【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~湯気に紛れて(後編)~

ハングは肩まで湯に沈めて、呆けた顔で夜空を見上げていた。

 

「おや、ハングさん」

「マシュー。いたのか?」

「ええ、さっきからずっと」

 

湯の中を泳ぐように近づいてくるマシュー。ハングがここに来てからこの湯船に入ってきた人をハングは見ていない。

ということは、ハングが入る前からマシューはいたことになる。

 

「いやー、ハングさんもそうやって雑談とかする人なんですね」

「どういう意味だ」

「いえいえ、深い意味はありませんよ」

 

マシューは機敏な仕草でハングの隣の場所に居座る。

湯は濁りがあるために体を隠す必要はないが、ハングは警戒心を込めて少しマシューから離れた。

 

「マシュー、今持っている短刀は後でしっかり手入れしとけよ。こういう場所の湯は金属を錆び易くするらしいからな」

「ハハハハ、やだなぁ。短刀なんて持ってませんよ」

「盗賊ともあろう人間がやけに無用心だな」

「俺だって気を休めたくなる時もあるんですよ」

 

ハングは湯を手のひらですくい上げる。湯舟一杯に満たした温泉は白く濁って見えるが、手元にすくってみるとそれほど湯に色はついていない。

 

「ただ一つの嘘なら見通すのは意外と簡単だ。問題は、真実の中に少量の嘘を混ぜた場合。どこを探せばいいのかまるでわからなくなる」

 

マシューは何も言わなかった。

 

「こいつは俺の独り言でお前に向けられた言葉でもなければ、別の誰かに伝えたいことでも無い」

「や~長い話になりそうですね。俺、あがろうかな~」

「まっとうな盗賊がわざわざどちらかの軍に入ろうとするとは考えにくい。本来なら戦いが起きたのを見計らって火事場泥棒でもするのが関の山だ。もちろん、別に目的が無ければの話だが・・・」

 

マシューは気のなさそうに湯の中で沈んだり浮いたりして波を起こしていた。

 

「ついでに言えば、剣を逆手に持つ構えの訓練を受けてる奴は少ない。アーマーキラーなんつう難しい剣でそれをこなせる奴は更に限られる」

 

波が高くなり、ハングの顎の近くまで湯がやってきていた。

 

「あとは、言葉遣い。あまりにも訛りが無さ過ぎる。盗賊にしては礼儀も知り過ぎだ」

 

マシューは浮き沈みの周期を変え、今度は波を打ち消しにかかった。

 

「で、決め手はあのお喋りシスター。あいつの事情を鑑みれば自ずと答えは出る」

「うーん、やっぱりそこなんだよな~なぁ、ハングさん。今からでもあのシスター追い出せません?」

「俺が聞きたいことはただ一つ。お前や・・・後ろにいる誰かさんは俺たちに見返り無しで手をかしてくれる。それで、間違いないな?」

「いやいや!それは困りますって。俺は雇われものですよ。仕事したら金をもらわないと」

 

ハングはマシューを斜目に見る。

その鋭過ぎる目元にもマシューは何も応えた様子は見せなかった。

 

「お前に対する報酬。それだけでいいんだな?」

「他に何かくれるなら貰っときますよ。最近は『力のしずく』とかの値が上がってますしね」

 

ハングは湯の中で人差し指を突き出し、マシューの脇腹にあてた。

それでもマシューの表情は変わらない。

 

「信頼していいんだな?」

「ええ、もちろん」

 

ハングは軽く脇腹を殴った。

 

「いってぇ!暴力はんたーい!」

「うるせぇ、そんなに強く殴ってねぇだろ」

 

その時、脱衣所に続く扉が開く。

 

「おほ~すげぇ!」

「確かにな」

 

セインとケントだった。なぜか、セインの鼻が腫れており。誰かに拳骨で殴られた跡があった。

 

「それじゃあ、俺はあがりますかね」

「勝手にしろ」

 

湯からあがったマシューはハングに手を振る。マシューはその掌の中に小さなナイフを隠し持っていた。

それをハングにわざわざ見せて磨く仕草をする。

 

「食えない奴だ・・・」

 

ハングはそう呟いて再び肩の力を抜いたのだった。

 

「うわー!!なにこれ!すっごーーい!!」

 

女湯の方からセーラの声が響く。

また、姦しくなりそうだと察したハングは湯舟から上がろうかと思案する。

 

「ウィル、セイン・・・覗こうとか考えるんじゃねぇぞ」

 

ハングがそう言うと、ウィルが乾いた笑い声をあげた。

 

「そんなことしないよ。ねぇ、ケントさん」

「もちろんですとも!私は誇りある騎士ですよ、そんなことをするわけが」

 

そんな時、隣からリンの小さな悲鳴があがった。

 

「ちょっ!セーラ、どこ触ってるの!!」

「えぇーいいじゃない。ちょっと見せなさいよ減るもんじゃないんだし」

「そういう問題じゃないでしょ!!」

 

ハングはその時、ウィルとセインの目に好奇心が光るのを見逃さなかった

 

「ハング、お前はもうあがらないのか?」

「・・・もう少し浸かっていく」

 

