【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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7章~旅の姉弟 ②~

「よし、全員そろった・・・なかなか素早くなってきたな」

 

ハングは宿の前に集まった皆の前で一人ほくそ笑んだ。

準備を始めてから、完了までの時間は短ければ短い程良い。『リンディス傭兵団』を預かる軍師として、ハングは全員に素早い行動を日頃から心がけるように指導してきた。

その成果がキアラン領に入る前に実感できたことにハングは満足だった。

 

そんな時だった。

 

「あ、あの・・・」

 

不意に一人の女性が声をかけてきた。

金髪の長い髪と女性にしては少し低い声、そしてスッと通った目鼻立ち。

まさに美人を絵に描いたような人だ。

 

だが、ハングにはなぜか違和感があった。

その理由がわからぬままに真っ先に対応したのはセインだった。

 

「おお、どうかされましたか美しい方!私でよければ・・・ああ!ダメだ!今はダメなんです!ですが、今の案件を片付けたらその後に・・・うわぁぁ!」

 

やかましかったので、ハングが投げ飛ばした。

その隣でセーラもボヤく。

 

「フン、私程じゃないけど・・・そこそこ美人ね」

 

あのセーラをここまで言わしめる程の美形。

セインを背中から地面に叩きつけたハングは改めてその人を見る。だが、まだ違和感の正体がわからなかった。リンも同じように感じているのか、首を捻っている。

そんな中でフロリーナがさりげなくリンの後ろに隠れた。

 

「どうしたの、フロリーナ?」

「え、えと・・・私、緊張して・・・」

 

フロリーナの反応に疑問符を浮かべるリン。

 

「す、すみません。驚かせるつもりでは・・・」

 

控えめにそう言った彼女。

そして、リンがふと呟いた。

 

「僧服・・・?」

 

その一言でハングは自分の抱えていた違和感の正体に気が付いた。

この人はエミリーヌ教の僧服を着ていた。『尼服』じゃなく、『僧服』を着ている。

 

つまるところ・・・

 

「神父さまですか?」

「はい」

 

男性である。

一同に一瞬、沈黙が流れた。

そして、セーラが叫ぶ。

 

「ええええええ!男の人!うっそ!私より美人なのに!」

 

あ、認めた。

 

ハングは心の中でそう呟いた。

そして、地面から這い上がろうとしていたセインが崩れ落ちる音がした。

 

「う、嘘だ・・・そんなことって・・・」

 

セイン程ではないが、全員がかなり大きな衝撃を受けていた。あのラスでさえ驚愕で目を見開いているほどだ。

おそらく、フロリーナは彼が男性であることを敏感に感じ取っていたのだろう。

 

驚愕の最中にあるハング達を前にしてその男性は慌てて手を横に振った。

 

「あ、いえ違います・・・まだ修行中の身ですから神父ではありません。エリミーヌ教の修道士、ルセアと申します」

「で、その修道士が俺たちになんか用か?」

 

ハングがそう言うと、ルセアはもうしわけなさそうに目を伏せた。

 

「その少年と宿の主人のやりとりは見ていました・・・助けてあげることもできず、申し訳ありません」

 

ルセアが小さく頭を下げた相手はニルスだった。

謝罪を受けたニルスは困ったような苦笑いを浮かべていた。

 

「いいんだ・・・別に、慣れてるから・・・」

 

ハングはそのニルスの返事に目を細めた。

宿の主人は『子供二人の旅芸人』と言っていた。そんな生き方をしていながら、怒鳴られて追い出されるような日々に『慣れている』とはどういうことだ?

ハングはニルスの赤い瞳を見やる。

この歳で姉を攫われ、何者かに追われる『何か』をこの子供は抱えているということだ。ハングは内心で舌打ちをする。

 

これは思った以上に厄介な案件かもしれない。

 

そう思案するハングの隣で話が進んでいく。

 

「・・・わたしも、手伝わせていただけませんか?少しでもその子の力になりたいんです」

 

ルセアはそう言って力強く胸元の聖印を握りしめていた。

エリミーヌ教の根本は『隣人愛』

見ず知らずの人でも、少しでも関わったのなら愛を持って接しなさいという教えだ。

 

このルセアという人は『修道士』の名に恥じない敬虐な信徒であるようだった。

 

「私も光魔法でなら戦う力があります。どうか、お願いします」

 

頭を下げるルセアにリンが応えた。

 

