【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「カンパーイ!!」
盛大な音をたてて、ジョッキ同士がぶつかり合う音がする。
周囲の酔っ払い達のひょうきんな土産話を耳に感じながら、ジョッキの中に注がれたタル酒に口をつけたのはリンディス傭兵団の男衆だった。
ここはリキアとベルンの国境付近に位置する町。
昔から2国間の交易の中心として栄えた町であった。
ガヌロン山賊団を撃退した翌日、ハング達はこの町の市壁をくぐったのだった。
宿屋の一階にある酒場で酒を飲み交わそうと言い出したのはセインだった。
ハング達に断る理由もなく、こうして6人が同じテーブルを囲んでいた。
タル酒の独特で豊潤な香りを感じながら、一気に中身を空にしていく4人。それを見ながら、一口だけ口に含み、付き合い程度に酒を交わすのが2人。
「いやー!美味い!」
「酒なんて久々だ」
「こっち、おかわり下さ~い」
ケントとエルクを除く4人は二杯目にとりかかる。
「セイン、程々にしておけよ」
「わーかってるって!この程度、俺にとっちゃ酒じゃないから大丈夫だ」
ケントの忠告を軽く受け流してセインは二杯目を喉に流し込んだ。
その隣でハングも三杯目の取り掛からんとしていた。
「お~ハング殿もイケる口ですな?」
「昔からいくら飲んでも酔えなくてね、こんなの水みたいなもんだ」
「いいますね~でも、挑発には乗りませんからね」
「もし、乗ってきてたら朝まで説教してたとこだ」
そして、言葉通りにセインは三杯目からはペースを落として飲みだす。
それに合わせるようにハングもペースを落とした。
「しかし、残念ですねハング殿」
セインが身を乗り出すようにしてハングの目の前に迫る。
ほぼ反射的に鼻っ柱に一発かましそうになる拳を抑え込んで、ハングは酒から口を離した。
「リン達のことか?」
「他にないでしょうが」
「嫌がってんのに付き合わせるわけにはいかないからな」
ハングを含めた数人がこの席に誘ったのだが、リンとフロリーナが首を縦に振ることはなかった。
セーラはシスターなので最初から除外だ。
本人は来る気があったらしいが、エルクがなんとか説き伏せたらしい。
「ハングはリンに甘いな」
「はぁ?俺がか?」
ハングの驚いた顔がドルカスへと向けられる。
「あ、それは俺も思った。ハングってリンにはあんまり無理させないもんな」
ウィルも無責任にそんなことを言い放つ。
「それは当然でしょう。リンディス様は大事なお方です。軍師たるハング殿がリンディス様を中心において考えるのは当然です」
「相変わらずカチコチな頭してるな~相棒!ハング殿がリンディス様を中心に考えてるのはなグじブガぶば」
余計なことを言い出しそうだったセインを無言で黙らせたハングはセインのジョッキを奪い取って喉に流し込んだ。
皆の会話を一通り聞いていたエルクが静かに呟いた。
「ハングさんとリンさんはご結婚されてるんですか?」
ハングの口から酒が噴射された。
そのせいで目の前のウィルが酒をかぶった。
「違うのかい?」
「なんでいきなりそんな結論に飛ぶんだよ!いろいろすっ飛ばしすぎだろ!」
エルクを除く4人はこの時密かに感動していた。
ハングが動揺している姿などなかなか見られない。
「いや、昨日今日で二人の雰囲気が僕の師匠・・・というか、夫婦の雰囲気に似てたものですから」
「お前の師匠とやらはよっぽど殺伐とした夫婦関係を持ってるらしいな。どこの世界に妻に毎晩滅多打ちにされる夫がいるんだよ」
戦闘した昨日の晩も、そして今日の夕刻にも体中に青痣を作る羽目になったハングである。おそらく、昨日の戦闘でフロリーナを囮に使った腹いせだとハングは思っている。
「でも、お互いのことを認めてはいるだろ?」
「それがどうして結婚なんつう話に飛ぶのかはわかんねぇままだけどな」
セインのジョッキをテーブルに置き、今度は自分のジョッキを口に流し込むハング。
「ハングって恋したことある?」
ハングがむせ返り、盛大に咳を繰り返した。
「いきなりなんなんだ!ウィル!」
そして皆は確信を深めた。
ハングは色恋ざたの話に弱い!
