【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第 章~    (  )~

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

ハングは膝をつき、空に向けて叫び声をあげていた。

そして、彼は糸の切れた人形のようにその場にうつ伏せに倒れる。

 

「わしの置き土産だ。せいぜい楽しむといい」

 

ネルガルがそう言い、震えるニニアンを連れてその場から転移していく。

ネルガルが消えると同時にハングを覆っていた障壁が解かれる。

 

「ネルガル!!」

 

エリウッドの声はもはや奴には届かない。

ニニアンが連れされたことに憤慨しながらも、エリウッドは今できることを優先した。

 

「ハング!」

 

リンディスが真っ先に駆け寄り、一瞬遅れてエリウッドとヘクトルもハングに寄った。

 

「ハング!しっかりして!ハング!!」

 

リンディスが抱きかかえたハングの体は全身の筋肉が弛緩し、異様な程に重く感じた。

ヘクトルが手を貸し、ハングを仰向けにさせる。

 

気を失っているかと思われたハングだったが、彼にはまだ意識が残っていた。

 

だが、彼はあまりにも憔悴していた。

 

口は半開きのままうわ言のように何かを呟く。彼の眼は開いているものの、焦点は定まらない。首の据わっていない赤子のようにその頭は不安定に揺れていた。

 

「ハング!ハング!私が見えてる!?」

「おい!!しっかりしろ!!」

「ハング!聞こえているかい!!ハング!!」

 

ハングの体を揺さぶる三人。

そのたびに、首が力なき人形のようにふらふらと揺れる。

 

「ハング!ねぇ・・・ハングってば!!」

「おい!!しっかりしてくれよ!!頼むからよ!!」

「ハング!起きてくれ!!」

 

泣き出しそうなリンディス。

縋るようなヘクトル。

必死に肩を揺するエリウッド。

 

「ハング!!」

「ハングさん!!」

 

ウィルやエルク、仲間達も駆け寄ってくる。

その時、ハングの目の焦点がエリウッドへと合わせられた。

 

「ハング、気がついたか!大丈夫なのか!?」

 

ハングの肩を勢いよく掴むエリウッド。

 

「・・・エリ・・・ウッド・・・」

 

ハングは呆けたような顔でエリウッドを見つめ、そして震える右手で自分の顔の半分を覆った。

 

「ハング!僕は君が誰だろうと気にしない!ハングが僕達の軍師で、僕の友であることは変わらない!!だから自分をしっかり持つんだ!!」

 

エリウッドが声を張り上げる。

ハングはいまだ震えていた。

 

「エリウッド・・・お前が・・・」

「ああ、僕達は君の友人だ!その事実は揺らがない!!」

 

一見会話が成立しているように聞こえる。

 

そこに違和感を覚えたのはリンディスだった。

 

「ハング・・・?」

 

リンディスの口から不安そうな声が漏れた。

 

その時、ハングが身体を起こした。

彼は右手で顔の半分を覆い、左手は力なく地面に垂らしていた。

 

「ハング、大丈夫だな!?大丈夫だな!?」

 

肩を思い切り揺さぶるエリウッド。

 

次の瞬間。

 

エリウッドが吹き飛ばされた。

 

投石機に投げ飛ばされたような勢いでエリウッドが転がっていく。エリウッドは何回か地面を跳ね、遠くの地面で横たわり、そして動かなくなった。

 

「・・・・・・・え?」

 

その事実に呆気に取られたヘクトル。

その胴体にハングの全力の左腕が叩きつけられた。

 

凄まじい衝撃がヘクトルを襲った。

 

鎧が凹むほどの一撃にヘクトルの巨体が浮き上がった。

そこに更なる追撃が迫る。ハングの左腕をまともに受け、ヘクトルはエリウッドと同じように吹き飛ばされた。

 

「・・・ハング?」

 

リンディスの声が震えていた。

 

「なにを・・・しているの?ハング?」

「俺に寄るなぁぁあ!!」

 

リンディスの背に寒気が走る。その衝動に任せてリンは素早く後方に飛んだ。

そして、その直後。リンディスが立っていた場所をハングの左腕がえぐり返していた。

 

「皆離れて!!」

 

