【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
フロリーナとマシューの案内を受けながらハングは城内へと入って行った。
侯爵が変わるという一大事があったのはもう6か月も前。
城内は落ち着いており、理路整然とした動きで文官達が歩き回っていた。
「で、ヘクトルはどうなんだ?送られてきた手紙の内容だけじゃどうにも様子がわからなかったんだが」
そう尋ねるとフロリーナが真っ先に答えた。
「ヘ、ヘクトル様は・・・頑張ってます・・・」
少し頬を赤らめてそう言ったフロリーナだが、彼女は贔屓目に見ている可能性もある。
ハングはマシューへと目を向けた。
「よくやれてると思いますよ。まぁ、今までの仕事を引き継ぐだけで3か月はかかりましたが」
「そうか・・・ならこっちに仕事を任せないでほしかったな。手が足りないのはわかるが、急ぎじゃない案件を俺に送ってくるのは勘弁してほしかったよ。ただでさえ忙しかったのに」
早馬にわざわざ護衛までつけてオスティアからラウスまで書簡を届け、様々な案件の質問をしてきていた。
あのお蔭でハングの仕事量はほとんど倍だった。
「そんなにあったんですか?」
マシューが呆れ気味にそう言った。
本来なら領土内の問題を外に漏らして解決を頼むなんてことは決して良いとは言えない。相手がハングだから許されているだけで、禁忌とさえ言ってもいいだろう。
それがハングを困らせる程に重なるというのはヘクトルの怠慢とも取れる。
「まぁ・・・ヘクトルの案件だけならたいしたことはないんだが・・・ヘクトル『だけ』ならな・・・」
「ああ・・・そういうことですか・・・」
それがリンディス、エリウッドと続くとなるとその量は一気に膨れ上がった。
ハングは書簡の山を思い出し、思わず身震いした。
いくら仕事を片付けても一向に減る気配を見せない山々。
あの時の感覚は竜を目の前にしたときのものと類似していた。
あれこそが真の恐怖だ。
そんな時、廊下の反対側から見覚えのある顔が歩いてきた。
「あ、オズインさん」
「おお、これはハング殿。お久しぶりでございます」
「こちらこそ」
オズインはそのまま怖い顔をしてフロリーナへと目を向けた。
「フロリーナ、それでは報告を聞こう」
「は、はいっ!」
ラウスからオスティアまでの旅路について簡潔に話をするフロリーナはもう立派な騎士だ。
リンディスが自分のことのように彼女のことを誇らしげに自慢する手紙を思い出し、ハングは思わず苦笑してしまう。
「わかった。では後日報告書を提出するように」
「はい」
「さて、堅苦しいのはここまでにしよう。ヘクトル様が執務室でお待ちだ。逃げ出してなければ・・・ですが」
侯爵になった今もその危険性が伴うヘクトルだ。
「抜け出すんですか?」
「いえ、今までは無かったので・・・そろそろ爆発する頃合いかと」
ヘクトルの信用の無さとオズインの予想にハングは声をあげて笑った。
廊下に響く自分の笑い声を聞き、ハングはふとオスティアの廊下が妙に静かなことが気にかかった。
「そういえば・・・セーラの声が聞こえませんね」
「・・・そう・・・ですね」
なんだか曖昧な言い方をするオズイン。
ハングが隣のマシューの顔を見るとこちらも複雑そうな顔をしていた。
「実は・・・セーラは・・・オスティアにはもういません」
「はぁ!?あのセーラが!?」
「はい・・・」
てっきりハングはオスティアでこれまでの戦いの武勇伝を誇大に表現して回っているものとばかり思っていた。鼻高々にあちこちで自分のことを吹聴しているセーラを想像していたハングは意表を突かれた。
