思われたそれは、なぜか空を切る。
あまりの突然の空振りにバランスを崩したハング。
両手をついたハングの頭上にネルガルが移動する。
「この!」
ネルガルに向けた拳は何か柔軟なものに受け止めらたかのようにして止まった。
「くっ!なっ!このっ!!」
ハングの腕ににまとわりつく黒い風。その影響からか腕がその場から一切動かなくなった。
ハングは左腕を動かすことを諦め、右手で腰の剣を引き抜く。
サカの民直伝の抜刀術
だが、その剣は引き抜かれた瞬間に何かに阻まれて根元からへし折れた。
長年付き添ってきた剣が砕け、破片がハングの頬を切り裂く。
「このぉぉぉぉ!!」
それでも残った根本の刃を突き刺そうと右手を突き出す。
今度はその右手にも黒い風がまとわりつき、動きを封じられる。
「くそっ!!くそっ!!」
それでもまだ体は動く。
拳がだめなら、爪で。爪もだめなら、歯で。
噛み殺すつもりで、ハングは突っ込んだ。
その頬に張り手のような衝撃が走る。
口の中が血の味に染まる。鼻の奥にくる鉄臭。
ハングは口の中から、血の塊を吐き出した。
「そう慌てるな、ハング」
「気安く俺の名を呼ぶんじゃねぇ!!」
「そう言うな」
そしてネルガルはにやりと笑う。
「なにせわしは・・・」
唇を歪め、目元を歪め、顔全体を歪めて笑う。
ネルガルの嗄れた声が否応なしに耳朶を打つ。
そして、ネルガルは言った。
「わしは・・・お前の『親』だぞ」
ネルガルが放った一言が草原に駆け抜けた。
不意に世界が静寂に包まれる。
ハングの動きが止まる。それを聞いたエリウッド達の動きも止まる。
世界の時間が動き続けていることを草原に吹く風だけが教えてくれていた。
そして、ほんの数秒の静寂の後、ハングは震える声で呟いた。
「はっ?何を・・・言ってやがる・・・」
「フフフ・・・いいぞ、いいぞ・・・その顔が見たかったのだ」
ハングの呼吸は浅くて早い。なのに、その心音は驚くほどに静かだった。
ハングの思考が停止していた。
ネルガルが何を言っているのか理解できなかった。
「お前は・・・なにを・・・言ってる?」
「理解できない程難解なことを言ったつもりはなかったぞ、ハング。それに、聞こえなかったわけではあるまい。それとも聞き間違いだったと思いたいのか?ならばもう一度言ってやる。ここにいる全員に聞こえるようにな」
ネルガルは自分の喉元に指をあてた。
「こいつは・・・」
魔法で拡張されたネルガルの声が響き渡る。
「このハングは・・・」
あり得ないと胸の内で誰かが呟く。
なのに、もう一人の自分がそれを否定する。
「こいつはわしが作り上げた人形・・・【モルフ】だ」
ハングはネルガルをただ見上げているしかできなかった。