【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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7章~旅の姉弟 ① ~

『許さない・・・あいつらを・・決して許さない・・・』

 

それは全ての色を混ぜた絵の具のように混沌としたどす黒い感情。

 

怒りと呼ぶには深過ぎる。

悲しみと呼ぶには苛烈を極める。

苦しみと呼ぶには少し冷たい。

 

『憎悪』

 

そのような一言で片付けられないのはよくわかっている。

 

だからといって他になんと言えばいい?

 

心という海に激しく渦巻くようなこの感情を、全ての想いを暗い海底に引きずり込むこの想いを、常に轟音を以て問いかけてくるこの記憶を、どうやって、表現すればいい?

 

それを可能にする言葉を残念ながら持ち合わせてはいない。

 

誰の話かって?

 

少なくともリンのことではない・・・

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

アラフェン領を抜けてカートレー領へと足を踏み入れた一行。この領地を抜ければ次はいよいよキアラン領へと入ることになる。

急いでもまだ十日はかかる位置。祖父の身が危ないとの話を聞き、リンは日に日に焦りを見せるようになっていた。

 

「ハング、少し行軍を速められない?」

 

豆を挟んだパンを食べているハングの背中にリンがそう声をかけたのは、まだ日も登らない朝早い時分であった。

ラスとマシューが参加したことで、全員で11人、馬4頭、ペガサス1頭という大所帯になっている『リンディス傭兵団』。

泊まる宿も自然と大きなものになり、ハングが今いる食堂もかなり広いものであった。

食堂の中にはハング達以外にもまばらに人が座っていた。

 

「リン、それは無理だ」

 

ハングは振り返ってそう言った。

 

「これでも予定以上の速度で進んでる。これ以上急ぐなら危険な近道を通らざるおえない」

「・・・近道があるの?」

 

ハングはリンの顔を見上げた。

不安と焦りで今にも泣き出してしまいそうな顔だった。それでも、必死になって希望を探そうとしているのがハングからは手に取るようにわかった。

 

「山間部で見通しが悪く、馬の行軍速度を生かせない隘路だ・・・それでもいいか?」

 

リンは咄嗟に「それでもいい!」と言いかける。

 

「リン」

 

だがそれは、ハングの静かな声に遮られた

リンは出かかった言葉を飲み込んだ。ハングの目が酷く冷たいものになっている。

まるで、育ちの悪い家畜でも見るような目。リンは身体が瞬時に強張るのを感じた。

 

ハングは感情が張り詰めたかのような声音で続ける。

 

「口に出したら・・・答えと受け取るぞ」

 

ハングの鋭い視線がリンを射抜く。その目にリンの浮足立った考えもまた冷たくなっていく。

リンは唇を噛んで俯いた。

 

「ダメね・・・待ち伏せでもされたら・・・」

「そうだ。わかってくれて助かるよ」

 

ハングの声が弛緩していった。

それはハングが毎夜の講義で何度も繰り返し説明してきた戦術の一つだ。

隘路を通る相手への奇襲の有効性はリンも頭の中に叩き込まれている。

それでもなお、進むという答えを出していたなら、ハングは間違いなく雷を落とすことになっていた。

 

「リン、焦る気持ちはわかるが、無茶をしても仕方ないぞ」

 

ハングはリンを宥めようとする。だが、返ってきた答えは固いものだった。

 

「わかってるわ」

「リン・・・」

「わかってる・・・」

「・・・だと、いいんだけどな」

 

ハングはパンの最後の一欠片を口に放り込み、席を立って食堂を後にした。

食堂の出入り口で後ろを振り返ると、リンがハングが座っていた椅子に沈み込むように座ったところであった。

 

「わかってるかね・・・ほんと」

 

ハングはそのまま宿の玄関へと向かい、外に出た。

 

ここは市壁の無い宿町だ。目の前には山々が姿を見せた朝日に照らされて、神々しい姿を見せてくれている。左手に視線を移せば遠くに川が見え、光が反射して煌きを放っていた。もし、ハングがエリミーヌ教の信者であれば、この美しい光景に恭しく祈りを捧げた場面であろう。

