【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~湯気に紛れて(前編)~

アラフェンより南の地。山岳地帯の狭間にネコハという町がある。

産物は岩塩のみ、街道からは外れ、地の利も無く、アラフェン領の地図の中で忘れられたようにある町だ。だが、実はそこはなかなかに賑わいがあった。

 

そこは、地下から湯が湧き出るという。世にも珍しい土地であった。

ここの湯は万病に効くと言われ、各国の貴族や権力者が集う。

そして、長い距離を歩き続ける旅人たちの良き宿町でもあった。

 

夕暮れが近づいているにもかかわらずにハングたちがアラフェンを後にしたのは、ここで一泊したいという要望が多かったからだった。

 

「ふぅ~」

 

ハングは右腕の包帯を緩めながら、宿の前の長椅子に腰掛けて一息ついていた。空にはもう星が瞬いていた。夜風が体を冷やしてくるが、この土地は土が暖かく、さほど寒さは感じなかった。

ここは一般の旅人も泊まれる安宿が集まる通りだ。目の前にある酒場からは景気良く明かりが灯り、随分と賑わっている。

 

ハングは大きく伸びをする。強張っていた身体の節々がうめき声をあげた。ここしばらく強行軍を続けていたために疲れが溜まっていた。

ハングは長椅子に寝転がって夜空を見上げた。

 

ハングの頭に去来するのは昼間の戦闘のことだった。

 

色々な失敗を思い出し、反省点と改善策をまとめていく。

その中でハングの心に深く残っていたのが、あの白黒の世界だった。

 

リンに迫る短刀が今も脳裏にこびりついていた。

 

「結局、俺は何も守れないままか・・・」

 

ハングの声は深く響く。それは普段よりも一段と感情が抜け落ちたように聞こえた。

 

「エミリ・・・」

 

ハングはその名を呟いた。

 

その名を呟くと、懐かしい笑い声が耳の奥へと聞こえてくるようだった。

だが、聞き慣れたはずなのに、もうこの声が本物と似ているかどうかもわからなくなってしまっていた。

忘れたことなどなかった。なのに、もう霞んでしまっている。

 

時間とは残酷なのかもしれないとハングは思った。

 

あれから随分遠くまで来たとも思うし、まだ離れてすらいない気もする。

あの時から何かを手にしたのかもしれないし、何かを手放してきたかもしれない。

 

だが、未だ『あいつら』の情報がつかめないうちは、『進んだ』とは言えそうもなかった。

 

「ハング?」

「ん?」

 

首を上に向ければこちらを覗き込む逆さまのリンがいた。

 

「よう」

「ここにいたんだ」

 

ハングは長椅子から起き上がり、腰掛ける。

 

「隣、いい?」

「ああ」

 

ハングの隣に腰掛けたリン。遠くで虫の鳴き声がした。

 

「ハング・・・」

「ん?」

 

リンは何かを言いかけたが「やっぱりいい」と言ってやめてしまった。

リンが躊躇う理由を察したハングは自嘲するような苦笑いを浮かべた。

 

「さっきの独り言、聞いてたのか?」

 

リンの顔が気まずそうに歪んだ。

 

「お前は、本当に顔に出るな」

 

ハングはそう言ってケラケラと笑う。

 

「そっか、聞かれたか」

「ごめんなさい。立ち聞きする気は無かったの」

「わかってるよ」

 

酒場の方からの賑わいがハング達の沈黙をかき消していく。ふと風が吹き、木の葉が一枚落ちて来た。ハングはそれを捕まえて、手の中で弄んだ。

 

「あの、ハング・・・」

「今日の俺はダメだったな、本当に。お前に説教できる立場じゃねぇや」

 

ハングはリンの話を逸らすかのように自分から口を開いた。幸い、今日のハングには話題は事欠かなかった。

 

「軍師としても、やっぱり未熟だよな・・・ケントが戻ってきたときに俺イラついてたろ?あれはまずかった。周りを不安にさせちまったしな」

「『上に立つものはいつもどっしり構えて負の感情を表に出すな』って言ってたよね」

「ああ」

 

上に立つものが揺れればそれに兵士の不安が反応する。

逆に司令官が自信満々なら、どんなに無謀と思える作戦でも戦えるというものだ。

軍師という軍全体の命運を握る者にとって表情というものは最重要な事柄である。

 

「それにその後もだ。敵の陽動に嵌ってお前を危険に晒した。ラスが助けてくれなかったら、本当にお前を失うとこだった」

「でも、ハングが助けてくれたじゃない」

「そいつは結果論だ。あれは・・・俺があらかじめ注意してれば防げた危険だった。ついでに、最後の戦闘でも不用意に飛び込んで自分の仲間達を危険にさらしている。本当にいいとこなしの一日だったよ」

 