なにせ、オスティアを離れるということはセーラが最も嫌う面倒な事柄が付いて回る。食料や水の準備、寝床の確保まで、護衛の一人でもいればいいかもしれないが、セーラに付き従おうとする酔狂な奴などセインぐらいしかいない。
そのセーラがオスティアを離れるなんて珍事が起きるとはハングには思えなかった。
「どこに行ったってんだ!?方向は?理由は?」
「エトルリアに・・・行きました」
ハングは思わず自分の額を叩いた。
「・・・どうりで・・・エルクからの手紙が無いわけだ・・・」
これまでの6か月の間、書簡の山から掘り起こした仲間からの手紙。
未開封のものも、開封済みものも、全てまとめてハングの手荷物の中にある。
その中で一通も送ってこなかった友人のことを思い出し、ハングは溜息を吐いた。
「セーラの別れ際の言葉は『エトルリアで愛に生きる!』でした」
「ヘクトルは快く送り出しただろう」
「・・・ええ・・・まあ」
城の中は少し物静かになったが、それ以上に平和になった。
それが皆の共通認識だった。
「・・・あいつは・・・大変だろうな・・・」
ハングは遠い地で苦労しているであろう友人に思いを馳せた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「ちょっとエルク!いつまでこんなかび臭いところにこもってるのよ!ルイーズ様がお食事だって言ってるのよ!!」
「君ね・・・」
「御託はいいの!!はやく行くわよ!!」
「ちょっ!ちょっと!セーラ!マントを引っ張らないでくれ!」
ずるずると引きずられて書庫を連れだされたエルク。
咳き込んで立ち上がり、セーラに連れられるままに食堂に来ると、そこではルイーズが料理を運んでいた。
「早かったわねセーラ。ふふふ、本当にセーラはエルクを連れだす名人だわ」
柔らかに笑うルイーズにセーラは突然くってかかった。
「ルイーズ様!身重のお体で何してるんですか!!」
走るように食堂を横切り、手にした料理を奪い取るセーラ。
「ほら、もう座ってなきゃだめです!ミハネ!ヤーナ!ルイーズ様には絶対に仕事をさせないでって言っておいたでしょ!!」
「ごめん・・・断れなくて・・・」
「セーラでも多分断れなかったよ」
「うるさいわね!!それから、こういう場では敬語を使いなさいよ!!」
そんな話をしながらも手早く食事の準備を整えていくセーラにルイーズは相も変わらず笑いかけた。
「ふふふ、いいのよセーラ。そんなにかしこまらなくても」
「いいから、ルイーズ様は座っててください!!」
準備を行う給仕とセーラ。
彼女がここに来てからというもの、屋敷が騒々しくてしかたない。
エルクは頭痛を堪えるようにため息を吐きだし、椅子に座るルイーズへと目を向けた。
ルイーズがその身に子供を授かったのはあの戦いの直前だそうだ。
あれからもうすぐ7か月になる。
お腹のふくらみも目立つし、動きも緩慢になる。
それでも家の仕事をしようとするルイーズを止めるのがセーラの仕事と化しつつあった。
入り口で眉間の皺をもんでいたエルクの隣にパントが現れた。
「今日は一段と賑やかだね」
「あ、先生・・・これは・・・賑やかではなく、騒がしいと言うのでは?」
「これぐらいなら可愛い方さ」
「可愛い・・・ですか?」
食堂をちょこまかと動き回るセーラにエルクは頭が痛いのに。
そんな二人にルイーズとセーラが声をかける。
「パント様。お料理が冷めてしまいますわ」
「ほら、エルクもボーっと突っ立ってないで席に座りなさい!!」
パントは楽しそうな笑顔で、エルクは疲れた笑顔で4人掛けの小さなテーブルに座った。あの旅以降、リグレ公爵家はこうして小さな卓を囲むようにしているのだ。
こちらの方が楽しい、とルイーズが言い、セーラが強行したのだ。
食事をしながら、エルクはパントに来ていた手紙のことについて話し始めた。
