【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
いくら心臓を直撃しなかったとはいえ、胸を貫かれたハング。失血も多く、杖で傷は塞いだとはいえ、まともに歩くことはできなかった。
だが、動くこともできず、ロクに反論する体力もないハングを今の他の人達が放っておくはずもなかった。
【魔の島】に物資を降ろし、出発の為の準備をする間にも、ハングの前には入れ代わり立ち代わりいろんな人が『再会の挨拶』へとやってきた。
マーカスとオズインの長々とした説教から始まり、ケントやロウエンから正座を強制させられ、ワレスからは出会い頭に鼻っ面をぶん殴られた。
命からがら助かった直後のハングに対して行うべき行動ではないと思いつつも、それらを止める人はいなかった。
部隊を裏切って一人行動したハングを許してくれるというだけで、御の字だとでも言わんばかりだ。
ハングには受け入れるしか選択肢はなかった。
自分がやったことの筋を通さなければ、指揮など取れるはずもないと思ったからだ。
そして、いろんな人に張り手や拳骨や飛び蹴りや関節技や木刀や模擬剣や真剣の制裁を受けたハングであったが、それでも最後の最後にやってきた自分の育ての親であり、元上官兼鬼教官のヴァイダからの『挨拶』だけは洒落にならなかった。
「・・・うぁぁ・・・いてぇ・・・」
「自業自得でしょ」
リンディスに冷たくあしらわれながら、ハングは荷馬車の荷台で虫の息で呼吸をしていた。
ヴァイダはこめかみの傷を真っ赤に染め上げ、身体中の血管が切れるのではないかと思うぐらいに憤怒に身を染めてハングの前に現れた。そして彼女が行った『再会の挨拶』は、ほとんど拷問であった。
ハングは槍を何度も叩きつけられ、奥歯を1本折られ、あばら骨も二本折られた。腹は打ち身多数であり、右腕や両足は切り傷だらけだ。その後、左腕で無茶をしないための戒めと称して、左腕の黒い爪を全て剥がされた。
最後には『足を切り落とされないだけましだと思え!』と言われる始末。
ハングは自分がまだ生きてることの方が不思議だった。
杖を扱える人に治癒をお願いしようとしたが、やはり『自業自得』と言って取り合ってくれず、ハングは全身に『挨拶』の痕を残したまま荷馬車の中に寝転がされていた。
その隣にはリンディスとルセアが乗っているものの、それは看病のためというより、また無茶をしないか監視する意味合いが強い。
そして、そんな荷馬車の片隅にはもう一人の同乗者が膝を抱えて丸くなっていた。
それは塞ぎこんでいるニルスだった。
ハングが自分の世界に溺れている間にも、物事は進んでいた。
ニニアンが死んだ。
ハングは少しばかりその現実をどう受け止めたものか、困惑していた。
喪失感?虚無感?悲壮感?
どれも違う。
むしろ、『信じられない』という感情が先行していた。
本当にいないのか?この部隊にいないのか?この世にいないのか?
ハングは未だそれを信じることができなかった。
彼女は竜。そして、ニルスも竜だという。
やはり実感がわかなかった。
ハングは自分の手の甲を額に当てた。ヒースに割られた額の傷が熱を持っていたが、それを差し引いても体温が少し上がっているようだった。
「冷やす?」
「そうしてくれ・・・」
体の倦怠感も相まってハングは素直にリンディスに甘えた。
額に乗せてもらった湿った手拭の冷たさが心地よい。
「なあ、リンディス・・・」
「なに?」
「最初に【魔の島】に来たときのことなんだが・・・あの絵・・・覚えてるか?」
「絵?」
「そうだ・・・森の奥の屋敷で出会ったあの絵だ」
「・・・ええ、覚えてるわ・・・」
それはニニアンが導かれるように足を踏み入れた館で見た絵。
竜と人が寄り添う姿を描いた絵画。
ただ、ハングとリンディスの思い出すあの絵には必ず別の登場人物が付いてくる
それはニニアンとエリウッドであった。
あの絵をみる二人の背中と竜の絵。
それがなぜか強く印象に残っているのだった。
どうしてそれが強く記憶に焼き付けられたのか、今ならばわかるような気がする。
「あの時・・・どんな気持ちだったんだろうな」
ニニアンは何を思ってあの絵を見たんだろうか。
何を思い続けて、エリウッドの傍にいたんだろうか。
何を遺して、死んだんだろうか。
エリウッドはまだハングに対する怒りが収まらないらしく、話をしてくれない。
『今日の夜までには頭を冷やす』と言っていたので、ハングはそれまで待つことにしていた。
ハングはため息をこぼす。
ニニアンが死んだ後、エリウッドが気丈に振る舞っていた様子は聞くまでもなく予想ができる。
彼は何か周囲が言うことはできなかっただろうし、悲しみ続けることもできなかっただろう。エリウッドの立場は感情を素直に吐露するには重すぎる。
だが、それはエリウッドだけではない。
ここにいる連中は無駄に強すぎる。心をすり減らして強引に前を向こうとする。擦り潰されて、無くなってしまうまで戦い続けてしまう。
だから、俺がいたはずだった。
誰も死なせないように智謀を張り巡らせ、策略を練りこんだ。
でも、結果を見ればこの有様だった。
そんなことを思っていたハング。
次の瞬間、ハングの額を何かが弾いた。
「いてっ!」
指弾したのはリンディスだった。
「なんだよ」
「なんか、余計なこと考えてそうな顔してたから弾いた」
「余計なことって・・・」
「そうじゃないでしょ」
「え?」
「ハングが考えるべきことはそれじゃないと思う」
「・・・・・」
