【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
大きなノック音にハングは顔をあげた。
四回ワンセットのノック。
ハングが反応を返さず欠伸をすると、再度ノックが繰り返される。しかも先程よりも激しい。
その叩き方に焦りが混じっていることはすぐにわかった。
それでも、ハングはのんびりとした態度で体の筋を伸ばして返事をした。
「あいあい・・・なんで~すか?」
「ハングさん!!もう、さっさとしてください!こっちは急いでるんですから!」
「はいよ・・・」
ハングは自分の机の上の書類をまとめながら、また欠伸をした。
緩慢な動きのハングに扉の向こうでマシューが苛立ちを顕わにしていた。
「とりあえず・・・さっさとドア開けてくんないすか?」
「自分で開けろよ」
「開けていいんですか?」
「どうぞ」
次の瞬間、扉が蹴破られた。
「・・・普通、鍵を開けるもんじゃないのか?密偵さんよ」
「ハングさんにそんな気遣い無用でしょ!さっ、早く来てください!表にフロリーナさんが待ってます!」
「ったく、急かすなっての」
ここはラウス領の執政室。
本来なら領主が仕事をする部屋だが、ハングはもう一つ机を持ち込んで仕事をしていた。
ラウス侯ダーレンのリキア内乱を引き起こした罪は闇の中で処理された。そこを追求していけば、サンタルス領やフェレ領にも罪が飛び火する可能性があったからだ。
だが、だからといって手放しでこの事件の首謀者を放任するわけでにはいかない。
結局、オスティアから文官を派遣して統治にあたらせ、息子のエリックを監視することになった。
そして、そんなラウスに派遣された文官がハングだった。
ハングがラウスへ来て半年。
ハングはその間に戦乱の準備で疲弊した領地を本来の豊かな土地へと戻していった。
軍隊の強化による治安維持、税制改革や司法の領域に至るまで手を加えていった。
だが、その仕事も今日までであった。
仕事の引き継ぎは全てすましてあり、ラウス侯となったエリックもようやく多少の仕事はできるようになった。
ハングはマシューが真正面から怖い顔で見下ろされて、ようやく侯爵の使用する机から腰をあげた。
「久しぶりだなマシュー。元気してたか?」
「はいはい!挨拶は後!さっさと行きますよ!」
「だから急かすなっての。焦る旅じゃあるまいし・・・」
「焦ってるんですよ!俺は!!」
「・・・え?」
「いいから来てください!俺が八つ裂きにされちゃうんです!」
ハングを背中から押しやるマシューに促され、ハングは部屋を後にした。
その部屋からエリックの声が追いかけてくる。
「き、君!行くならこの首の縄を外してから・・・おおーい!!」
執務室に持ち込まれた予備の机の前に座り、首に縄をかけて無理やり政務をさせられていたエリックが情けない声をあげていた。
残念ながらハングはその縄を外してやる気はなかった。
少し目を離せば、予算を度外視した買い物をしたり、街で美人を物色したりするバカ息子には最後の最後まで苦しんで欲しかった。
そして、ハングはマシューに押されて城の外に出る。
そこで待っていた人を見て、ハングはなぜマシューがこんなに焦っていたのかを理解した。
「ああ・・・そういうことか・・・」
「遅いぞ、ハング!何分遅刻していると思ってるんだ!」
鋭い声にハングの背筋が条件反射のように伸びる。
「なんでいるんですか、ヴァイダさん・・・それとヒースも・・・」
「ははは・・・」
疲れたように笑うヒースと、厳しい顔のヴァイダがそこにいた。
その隣には緊張した面持ちのフロリーナが立っていた。
「二人はフロリーナの護衛ですか?」
「いや、違う。マシューはあたしに、ハングはヒースに乗ってもらう」
「え・・・フロリーナが護衛役?」
「・・・は、はい!私が御守りします!!」
ハングはマシューに横目で説明を要求する視線を送る。
予定ではハングはフロリーナの率いるイリアの天馬部隊に乗ってオスティアに戻ることになっていた。
それがなぜドラゴンナイト二人になったのか。
マシューはハングにだけ聞こえるような声でその訳を語った。
「・・・いや・・・さすがに侯爵の婚約者の後ろに誰か乗せるわけにはいかないじゃないですか」