自分も送っておきたい相手が何人もいるのだが、セーラに振り回される毎日でなかなかその時間が取れずにいた。
「先生・・・ホークアイ殿からお手紙が来てました。お子さんが生まれたら、ナバタ砂漠にまた来てくれと。娘さんも会いたがってるそうです」
「そうか、それは楽しみだ」
「カナスさんからも・・・そのうち魔道書を送ってくれるそうです」
「ああ、そうだった。エルク、こちらからも何冊か魔道の研究に関する書物を見繕ってくれるかい?」
「わかりました・・・それと・・・」
エルクはチラリとセーラの方を見て話を続ける。
食事中に露骨に仕事の話を始めると、セーラが猛烈な勢いで怒りだすのだ。
だが、この話は仕事の内容からギリギリ外れるだろうとエルクは考えて話を続ける。
「また、先生に魔道軍将の復職を願うお手紙が届いてました」
「またかい?いい加減諦めればいいものを」
魔道軍将を退役し、年金生活と魔道学者としての給金で悠々自適な生活を送っているパントに軍部はしつこく復職を願う手紙を書き続けている。
最近は金品や異国の珍味などの贈り物まで付いてくる。
「贈り物ごと手紙を送り返してはいかがです。迷惑だと思って諦めてくれるのでは?」
そう言ったエルクにセーラがテーブルの反対側から身を乗り出すようにして待ったをかけた。
「ダメよ!あんな高級品を捨てるなんて私が許さないわ!!」
「セーラ・・・あれは君の物ではないのだよ」
「うっ・・・そ、そうだけど・・・」
半ば居候のような状態のセーラであるのでそう言われると口を閉じざるおえない。
だが、そんなセーラにルイーズが微笑みかけた。
「セーラ、あなたは捨てない方がいいと思うのね?」
「はい、ルイーズ様!もったいないです!」
『もったいない』
貴族の間では貧乏くさいともとられるその言葉であったが、ルイーズはそんなセーラのことを慈愛をもった目で見ていた。
「パント様、わたくしもそう思いますわ」
ルイーズがセーラの意見に同意してしまえば、それはもう決定事項になったも同然だった。
「だそうだよ。エルク」
「・・・・はあ・・・わかりました」
エルクの気苦労は増える一方だ。
そんな時、セーラが「良いことを思いついた」といったように両手を打ち合わせた。
「そうだ!エルクが魔道軍将になっちゃえばいいのよ!」
「はぁっ!?セーラ、君は何を言ってるんだい!?」
突然の話の展開に目を丸くするエルクであったが、すぐさま隣のパントが同意した。
「なるほど、それはいい考えじゃないか」
「せ、先生まで!僕に先生の代わりなんか務まりませんよ!」
謙遜とも遠慮ともとれる言葉であるが、エルクは本気であった。
自分にはパントのような実力も思慮深さもない。
魔道軍将なんてなれるわけがないと思っていた。
そんなエルクに同意の声があがる。
「そりゃそうでしょ、エルクに代わりなんてできるわけないじゃない」
セーラにそう言われ、エルクの表情が固まる。
「え・・・」
「エルクがこんな素晴らしいパント様の代わりなんかできないって言ったのよ」
「それじゃあ、僕がそんな地位なんて無理に決まってるだろ」
そう言ったエルクの鼻先目掛け、セーラはピシリと指をつきつけた。
「でも、あんたはとにかくいい地位について、図書館の古~いところにこもれるようになった方が幸せなんでしょうが!?」
「え・・・まぁ・・・軍部の禁書の棚には興味はあるけど」
「だったら、魔道軍将になったらいいじゃない!どうせ、軍隊を率いるってなったら上の将軍たちの話を聞けばいいだけなんだから」
「あのね、セーラそうことは簡単に・・・」
『魔道軍将』の地位の重さについて聞かせようと思ったエルクであったが、その言葉は途中で遮られた。
「いい考えですわ」
「ル、ルイーズ様!?」
「エルクは研究熱心ですもの。そういう道に興味があるのでしょ?」