見上げたリンディスはとても優しげだった。
「お前・・・俺の考えてることがわかったのか?」
「わかるわけないじゃない。【モルフ】じゃあるまいし」
「あのな・・・」
冗談にしては面白くもないし、笑えない。
「でも、ハング・・・失ったものを数えてちゃだめよ」
「・・・・・」
「ハングはこれから私達と一緒に世界を救って、無茶苦茶になっちゃったリキアの再興を手伝って。その後に、ようやく体が空いてからそういうことを考えた方がいいと思う」
「・・・・・」
「だから、今は体力を戻すことだけを考えて」
ハングは笑ってしまった。
「・・・・リンディス・・・お前・・・」
「ん?」
「・・・・バカだな」
「な、なんでよ!」
顔を赤くするリンディスを前にハングは笑っていた。
皮肉な笑みで笑っていた。
それからしばらくして、小休止を挟むらしく、荷馬車が止まった。
「いい、大人しくしてなさいよ」
「あいよ」
リンディスは荷台を降りながらハングに何度もそう言い聞かせた。
ここは敵地のど真ん中。リンディスの眼と勘は待ち伏せを見つけるのに適している。いくらハングとリンディスの関係を考慮しても、ずっと彼女に看護の仕事をしてもらうわけにはいかなかい。
ハングはリンディスを見送り、大きく息を吐いた。
「ハングさん、寝ててくださいね」
「ルセアさん・・・すみません。なんだか」
「いいんですよ、こうして再会できたのですから」
そう言いつつも、この細腕から繰り出された拳はなかなか痛かった。
「それにしても・・・」
「なんです?」
「ハングさんはいつから『リンディス』とお呼びになったんですか?今までは『リン』と呼んでいたと思っていたのですが」
「・・・・・・」
そう言えば、すっかり忘れていた。
ハングは色々と考えた挙句、黙秘権を行使することにした。
「・・・そうですか。では聞かなかったことにします」
「ありがとうございます」
「いいえ。神様も恋人同士の語らいの場を覗く趣味はありませんから」
「下世話な神様もいる、とも言いますが」
「では、報告しましょうか?」
「勘弁してください」
そんな会話をしていると、小さな笑い声が聞こえた。
「・・・ニルス」
ニルスは膝を抱えたまま、息を殺すように笑っていた。
それは心の均衡が崩れたように見えて、ハングは少し焦った。
「心配しないで・・・おかしくなったわけじゃないから・・・」
顔をあげたニルスは目元の涙をぬぐった。
「ハングさん・・・なんだな・・・って・・・思って」
「そりゃ、俺は俺さ・・・【モルフ】でも・・・人間じゃなくても・・・な」
「うん、そうだよね・・・」
例え竜でもニニアンはニニアンだった。
「ニルス・・・その場にいなかった俺が言えることじゃなと思うんだが・・・」
「うん、わかってる・・・大丈夫・・・僕は大丈夫・・・」
「そんな顔じゃないぞ」
元気になってくれ、などとハングが言えるわけもない。
それを言うべき人間は別にいるはずだ。
ニニアンの意思を最も知りうる彼が言うべきなのだ。
「ハングさん・・・死ぬのってどんな感じだった?」
「・・・生きてる俺にそれを聞くか?」
「そうだったね」
ニルスは微かに笑っていた。それでも、聞く姿勢は保ったまま。
ハングは少し間を置いて自分が死にかけた時のことを話しだした。
ハングは身体から熱が消えていく寒さと、身体を蝕む痛みと、独りで消えゆく寂しさを話して聞かせた。
「・・・だから、またここに戻れたことは本当に奇跡みたいなもんだと思った」
「・・・そう・・・か」
俺は帰ってきて、ニニアンは帰ってこない。
ハングにはニルスの心情を完全に慮ることができることはできない。
でも彼に救いを与えたいと思うから、言ってあげられることがあった。
「だから・・・エリウッドの腕の中で死ねたのなら、ニニアンは・・・寒さと寂しさは感じなかったと・・・俺は思うぞ」
ネルガルの前で独りで痛くて泣きたかった自分と比べるとニニアンは悪くない場所にいたんだとハングは思うのだ。
そう思うと、やはり生きていることは本当に奇跡のようなものだった。
「ありがとう、ハングさん」
「礼なんか言うな。旅は道連れ、世は情け・・・ってな」
ニルスに少しだけ笑顔が戻ってきていた。
ハングも小さく微笑む。
そんなハングの顔をルセアが見ていた。
「ん?どうかしましたか、ルセアさん?」
「いえ、やっぱり、帰ってきてくださったんだな・・・と、思いまして」
「・・・何をいまさら」
そう言うと、ルセアは静かに首を横に振った。
「いえ、ハングさんは自身が思っている以上にこの隊にとって重要な方ですよ」
「・・・まぁ・・・そうかもな」
「・・・否定なさらないんですね」
「自分ができないことを自覚するのは大事だけど、自分に何ができるのかを自覚しておくのも同じくらい大事だろ」
見上げたルセアは「なるほど」と言い頷いた。
「それをわかっていながら、自分をないがしろにしたわけですね」
「いや・・・それは・・・」
言い返すことのできないハングにルセアとニルスは笑う。
ハングはそんな二人を見ながら、どこか肩の力が抜けたような笑顔をこぼした。
「まったく、お前とも長い付き合いになったよな」
「そういえば、僕達同じ日に出会ったんだよね」
「ああ、そうかそうだったな。ニルスとルセアと戦ったのはあの時だったか・・・」
「懐かしいですね」
「ああ・・・」
あの日、『ネルガル』の一言で全てを投げ打った俺はもういない。
それは確かに良いことなんだろう。
ハングはルセアとニルスと共に昔話に花を咲かせたのだった。