「もちろんよ。こっちからもお願いするわ」

「あ、ありがとうございます。あなたに聖女エミリーヌのご加護を」

 

その直後だった。リンを押しのけるようにしてセーラが前に飛び出してきた。

 

「あ、あの!わたし、セーラっていいます」

「はい、セーラさんですね」

「ああ、『セーラさん』だって・・・声も素敵・・・瞳もキレイ・・・」

 

うっとりとした表情でルセアを見るセーラ。完全にルセアしか見えていないようだった。

ハングは視界の隅でエルクが無視を決め込んだのを確認したので、マシューを呼ぶ。

 

「あれ、頼む」

「ええ!マジですか!?」

「マジだ、軍師命令、さっさと行け」

 

しぶしぶ、セーラの排除というか、ルセアの保護に向かったマシューだった。

 

「おい、ルセアさんが困ってんだろ」

「え、やっぱり困ってくれたんですか!?わたしが可愛いから!」

「ほら、お前は今回はルセアさんとは別の部隊だ。こっち来い」

「ええー!なんでよ!って、ちょっと!離しなさいよマシュー!」

「いいから来いってば!!」

「は~な~せ~~!!」

 

マシューはセーラを力技で引き剥がしにかかっていた。

盗賊としてそれでいいのか、とも思うハングであった。だが、盗賊らしく騙したところで結果の面倒さは変わらない気がした。

 

「なるほど、ああすればいいんですね」

 

ハングの隣でエルクが感心したように頷いていた。

 

「エルク、お前の腕力じゃ逆にセーラに引っ張り回されるぞ」

「う・・・それは・・・確かに・・・」

 

エルクのマントの下から覗く腕は女性と見間違うほどに細い。

魔道士としては普通ではあるが、その腕で暴れるセーラを引きづるのは難しいだろう。

自分の腕を見てため息を吐くエルクの肩をウィルが叩いた。

 

「それならエルクさん、今度一緒に訓練しません?筋力向上を目指して」

「誘いはうれしいけれど遠慮しておくよウィル」

「えー・・・じゃあハングは?」

「俺もパス。リンとの剣の稽古だけで腹一杯なんだよ」

 

これから戦闘だというのにやけにのんびりしているリンディス傭兵団。

 

その光景を見ていたニルス。

姉が攫われ、今にも追ってが現れるかもしれない今の状況。だが、不思議とニルスには焦りが湧いてこなかった。

 

この人たちなら大丈夫な気がする。

 

ニルスはなぜかそう思えたのだ。

 

だから、突如として自分の直感が危機を感じ取った時もニルスは冷静でいられたのだ。

 

「皆さん!!来ます!!」

 

直後、突如彼らから少し離れた場所に黒衣の男が現れたのだった。

 

濃厚な殺気、隠しもしない悪意。

目深に被ったフードの下からしゃがれた声がこぼれ出てきた。

 

「くくく、見つけたぞ」

 

目線は見えない。だが、彼の標的が誰であるのかは明白であった。

 

「さあ、おとなしくこちらに戻ってもらおう」

「いやだっ!ニニアンを返せ!!」

 

ニルスは誰かの影に隠れることなどせず、真っ向からその男に向かってそう叫んだ。

武器を持っていたら今にも駆け出しそうな勢いだ。

 

ハング達はそんなニルスを守るように武器を構える。

 

「・・・命さえ残っていれば、多少傷ついても問題なかろう・・・他の奴はいらぬ・・・行くぞ」

「構えろ!」

 

ハングの叫びに皆が殺気をみなぎらせた。

 

「足掻いたところで無駄だ!」

 

開かれた魔道書。ハングは直感する。闇魔法だ。

ハングたちの足元にすぐさま不気味な魔法陣が浮かび上がった。

 

「この世はネルガル様の掌の上なのだ」

「・・・・・・・え?」

 

『ネルガル』

 

その名前が鼓膜を貫いて脳裏まで刻まれる。ハングの奥底に眠る記憶が一気に吹き上がった。

ハングは自分の中で一際強い拍動が生じるのを感じた。加速する心臓の鼓動を聞きながら、ハングは呆然と呟いた。

 

「ネル・・・ガル・・・だと?」

 

ハングの見ている世界が暗転していく。

 

それは闇魔法のせいではない。

 

