【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章〜旅路の途中で(後編)〜

日も暮れてきて、リンディス傭兵団は小さな村で一泊することとなった。

宿は今日の客は彼らだけだということもあり、ハングの交渉の結果、部屋を四つ程格安で確保できた。

 

「ハングさんは世界中の国々を回ってるんですね」

 

ハングと同室になったエルクがそう切り出したのは夕食を済ませた後だった。

 

「まだサカの北にあるイリアと西方三島の方は行ったことないけどな。エルクはどこ出身なんだ?」

「僕はエトルリア王国の出身です」

 

エトルリア王国とはリキア同盟の西に広がる芸術の国として有名な土地である。

 

「エトルリアか、あそこはちょっと苦手だ」

「なんでですか?」

「あそこは堅苦しくて困る。食事一つとっても祈りだとか作法だとか」

 

エルクが控えめに笑う。

 

「芸術も俺にはよくわからん、戦術も魔道士の援護ありきで考えるから応用がきかんしな」

「なんだか、ハングさんって人がようやくわかってきた気がします」

「どういう意味だよ?」

「いえ、意外と人間臭い人なんだなと」

「今までの俺はどう見えてたのか気になるとこだけど、なんか怖いからやめとく」

 

エルクは笑いながら「ハングさんにも怖いものがあったんですね」と言ったが、ハングは無視した。

そんな折、部屋のドアがノックされる。

 

「ハング、いる?」

 

リンの声だ。

 

「それじゃ、俺はちょっと行って来るよ」

「傷薬用意しときますね」

 

ハングは苦笑を返し、剣を持って部屋を出た。

ハングとリンが向かったのは宿の裏手。馬小屋と井戸のある小さな裏庭だ。その中でも少し広い場所を選んでハングとリンは剣を手に向き合った。

 

「今日こそ私から一本とってみなさいよ」

「ああ!やってやらぁ!」

 

リンが剣を青眼に構え、ハングも片手で剣を構える。

先に仕掛けたのはハングだった。わずかに踏み込んで突きを放つ。

それに対するリンの動きは無駄が無かった。最小限の動きでハングの剣を受け流してそのまま下段からの攻撃に繋げる。

ハングは下から迫る攻撃を左手の掌で受け止め、再び突きを繰り出した。

次の突きはさっきより数段鋭い。だが、リンにとっては対処可能の範囲だった。リンは体を開いて回避し、そのままの勢いで上段への一撃を繰り出した。それはハングの防御をすり抜け、見事にハングの額に叩きつけられる。

 

「っつ!!」

 

まともに頭部に一撃をくらったハング。あまりに強烈な衝撃に目の奥に星が散った。

ハングは額を抑えながら数歩後ずさった。

 

「ったく!加減しろよ!」

「してるわよ」

 

そう言われてはぐうの音も出ない

ハングとリンの剣は長さに差がある。ハングの方が間合いが長いことを考えれば、間合いを正確に読み取り、寸分違わずに剣を振ればハングのほうが有利である。にも関わらず、ハングが押され気味なのは純粋に実力の差であった。

毎日のようにこうやって打ち合いをを繰り返していても、その差が埋まる気配は無い。

ハングにはリンから一本とる自分の姿が全く想像できなかった。

 

「くっそ!」

 

ハングはふらつく頭を横に振って気合いを入れ直した。

いくら軍師とはいえ、毎日負けっぱなしは男の矜恃に関わる。

 

「ぜってぇ、勝つ!」

 

ハングは一気に間合いを詰めた。

剣を盾にするようにして肉迫し、リンの剣の間合いを潰した。

この距離ならまともに剣を振るえない。特に力で劣るリンならなおさらだ。

お互いの顔が近づく。激しい吐息が顔にかかる。

 

ここまではいい・・・

 

ハングも既に何回かこの手は試している。リンに対して鍔迫り合いから強引に力勝負を挑む戦術は間違っていないはずだ。

 

だが、結局一本も取れたことは無い。

 

リンは力押しの相手を受け流す技が特筆して上手かった。相手の力の逃がし方、自身の体力を削らない柔軟な姿勢。ハングは時々水のような存在を相手にしているような錯覚に陥る。

鍔迫り合いの緊張感。だが、ここでわずかでも後ろに引いたら剣が短いリンのほうが有利なのだ。一度ここまで押し込んだ以上、離れるという選択肢は取れない。

 

「なぁ、リン?」

「なに?降参する?」

「まさか、それよりもちょっと聞いておきたいことがあんだけど」

「後に・・・してくんない!」

 

一瞬でリンが後方に飛んだ。その瞬間に手首と腹に衝撃が走った。これが実戦なら、俺の手首と胴体から下が消えるところだ。

 

「くぅぅ!」

「まだいくわよ!」

「にゃろ!」

 

再び二人の間に緊張が走る。

 