リンディスに言われるまでもなく、皆はハングの手の届かない距離にまで後退していた。そんな皆をハングが黄金色にギラつく瞳で睨みつけていた。そこには純然たる憎悪が乗っていた。

 

敵意剥き出しのハングに皆の間に混乱が広がっていく。

 

「どうすんだよ!ハングを攻撃していいのか!?」

 

ギィは既に剣の柄に手をかけている。そんなギィにウィルとエルクが武器を向けた。

 

「ギィ!!てめぇ!ハングさんに攻撃したら俺が許さねぇぞ!」

「ハングさんを殺すというなら、先に僕が相手になります!!」

 

二人が珍しく声を荒げて、武器を構える。

 

だが、そうして牽制を行っていたのは彼等だけに限らなかった。

部隊全体がハングに武器を向けようとする者とハングを守ろうとする者に割れていた。指揮系統など既に蚊帳の外となった現状で、各々が勝手にハングに対応しようと行動しようとしていた。

 

そこに一喝が轟く。

 

「ハングがネルガルの手下なもんかい!!それはあたしが保証してやるよ!!」

 

ヴァイダだった。

 

「あいつはね!!あたしがガキの頃から世話したクソガキだ!!あたしの前でそんなこと言ってみな!!!まとめて串刺しにしてやるよ」

 

ヴァイダの落雷のような一喝が皆の中に生じた迷いを一時的に消し去った。ハングに向けて武器を構えようとしていた人達の動きが止まる。

 

だが、それで状況が好転したわけではない。

 

「ハング!しっかりして!!」

 

リンディスがハングを呼ぶ。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ!」

 

ハングは荒い呼吸を繰り返し、左腕を構え、目を憎悪に滾らせてリンディスを見ていた。

 

「お前は・・・お前が・・・お前が殺した?・・・違う!!!」

 

自分の言葉を自分で否定するハング。

 

「違う違う違う違う!!こいつらは・・・仲間だ・・・違うんだ!!」

 

ハングは自分の左腕で顔を抑え込む。彼の黒い爪が皮膚に食い込んでいた。

 

「違うんだ!仲間なんだ・・・なのに・・・なのに!なんで殺したんだ!!」

 

ハングが左手を顔から離す、その下には狂気に支配された顔が張り付いていた。

 

「なんで妹を殺した!なんで俺の家族を殺した!!なんで・・・なんでお前らが俺の村を焼いてんだよ!!!なんなんだお前らは!!」

 

ハングの脳裏には幼き頃の記憶が蘇ってきていた。

 

燃え盛る村。道端に落ちた血痕。子供の泣き声。誰かの悲鳴。煤の臭い。血の臭い。

 

そんな略奪と殺戮の限りをつくしたのは・・・

 

「なんでなんだよ!!なんでお前らが・・・お前らが・・・なんでお前らが『仇』なんだぁ!!」

 

それは植え付けられた新たな記憶。

 

目の前にいるのはハングの仲間だ。ずっと旅をしてきた友だ。艱難辛苦を乗り越えてきた戦友だ。

だが、ハングの記憶の中で彼らはハングの村に残虐の限りを尽くした連中の姿になっていた。

 

「消えろ!!消えろ!!消えろ!!こんな記憶!消えちまえ!」

 

ハングは顔を覆い、膝をつき、『消えろ』と言い続ける。

 

「消えろ消えろ消えろ・・・消えてくれ・・・こんなの消えてくれよ・・・」

 

そして、ハングは左腕に巻き付いていた布を引きちぎった。

 

「消えてくれ・・・消えちまえ・・・」

 

陽光に照らされる鱗。黒く光る爪。

その腕を晒して息を飲む人がいる。唖然とする人がいる。

知らなかった者もいる。納得した者もいる。

 

そして、ハングの腕を知る数名が戦慄を覚えた。

 

ハングは地面に左腕を突き立てた。筋肉が躍動をはじめる。

 

「てめぇらなんか・・・消えちまえぇええええ!」

 

そして、ハングが跳躍した。

向かう先は先頭にいたリンディス。

 

リンディスは鞘をつけたまま剣を腰から引き抜いた。

 