ハングの弱点を見つけた皆は喜々としてそこを攻め始めた。普段、なかなか隙を見せないハングを攻撃できる機会だ。ケントでさえ、目には好奇心を浮かべていた。
「ハングの初恋っていつ?」
「初恋?んなもんねぇよ!こちとらそんなもんに溺れられる程余裕のある人生送ってねぇんだよ!」
そこにドルカスも合いの手を挟む。
「つまり、リンが初恋の相手か?」
「なんでそうなる!俺がリンに惚れるなんざ天地がひっくりかえってもありえねぇよ!」
セインも満面の笑みで参加する
「ハング殿!そういうことならこのわたくしにお任せを!ハング殿であればわたくしもあえて道をお譲りしまブほグぐる」
反論するのが面倒で、ハングは鼻っ柱をぶん殴った。
「でも、リンさんはハングさんのこと悪く思ってないはずですよ」
「なんで、エルクは俺とリンをそんなにくっつけたいんだ!」
皆が口々にハングを責め立てる。ハングは隙を見せてしまった自分を呪いつつ、なんとか受け流そうと努力していた。だが、なぜか喋れば喋る程に周囲は過熱の一途をたどっていった。
最後にはケントまで面白そうに口を挟んできた。
「ですが、我々と出会う前はハング殿とリンディス様は二人で旅をされてたんですよね?」
「たった二日だけだ!ケントまで何言い出しやがる!」
「いえ、私も二人の関係について少々思うところがありまして」
「このやろ・・・色恋なんて欠片も理解してなさそうな面してるくせに・・・」
「それをハング殿に言われたくありませんな」
その時、セインがようやく復帰してきた。
「ハング殿!このセインめは最初からダァッ!」
口を開く前に黙らせる。
「ダァー、いい加減にしろ!お前ら酒が回ってんのか!俺とリンは別にそんな関係じゃねぇ!」
かといって、じゃあ何なのかと聞かれればハングは答えを出せずにいた。
間違いなく恋人ではない。ただの友人というには付き合いは深い。戦友とは少し違う気がする。
ハングは答えを探す時間を稼ぎたくて、話題を変えようとした。
「だいたい、男女2人の旅って言ったらエルクとセーラだって・・・」
そう言いかけ、ハングの言葉尻はしぼんでいく。
そして少しの間を置き、ハングは落ち着いて自分の言葉を完結させた。
「それはねぇか」
しみじみと頷く面々。
エルクの溜息がやけに大きく聞こえた。
その後もしばらく、ハングはリンとの出会いや毎晩の訓練を行うことになった経緯などを事細かに説明させられる羽目になったのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「クシュン!」
リンディス傭兵団の女性陣が集まる宿の一室。
3人は一つのベットに集まり、温めたミルクを皆で啜りながらそれぞれの旅について話をしていた。
「クシュン!」
その中で何度かクシャミをしているのはリンだった。
「ん~誰か私の噂してるのかな?」
リンは鼻をすすりながらそう言った。
「してるとしたら・・・ハングさん達かな?」
フロリーナがそう言って笑顔を見せる。
「それはありうるわね!どう?今からでもあっちに参加しない?」
いきり立つセーラに二人は苦笑で返した。
「私は遠慮するわ」
「わたしも・・・」
「もう!つまんないわね!男たちの本音とか聞いてみたくないの?あの、いつもスカしてるハングが酔い潰れてるところとか、ドルカスさんが妻のノロケ話してるところとか!」
ドルカスさんのノロケ話はともかく、ハングが酔い潰れるなんてことはないだろうな。
などと、リンは思っていたがわざわざそれを口にすることは無かった。
「まぁ~でも~・・・私はリンの本音も聞いてみたいしね~?」
「え?私の本音?」
セーラはリンのベットに寝転がるようにして、リンに近づいた。