ウィルが女湯の方をちらちらと見ていた。

 

「では、ハングさん。蒸し風呂にいきません?あそこの小屋がそうなんですよ!」

「へぇ・・・蒸し風呂か・・・面白そうだな」

「でしょ!さぁさぁ!!」

 

ハングは二人を豚を見るような目で眺める。

そんな視線など全く意に介さずに二人は男湯の中で使えそうなものを目で探し回っていた。

 

「・・・・・・」

 

ハングはひとまず湯舟からあがった。

蒸し風呂の方へ向かう様子を見せる。

 

その背後ですぐさまウィルとセインは行動を開始していた。

 

「ちょっ・・・セーラさん!やめてください!」

「あら、フロリーナも意外と・・・」

「セーラ、いい加減にしなさいって!!」

 

すぐさま板壁に張り付き、わずかな隙魔を探して右往左往する。

 

「セインさん!これ、この桶使えますよ!!」

「おう。でかしたぞウィル。ならば上から・・・」

 

その背後に忍び寄る影。

 

「お前ら・・・さっさと・・・風呂入れ!!」

 

ハングはセインに足払いを仕掛け、その頭蓋を鷲掴みにした。後頭部から石畳の地面に叩きつけて昏倒させる。

 

「は、ハング!お前、蒸し風呂行ったんじゃ・・・」

「お前らがいると、俺の精神衛生上良くねぇんだよ!!」

 

ただでさえ、これから厳しい戦いが増えてくるというのに余計な心労を増やされてなるものか。

ハングは動揺するウィルの顎をかすめるように拳を振った。

 

「がっ、なっ・・・ぬぁあ!!」

 

頭を揺さぶられ、ウィルの膝が砕ける。

ウィルは女湯を仕切る板壁に激突し、そのまま大の字に横たわった。

 

「ったく・・・」

 

2人がしばらくは回復しないであろうことを確認するハング。

女湯からリンの声が降ってきた。

 

「ハング、そっちからすごい音がしたけど。大丈夫?」

「ああ、ウィルとセインが滑って転んだだけだ」

 

ハングはため息と共にそう吐き捨てる。

 

「それよか、セーラ!時と場所をわきまえろ。声こっちに筒抜けだぞ」

「あら?知ってるわよ」

「・・・お前な」

 

後で説教でもしてやろうかと思案するハングだった。

 

ハングは自分の心労を癒すかのように蒸し風呂の方へ改めて足を向けた。

蒸し風呂は板張りの質素な小屋であった。そこに長椅子が数台設置され、床下から湯気がもうもうと上がっている。

 

「はぁ・・・」

 

蒸し風呂の中の熱量が湯気と共に体内に入っていく感覚。ハングの身体にはすぐに玉の汗が浮かんでくる。それは自分の中の不純物を絞り出しているかのよう。

ハングは蒸し風呂に入ったのは初めてであったが、かなり気に入った。

 

しばらくすると、ケントも蒸し風呂の中に入ってきた。

 

「よう、ケント」

「ハング殿・・・」

「ここは風呂場だ、裸の付き合いといこうぜ。敬称は省略しろよ」

 

そう言って、笑みを浮かべるハング。

ケントは一度息を吐き出し、蒸気を多分に含んだ空気を吸い込んだ。

 

「わかりました。ハング」

 

ハングは唇の端で笑う。堅物一辺倒と思われがちなケントであるが、こういったところの柔軟性は持ち合わせていた。

 

「セインとウィルはまだいたか?」

「女湯の方を覗こうとしてましたので、成敗しておきました」

「またやってんのか、あいつらは・・・」

 

ケントはハングと同じ長椅子に座る。

2人は無言で蒸し風呂の熱量を浴び続けていた。

蒸気の満ちる蒸し風呂は呼吸がしずらく、考える機能が次第に麻痺していく。ここしばらく、頭を全力で使い続けていたハングはここぞとばかりに思考を停止していた。

ハングは緩み切った顔を見せ、小屋の天井を仰ぎ見ていた。

 

そんなハングに対して、ケントの方は逆に何かを思案する顔をしていた。

しばらくして、ケントが口を開いた。

 

「ハング、少し聞きたいことがある」

「ああ、聞かれるんじゃないかと俺も思ってた。思ったより口を開くのに時間がかかったがな」

 

ハングは緩んだ顔のままそう答えた。

 

「ハング、どうしてアラフェンで兵を借りるのが嫌だったんだ?」

 

ハングは右手の爪で頬をひっかく。

アラフェンで偽造通行書を作ってもらう命令を受けたのは他ならぬケントであり、その命令を発したのはハングだ。

ハングはそのうちケントに聞かれるんじゃないかと思ってはいたのだ。

そして、それこそがケントをアラフェン侯爵への使いに選んだ最大の理由でもあった。

 

「ケント。お前、口は固いか?」

「相棒よりは・・・」

「なら十分だ」

 

セインはああ見えて約束は守る男であると、ハングは評価していた。時に調子に乗ることはあるし、信用ならない瞬間もあるが、大事な場面でその根底が揺らぐことはない。

そのセインより信頼してくれというのなら大丈夫だろう。

ハングはケントの言葉を信じ、語りだした。

 