「ハング!!私がわからないの!!」

「リンディスだろ!!んなことはわかってんだよ!!」

 

ハングは左腕を力任せに叩きつける。

リンディスはその怪力を剣の鞘で受け流しつつ後退していく。

 

「んなことは・・・わかってんだ!!だから・・・だから・・・殺してぇんじゃねぇか!!」

 

ハングが左腕を振る。その威力を物語るかのように、荒々しい風が巻き起こる。

 

「くっ!!これじゃ近づけないよ!!」

「ハング殿!!落ち着いてください!!」

「俺に・・・俺に話しかけるなあぁああ!!」

 

腕を振り回すハング。その間合いに巨体が入りこんだ。

 

「ハング!!てめぇ、よくもやりやがったな!!」

 

ヘクトルが斧を片手に踏み込んでいた。

 

「ヘクトル!何する気!?」

「殺しゃしねぇよ!!」

 

腕を振り回すハングめがけてヘクトルは斧を振る。ヘクトルの狙いはその左腕だった。鱗と刃が激しい音を立ててぶつかり、ヘクトルの斧がハングの腕を止めた。

 

「ちっ!止めるだけかよ」

 

ともすれば切り落とすつもりで振った斧だったが、やはりハングの腕は生半可な攻撃では傷つかない。

ヘクトルは次の一撃が来る前に少し間合いをあける。

 

ハングの弱点はその間合いの短さだ。

 

ハングの手には折れた剣しかなく、攻撃範囲は腕の届く範囲だ。

ならば武器を持つヘクトルの方が一方的に攻撃が可能。

ヘクトルは慎重に間合いをとりつつ、ハングを冷静に見つめる。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・うあぁぁぁぁぁあああ!」

 

そのヘクトルに襲いかかるハング。だが、その動きは隙だらけ。ヘクトルは丁寧にハングの攻撃をさばいていく。そして、一瞬の隙をついてその首筋に手刀を叩き込んだ。

 

「がっ!!」

「ったく・・・」

 

気を失い、崩れ落ちるハング。

その襟をつかみ、ヘクトルはハングの体を支えた。

 

「世話のやけるやつだぜ」

「ヘクトル!乱暴しないでよ!!」

「だったら手綱はきちんと握っとけ、リンディス。お前ならこれぐらいできただろ」

 

だらりとぶら下がるハングの頭上で繰り広げられる会話。

 

「できるけど・・・でも、それじゃあ・・・」

「こいつが今状況を整理できる状態かよ。とりあえず気絶でもなんでもさせて、後で頭冷やさせたらなんとかなんだろ。だって、ハングだぜ」

「・・・・もう・・・乱暴な考えね・・・」

 

それでも否定はしきれないリンディス。

 

ネルガルが記憶を操れると聞いているハングならすぐに自分の記憶が偽物だと気づいてくれるはずだ。

その程度の思考ができない人じゃないのはリンディスもよく知っている。

 

落ち着いた会話に皆も安堵の息が漏れる。

 

それが誤りだった。

 

ハングの腕が再び動き出した。強烈な動きでヘクトルの胴を薙ぎ払う。

金属と鱗の激突音が響き、再度ヘクトルが吹き飛んだ。

 

「えっ!!」

 

リンディスの下から迫るハングの拳。

身を逸らして紙一重でそれをかわしたリンディス。

その一瞬の攻防の間にリンディスはハングの腿に刃物で刺したような傷があったのを見つけた。

 

ハングは自分の身体を刺して、気を失うのを防いでいたのだ。

 

「・・・・・死ね」

「っ!!」

 

風の音をうならせるハングの拳。

リンディスは自分を見上げるハングの瞳を見て、唇を噛み締めた。

 

「ハング・・・どうして・・・そんな・・・」

「お前が・・・俺の・・・家族を・・・殺したからだ」

 

純然たる殺意を秘めたハングの一撃がリンディスの耳元を掠めた。

 

ハングが今までにこの左腕を全力で振り切ったことはほんの数回だけ。

その相手は必ずネルガル本人だった。

その攻撃が今はリンディスに向けて放たれている。

 

それが、泣きたくて仕方がなかった。

 