「そ、そうですが」
「セーラがいてくれれば、食事のときもエルクを図書館からすぐに呼んでくれますし」
「あ、あの・・・」
なんとか言い縋ろうとしたエルクであったが、ルイーズという最強の味方を手に入れたセーラはもう止まらない。
「ですよね!エルク、あなた魔道軍将になりなさい!!」
助けを求めるようにパントを見たエルクだったが、それは爽やかな笑顔に迎え撃たれた。
「よかったじゃないか、エルク」
「あ・・・・」
エルクは激しく頭痛がするこの状況を誰かに何とかしてほしいと強く願ったのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
執務室へと通されたハングは大手を広げるヘクトルに出迎えられた。
「おお、ハング!よく来たな!まあ、ゆっくりしていけよ!」
「遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「わーってるって」
執務机から立ち上がったヘクトルは今まで見慣れた鎧姿ではなく、公式の場にも出られるような整った服装をしていた。
「しかし、似合わないな」
「馬子にも衣装だろ」
「世の中には馬子にも褞袍って言葉もあるぞ」
「どてら?」
「知らんならいい」
マシューとオズインは一礼してその場を後にした。
フロリーナも去ろうとしたが、それはヘクトルが引きとめた。
「まぁ、座れよハング。フロリーナ、茶をいれてくれ」
「はい」
執務机とは離れたところにある接客用の席に座るハング。
「ああいうのは、女中とかがやるんじゃないのか?」
「俺が淹れて欲しいんだよ。ま、あいつも最近は忙しそうだからこういう機会じゃねぇとなかなかできないがな」
「のろけ話を聞くためにわざわざここまで来たわけじゃないぞ」
ハングは右手でお茶請けの菓子を一つまみ口に放り込んだ。
ハングの目の前に紅茶が運ばれてくる。漂う芳醇な香りがそれが高級品であることを告げてくる。
「ど、どうぞ」
「相変わらず緊張してるのな」
「すすす、すみません」
どこに行ってもフロリーナはフロリーナだ。
だが、そんな彼女の態度を見るのも随分と久々だった。
フロリーナはヘクトルの隣に腰かける。
肩が触れ合う程の距離で座る二人。仲睦まじい様子を喜ぶべきなのだが、半年程リンディスに会っていないハングからしてみれば目の毒であった。
ハングは紅茶を一口飲み、自分から面倒事の話を始めた。
「それで、ひと月後なんだろ・・・諸侯会議」
「ああ、それでお前に来てもらったんだ。その方がいろいろとやりやすいだろ?」
「まぁな・・・」
空席となってしまったサンタルス領。今後のラウス領の処置。そして、キアラン領のこと。
「会議の議題は事欠かないものな」
「頭がいてぇよ」
「しょうがねぇさ」
実のところ、その下準備はほとんど終わってた。
ヘクトルからハングに送られてきた案件は主にこのことだった。
だが、その諸侯会議のまとめ役をしなければならないヘクトルにとってはやはり頭痛の種なのであった。
「で、お前はリンディスに会いに行ったのか?」
「あぁ・・・いや・・・でも、諸侯会議で会えるだろ?」
そう言って苦笑いを浮かべるハングにフロリーナが怖い顔を向けていた。
そんな顔をされることはわかっていたが、ハングにもハングの事情があった。
「ったく・・・強情張りやがって・・・帰りにキアランに寄って諸侯会議に合わせてこっちに来てもよかっただろうに」
「お前がそれを言うか?俺に手伝って欲しい仕事が山をなしてるお前が」
「まぁな・・・」
「キアランには政務を行える文官、武官は揃ってる。でもオスティアは古い貴族の弊害が残ってるんだ。こっちの仕事が一番多いのは知ってる」
「・・・頭が下がるよ」
