【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
リンの家の中でハングとリンは食事をとっていた。夕食は羊肉の燻製とミルクで作ったシチューだ。
リンは向かい合って食事をしながら、ハングの手の動きを常に追いかけてしまっていた。さっき触れた彼の左腕の感触がどうしても忘れられなかった。
今、ハングは羊肉の燻製を噛み千切っている。使っていたのは右手だった。
「ハング・・・」
「んあ?」
「腕・・・大丈夫なの?」
リンは探りを入れるようにそう聞いた。それに対してハングは特に気にした様子もなく答える。
「そんなら、お前のほうは大丈夫なのか?特に手当てしてないみたいだが」
そう言ってハングはリンが山賊に切り付けられた傷を指さす。
「私のはかすり傷だから大丈夫。あとでなにか巻いとくわ」
「そうか、ならいい・・・しかし、このミルクうまいな」
「あ、でしょ!これは・・・じゃなくて!ハング!あなたの話よ!」
ハングが小さくため息をついた。彼は悪戯がばれた子供のような顔をしは笑っていた。
それから、彼は少し視線を落として呟くように言った。
「まぁ・・・命の恩人だしな・・・」
そうやって俯く姿は、なんだかとても頼りなく見えた。
その姿はさっきまで快活に指示を飛ばしていた人と同一人物とは思えない。
「わかった・・・食後にちゃんと話すよ・・・」
「約束よ」
「了解・・・」
ハングはそう言ってまた燻製に噛み付いた
食事が終わり、一息ついた後。ハングがおもむろにマントとシャツを脱ぎだした。露わになった彼の左腕は肩から指まで隙間なく布が巻かれていた。ハングは何も言わずにその布をほどいていった。
自分の腕を見つめるハングの瞳がリンにはとても空虚に見えていた。
そして、布が全て床に落ち、彼の左腕が剥き出しになる。
「・・・・・・・・」
リンの全身に鳥肌が立っていた。
彼の左肩から先。そこには・・・
「占い師が言うには・・・竜の腕・・・らしい・・・」
そこには緑の鱗に覆われた腕があった。
肩口から指先に至るまで薄い鱗がびっしりと敷き詰められている。五本ある指の先には黒ずんだ鋭い爪が備わっていた。
『竜の腕』とハングは言ったが、リンからしてみればこれは『悪魔の腕』のように見えていた。それほどまでに一目で異形とわかる腕だった。
「これは・・・どうして・・・」
「生まれつきこうでな・・・圧倒的な力と異常なまでの強度・・・生半可な武器じゃ傷一つつかない・・・だから斧ぐらい受け止めても大丈夫だ・・・」
「触っても・・・いい?」
「構わないぜ」
左腕がリンに向かって伸びる。
一瞬、リンの体が動いた。
リンは反射的にそれを避けるように体が退いていた。それを見てハングは差し出した左腕を止めた。
その時のハングはとても酷い傷を負ったかのような、痛みを無理にこらえているような顔をしていた。
「ち、違う!そうじゃ・・・なくて・・・」
リンは弁明する言葉を探そうとした。だが、口からは続きが出てこない。
それもそのはずだ。彼女の態度は彼女の内心と何も違わなかったのだ。
リンは怖がっていた。鳥肌がおさまらないのがいい証拠だった。
「いや、いいんだ・・・それが自然だ・・・そういう態度が普通なんだ・・・」
引っ込みそうになるハングの左腕。
ダメだ。
リンはそれを直感的に感じていた。
今ここでハングの手を下げさせたら、彼の心にまた一つ傷を作ることになる。
リンは即座に決意し、行動に移した。リンは素早くその左腕を掴んで、引き寄せていた。
ハングはリンの行動に一瞬驚いたように目を見開き、すぐに優しい目に変わった。
「無理すんなよ」
「無理・・・させて・・・」
ハングの腕の感触を手の中に置きながら、リンはそう言った。
リンのその態度にハングは肩から力を抜いていく。
「ありがとな」
リンは小さく首を横に振った。
リンが握ったハングの手は堅くて角ばってはいたが、しっかりとした人の温かさを持っていた。
それがわかっただけでリンには十分だった。
これは『悪魔の腕』でも『竜の腕』でもない。私を救ってくれた『ハングの腕』だと思いながらリンはその鱗のついた左腕をしばらくの間握りしめていた。
しばらくして、ハングが口を開いた。
「もう、いいか・・・」
左腕が引き抜かれていく。指をすり抜けるようなハングの動きにリンはその人となりの優しさを見て取った。
『体も心も傷つけないように』というぎこちない気遣いがリンには嬉しかった。ハングは再び布を巻いていく。リンは布に隠れていくその左腕を黙って見つめていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
夢は見ない。
目をつぶった先で現れるのは真っ暗な闇だった。
どんな形になっても、どんな姿になっても、闇は闇。