「そうそう、皆の目は誤魔化せてもこのセーラ様の目は騙されないわよ」
「何のこと?」
「リンってハングのこと好きでしょ」
一瞬、部屋の中の音が消えた。
次いで声をあげたのはフロリーナだった。
「え、えーーー!そ、そうなのリン!?」
「あら?フロリーナは気づいてなかったの?」
コクコクとものすごい勢いで首を縦に振るフロリーナ。
「な、何言ってるのよセーラ。私は別に・・・」
「ふーん『別になんとも思ってない』 の?」
「え、ええ!そうよ!別にハングのことなんて・・・」
「じゃあ私、ハングの方の気持ち聞いてくるね」
「待って待って待って!」
本当に立ち上がろうとするセーラをリンは必死に押しとどめた。
既に顔は真っ赤である。
「え~いいじゃない。それに、こっちに気がないんだったら相手に期待させとくのも悪いでしょ?」
その理屈の成否は置いておくとしても、リンとしてはそんなことをされてはたまらない。明日からどんな顔でハングと顔を合わせろと言うのか。
無理やりベッドに引きずり落とされたセーラにフロリーナが話しかけた。
「え?あの?セーラさん・・・」
「セーラで良いわよフロリーナ。もちろんセーラ様と呼んでも構わないけどね」
胸を張るセーラは一見すれば高貴で高慢な女性のようにも見える。
フロリーナの方が物理的には視線が高いのだが、一瞬でも背の高さを錯覚させてしまう程の堂々とした態度は確かなものではある。
もっとも、それを褒める人はここにはいないが。
「セーラさん、ハングさんもリンのこと・・・もしかして・・・」
「ええ、当然じゃない!私の目に狂いは無いわ!」
そう言い切るセーラ。隣ではリンが茹蛸のようになっていた。
「ねぇねぇ、どう思う?そこんところ?」
楽しそうにリンの顔を覗き込もうとするセーラに、リンは必死に顔をそむけた。
「そ、そんなわけないじゃない」
「とか言って、リンもまんざらでもないでょ?ねぇ、ねぇ!ハングのどこがいいの?」
「どこって・・・だから私は別にハングのことは・・・」
「でも、この中でハングとの付き合いが一番長いんでしょ?友達としてでいいからさ~ハングのいいとこ教えなさいよ」
迫るセーラとたじたじなリンの図はなかなか珍しい組み合わせだ。
「いいとこって言われても・・・」
「じゃあ悪いところは?」
不意に空気が変わった。
リンの顔から赤みがサッと消え去り、目が据わる。
その瞬間こそセーラが見たかったものだった。人の気持ちが急激に変化する瞬間こそ、心の奥底が垣間見える。セーラは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「ハングだって人間なんだから悪いところの一つ二つあるでしょ?ほら、この際だから言っちゃいなさいよ!」
そして、低い声がリンの口からこぼれた。
「一つ二つじゃすまないわよ」
ドスの効いた声に部屋の気温が数度下がったような感覚をフロリーナは感じていた。
そんなことを気にしないセーラは興味津々でリンの言葉を待った。
「ハングは本当に自分勝手よ。こっちの都合なんか全部無視して話を進めちゃうことが多いし。私たちに何も言わないで策を仕掛けることもあるし。私たちがどんな想いでハングを頼ってるのかまるでわかってない!それに、とっても狡い。私たちに嘘つくことは無いけどわざと勘違するように言葉を選らんでたり、思わせぶりな態度をとって騙したり。本当に性悪な狐みたいな奴よ!」
まくしたてるリンの言葉を聞きながらセーラは満足そうに微笑み、フロリーナは驚いたような表情をしていた。
「なるほどね~ハングってそんな人なんだ」
「そうよ!もう、どうやったらハングに勝てるのかしら!?」
「でも、信頼してるのよね?」
