【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
ハングは古城の廊下を慎重に歩いていった。すると、不意に金属のぶつかり合う音がした。
ハングはその場で耳を澄ます。
反響する音は四方八方から聞こえる。
その中から一本の音を見つけ出し、駆け出す。
廊下を走り抜け、中庭を突っ切り、回廊を横切る。
さらに廊下を走り抜けた先、城の裏口に黒衣の男たちが溜まっていた。
その中に二人の色違いがいた。
一人は女性だ。ニルスに似た淡緑色の髪を視覚化した風のように靡かせ、黒衣の男に麻袋のように担がれている。
ハングは彼女がニルスの姉であるニニアンだろうと当たりをつけた。
そして、もう一人の色違い。
燃えるような赤髪と青い服。フェレによく見かける整った顔立ちは青白い剣のような精悍なものだ。
そんな彼が突剣を用いて裏門に陣取り、黒衣たちを相手取っていた。
彼の剣の技量そのものは悪くない。多勢に無勢だが、周囲の地形をうまく利用して囲まれない戦い方を心がけている。
ハングは柱の陰に隠れながら様子をうかがっていた。
「・・・・・槍兵が1、剣士が2・・・闇魔法が4・・・荷物持ちが1か・・・」
口の中でそう呟き、ハングは静かに剣を引き抜いた。
息を大きく吸い込み、吐き出す。そして身体の中の空気を8割程吐き出したところで、息を止めた。
そして、ハングは一気に駆け出した。
地面を這うように頭を下げ、前のめりに突進するかのように走る。ハングは敵の間をすり抜けつつ、目標とした相手の背中へと飛びかかかった。
剣先を頸椎めがけて突き刺す。骨の隙間を貫いた手応えを感じ、すぐさま剣を引き抜いた。
ハングが殺した男は手に持った槍を落とし、身体を痙攣させながら重力に従って倒れていった。
ハングは倒れた相手には見向きもせず、横にいた剣士の脇腹へと左腕を突き刺した。
黒く尖った爪先が肉に食い込み、内腑をかき回す。ハングは黒衣の男の身体に足をかけて腕を引き抜いた。
噴き出てきた血を浴びながら、ハングは赤髪の男に向けて声をあげた。
「助太刀するぞ!赤いの!」
「助かる!」
赤毛の男のレイピアが最後の剣士の身体へと突き刺さった。
これで残りは闇魔道士が4人とニニアンを抱えた奴が1人だけ。
ハングはほとんど勝利を確信していた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハングは唇の端でにやけ顔を演出しながら、ニニアンを担いだ男に向けて言い放った。
「さぁて・・・てめぇで最後だな」
ハングと赤毛の彼は闇魔道士達を切り伏せ、残るはこの男だけとなっていた。
2人程敵を逃がしていたが、手傷は負わせたので、再び襲って来ることは無いだろう。
「その娘を渡してもらおう、そうすれば命まではとらない」
赤髪の青年もハングの隣に立ち、突剣を向ける。
「く、くそっ!」
ナイフが飛ぶ、ハングは左腕で、赤髪の青年は剣でそれを弾き飛ばした。
その一瞬で黒衣の男は消え、ニニアンが残された。
さすがに少女を一人担いだまま逃げることはできなかったようだ。
古城に静寂が訪れる。
罠の可能性を警戒してしばらく気を張っていた二人はしばらくしてほぼ同時に息を吐き出した。
赤毛の青年がハングに向き直る。
「ありがとう。君が来てくれて助かった」
「なに、大したことはしてないよ。不意打ちしかしてないしな。それよりもこの子を城にいれよう。さすがに野ざらしで寝かすのは可哀想だ」
「ああ、そうだな」
ハングはまだ意識を失ったままのニニアンに近づく。だが、ハングはその身体に手を伸ばしたところで動きを止めた。それを見た青年はわずかに首を傾げた。
「どうしたんだい?どこか、怪我でも・・・!」
青年の目がハングの左腕を捉えた。
その腕は黒衣の男達の血で真っ赤に染まっていた。
この腕で人の肉体を破壊したのだがら、それは当然のことだった。
ハングはこの腕でニニアンを抱き上げるのに躊躇い、立ち止まったのだ。
「そうか、僕が運ぼう。君は彼女の持ち物がないか探してくれるか?」
「悪いな」
「気にしないでくれ」
そう言って、微笑む青年。ハングはその笑顔に既視感を覚えたが、それより死体を探ることを優先した。
「なんもねぇな・・・」