ハングはその結果、右腕の数か所に金属片が刺さり、背中に擦り傷を多数負うことになった。セーラに一通り応急処置はしてもらったが、ひりつくような痛みがまだ残っていた。

 

「まぁ、ラスとマシューっつう戦力も得られたしな。結果からみれば上々かもしれん。そんでも2点ってとこかな」

「そういえば、私は5点だったわね」

「ああ、そうだったな。俺より上だ」

 

戦闘が始まる前のやり取りを思い出し、2人は小さく笑いあった。

 

「ねぇ、どうしてあれは5点だったの?」

「ああ、あれか?お前はあいつらの目的をはき違えてたからだ」

「目的?あの兵士達はアラフェン城を落とすつもりじゃなかったの?」

 

ハングは手に持っていた木の葉に息を吹きかけて吹き飛ばす。

もみくちゃにされた葉っぱは風に乗らずに、すぐ近くの地面に落ちた。

 

「奴らが城を本気で占拠する気だったと思うか?あの程度の兵数じゃ、城を維持はできない。それに、ラングレンがアラフェン城を欲する理由がそもそもない」

「じゃあ、どうして、彼らは城を襲ったの?町中で私達だけに標的を絞ったら良かったんじゃない?」

「一つはさっきも言ったが、陽動だろう。俺たちの視線を城に向けさせ、確実にお前の首を刈り取るつもりだったんだ。そして、もしそれが失敗したとしても大きな特典がある。見せしめだ」

「見せしめ?」

「リンに協力するものには容赦しない。そういったラングレンからのメッセージさ」

 

アラフェン侯爵は今回の事件の黒幕を知っていた。城を襲った兵士の鎧には特徴もなく、旗印すら持たない相手だったにも関わらずラングレンの手の者達であることをアラフェン侯爵は確信していた。

それは、やはり内々にラングレンから話が回っていたと考えるのが自然だ。

 

「そういう意味でも俺はミスをしたわけだ。アラフェン侯爵はラングレンにビビって力を貸してくれなかった」

 

リンは「なるほど」と言って頷く。

ハングは今の講義を噛み締めて自分の血肉にしようとしているリンの横顔を見て、開きかけた口を噤んだ。

 

ハングはアラフェン侯爵が兵を貸してくれなかった理由がそれだけではないと踏んでいた。だが、それは口に出すことはしない。リンが知る必要は無いことだった。

 

その時、突如轟音が響き渡った。

 

「な、なにっ!」

 

咄嗟に腰の剣に手を伸ばすリン。

ハングは静かにその手を制した。

 

地が揺れるような激しい音がしていた。周囲を見渡せば、遠くで夜の闇に紛れて水柱が上がっていた。遠目には滝のように見えるかもしれないが、あれが地面から吹き上がっていることをハングは知っていた。

 

「あれ、なに?」

「『竜の寝息』とか呼ばれてるやつだ」

 

ハングは地中から湯が定期的に湧き上がるこの現象の言い伝えと真実について、しばらくリンに教えた。

 

「へ~そんなことがあるの?」

「この地方独特の地形でな、珍しいから近くで見るのに金をとってるらしい」

「へ~・・・」

 

そんな話をしているうちに夜風の冷たさが少し増したようだった。

ハングの隣でリンが小さくくしゃみをした。

 

「冷えてきたか?」

「うん、少し」

「そろそろ戻るか?」

 

リンが小さく頷いた。

ハングは先に立ち上がり、リンに手を伸ばす。

 

「ほれ。お手をどうそ、リンディス様」

「ふふ、ありがと」

 

ハングの腕を取って立ったリン。

ハングは「こういうことにも慣れておけよお姫様」と言って、先に宿の中に入ろうとする。

そんなハングの背中を見て、リンは意を決して声をかけた。

 

「ハング・・・」

「ん?」

 

ハングは後ろを振り返った。そして、反応してしまったことを半ば後悔する。

ハングはリンの表情を見て、話題を逸らしきれなかったことを悟っていた。

最後の最後に隙を作ったのはハングのミスであった。

 

本当に今日は失敗してばっかりだ。

 

ハングは心の中でぼやく。

そんなハングにリンが尋ねた。

 

「『エミリ』って、誰?」

 

そう聞いたリンは幽霊の真偽でも確かめようとしているかのような顔をしていて、ハングの苦笑を誘う。

この話題を深く掘り下げたくないハングは手短に答えることにした。

 

「妹だよ・・・死んだけどな・・・」

 

そう言ったハングはリンに背を向け、続けて小さな声で何かを呟いた。

それは、再び吹き上がった『竜の寝息』の音に紛れ、誰にも聞き取れはしなかった。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

リンとハングはそのまま部屋に戻らずに直接湯の方へと向かった。

リンは先程の話題を続けることはせず、すぐに話を湯の効能の方へと変えた。

ハングはその気遣いに乗り、自分の知りうる知識をリンに教えていた。

 