「俺はな・・・できればアラフェン侯爵とリンを会わせたくなかった。そして、それ以上にあまり力を借りたくなかったんだよ」

「なぜ?」

「理由は・・・あんま言いたくねぇな」

「言いづらいことなら、無理には聞かないが・・・」

「そういうんじゃねぇんだよ。あんまりにも・・・その・・・くだらない・・・かな?」

「くだらない?どういう意味だ?」

 

ハングは前かがみになり、大きく深呼吸をした。

息を吐くと胸の奥底からハングの中の冷たい空気が流れ出してくる。

 

「なあ、ケント。どうしてアラフェン侯爵がサカの民を毛嫌いしているか、考えたことあるか?」

 

首を横に振るケント。

 

「それは、アラフェン侯爵が兵を貸す約束を覆したことにも関係があるんだが・・・時系列を追って話すか・・・」

 

ハングはそう自問し、改めてアラフェンに関する話を始めた。

 

「まず、リンの母親であるマデリン様の駆け落ち騒ぎにまで遡る。その当時、マデリン様には求婚する侯爵が大勢いたってのは確かセインが言ってたな」

「ええ、私もそのような話は何度か耳にしました」

 

ケントの口調が戻りつつあるのも気になったが、今は話を切りたくなかったので話を続ける。

 

「その中の一人がアラフェン侯爵だったらしい。なんでも地位とか領地とかそんなん関係なく、純粋に懸想してたそうだ。で、その中で起きたサカの青年との駆け落ちだ。サカの民が嫌いになる原因だよ」

「それは・・・」

「まぁ、早い話が嫉妬だよ。で、昔愛した女性の娘が頼ってきた。そりゃ、二つ返事で兵を貸すことは了承するだろうさ」

 

ハングの首筋から汗がしたたり落ちる。そろそろ一度外に出ようかとも思いながら話を続ける。

 

「そんで、俺は二つの可能性を考えていた。まず、本当に兵を貸してもらえた場合。そこにはアラフェン侯爵の裏が確実に存在する。『ラングレンを倒せたのは自分が力を貸したおかげ』だとかなんとか言い張って、次期侯爵となりうるリンに恩を売ろうって魂胆だったろうさ。なにせ、リンはマデリン様の娘だ。リンにマデリン様を重ねて結婚を迫ることもありうる。つまり、俺が嫌だったのは『アラフェンの兵がリンの命を救う』ってことだ」

 

現に今回の戦いでアラフェン領の傭兵であるラスがリンの命を救っている。

ラスはそのことを些細なこととしかとらえてなかったようだが、状況が異なればハングとしては面白くない状況になっていただろう。

 

「それこそ、リンがマデリン様の生き写しとかだったら間違いなく大量の兵を貸し付けてきてただろうな」

 

ケントの眉が寄る、なかなかに凄い顔になっていた。

おそらくセインはこの顔を毎日のように眺めているんだろう、などとハングは思った。

 

「まぁ、そん時はアラフェン兵には背後の警戒とか見張りとかを押し付けるつもりだったけどさ。向こうの思惑になんか乗る気はない。それでも兵を借りたって事実がなくなるわけじゃないから、多少の恩義は覚悟してたが」

「そういうことは先に言っていただければ」

「お前は相手によって顔を取り繕うことはできるけど、露骨に態度が悪くなる。交渉時にそれはまずいだろ?」

「ん、んむ・・・」

「お、自覚があったか?」

「自覚というか・・・信頼しない相手に態度が固くなるとは何度か言われました」

「誰に?」

「リンディス様に・・・」

 

へぇ、あいつ・・・

 

後でなんか奢ってやるかと、ハングは心の中で呟く。

 

「そんで、もう一つの可能性ってのが実際に起きたことさ。リンがサカの血を色濃く受け継いでたから、アラフェン侯爵はマデリン様よりも駆け落ちした相手、愛する人を奪ったサカの青年を思い出したんだろう。で、あの結果さ」

 

ケントは溜息を吐いた。

それが侯爵に対するものなのか、リンに対するものなのか、ケント自身に対するものなのか、ハングには分からなかった。もしかしたら、ハングに対してのものかもしれないと思ったが、深くは聞くことはしなかった。

 

「つまり、どっちに転んでもいいことがない。とりあえず、最低限の協力だけで済ましてさっさと抜けようと考えてたってわけだよ」

「ハング殿・・・ああ、失礼。ハングはいったいいつからそれを考えていたんだ?」

「さあな、いつからだと思う?」

 

ハングはそう言って長椅子から立ち上がった。

 

「全く、恐ろしい人だ」

「褒め言葉として受け取っとくよ。それよりも、今の話は他言無用だ。時には知らない方がいい真実ってのもある」

「わかりました」

 

ハングは額から流れ落ちる汗をぬぐいながら、外へと出た。夜の風が火照った身体に心地よかった。

そこではなぜかセインとウィルが正座させられていた。二人を怖い目で睨むドルカスが妙に印象的だった。

 

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