結局この夜、ハングは一本も取ることができなかった。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

「いてててっ!」

「もう、そんなに大袈裟に反応しないの」

「痛いもんは、痛いんだよ!」

 

自室に戻り、エルクが用意してくれていた軟膏を打ち身の箇所に塗りつける。

自分でやってもよかったのだが、背中だけは届かないので一緒についてきたリンに頼んでいる次第である。

 

「いつまでたっても私に勝てないわね」

「うるせぇよ」

 

エルクはセーラに呼ばれてどこかに行ってしまい、今部屋には二人しかいない。

 

「はい、おしまい」

「つっ!」

 

お約束のように背中に張り手を受けて、うずくまるハング。

 

「ハングは動きに無駄が多いのよ。片手で剣を振るから体が流れやすいし」

 

ハングは剣を両手で握らない。左腕の異常な筋力のせいで、両手で握ると左右の力がズレて余計に身体が流れやすくなる。

 

「って、言われてもな・・・」

「まぁ、そのうちね」

 

軟膏が乾くまで服を着れないので、ハングはしばらく上半身を晒してなければならない。その格好のまま、ハングはリンに向き合った。

 

「んじゃ、勉強会のほうも始めるか」

「はい!よろしくお願いします」

 

馬鹿丁寧なリンに苦笑しながらハングは講義を始めた

 

「っと、今日は市街地戦の続きだったな」

 

市街地、特に今日は城下町。

ようするに、家々に被害をあまり出したくない時の戦術と戦略である。

椅子に座り、向き合ってハングの講義を聞く。

 

だが、今日のリンはとことん集中できなかった。

 

リンはハングのことを昼間から意識し続けていた。

さっきの打ち合いでハングに接近された時も内心では剣技どころではなかった。

リンは早く離れたい一心で、後方に飛んだにすぎない。そこに技を絡められたのは彼女の実力の一端でもあるのだが。

 

だが、それを除いても今日の打ち合いではリンが危ない瞬間が何度もあった。それらは全て、ハングに接近された時だった。そのことにハングが気が付いていないのがリンにとってはまだ救いだったであろう。

 

そして、今、リンは目の前で剥き出しの引き締まった身体を見せつけられている。集中できるはずがなかった。

 

「リン?聞いてるか?」

「え?あ・・・ごめんなさい、なんの話だっけ」

 

ハングは小さくため息をついた。

 

「ったく、今日はここまでにしよう」

「え?で、でも。始めたばっかりで・・・」

 

言いかけた言葉はハングの刺さるような視線に塞がれた。

 

「今日のお前に何か言う気はないけどさ。調子の狂ってる日もあるだろうし」

 

ハングが少し肩を落とす。比喩ではなく、実際にハングの肩が下がった。

力を抜いてる証拠だった。

 

リンは俯いてしまった。

 

ハングは怒っていない。もし、そうなら今頃とっくに雷が落ちてる。

彼は純粋に心配してくれていた。それが、今はリンの胸には痛かった。

 

そんな時、唐突にリンの額に軽い痛みが走った。

 

「あいたっ!」

 

痛みに目を閉じる。痛み自体は大したことはなかったが、『驚き』がその衝撃を何倍にもしているかのようだった。リンが目を開けると目の前に笑顔のハングがいた。

 

「な、なにしたの?」

「弾いただけだよ」

 

そう言ってハングは中指を親指で弾く仕草をした。

 

「意外と効くだろ?」

 

リンは額をさすりながら頷く。それに満足そうに笑みを浮かべて、ハングは上着を身につけた。

 

「なぁ、リン。お前フロリーナと喧嘩したことあるか?」

 

ハングが左手の包帯を一度外して蒔き直す。

 

「え?そりゃ、一度か二度ぐらいは」

「俺らはしょっちゅうしてるよな」

「たいがい、私が負けるけどね」

「暴力が絡むとお前が勝つだろうが」

 

ハングがしていたのはなんの意味もない与太話だった。

 

「でもよ・・・」

 

ハングが左腕を布で覆い隠して軽く動かす。

 

「俺たちはすぐに仲直りできる」

「うん」

 

ハングの言う通りであった。2人は少し言い争ったり小突きあったりしても、それが一晩跨ぐことは一度も無かった。たいがい、食事を挟めば元通りだ。

 

「だからよ、なんか気になることがあればぶつかってこい。どうせ、明日には忘れちまうからよ」

 

額を弾かれて、気持ちが切り替わった。くだらない話をして心が落ち着いた。

そして、本題。

自分の言いたいことをまとめるにはちょうどよかった。

 

リンは一度深呼吸をした。

 

自分の中だけでは答えが出ない問題をハングに尋ねる。

 

「ねぇ、ハング」

「ん?」

「私のこと信頼してる?」

「当然だろ」

 