「ほう、頭を下げることを覚えたのか。んじゃ、次は逆立ちだな」
「てめっ!!」
そんなヘクトルを笑い飛ばし、ハングはお茶を口に運んだ。
素直な味のお茶だ。
ハングは割りと好きな味だった。
「そういや・・・葬儀はまだしないのか?」
「ああ、兄上の葬儀か・・・」
ハング達が戦っていたその時に、病魔にむしばまれていたウーゼル。
彼は執務の中でその命を落としていた。
その葬儀が行われたという話はハングは聞いていなかった。
「それよりも・・・やらなきゃいけねぇことが多くてな・・・それを俺がきちんとこなす前じゃ、兄上も安心して眠れねぇだろ」
「・・・そっか・・・」
「だから、このリキアが安定してから。ゆっくりと兄上を弔ってやるつもりさ」
ハングはそのことに関してはそれ以上深く聞くことはしなかった。
ハングもそれでいいと思ったし、ヘクトルが納得しているのなら口に出すこともなかった。
そんな時、フロリーナが口を挟んだ。
「あの、ハングさん・・・その・・・あの・・・」
「どうした?」
「あの・・・その・・・ですね・・・」
「あー、まだるっこしい!俺が頼んでやるから言ってみろ」
ヘクトルがそう言うと、フロリーナがヘクトルに耳打ちをする。
男が苦手だったフロリーナがよくもここまで気を許すもんだ。
色恋ってのは本当に人を変えてしまうのだなぁ。
そんなことを思ったハングの目の前でヘクトルが目を見開いていた。
「おめ・・・本気か?」
「うん・・・」
ヘクトルは頭をかきながら、ハングの方を向いた。
「・・・なあ、ハング。お前に頼みがあるんだそうだ」
ヘクトルの神妙な態度にハングも襟を正す。
「えらく気が早い話だが、生まれてくる俺たちの子供の名づけ親になってくれねえか?」
ハングはゆっくりと手元のお茶を口に運んだ。
そして、盛大にむせた。
「ごほっ、ごほっ!はぁ!?」
「いや、だから子供の名づけ親にな」
ハングは慌ててフロリーナの腹部に目をやった。
「ち、ちげぇ!今後の話だ!まだ何もしてねぇよ!!」
「はぅ・・・・・・・・」
二人揃って真っ赤になるヘクトルとフロリーナにハングは胸をなでおろした。
「そうか・・・ならいいが・・・名付け親?俺がか?」
「ぜ、ぜひ・・・わ、私とヘクトルさまのこと・・・全部、ハングさんのおかげですから・・・」
「俺、なんかしたか?」
「はい・・・リンの・・・こととか・・・」
「ああ・・・あれか・・・」
懐かしのバトンの港。
【魔の島】から帰ってきた直後にフロリーナがリンディスにヘクトルのことを告白し、リンディスがヘクトルを殺しかけるという事件。
あれを収めたのは確かにハングだった。
「・・・まぁ、あれは・・・娘を嫁に出すことに納得できない父親をいさめるようなもんだったが・・・」
ハングとヘクトルはあの時のことを思い出し、しみじみと頷いた。
「本当に殺されかけたもんな・・・」
「俺は残った右腕を切り落とされかけた・・・」
思い出としては早く忘れたい部類のものである。
「で・・・話を戻して、名付け親か・・・お前らは希望とかないのか?」
「男なら、兄上の名をもらってウーゼルにする。俺が戦い方を教えてやって、強い男に育てるぞ。将来はエリウッドの子とどっちが強いか勝負だな」
早くも名付け親としての意味が半分減ったハングだった。
「でも、女の子だったら?」
「エリウッドの息子にはぜってぇぇえ嫁にやらん!!」
「なんでそうなる・・・」
意気込みの仕方がよくわからない。
それでもヘクトルの眼が本気だったので、ハングはフロリーナに話を振った。
「あ、あの・・・じゃあ、ハングさん・・・もし女の子だったら・・・・・・名づけ親になってください・・・」
「・・・今、付けていいのか?」
「案があるのか?」