 

だが、彼はそういった宗教とは無縁の人だった。

ハングは朝の幻想的な風景を堪能しに外に出てきたわけではなかった。

ハングは周囲を見渡し、一人の仲間の名前を呼んだ。

 

「マシュー」

 

どこからも返事は無い。

 

「マシュー・・・いないのか?」

「ここッスよ!」

 

その声はなぜか後ろから聞こえた。

ハングが振り返るとなぜかマシューは宿の中から出てくるところだった。

 

「お前な・・・もっと密偵っぽく登場できないのか?こう、突然跪いて現れて『ここに・・・』とか」

「だから、俺は密偵じゃないですって」

 

ため息をついたハングは早速本題へと入った。

 

「で、どうだった?」

 

ハングのその問いにマシューは肩をすくめた。

 

「キアラン国境まで行ってきましたが、やっぱりハングさんの言うような噂はありませんよ。ハングさんの読み違えってことはありませんか?」

「それは無いだろう。ここまでやって、これだけとは考えにくい」

「俺もそう思います」

 

だったら最初から質問するな。

 

ハングはマシューを睨みつけた。やはり、マシューはどこ吹く風だ。

 

「まぁ、いい・・・しかしなぁ・・・」

 

ハングは少し考え込む。

 

ハングが悩んでいるのは行軍速度だった。

ハングがリンに言った通り、ここに至るまでの道のりはハングの予想以上に順調であった。この町に到着したのも予定より2日程早い。

 

問題はまさにそこであった。

 

「やっぱり、問題はリンだな・・・」

 

ハングが頭の内部で思考を回転させている。

その最中、不意にその思考回路が断ち切られた。それは怒鳴り声だった。

 

「ん?なんでしょう?」

 

マシューが振り返る。怒鳴り声は宿の中から聞こえてきていた。

 

「・・・さぁな」

 

普通の喧嘩であればハングは無視したであろう。だが、その怒鳴り声から並々ならぬ気迫をハングは感じ取った。必死に何かを追い払おうとしている迫力。言葉の端々には明確な拒絶の意図が含まれていた。

 

ハングとマシューは顔を見合わせる。

 

ハングとしてはこの騒ぎが傭兵団の誰かであった場合はあまり喜ばしい事態ではない。ハングは状況を確認するためにも再び宿に戻って行った。

 

玄関から入った場所は少し広いロビーのような造りになっている。そこで、この宿の主人が淡い緑色の髪をした少年を怒鳴りつけていた。

それは、親見習いの小僧を叱っているような生易しいものではなかった。

 

「早く出ていけ!揉め事はゴメンだっ!」

 

そう言って、少年を太い腕で突き飛ばす主人。少年は尻もちをつきながらも、拳を握り、必死に何かを訴えようとしていた。

 

「おじさん、どうして?昨日は・・・あんなに・・・」

 

ロビーには怒鳴り声を聞きつけた人が、あちこちから人が集まってきていた。その中には『リンディス傭兵団』の面々も混じっていた。

 

「子供二人の旅芸人だからと思って親切にしてやったが・・・あんな奴らに追われてるなんざろくなことをしてないはずだ!とっとと出ていけ!この疫病神がっ!」

 

倒れた少年に向けて振り上げられる足。ハングはそこに加減というものが欠片もないのを瞬時に悟った。

大人の蹴りがあの華奢な体格の子供にとってどれだけの威力があるのかなど想像に難くない。

 

「おいっ!!」

 

咄嗟にハングの体は動いていた。そして、彼が少年の前に立ちふさがるのと、その腹にブーツの先がめり込むのはほぼ同時だった。

 

「ぐふっ!」

「ハングさん!!」

 

マシューの驚いたような声を聴いたところで、ハングの膝が崩れた。

そして、蹴りを放った店主はというと、突然割り込んできたハングに困惑したような表情を浮かべていた。

 