ハングは黒衣の男達の荷物を漁る。だが、彼らは彼女の持ち物らしきものどころか、麦一粒持っていなかった。持ち物は戦闘に必要な最低限のものばかりだ。
ハングはそのことに眉をひそめる。
だが、青年が城に戻ったのを見てそれ以上の捜索を諦め、城の中に戻っていった。
青年はニニアンを適当な床に寝かせて、呼吸や心音を確かめた。
「大丈夫、気を失ってるだけだ」
「そうか・・・」
ハングは安心して胸に溜まった息を吐き出した。
青年もホッと胸をなでおろしている。
ハングはその青年を改めて眺める。やはりハングは既視感を覚えた。
彼の持ち物は全て上質の品だ。おそらく、それ相応の身分だと思われる。
だが、ハングには貴族の知り合いなどいない。過去に会った記憶もない。
しかし、やっぱりどこかで見たような気がするのだ。
「え~と・・・以前、どこかでお会いしました?」
ハングは言葉遣いを変えておいた。さっきまで普通に喋っていたが、それは肩を並べての戦闘中での『つい』で済まされる。だが、今はそうもいかない。相手が貴族なら念のために礼儀を通しておくことに損はなかった。
「君もそう思うかい?僕もなんだか君の容姿を知っている気がするんだが」
二人して首を傾げる。
青年の特徴はやはりその燃えるような赤髪だ。でも、別に赤髪の人間は珍しいわけではない。ハングも実際に旅の中で沢山会って来た。
その代表格といえば、それはやはりフェレ侯爵のエルバート様であろう。
しかし、あの人はもっと歳上の人だ。ちょうどこれぐらいの子供がいると話をしていた。
そう、エルバート様と同じ赤髪で、青い瞳と精悍な顔立ちをしており、レイピアの剣術が得意だと聞いたエルバート様のご子息の話をハングは何度も聞かされていた。
「もしかして、エリウッド様?」
ハングは半ば当てずっぽうでそう言った。
「僕は確かにエリウッドだが・・・君はどうして僕の名を?やっぱりどこかで会ってるかい?」
この人はエルバート侯爵の息子、フェレ侯公子エリウッドその人であった。
「いえ、フェレ侯爵にお会いしたことがありまして・・・」
「父上に・・・もしかして・・・ハング殿ですか?」
「はい、そうです。私の名はハングです」
ハングはそう言いながらも背中に気味の悪い感触が走るのを感じていた。
エリウッドという貴族に『殿』という敬称をつけて呼ばれることに痛烈な違和感があったのだ。
「あなたがハング殿ですか。以前、父の山賊討伐戦に策を貸していただいたと聞いております」
「あ、ああ・・・そんなこともありました」
ハングの歯切れは悪い。自分より遥かに身分が上の人物に敬意を払われる喋り方をされることがやはり慣れない。
「ハング殿は素晴らしい知恵をお持ちだとか。父がフェレの軍師に欲しかったと冗談を言っていました」
「光栄です。あ、あの、それよりもエリウッド様?」
「なにか?」
「え~とですね・・・俺はしがないただの旅人です。そんな敬語など使わなくても」
そう言うとエリウッドはくすぐったそうに笑った。
「だったら君も、僕に敬語をつかうのはやめてくれ。僕は君に敬意を払われることなどしていない」
「・・・・・それは・・・」
「でなければ、僕の方も言葉を改める必要はないと思いますよ。ハング殿」
「・・・まいったな・・・」
ハングは頭をかいた。確かにエリウッドが言ってることも正しい。
ただ、その理屈だとこの世の貴族の何割かは敬語を使うに値しないのとになるのだが、それはこの際捨ておくことにした。
「そう言うなら、お言葉に甘えるとするか・・・」
ハングは堅苦しい言葉遣いをやめ、普段の粗雑なものに戻した。
「エルバート様は元気か?」
「ああ、元気すぎるぐらいだ。当分は倒れられることも無いだろう」
その後、ハングとエリウッドは少し程世間話をして過ごした。
だが最後まで、エリウッドは血まみれのハングの左腕の話には触れなかった。
どうも、俺の出会う貴族はどいつもこいつも気の使い方が下手くそだ。リンにしかり、エリウッドにしかり。
ハングはその不器用な優しさに甘えながら、しばし穏やかな時間を過ごしていた。
その後、この城の中に他の人の気配を感じる頃になるまでそんなに時間はかからなかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「ニニアン!ニニアンっ!!」