「二人の顔見てたら・・・なんとなくな」
ハングは手で紙とペンを要求した。
ヘクトルがすぐに差し出すと、ハングはそこに名前を書き連ねた。
「ぱっと、出てきたのはこれぐらいか・・・俺のおすすめは・・・これかな」
ヘクトルとフロリーナはその名前を見て、お互いに顔を見合わせた。
「・・・いいと思います」
「響きが気に入った」
「そうか、それはよかった」
ハングが書いた名前。
【Lilina】
「・・・リリーナ・・・良い名前じゃねぇか」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハングはヘクトルと共に城壁の上にきていた。
そこからは夕飯前の買い物にざわめく城下町が一望できた。
「さすがに腹減ってきたな・・・」
「今日の飯は期待してろよ」
「そうするさ」
ハングはここ半年ですっかり癖になってしまったパイプを取り出した。
「そういや・・・お前、いろんな奴から手紙もらったんだったな」
「ああ、皆からな。これが人望の差ってやつだ」
「お前の方が送りやすかったんだろ」
ハングはラウスを統治していたとはいえ、名目上はただの客将。確かに『侯爵』となったヘクトルよりは送りやすい。
「ああ、そうそう。お前を恨んでたあいつからも来てたぞ」
「レイヴァンか?」
「ああ、ヴぁっくんだ」
「ヴぁ・・・え?」
「ははは・・・和解したんだってな」
「ああ、侯爵家の再建も申し立てたんだがな。丁重に断られたよ」
「今はルセアと一緒に傭兵として稼いで回ってるそうだ」
「聖職者が傭兵稼業って・・・いいのか?」
「従軍神父ってやつだろ。戦場で死ぬ傭兵を弔う神父さん」
「へぇ・・・」
手紙の最後には『資金を稼いだらどこかで孤児院でも開こうと思う』と書かれていた。
ルセアらしいといえばルセアらしい。
そうなれば、レイヴァンは資金繰りの為に傭兵を続けるのか、それとも保父になるのか。
「あの傭兵には・・・ちょうどいいだろうな」
レイヴァンが優しい保父という姿はいまひとつ想像できなかったが、あれでいてレベッカやウィルなんかの良い兄貴分になっていた。どちらにせよ、復讐を乗り越えたレイヴァンならなんとかやっていくだろう。
「ヘクトル・・・これは、お前の軍師として言うんだけどな」
「・・・なんだ?」
「今回できた知人とは連絡を絶やすな・・・特に、国外の連中とはな」
「・・・ああ」
「気が進まないか?公私混同だと思うか?」
「いや、きれいごとだけじゃ渡っていけねぇことぐらい、俺にもわかってる。そして、それが必要な時が必ずくることもな」
それは、アトス様が遺した言葉だ。
「俺はあのアルマーズを握った。あの戦いの化身みたいな武器は元通り封印したが・・・俺の中でも、確かにその鼓動を感じる。戦を・・・待ちこがれてるのがわかる。じっくり、時を待ってるのがな・・・」
「戦は起きる。いずれ、途方もない戦がな・・・」
「凶星は・・・ベルン・・・」
「お前も見ただろ・・・あの国には火種がわんさか眠ってる」
「その時が来たら、頼むぜ。俺や、俺の子たちを導いてくれ」
ヘクトルの言葉にハングは笑って、紫煙を吐き出した。
「その役目は俺の子供に託すさ」
「あ、そっか・・・それで、お前の方は二世のご予定は?」
「その言葉そっくりそのまま返してやる。だいたい、ずっと会ってなくて二世もへったくれもないだろ」
「いやぁ・・・お前のことだから、もう産まれる間近とか・・・」
「ないっての」
「リンディスと会ったら。『驚かせたかった』とか言いだりしたり」
「あり得ない。正式に挙式してねぇ相手に手を出せるかっての・・・まぁ、サカの文化圏の結婚の風習は知らねぇけどさ・・・」
そんな話をしながら日が暮れていく。
どこからか、濃厚なスープの香りが漂ってきていた。