ハングは全身の血が沸騰を始めるのがわかった。自分の筋肉が否応なく怒張していく。目の前の景色が消えて、過去の幻影が横切った。ハングが自分の体を理性的に動かせたのはそこまでだった。

ハングは自分の左腕を地面に叩きつけた。

突如、リンディス傭兵団の間から爆音が生じた。土煙があがり、強い風が吹く。そして、人々の間を放たれた矢のようにハングが駆け抜ける。

 

人間の出せる速度をはるかに超える跳躍。『竜の腕』と称される左腕で地面を掴み、己の身体を投げ飛ばす荒業。

その急激な加速を目で追える人はいない。

 

過去にリンを山賊の斧から救ったのもこの技だった。

 

ハングが飛んだ先はその男の目の前。

ハングは男の目の前に滑り込み、相手が反応するよりも速くその左腕で黒衣の男の首を握りしめた。

 

「なっ!」

「ネルガル・・・って、言ったか?」

 

黒衣の男は混乱の最中にいた。

 

突如として目の前に現れた誰かに首を締めあげられている。その現実を受け入れるだけでも精一杯であった。

首を締めあげてくる腕は万力のように固い。魔道士の細腕では抵抗する術はない。

首を掴んだ『竜の腕』はギリギリと締め上げる力を増していく。気道がふさがり、血管が潰れ、黒衣の男の身体はすぐに酸素が不足しはじめた。全身の血流が悲鳴をあげていた。目の奥から圧力が加わり、眼球が飛び出しそうになる。

圧倒的な死の恐怖が黒衣の男を包んでいた。

 

「ぐっ・・・あ・・・あ・・・あぁ」

 

男の体が浮き上がる。首を掴む左腕一本で男の身体が持ち上げられていた。

黒衣の男は辛うじて自分を持ち上げる男を捉えることができた。

 

「ぁがっ・・・ぐっ・・・・」

 

そこにいるのはハングだ。だが、そこにはいつものハングはいない。

薄く黒い髪は逆立つように膨らみ、明るい茶色の瞳は燃えたぎる炎の中のトパーズのように揺れている、造形美の整っていた顔は今や仄暗い影を落としていた。

 

「今・・・ネルガルっつたよな・・・」

 

地の底から湧き上がってきたような、低く、冷たい声だった。

 

「奴は・・・どこにいる・・・」

「ぐぅ!ぐうううぅ!」

 

首の骨が軋む音がする。黒衣の男の口から泡がこぼれはじめる。

 

「どこにいるかって聞いてんだよっ!!」

「うぅ・・・う・・・うう」

 

必死に首の腕を外そうとする黒衣の男。

だが、その腕はまるで鋼鉄の首枷のように全く外れる気配は無かった。

 

「答えろよ・・・答えろよっ!!」

 

ゴキリと、音がした。

首を構成する骨がずれ、そして砕けた音だ。

抵抗していた腕が重力に従って下がる、黒衣の男の全身の筋肉がわずかに痙攣を始めていた。

 

男はもう死んでいた。

 

ハングは大きく舌打ちをした。

 

「役立たずが・・・」

 

そう言って、ハングは死体を地面に叩きつける。その衝撃で男の首が曲がる。力なく投げ出された四肢はまだわずかに痙攣を繰り返している。

 

「・・・・・・・・」

 

 

誰も声をかけない。否、かけられない。

傭兵団の誰しも、リンでさえ、彼に声をかけられなかった。

 

言葉がみつからないわけでもなく、彼に恐れをなしていたというわけでもない。

 

彼らは突如としてわからなくなったのだ。

 

目の前の青年、ハングが一体誰なのか?

 

快活に笑い、冗談を飛ばし、力強い声で不安を蹴飛ばしてくれる、いつもの頼りになる軍師はそこにはいなかった。そこにいるのは、全身に黒い影を背負い、触れるものを全て傷つけるような研ぎ過ぎた妖刀を思わせる殺気を纏った男だ。

 

彼らは何も知らない。その無知が今は限りなく恐い。

 

地図も無く暗い森を歩くような不安と砂嵐の中で方角を見失ったかのような恐怖がそこにはあった。

漠然とした不安が足を踏み出すことを躊躇わせる。彼らは踏み込んではいけない領域に来てしまった感覚を味わっていた。

 

だが、その沈黙はそう長くは続かなかった。

 

「リン・・・」

 

リンの体が一気に強張る。ハングは背を向けながら空を仰ぎ見た。

 