だが、今日はそれが少しだけ居心地がよくなった気がした。
それが良いことなのか、悪いことなのかは俺にはわからなかった
「おはよう!ハング!」
ハングが瞼を上げると昨日と同じようにリンが立っていた。
「ん・・・あ・・・う~」
「やーね、ねぼけてるの?」
「朝は弱くないはずなんだがな・・・」
「昨日の戦いでつかれた?」
「かもな」
「朝ごはんはパンとバターでいい?」
「ああ」
ハングはそう言って起き上がる。リンの家に泊めてもらって二度目の目覚めであった。
リンは素早く朝食の準備を整えていた。さすがに遊牧民であるサカの民は手際が良かった。
ハングとリンは向かい合って朝食を済ませる。
濃厚なバターの味わいは羊乳から作るこの地方特有のもの。ハングは知識でのみ知っていた事実を自分の五感で確認する感動を噛みしめていた。
そうやって朝食一つで感動に浸っていたハングだったが、一つ気になっていたことがあった。
リンの表情である。
ハングが自分の左腕を見せたことのある人間は多くない。
そのほとんどが妙によそよそしくなるか、まるで気にしないように表面を取り繕うかのどちらかであった。
本当に心の底から『どうでもいい』と思ってくれている人などはごく少数である。
リンはそのどれに当てはまるのか、ハングにはまだわからなかった。
「ね、ハング。ちょっと話があるんだけど。」
「ん?」
リンの表情に何か言い知れぬ決意のようなものを読み取って、ハングは背筋を伸ばした。
「ハングは、軍師の修行でエレブ大陸中を旅してるのよね?」
「まぁ・・・そうだが・・・」
それがハングの目的の全てというわけではないが、そこに嘘は無い。
「・・・私も、いっしょに行っちゃだめかな?」
「・・・・・・・・は?」
ハングの口から間抜けな声が出ていた。
驚いた。心底驚いていた。軍師を志す者としてはあるまじきことだが正直な話、頭の中が真っ白になった。
それぐらいハングにとっては想定外の選択肢だった。
ハングはそんな自分の中の動揺を取り繕うために質問で時間を稼ごうとした。
「・・・家族はいいのか?」
だが、帰ってきた答えは決してハングを救ってはくれなかった。
「父も母も・・・半年前に死んだわ」
「・・・・・・・」
ハングは口を噤んだ。
「私の部族・・・ロルカ族は本当は、もう存在しない。山賊団に襲われ・・・かなりの数が死んでしまって・・・部族はバラバラになっちゃった。私は・・・父さんが族長だったこの部族を守りたかったけど・・・こんな子供・・・しかも女に・・・誰もついてこなかった・・・」
リンが僅かに鼻をすする。静かな草原ではその音がやけに大きく聞こえた。
「えへへ・・・ゴメンずっと一人だったから・・・うーん、ダメだもう泣かないって決めたのに・・・」
リンは目を閉じた。泣くまいという決意を守るためにその瞼の内側に涙を閉じ込めているのだろう。
ハングにはそこになにが浮かぶのかわかるような気がした。
それと同時に彼女の強さの理由や、こんな異形の左腕に手を伸ばした心や、あまつさえ共に行きたいなどと言い出すその気持ちもハングにはわかってしまった。
そのどれもが、ハングには眩しすぎるものだった。
しばらくして、ハングの方からリンに声をかけた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。大丈夫、落ち着いた」
瞼の下から現れた瞳には涙の欠片も乗ってはいなかった。昨日戦闘の時に垣間見せた暗闇も、先程覗かせた痛みも今はない。そこにあるのは真っすぐに目標を見定める澄んだ瞳だった。
「ハング、私、父さんたちの仇を討つためにも強くなりたいの!」
その瞳には強い力が満ちていた。無法者に対する憎悪を隠し、道を決して外さんとする誠実さが同居している。だから彼女の瞳は綺麗なのだろう。
それは、ハングが持てなかった瞳だった。
ハングは心の中でぼやく。
『あ~あ・・・こんな話振るんじゃなかった。こんな話聞かされたらどうしようもねぇじゃねぇか・・・』
リンは言葉を続ける。
「昨日、ハングといっしょに戦ってわかった。一人でここにいても強くなんてなれない・・・だからねハング、私といっしょに修行しない?」
リンの語った強くなるための目的。
それは、ハングをを決心させるには十分すぎる理由だった。
「わかったよ」
「いいの!?」
リンは大きく目を見開き、こちらに身を乗り出してきた。
「ありがとう!!すごく、うれしい!!ぜったい一人より二人のほうが心強いって思ってたの。あなたは一人前の軍師!私は一人前の剣士!!がんばろう!ね?」
「ああ・・・よろしくな」
ハングが右手を差し出す。
「うん!」
強く握り返してきたその手からは昨日のような震えは伝わってこなかった。
なあ・・・リン・・・知ってるか?
お前のその強さってのは・・・本当は・・・すごく・・・
脆いものなんだよ・・・