「それでわざわざキアランにいたこの二人を呼んだのか?」
「・・・ああ、いや・・・それはフロリーナさんがキアランに行く口実をヘクトル様が作ったんですよ・・・ほら、今キアランにはリンディス様も姉さん達もいるんじゃないですか」
「気を使ったのか?あのヘクトルが?」
「・・・すごい進歩ですよね・・・」
侯爵として色んな場所に目がいくようになったか、それとも愛の力故か。
だが、そのどちらもヘクトルには似合わないような気がする。
「何も考えてないと思うけどな」
そう言ったハングにマシューから否定の声は入らない。
「いつまでくっちゃべってるんだい!さっさと乗りな!」
ヴァイダにそう急かされ、ハングはヒースの背に、マシューはヴァイダの背に乗った。
城の前にはラウスの文官や武官の人達が見送りに来ていた。
「ハング様!今までありがとうございました!」
「ラウスはきっといい領地になります!」
手を振ってくれる彼等に向けてハングは右腕を振り返した。
送別会は既に済ませてあるが、こうして見送りに来てくれるのはそれはそれで嬉しかった。
「こっちこそ、いろいろと教えてもらいました。ありがとうございます!」
今まで共に政務にあたっていた人達に別れを告げ、ハングはヒースの肩を叩いた。
「それでは、出発だ!!」
ヴァイダの叫びと共にハング達を乗せたドラゴンと、フロリーナのペガサスが地を離れた。
螺旋を描くように旋回して上昇していくドラゴン達。ラウス城が徐々に小さくなっていき、模型のような大きさになっていく。ヒース達はドラゴンの鼻先を北西に向ける。
ハングが半年程を過ごした城が遠ざかり、ついには山の稜線に隠れて見えなくなった。
ヒースのドラゴンであるハイペリオンの背中は快適であった。
ハイペリオンの飛び方の癖は昔と変わらない。ハングは久々に感じる大空の世界を堪能していた。
「そんで、なんでお前らが俺の迎えに来たんだ?」
ふと、ハングがヒースにそう尋ねた。
本当にヘクトルがフロリーナに気を遣ったならともかく、それだけの為にヒース達がわざわざキアランを離れてハングの輸送をするとは思えなかった。
そして、その問いに答える代わりにヒースは一枚の手紙を肩越しに差し出してきた。
それを受け取り、ハングは中の文字に目をこらす。
「・・・このバカ」
そして、ハングはヒースの背中を乱暴に殴りつけた。
「・・・ハングを送った足でそのまま国境を越えるよ・・・ヴァイダさんはその付添だ」
「・・・今更だろ・・・本当によ・・・」
ハングはヒースの背骨に向けて頭突きをかます。
これは祝福の一撃だ。
ハングは今こそあの左腕が欲しいと思っていた。
「・・・ハングのおかげだ・・・」
「半年もかかりやがって、お前ならもっと早くなんとかできたろ」
「無茶を言うな・・・でも、本当に感謝している・・・これで・・・ようやく・・・迎えに行ける・・・」
ヒースとは最も古い付き合いだ。
彼の呼吸や、声音でヒースが今どんな表情をしているかぐらいは手に取るようにわかるつもりだった。
でも、今日ばかりはハングはヒースの表情がわからなかった。
泣きそうな顔をしてるのか、嬉しそうな顔をしてるのか、それとも両方なのか。
「でも、こっからが本番なんだからな」
「わかってるよ・・・本当にありがとう」
「俺は少し手を貸しただけだ」
「それでもな・・・」
「ま、古い友人の恋だ・・・成功させてやりたかったんだよ・・・」
あの戦いの中で恋に落ちた二人。
プリシラはエトルリア貴族の令嬢、ヒースはベルンの逃亡兵
港町での別れの時、静かに涙を流すプリシラに、ヒースは「必ず迎えにくる」と約束の言葉をかけた。
そんな二人に待ったをかけたのはハングだった。
『ハング・・・』
『お前、このままで本当に迎えにいけると思ってるのか?』
『・・・・』
『・・・・』
押し黙る二人にハングは溜息と共にヒースに大量の書類を渡したのだった。
『まだ、押印されてないから効力はないが・・・オスティア、キアラン、ラウス、サンタルス、フェレ、それぞれの領地での身分証明書だ』
『え・・・』
『それと、キアランで歴代最高の騎士に与えられる騎士勲章の書類。キアラン侯爵家に通じる家系であることを記した証書。それと・・・』
『ちょっ!ちょっと待ってくれ!!』
『なんだよ?』