「な、なんなんだあんた」

「目の、ま、前で、子供が、蹴られるとこを、見たくない、だけだ」

 

ハングはなんとかカッコいいこと言ったつもりだが、息が絶え絶えなのでしまらない。

だが、痛みを耐えるハングの姿は周囲の人達の空気を変えた。自然と非難の視線が店主に集まる。その状況を目の端で確認したハングは痛みに耐えながらほくそ笑む。店主とて、ここまで周囲に客がいる中で暴力を振るうことはできない。店主はきまりの悪い顔をしながら、最後に少年に向かって怒鳴った。

 

「と、とにかく!さっさと出ていけ!」

 

店の主人はそう言い残して、奥の部屋へと消えていく。

 

「はぁ・・・」

 

ハングはなんとかこの場を収めたことに安堵のため息を漏らした。

 

「ハングさん!」

 

真っ先に寄ってきたマシュー。

 

そういう優しさが盗賊とはかけ離れてんだよ。

 

と、思ったハングだが、今も息は絶え絶えであり、言葉にはできなかった。

 

「ハング、大丈夫なの?」

 

リンもまたすぐにハングの隣に膝をついた。他にもハングの周りには心配した仲間達が集まってきている。

ハングは鳩尾を蹴り飛ばされて呼吸が一時的にとまっただけで大事には至っていない。だが、それを説明する前に、ハングにはやることがあった。ハングはマシューを押しのけて怒鳴りつけられた少年と目を合わせた。

 

「大丈夫だったか?」

 

ハングはかすれ気味の声になりながらそう言った。

 

その少年はハングとマシューの間で視線を行き来させ、その隣のリンと腰に帯びている剣を見た。少年はそれから自分達を見下ろしている傭兵団の顔触れを見る。そして、少年の視線が再びハングの元へ戻ってきた時、ハングはその目の中に小さな決意が宿っているのを見定めた。

 

「あ、あの・・・ありがとうございます」

「なに・・・子供がぶちのめされるのを、見ないふりができなかっただけだ」

 

ハングはそう言うが、強がりであるのは誰の目から見ても明らかだった。

少年は続ける。

 

「あ、あの・・・お兄さんたちもしかして、傭兵団かなにか?」

 

ハングはその質問を聞き、内心でこの少年を見る目を変えた。

 

ハングの周囲にいる人達は寝起きで武装は最小限だ。それでも、セーラなどの例外を除き、戦いを専門とする空気を帯びている者がいる。この少年はそれを敏感に感じ取ったのだ。

 

なかなか聡明な子供のようだとハングはこの少年を評価した。

 

「・・・だと・・・したら?」

「力を貸して欲しいんだ!」

 

少年と目が合う。ハングはそこに必死の願いを感じ取った。

 

「ハング殿、子供とはいえ気をお許しになりませんよう」

 

食堂の入り口あたりからケントが水を刺してくる。

ハングは息苦しさを緩めようと、肺に大きく息を入れながら喋った。

 

「わかってるよ・・・なぁ、リン?」

「え、ええ・・・」

 

まだ息の整わないハングに変わり、リンが少年に向けて口を開いた。

 

「・・・悪いけど、私たち急いでるの。他を当たってもらえる?」

 

リンの声は非常に硬い。

 

本当はそんなこと言いたくないのだろうと、ハングは思った。リンの性根が真っすぐであることをハングは疑ったことはない。子供に助けを求められ、リンは応えたいに決まっている。

だが、状況はそれを許さない。リンの祖父が病という噂を聞いた今、時間は有限なものに変わってしまっていた。

ハングが見たリンの横顔は努めて感情を殺しているかのようだった。そして、それは迷いがあることの証明でもある。

 

「今すぐじゃないとだめなんだよ!」

 

床についた少年の手は強く握り締められたままだ。

叫ぶように、訴えるように、少年は続ける。

 

「ニニアンが・・・ぼくの姉さんが、あいつらに連れていかれてしまうっ!!」

「お、お姉さんっ!君のお姉さんが誰かに捕まってるのか?」

 