古城へとたどり着き、ニルスの叫びを聞きながら、リンの視界は別の人物を探していた。
古城の表に散らばっていた死体。おそらく、それをやったのはハングだとリンは直感していた。
古城の中を探している間に、リンの脳裏に先ほどの見知らぬ姿のハングが蘇る。
「あんなのが、最後なんて・・・絶対に嫌だからね・・・」
リンが不安の中で漏らした台詞はニルスの叫びにかき消されていった。
リンは気持ちを切り替えた。
この戦闘はハングから託されたものなのだ。ならば、やり遂げなければならないという思いがリンにはあった。
リンはニニアンを探してニルスと共に声を張り上げた。だが、古城の奥から返事はない。それどころか、周囲には人の気配がまるでなかった。
「いない・・・どうして・・・?」
ニルスが茫然と呟く。その時、古城の外から慌てふためいた騎士二人が飛び込んで来た。
「リンディス様!付近の村人が南へ逃げていく集団を見ています!」
「その子の美人のお姉さんもきっとそいつらが・・・!」
「大変!すぐに追いましょう!」
駆け出そうとしたリンたち。
だが、それは力強い一言で止められた。
「待ちな!」
全員の足が凍りついたように止まる。
声のした方を振り返れば、血にまみれたハングが赤毛の青年と歩いてきていた。
そして、その赤毛の青年の腕に抱かれていたのは・・・
「ニニアン!ニニアン!」
ニルスが一目散に駆け寄った。
「大丈夫、彼女は気を失ってるだけだ」
青年がそう言って、ニニアンを床に降ろした。青年の出した声は暖かく、人を安心させる響きがあった。
それがこの人の性根を雄弁に語っているようだった。
「よ、意外と早かったな」
軽く片手をあげるハングはいつもの様子だ。
「フロリーナとルセア・・・あと、ケント。ニルスと一緒に彼女をどこか楽な場所に移してくれ。ドルカスさんとラス、ウィルとマシューは二人組で周囲の警戒。セーラとエルクは怪我人の治療にあたれ。セインはここで俺らの護衛。下手にどっかに行くようなら俺がこの手でぶった切るからな」
的確な指示を出して歩き回るハングはやはりいつものハング。
そこには先ほどまでの負の気配は微塵も残ってなかった。
「リン、ちょっとこい」
「なに?」
ハングのもとに寄ったリンは彼から漂う濃い血の臭いにむせ返りそうになる。
だが、それを我慢してハングの言葉を待った。
「ありがとうな、リン」
「え?」
わけがわからなそうなリンにハングはケラケラと笑う。ハングはそれ以上のことは何も言わずにエリウッドを紹介した。
「こちら、フェレ侯公子のエリウッド。まぁ、見た通りニニアンの奪還に力を貸してもらった」
「・・・フェレの公子」
リンの顔がわずかに強張る。そこにきてハングは彼女が最後に会った貴族がアラフェン侯爵だったことを思い出す。だが、何事も無かったかのように紹介を続ける。
「エリウッド、こいつはリンディス。サカ出身でキアラン侯爵の孫にあたる。まぁ、そうは見えないかもしれないけどな」
「キアラン侯の?」
「ああ、話せば長くなるんだが。少し時間あるか?」
エリウッドは少し空を見やった。もう夕暮れ時となり赤く染まった空を見ながらエリウッドは何かを呟いた。
そして、ハングに「大丈夫だ」と言った。
多分、大丈夫じゃないんだろうとハングは思った。
だが、彼の気遣いを無碍にするのも悪い気がして、ハングは話し出すことにした。
そして、リンの出生からブルガルでの騎士との出会いまで省略せずに語った時には日は落ち、外は薄暗い世界となってしまった。
「・・・っつうわけだ」
ハングがそう締めくくったのに合わせてリンも言葉を重ねる。
「・・・とても信じられるような話ではないと思うけど」
だが、エリウッドはゆっくりと頭を振る。
「いや、僕は信じる」
「え?」
リンは驚いたがハングは涼しい顔だ。
「一見、サカの人だなって、そこに目がいくのだけれど、注意してみると君の目元はキアラン侯によく似ている」
「おじいさまを知ってるの?」
「キアラン侯ハウゼン殿は父上のいい友人だ。それに誇り高きサカ民は嘘などつかないと聞く。後は・・・」
エリウッドの目線がハングを捉え、クスリと笑った。
「ハングが君を信じている。ならば疑う余地は無い・・・そうだろ?」
リンは虚をつかれた気持ちになった。
そして、やはり笑いがこみ上げる。
「ありがとう・・・確かにそれは重要ね」