『これは、一体?』
『あぁ?お前がエトルリア令嬢と釣り合う身分になるための書類に決まってるだろ』
唖然とする二人にハングは当たり前のようにそう言ったのだった。
ハングはその時のことを思い出し、またヒースの背中を殴りつける。
「最初は反対してたな。『これは本当の僕ではない』とかなんとか」
「そうだったな・・・」
『こんなの・・・嘘じゃないか』
『バカ野郎!好きな女を一生独り身で待たせるよりよっぽどましだ!!』
「あの言葉は効いたよ・・・」
「当たり前だ。あれで納得しなきゃ、その場で殺してプリシラには次の恋を探させたところだ」
「それは怖いね・・・」
「本気だったからな」
「・・・・・・・・」
ハングは今回できたコネを最大限に活用して、ヒースの為の偽装書類を作り上げたのだ。
エトルリアという貴族社会が根強く残る場所で名も地位もないヒースがそれらの外敵を排除する方法は一つ。
エトルリアの軍である程度の地位に到達することだ。
せめて、プリシラと釣り合うところまでは昇進しなければならない。
「キアランでヴァイダさんやケント殿に随分と扱いてもらったからね。後は・・・やるだけやってみるさ・・・」
「そう気負うな。向こうにはパント様やルイーズ様もいらっしゃる・・・今、いるかどうかは知らないがな」
「ははは、それもそうだね」
「まぁ、いなくてもエルクや・・・それこそプリシラもいるんだ。お前はとにかくのし上がれ」
「ああ・・・」
向こうで障害にならない程度の地位と実力をハングは与えた。
利用できるだけの人脈の地盤も整えている。
後はヒースの頑張り次第である。
そして、そのことに関してはハングは不安を感じてはいなかった。
「それで、これからはお前のことを何て呼ぶ?」
ハングはヒースの背にそう問いかけた。
「ハングには本名で呼んで欲しい気もするが・・・どこからぼろが出るかわからないからな・・・」
「そうだな。けど、その言葉はプリシラにこそ言うべきだ。あの御嬢さんはどこか抜けてるからな」
「ははは・・・・・・そうだね」
少し真剣に吟味するヒース。
「うん。やっぱり、もう1つの名前で呼んでくれ」
「わかったよ・・・リガード」
それはハングが身分を作るために与えた偽名。
ハングの最初のドラゴンの名前。
この名前にしてくれと言ったのはヒース本人だった。
「リガード・・・もっと上昇してくれ」
「ああ!任せろ」
ハングの要求通り、ヒース改めリガードはハイペリオンの手綱を操作してさらに上昇していった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ラウスを後にしておよそ二日。
周囲の景色は徐々に見覚えのある風景になってきていた。
オスティア城はもう目と鼻の先であった。
「オスティアも久しぶりだな」
「なんだ?尋ねてなかったのか?」
「そりゃな・・・執務が忙しくてそれどころじゃなかったんだよ。キアランにも行けなかったぐらいだ」
「・・・それは俺がよく知ってる。お前がキアランに来たのは最初の一回きりだ」
「だな・・・で、今まで聞かないようにしてたんだが・・・その・・・どんな様子だった?」
ハングは躊躇うようにヒースの背中にそう問いかけた。
「一応、お前が心配するようなことはないぞ。ハウゼン様も・・・まぁ、完璧ってわけじゃないが、執務を行えるぐらいには回復してる・・・」
「そうか」
「でも・・・やっぱりもう長くはないと思う・・・」
「・・・・・・」
ハングは押し黙る。何かを考えるようなハングにヒースは苦笑いを浮かべた。
古い友人であるハングは『人間』になった後もやはり妙なところで不器用なままであった
「ハング、お前はできることが多い。だからリキアを復興する手伝いをしたくなる気持ちもわかるが・・・たまには顔見せた方がいいぞ。『よろしく』と託ってるしな」
「まぁ・・・だな・・・」
歯切れの悪いハング。彼がそうなるのは決まってリンディス絡みの時だ。
「会いたくないのか?」
「そりゃ会いたいよ」
即答するハング。だが、問題は別にある。
「軍師として・・・一人の文官として・・・この国にいる『人間』として・・・放っとけないような仕事が溜まってるからな」
「『人間』な」