「こっから先はお前が指揮をとれ、奥に二つの橋がある。騎馬部隊を東の橋、歩兵部隊を西の橋に向かわせろ。そこからは丘を一つずつ占領して敵が兵を伏せられる場所を一つずつ潰していけ。フロリーナは遊撃手。状況に応じて伝令と援護をこなせ」

 

それはさっきハングが放った低く冷たい声ではなかった。

だだ、静かで、抑揚のない、沈黙よりも無味乾燥な淡々とした声だった。

 

「ハングは・・・どうするの?」

 

リンの問いにハングは答えない。代わりに、リンを振り返った。

 

そのハングの表情にリンは息を飲んだ。

 

ハングは微笑んでいた。

 

口元だけで微笑み、目を鋭く細めて彼は微笑んでいた。

 

リンの拳が手のひらに食い込んだ。

 

「みんな!いくわよ!」

 

ハングの隣を真っ先に駆け抜けていくリン。

すれ違いざまにリンは一言、ハングに声をかけた。

その言葉がハングに届いたかどうかはわからなかった。

 

だが、言わずにはいられなかったのだ。

 

何も言わなければ彼がもう二度と戻ってこないような気がしていた。

 

それを錯覚だと思う為にリンは必死に頭を巡らせて、皆に指示を出しはじめた。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

「う・・・ああ・・・」

「ぐう・・・」

「うああ・・・う」

 

命が尽きる直前のうめき声がこの場に満ちていた。

 

ここはカートレー領の中継基地だった城。だが、それが機能していたのははるか昔。この場所が廃墟となってかなりの時が経っていた。城壁はとうの昔に崩れ落ち、城の建物自体も既に原型などほとんど残されていない。

わずかに残る石壁がかつての残滓のように影を作り上げていた

 

その廃墟の正面入口に黒衣の男が立っていた。

その周囲には同じ黒衣を着た男たちが倒れている。その男達は既に、自らの血だまりの中に沈んでいた。

 

「さて・・・あとはお前だけだ」

 

左腕をむき出しにしたハングが槍を抱えて立っていた。

そのハングに向けて黒衣の男はフードの下で余裕の笑みを浮かべる。

 

「なるほど、橋のやつらは陽動か」

「まぁ、そういうことになるかな」

 

ハングは槍を肩に担ぎながらそう言った。

その口調はいつもの調子に戻っているようであったが、やはりどこか感情が欠落してる

 

ハングはリン達が戦線を構築した頃を見計らい、たった一人でこの地に奇襲を仕掛けたのだった。

最初に騎兵を一人倒して槍を奪い、その武器でもってハングは闇魔道士を二人なぎ倒したところだった。

 

「何者だ?子供を助けて英雄気取りか?」

「ああ、そんなんじゃねぇよ・・・少なくとも俺はな」

 

ハングは槍を体の周りを回してもてあそびながら間合いと呼吸を計る。

 

先程、感情に任せて暴れていたあの時のハングとはまた別人である。だが、いつものハングと同一とは言い難かった。

 

「俺は今は私怨でここにいる」

 

普段は明るい茶色のハングの瞳。それが今や強い炎を抱えて黄金色に見えていた。

 

「お前らの頭に用があるんだ。ネルガルの居場所を吐いてもらおうか」

「吐くと思っているのか?」

 

ハングは武器を構える。

拳を作った左腕を顔の前に、槍を携えた右腕をやや後方に。

それが槍を持った時のハングの戦闘体制だ。

 

「安心しろ、全身に穴穿ったら嫌でも喋りたくなる」

「できるとでも?貴様の動きはまるで素人だ」

「随分な自信だな、その素人に部下は負けたってのによ」

「私をそこらの雑魚と一緒にしないことだ」

 

その男の言っていることは奢りでもハッタリでもない。それは漫然たる事実であった。

だが、ハングはわずかに笑って言った。

 

「だが、所詮闇魔道士だ」

 

ハングの足元に巨大な魔法陣が浮かぶと同時にハングは駆け出した。飛んできた黒球を首を傾けてかわして、槍の間合いに詰め寄る。ハングは体を振り子のようにしならせ、槍の切っ先を走らせた。

肉を引き裂いた感覚とむせ返るような血の臭い。だが、手応えは薄い。

 