セインがいち早く一部の単語に反応した。

状況が状況だったので誰も表情を変えなかったが、ケントだけは眉間に皺を寄せた。

だが、ハングはリンの顔色が変わるのも見逃しはしなかった。

 

「セイン!」

 

怒りを露わにするケントだったが、少年は脈ありと見たのかセインに詰め寄った。

 

「うん!すごく悪いやつらなんだ。ニニアンを連れていかれたら・・・ぼく・・・どうしたらいいか・・・」

 

セインは大げさに顔を真面目にして、リンとハングを振り返る。

 

「リンディス様!ハング殿!人助けですっ!!」

 

やかましい、馬鹿野郎

 

と、言おうとしたがハングが口を開く前にケントの怒鳴り声が飛ぶ。

 

「セインッ!我らは急ぎの旅なのだぞ!!」

「待って、ケント」

 

それをリンが遮った。

 

「ケント、ごめんなさい・・・でも、私・・・この子を助けてあげたいわ」

「リンディス様!」

「・・・私も・・・おじい様のことは心配・・・」

 

リンの声は少し沈んでいた。バカなことを言っている自覚があるのだろう。

 

「だけど!子供から家族を奪うような奴らを許してはおけない・・・!」

 

それがリンの単純な正義感や慈善の心から来るものであるとはハングは思えなかった。

ある種の敵討ち、もしくは憂さ晴らし、八つ当たりとも言えるかもしれない。

リンはおそらく少年と自分を重ねているのだろうとハングは思った。

 

『家族を理不尽に奪われた少年』

 

ハングにはリンが救いの手を伸ばしたくなる気持ちは理解できた。

もちろん、納得できるかと言われればその限りではなかったが。

 

人としては正しくても、傭兵団の上に立つ者としてどうか、という話だった。

 

「・・・わかりました」

 

ケントが硬い声で返事をした。

それに、リンが申し訳なさそうな顔をする。

 

「ケント・・・ごめんなさい」

 

ケントは静かに息を吐き出して表情を緩めた。

 

「謝らないでください。私は、あなたの臣下です。リンディス様はお心のまま動かればいい。その決断がどんなものでも私はついて行きます」

 

さすが騎士だな。

 

ハングはその姿勢に賞賛の意を込めて拍手を送ってやりたいと思った。

騎士はそれでいい。

君主の心に従い、正と義の道を踏み外さない限り剣と盾として共にある。

 

だが、『軍師』はそういうわけにはいかないものだ。

 

そして、そんな中でリンは集まっていた皆に声をかけた。

 

「それじゃあ、みんな。戦闘準備をお願い!」

 

その一言で傭兵団の面々が散って行く。

馬を使うものは外へ、武器を準備するものは部屋へ。

セインは一際気合を入れて外に飛び出していった。

急に慌ただしくなったロビーにはハングとリン、少年が残された。

 

「ありがとう!よろしくお願いします、リンディス様!」

 

少年はリンのことを『リンディス様』と呼んだ。ケントがリンのことをそう呼んでいたからだろう。少年にしてはやはり洞察力が高い子だとハングは思った。

 

だが、今はそんなことよりも大事なことがあった。

 

「リンディス様・・・相手はすごく強いやつらだから気をつけてね」

「大丈夫、まかせておいて。ね、ハング」

 

リンはハングの顔を覗き込む。

 

そして、後悔した。

 

そこには面を被ったように凍りついたハングの満面の笑みがあった。

温和な顔のはずなのに、リンの顔が引きつったように強張る。

いやな汗が流れ落ちるのを止められない。

 

「あ、あの・・・ハング?」

「あとでな・・・」

 

リンの背筋に戦闘に対する恐怖とは全く別の種の恐怖が駆け抜けた。

確実に激昂してるであろうハングの表情はすぐに消え、いつものものに変わった。

ハングはようやく整ってきた息を吐き出し、少年に声をかけた。

 

「そういや、少年。まだ、名前聞いてなかったな」

「ぼくは・・・ニルス。吟遊詩人だよ」

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