「まぁ、だから病気の元がここの湯の中で生きられないんだと。それで万病に効くとされてるが、逆にこの地特有の病みたいなものもあるらしい」

「へぇ、そうなんだ?」

「まぁ、ほとんど気にしなくていい程度の確率だけどな」

 

ハング達は旅の間は川や泉などで行水をしたり、桶に水を汲んで体を拭くことはするが、広い空間に湯を張ってつかるなどすることは無い。貴族の館や大きな城などにはこういった物が常備されてるらしいが、少なくともハングやリンには無縁だった。

 

たどり着いた湯の入り口は男女別だ。暖簾の向こうは脱衣所へ続いていた。

 

「それじゃあね」

「ああ」

「・・・のぞかないでよ?」

「馬鹿言うな。セインじゃあるまいし」

 

セインという名前にほぼ反射的に笑ったリンとハングはその場で別れた。

脱衣所の中には『ご自由に』と書かれた手ぬぐいがあり、ハングはそれを手に取る。

服を脱いで籠に入れ、ハングは左腕に巻いた包帯を眺める。

 

湯に浸かるなら外した方が良いのだが、やはりこれを周囲に見せることに抵抗があった。

結局ハングはその包帯の結び目を確認して、そのまま湯の方へと出ていった。

 

脱衣所から一歩外に出て、ハングは目を丸くしていた。

 

そこには湯気がもうもうと立ち上る巨大な湯舟が広がっていた。地面に穴を掘って、石を敷き詰めた場所に大量の湯が溜まっている。そこはハングが思っていた以上に大きく、湯気で湯舟の反対側が霞んでいる。

 

「はぁ〜・・・」

 

ハングは感嘆のため息を漏らした。

 

これでこの辺りでは安い宿なのだから恐れ入る。

 

湯船の周囲は高い板壁に囲われて中が覗かれないようになっていた。

ハングは左隣の板壁の向こうからも湯気が昇っているのを見て、向こうが女湯だとあたりをつけた。

案の定、すぐに隣からリンとフロリーナが驚く声が聞こえてきた。

 

「すごーい!なにこれ!!こんなにお湯が張ってあるのなんて初めて見た!!」

「小さな湖みたい・・・」

 

2人のはしゃぐ声がする。ハングはわずかに赤面した。

ハングとて男だ。2人の声から、壁向こうにいる女性2人の姿を想像してしまうぐらいには人並みの想像力を持ち合わせていた。

 

「おーい、リン。こっちに声届いてるぞ」

「えっ!?あっ、そっか、男湯が隣なのか・・・あぶないあぶない・・・」

 

このまま2人を放置していたら何の話していたのかは興味あったが、ハングはそれ以上は考えまいとした。

ハングは自分の煩悩を流すつもりで、桶で湯をすくい体の垢を落とした。

心身ともに清めた心持ちになり、ハングは湯へと体を沈めた。

 

肩まで身体を湯に沈めると、長旅で凝り固まった筋肉が湯の中で解れていくのがよくわかる。

 

「くあぁ~こいつは効くな~」

 

今日の戦いでついた傷に湯がしみこんで痛みがあったが、それを我慢すれば最高に気持ちがよかった。

 

「ハング~そっちはどう?」

「最高だよ~ここまで良いものとは思わなかった・・・セインやウィルの意見を聞いてて正解とはな」

「ほんとね~」

 

壁向こうから聞こえてくるリンの声は呆けたように間延びしていた。

彼女も湯に浸かって旅の疲れをいやしているのだろうとハングは思う。

 

フロリーナの声は一切聞こえてこなくなったが、それも恥ずかしがり屋の彼女なら仕方なしであろうとも思った。

 

「・・・・はぁ・・・・」

 

自然と漏れたハングのため息。それは、湯から湧き上がる湯気の中に紛れて消えていく。

 

白濁した湯の中に浸かりながら、ハングは自分が溶けていくような錯覚を覚えていた。

 

このまま、ずっとここにいれば自分の抱えるなにもかもが流れ出していってしまうような気がした。その感覚はどこか不安でもあり、どこか懐かしいような気持にハングをさせていた。

 

「・・・永住したくなる人が多いってのも・・・頷けるかもな・・・」

「そうね。でも、私はそれはいいかな・・・草原の中に寝転ぶ方が好き」

「お前は本当に根っからのサカの民だな」

「当然よ」

 

どこか誇らしげなリンの声を聴きながら、ハングは自分の故郷にも思いを馳せる。

 

家族4人で過ごした森の中にある小さな村。

 

ぬるま湯の中に浸りながら、ハングは自分の頬が緩んでいくのを自覚していた。

それは決して悪い気分ではなかった。

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