ハングは怪訝そうな顔でそう言った。『いまさら何を言っている』とでも言いたげだった。そんなことはリンもわかっている。

 

本題は次の質問だった。

 

「私のことどう思ってる?」

 

ハングが一瞬虚を突かれたような顔になる。だが、すぐさま彼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「そうだな・・・頼りになる相棒ってとこか」

 

『相棒』

 

その言葉に今度はリンが虚を突かれたような顔になった。

 

「相棒・・・相棒・・・か」

 

言葉にしてみて、納得がいく。

自分の胸の中で結論が音を立てて器に収まった気がした。

 

 

「私達は・・・2人で1人」

「そうだな。お互い剣士の半人前と軍師の半人前だ・・・ちょうどいいだろ?」

「でも、2人で1人なら、その1人は誰よりも・・・大きい」

 

それは以前、ハングがリンに言った台詞だった。

 

「そうか・・・そうだったんだ」

 

リンは自分の心臓の上を叩いた。さっきまで高鳴っていた拍動が今や心地の良いリズムを刻んでいた。

 

「2人で1人・・・相棒・・・か」

 

リンはもう一度その言葉を呟いた。

自分達の関係を言い表すのにこれほど適切な言葉はないだろう。

 

「ようやく、いつもの顔になってきたな」

 

ハングがそう言った。

 

「そう?」

「ああ」

 

そして、ハングはリンに同じことを聞いた。

 

「お前は俺のこと信頼してるか?」

「当たり前じゃない」

「俺のことどう思ってる?」

「頼りになる相棒」

 

ハングはそれを聞き、弾けるような笑顔を見せた。

いつもの余裕をかます時に見せる不敵な笑顔とは違う、向日葵の花が太陽に向かう時のような笑顔だった。

リンは膝を叩いて立ち上がった。

 

「明日はちゃんと講義してね」

「ああ、今日のぶんもやってやるから覚悟しとけよ」

 

リンは少し苦い顔をしながら、部屋から出ていこうとする。そして、ドアノブに手をかけたところで彼女は立ち止まった。

 

「そういえば、さっき何を言おうとしたの?」

「さっき?」

「打ち合いの時に何か言おうとしたじゃない」

 

ハングは少し考える。

そして最初にリンに鍔迫り合いを仕掛けた時のことを思い出した。

 

『それよりもちょっと聞いておきたいことがあんだけど』

『後に・・・してくんない!』

 

「ああ、あれか。お前の注意を逸らすつもりで言ったから、特に何も考えてなかったな。なんか言おうとしてたのは確かなんだがもう覚えちゃいねぇよ」

「そう・・・」

 

リンはそれでもしばらくハングの顔を見ていた。目を細め、ハングの表情から何かを読み取ろうとしている。

 

「お前な・・・」

「ハングが普段からはぐらかしたり、わざと勘違いさせるようなことばかり言うからでしょ」

 

結局、リンはハングの顔から嘘をついている様子を見つけることができなかった。

 

「わかった。信じてあげるわ。それじゃあ、おやすみ」

「はいよ・・・おやすみ」

 

そして、リンは部屋から出ていった。

静かな安宿に足音が響く。リンが廊下を歩く音。ドアが開き、閉まる音。遠くからリンとフロリーナと思われる話し声が聞こえてきた。さすがに内容までは聞き取れない。

 

その声を聞きながらハングはベットの上に寝転がった。

 

「まったく、何やってんだ俺・・・」

 

ハングは小さな声で独り言をつぶやいた。

 

『俺がリンに惚れるなんて天地がひっくり返ってもありえねぇよ!』

 

国境の宿で宣言した自分の声がどこからか蘇ってきていた。

 

「腐ってるね。俺ってやつは」

 

ハングはそう言って寝返りをうち、目を閉じた。

 

「そういや・・・」

 

ふと、ついさっきの会話を思い出し、ハングは目を開いた。

 

「俺、何を言おうとしたんだろ?」

 

天井を見つめながらそう呟く。

今回は珍しく、ハングの言葉は額面以外に意味を持っていなかった。

普段ならリンが疑った通り、事実の一部を隠したり、はぐらかしたような言い方で嘘をつかないままにやり過ごすことが多い。

 

だが、今回はリンに何を言おうとしたのかこれっぽっちも思い出せない。

 

注意を逸らそうとしたのも事実だ。

何かを言おうとしたのも事実だ。

 

だが、やはり何を言おうとしたのかだけがぽっかりと抜け落ちていた。

 

ハングはしばらくの間思い出そうとしていたが、結局諦めた。

忘れたということはそれほど重要ではなかったということだと結論付け、ハングは再び寝返りをうった。

 

打ち合いの疲労に旅の疲れも重なっているのだ。ハングの意識は急速に遠のきはじめていた。

ハングは背中に感じる軟膏の冷たさに癒されるようにして、瞳をその瞼の下に覆い隠した。

 

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