ハングは泣きたくて仕方がなかった。

 

「ハング・・・どうして・・・どうして・・・あなたが泣いてるのよ・・・」

「お前が・・・お前らが・・・仲間だからだろうがぁぁぁ!!!」

 

自分の憎悪に振り回され、偽りの記憶に苛まれ、それでもなお残る仲間達との思い出がハングを苦しめる。

 

「なのに・・・俺は・・・俺は・・・お前らが憎くて仕方がねぇぇんだよぉぉ!!」

 

涙も出る。胸も痛む。全身全霊が『やめろ』と叫ぶ。

なのに、身に宿る衝動は止まらない。ハングは目の前の相手を殺したくてたまらないのだ。

 

そして、ハングが呟く。

 

「リンディス・・・頼む・・・死んでくれ!!」

 

ハングが足払いを放った。腕ばかりを警戒していたリンディスの対応が遅れる。

軸足をまともに払われ、リンディスの体が草原に横たわった。

 

間髪入れず馬乗りになってくるハング。

狂気を滾らせ、怨嗟に溺れ、鋭く尖るハングの眼から涙が零れ落ちた。

 

「ハング!!やめろぉぉぉ!」

 

誰かの声がした。だが、そんなことはどうでもよかった。

 

「やめてぇぇぇええ!」

 

悲鳴が聞こえる。やはりどうでもよかった。

 

これで、長かった復讐の一端が終わるのだから。

 

そして、ハングの拳がリンディスの胸元に振り下ろされた。

 

草原に骨の砕ける音が響いた。

肉の爆ぜる音がした。

飛び散った血が赤い雨となって地面を染めていく。

 

ポタリと雫が落ちた。

 

「・・・・・・・?」

 

眼をつぶっていたリンディスは頬に落ちる水滴の感触で我に帰った。

 

リンディスは自分が生きていること。そして、ハングの動きが止まっていることに気が付いた。

リンディスは自分の頬を伝う雫に右手で触れる。

 

それは赤い色をしていた。

 

「・・・ハング?」

 

自分に馬乗りになったハング。彼は不思議な恰好で固まっていた。

振り切った左手の拳を自分の右の前腕で無理やり止めたような姿勢。

 

リンディスの視線はそのままハングの眼へと移る。

 

黄金色に燃え上がる瞳と安堵したような笑みが同居し、狂ったような目元には涙が光っていた。

 

再び自分の頬にこぼれおちてくる赤い雫。

それは、ハングの右腕からこぼれ落ちてきていた。

 

彼の右腕は半壊していた。内側の骨が爆ぜたように半分に折れ、先端が皮膚を突き破って露出していた。その折れた骨の先からリンディスに向けて血が滴り落ちていた。

 

ハングは自らの右腕で左拳を止めていた。

 

「・・・ハング・・・あなた」

「ははは・・・なんでだろうな・・・なんでお前のことが・・・こんなに・・・憎いんだろうな・・・」

 

ハングは震える左腕でリンの頬に手を伸ばす。

優しく撫でるように触れ、彼女の頬の血を拭う。

 

「なんで・・・こんなに憎くて・・・愛しくて・・・」

「いたっ!」

 

ハングの爪がリンの首筋を切り裂いた。だが、裂けたのは薄皮一枚。リンディスの白い肌に赤い筋が走る。

 

「なんで・・・俺は・・・人間じゃないんだろうな・・・」

 

ハングは体を起こして、周囲を見渡した。

そこにはまた暴れ出さないかと警戒しながらも、心配する視線を向けてくれる仲間達がいた。

 

ハングの故郷を襲い、ハングの仇である彼ら。

共に戦い、共に笑い、同じ釜の飯を食ってきた彼ら。

 

ハングにとってはそのどちらもが、自分を構成しているものだった。

 

「ハハ・・・ハハハ・・・ハハ、ハハハハ」

 

ハングは空を見上げた。

 

「もう・・・わかんねぇや・・・ハハハハハハハハ!!」

 

最後に見上げたのはいつだっただろうか。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

ハングは笑う。

 

「あははははは・・・あはは・・・アはははハはハハははは」

 

ただ一人で笑い続けた。

 

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