振り切ったことで流れたハングの周囲に再び魔法陣ができる。

ハングを取り囲んだのは暗闇を宿した風だった。

ハングは地面に左腕を突き刺して後方に飛ぶ。

 

そのハングを追うように巨大な闇の塊が飛んでくる。ハングは最小限の動きでそれをかわした。後方へと飛んで行った闇の塊が城壁の一部を粉砕した。過去の遺物が崩壊していく音を聞きながら、ハングは再び戦闘体制を取った。

 

「どういうことだ・・・」

「何がだ?」

「なぜ、ここまで私の技がかわされる?それにその槍の技、貴様は槍兵ではないな」

 

ハングが俯いた。そして震える。

彼が笑っているのだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 

「何がおかしい」

「いや、別に・・・ただな。お前の魔法はネルガルには程遠いな」

「なに?」

「俺はあいつを殺すため、闇魔道士を殺すために特訓を続けた。お前程度の技を見切るなんて容易い」

 

ハングは槍を握りなおす。

 

「お前らの手の内はわかってる。闇魔法の距離的、時間的間合い。独特の攻撃法。隙ができる瞬間。呼吸法まで。俺は徹底的に調べ上げた」

 

そして自嘲する。

 

「おかげで、闇魔道士のヌルい動きに慣れ過ぎてな。他の兵には全く歯が立たない奴になっちまった」

 

闇魔法の真髄は魔法そのものの動きの奇抜さによるところが大きい。闇魔法と始めて対峙する者は、どこから攻撃が来るのかが全くわからずに死を迎える。だが、その特性を深く理解しているものならば回避は容易だ。

ハングはその動きに慣れたがために、人間のわずかな動きにも目が動く。闇魔法の動きに比べれば人間の動きは一辺倒で単純だ。そして、それはハングの欠点でもあった。相手の動きに目が先に動くために体の反応が遅れてしまうのだ。

 

それでも、闇魔道士を殺すのには問題はない。

 

「お前がどれほど強かろうと、俺の敵じゃねぇ。さっさとネルガルの居場所を吐いてもらおうか」

「断る・・・」

「そうか・・・なら・・・試してみるか」

 

ハングは一気に間合いを詰めた。飛んでくる闇の風を回避しつつ、ハングは槍を突き出した。

肩口を槍で貫く。骨まで達した手応えを槍から感じ、ハングはそのまま足を止めずに突進した。

 

「ぐっ!!」

 

ハングは怯んだ闇魔道士の首を締めあげながら、相手を組み伏せた。

馬乗りになったハングは肩に刺さったままであった槍を引き抜く。

 

「まずは・・・目だ!!」

 

その槍の切っ先が男の眼球を貫いた。

声にならない悲鳴があがる。

 

「鼻はどうだ?歯はどうだ?もう片方の目も試すか!!」

 

一言毎に槍が振り下ろされ、人体が破壊される叩打音が城内に響く。ハングは何度も何度も顔面に槍先を突き刺した。だが、顔面をことごとく潰されてなお、黒衣の男は一言もしゃべらなかった。

 

「・・・そうかい」

 

顔面に潰す場所がなくなり、息も絶え絶えの男を見下ろすハング。

 

「お前らの組織・・・『黒い牙』だったか?」

 

黒衣の男は答えない。そもそも、声を出せるかどうかすら怪しい。

だが、鼓膜を潰した覚えはハングにはない。

耳が聞こえているなら、宣言の意味もきっとあるだろう。

 

「覚悟しとけ・・・てめぇらはいつか俺が潰してやる・・・」

 

ハングは槍の切っ先を胸の中心へと据えた。

 

「・・・地獄で仲間を待つんだな」

 

ハングは槍を振り下ろした。皮膚を突き破り、筋肉を破壊し、肋骨の隙間を通した切っ先は心の臓を切り裂いて止まった。槍を持ち替えて引き抜く。飛び散った返り血がハングの口元を赤く染め上げた。

雑にひかれた口紅を拭い去り、ハングは槍を投げ捨てる。

 

ハングはその男の上からゆっくりと立ち上がった。

そして、一つ息を吐き出す。

 

「まだ、人の気配がするな・・・ニルスの姉の方は間に合ったと、考えていいのかもな」

 

ハングは周囲の音を探りながら古城の中へと入っていく。

 

「闇魔法士以外がいたら・・・どうするか・・・」

 

思案しながら歩くハングは普段のハングへと戻っていた。

 

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