二人して笑ってるそばでハングは素知らぬ顔を決め込んでいた。
「ハング、リンディス。僕になにか力になれるかい」
「・・・ありがとう。でも、これは私の問題だから。とにかく、頑張ってみる」
「そうそう、今してもらえることはない。気持ちだけで十分だ」
エリウッドは少し考えるような間を置いて頷いた。
「そうか。でも、僕はしばらくこの近くの宿にいる。もし、僕の助けが必要になったらいつでも訪ねてくれ。僕は君達の味方だよ」
エリウッドはそう言って別れの言葉を述べた。ハングとリンも引き留めることはせずに、エリウッドを見送った。夜闇の中に消えていく後姿を見ながらぼんやりとリンが呟いた。
「貴族にも色々いるのね」
失礼な物言いではあったが、ハングは同意した。
「まぁな、エリウッドみたいな人は少数派だけどな」
リンとハングはセインを連れて城の奥へと入っていった。
奥に行くと手際よく野宿の準備をしているケントと濡れた手拭いをニニアンの額に乗せているフロリーナ、彼女の汚れた手足を拭っているルセアがいた。
この面子にして良かったとつくづく思う、ハングだ。
エルクはセーラのお守りで除外、マシューも今回の相手が謎であるために警戒役に回す、ドルカスやラスでは気配りが足りないだろうし、覗きの前科を作ったウィルとセインという選択肢は無い、セーラに至っては・・・ちょっと考えたくない。
「ハング殿・・・」
ハングが部屋に入ったところで、ケントが少し顔をしかめた。
なんだろうかと思ったが、すぐに自分が血まみれであったことを思い出した。
「リン、匂うか?」
「うん、すごく」
頭をかいてハングは引き返す。城内の井戸で返り血を洗うつもりであった。
リンはセインと共にケントを手伝いながらマントを数枚敷いた上に横たわるニニアンを見た。
ニルスよりも薄い淡緑の髪と白い肌。丈の長い服は淡碧と白をを基調としており。それに包まれた体は今にも折れてしまいそうなほどに細い。それに合わせたように腕も指も細い。
なんというか薄幸そうな少女だ。
リンは時々物欲しそうな顔をするセインを睨みつけて牽制する。
そんな中、手拭いで体を拭いていたルセアがフロリーナに声をかけた。
「フロリーナさん、水を汲んできてもらえますか?」
「は、はい!」
やはり緊張気味の声はフロリーナのものだ。このルセアを男性と感じ取れるフロリーナは意外と凄いのかもしれないと思うリンだった。
そして、フロリーナが桶を手に立ち上がったのを見てリンは慌てて待ったをかけた。
「あ、ちょっと待って。今、ハングが体を拭ってるはずだから」
つまり、ハングは少なくとも半裸。下手をすれば全裸ということもありうる。フロリーナには無理だ。
そういうことならと、ルセアは小さく笑ってリンの方を向いた。
「それでは、リンさんにお願いしてもいいですか?」
「ええ、わかったわ」
「あ、僕も行く」
立ち上がるリン。それに続くニルス。
なんの躊躇いもなく、木桶を持ったリンは二人で部屋から出て行った。
「あ、あの・・・冗談のつもりだったんですけど・・・」
ルセアは困惑するも、他の人は何も言わない。
と、いうかセインに至っては苦しそうに笑いを堪えていた。
すぐに、静かな古城にハングの声が聞こえてきた。
『おう、リン。どうした?』
『水を汲みにきたの。それよりハング、服を脱ぎ散らかさないの』
『誰か来るとは思わなかったんだよ』
遠くで桶が着水する音と、滑車の回る音がした。
『ハングさんって凄い筋肉だよね。太腿とか丸太みたい』
ニルスの声だ。
『俺なんかたいしたことねぇよ。ケントやセインの方が凄いぞ。あいつらは馬に乗る機会が多いもんな』
『へ~』
『リンだって結構いい筋肉してるよな?』
『これでも遊牧民ですからね』
なぜ、リンの大腿の筋肉をハングが知っている?
余計なことを言わずに想像力を働かせた、室内の一行。
少し間が空いて再びニルスの声がする
『ハングさん、右腕を怪我してますよ』
『ああ、掠り傷だ。舐めときゃ治るよ』
『私が舐めてあげようか?』
『ああ、頼む』
沈黙。そして笑い声
冗談だとわかって、胸を撫で下ろしたのはむしろ部屋の中の人たちだった。
『ハング、じゃあ私たちいくね』
『おう』
足音が近づいてきた時に部屋にいた人たちは作業の手が止まっていることに気がついたのだった