「え?」
セーラの質問に少しリンの顔が固まった。
意味を図りかねているのか、答えがみつからないのか。
どちらにしろ、リンの思考は一瞬止まった。
そこにセーラが割り込んでいく。
「それでも、ハングと旅を続けてるんでしょ?彼を信頼してなきゃできない芸当よね~」
「そ、それは・・・ハングは・・・」
「あーっと!『リンディス傭兵団の軍師だから~』とか言ってはぐらかすのは無しよ。だって、リンとハングはそんなものができる前から一緒だんでしょ?つまり、リンはハングのこと一人の男として信頼してるんでしょ?」
「男として・・・え?」
頷きかけたリンは少し躊躇った。
「別に男としてというわけじゃなくて・・・」
「そんなの同じことよ!大事なのはリンがハングがただ軍師だから信頼しているわけじゃ無いってことよ」
「それは、そうだけど・・・」
「でしょ!だったら、二人は相思相愛よ!」
「それは・・・おかしいんじゃないかな?」
「なによ、だったら他にあなた達の関係をどう言い表すの?」
リンは何かを言い返そうとして言葉を詰まらせた。
私達の関係?そんなこと考えたこともなかった。
信頼しているのは確かだ。だが、それは軍師として?友人として?男として?
正直言ってどれもしっくりとはこない。
最初は旅の道連れ程度だった。でも、今もそうかと言われると正直わからない。
悩むリン。その姿にセーラは満足したらしくそれ以上の追求は無かった。
「クシュン!や~ね~誰か私の噂してるのかしら?もう、本当に私って罪な女よね」
一人盛り上がるセーラを他所にフロリーナがリンの近くで口を開いた。
「珍しいね・・・リンが人の陰口言うなんて」
昔から一緒にいるフロリーナにとってはそれは少し不思議な光景だった。
いつもリンはそういった陰口をとても嫌っていた。
『文句があるなら堂々と言ってみなさいよ!』
そう言って自分を守ってくれたことも何度かあった。
だから、リンがハングがいないところであんなに言うのがとても違和感があったのだ。
「え?ああ、ハングのこと?いいのよ、もう面と向かって言っちゃったから」
「え?今の台詞、ハングさんに言ったの?」
「ええ」
「それで、ハングさんは?」
「『いいじゃねぇか、そうやって欠点を指摘してくれる奴がそばにいるんだから。俺がなんか人として間違ってたら教えてくれよ。そん代わり、俺もお前が間違ったら教えてやるからさ』って」
「リンの声真似、結構上手だね」
変なところに感心したフロリーナを軽く小突いてリンは微笑んだ。
リンの話に満足したセーラは今度はフロリーナに狙いを定めた。
「じゃあ、次はフロリーナの番よ~誰か良い人いないの?」
「え?え?え~?」
その様子に微笑むリン。だが、その時彼女はわずかに胸の奥に小さな痛みを覚えていた。
それはほんの一欠片の罪悪感。
実はハングに言われたことにはまだ続きがあったのだ。
『俺達はお互い半人前なんだ、俺達は二人で一人。だから、その一人は誰よりも大きいだろ?支え合ってなんぼだ』
ハングはリンにそう言ったのだった。
リンは嘘をついたわけではない。さっきフロリーナに語った内容も確かにハングは言っていた。ただ、言わなかったことがあっただけ。
なんでそんなことをしてしまったのか、リンにも自分のことがよくわかっていなかった。
ただ、フロリーナに勘違いを促した自分が少し嫌だった。こういうのはハングの専売だったはずなのに。
「私、ハングに似てきたのかな?」
あんまり良い兆候ではない気がした。なのに、あんまり悪い気がしないのはなぜなのか?その答えはわからない。
「じゃあじゃあ、ウィルとエルクだったらどっちが好み?」
「ウィルさん・・・」
「うそぉ!」
彼女たちの夜はまだ続いていく。