「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「ハング・・・怖がってないか?」
「ん?」
「欲望に従うことをさ」
その言葉にハングは答えなかった。
「さ、お喋りは終わりだ。降下するぞ」
「はいよ」
そして、ヒースは周囲を飛ぶフロリーナやヴァイダに手で合図を送って降下を始めた。
腹の底が引っ張られるような浮遊感を味わいながら、軌道を下げていく。
城の衛兵が何か叫んでいたが、フロリーナが何か合図を送ると彼等はすぐに落ち着きを取り戻し、すぐさま中庭にスペースを開けてくれた。
城の中庭に着地した三人。
「ほら、降りな!」
「ちょっ!まっ!うわっ!!」
投げ出されるようにして地面を転がるマシュー。
「いててて・・・」
ハイペリオンから降りたハングはそのマシューに手を差し出した。
「はは、どうしたマシュー。いつもの飄々とした態度はどこ行った」
「・・・俺・・・どうも苦手です。あの人と・・・空の旅は・・・」
「ヴァイダさんが得意な人なんているもんか」
「なんか言ったかい!?」
「い、いえ!何も!!」
思わず背筋を伸ばしたハングにヴァイダは笑いかけた。
それは、ハングとよく似た笑み。
「ハング、あんたとはここでお別れだ」
「え?どういう・・・」
「あたしは、これからベルンに向かう・・・ヒースの首印を土産にね」
「あ・・・そっか・・・そうでしたね・・・」
今も懸賞金がかかるヒース。
賞金稼ぎや追手の手から逃れるには死んだことにするのが一番だ。
その為の小細工は既にマシューが整えた。
「もう・・・行くんですか?」
「当たり前さ。あたしが仕えるのは次期国王ゼフィール様ただ一人・・・あんたの忠告も気になるしね」
「そうですか・・・」
「なんて顔してんだい!シャキッとしな!!」
「いてっ!」
ハングは槍の柄で頭を強めに打ち付けられた。ここで痛みにしゃがこんでしまえば追加の槍が飛んでくる。ハングは身に沁みついた習性に従い、姿勢を正した。
「これからあたしの士官の道が開かれるってのに、辛気臭い顔するんじゃないよ」
「すみません」
ハングはそう言って、自分を育ててくれた大事な母親を見上げた。
「・・・それと、ありがとうございました」
「な、なんだい。改まって・・・」
「ははは・・・なんか、言いたくなったんです」
「ふん、まだまだガキのくせに生意気言ってんじゃないよ!」
「・・・すみません」
ヴァイダのこめかみにある傷が赤く染まっていた。彼女はそこを爪でポリポリとかいて視線を背ける。
『もしかして照れてる?』などとハングは思ったが、それを口に出すと今度は何が飛んでくるかわからない。
「ったく・・・達者でやんなよ」
「ヴァイダさんも、お元気で」
「あんたも頑張るんだよ、ヒース」
「はい、隊長も」
そして背を向けてドラゴンに飛び乗ったヴァイダ。
彼女はハングに背を向けながら言った。
「ああ・・・それと」
「なんです?」
「・・・・・・なんかあったら・・・呼べ」
ハングは嬉しそうに笑う。
「はい!」
その時、ヴァイダがどんな表情をしてるかはわからなかった。
でも上昇していくドラゴンを見ながらハングは幸せな気持ちを味わっていた。
「さて・・・俺も行くか」
「ヒースもか?」
「ああ、もう仕事もないしな・・・一刻も早く着きたいんだ」
「・・・そっか」
「ああ・・・」
ハングはヒースに向けて手を差出す。
握り返してきたヒースの腕を引き、ハングとヒースは抱擁を交わした。
「彼女・・・泣かせるなよ」
「お互い様だ」
二人は体を離して、拳をぶつけ合う。
「ヴァイダさんじゃないけど・・・なんかあったら呼べ。助けに行く」
「それも、お互い様だっての・・・また、会おうぜ」
「・・・ああ、そうだな・・・また会おう」
ハイペリオンにまたがったヒース。
「あっ!忘れてた。リンディス様からもう一つ伝言だ!」
「ん?」
「『行き倒れないように気を付けてね!』だってさ」
「・・・あいつ・・・」
してやったりという顔を向け、ヒースは上昇していく。
「早めに顔出せよ!」
「うっせぇ!とっとと失せろ!!」
ハングの叫びを背に、ヒースは城壁を越えて消えていった。
「ったく・・・」
幼い頃から一緒に過ごした二人が見えなくなり、ハングは少し寂しそうに笑ったのだった。