【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
ハングが服を着て部屋に戻るのとほぼ同時にニルスの大きな声がした。
「ニニアン!気がついた?」
ニルスがニニアンの顔を覗き込んでいた。開かれた彼女の眼はニルスと同じ紅色をしていた。
「・・・ニルス!ああ、無事だったのね!?」
「うん。この人たちが助けてくれたんだ」
そうして、ニニアンは初めて周囲を見渡した。
ルセアの柔らかい微笑み、フロリーナの緊張した面持ち、セインの締まりのない顔、ケントの無骨な無表情を順に見ていく。
「どなた?」
「えっとね・・・」
ニルスはどう説明したもんかと少し悩んだ。
彼らは傭兵団で、でも、正確にはそうじゃなくて、今はキアランに向かってる途中で・・・
と、頭の中で情報を整理していたところにリンが助け舟を出した。
「私はリン、それとこっちが・・・」
「ハングだ。よろしく」
「リンさまとハングさまですね」
ニニアンは二人にお辞儀をしながらそう言った。
「ありがとうございます。私はニニアンと申します。弟のニルスと、芸をお見せしながら旅をしています」
「へぇ、旅芸人か・・・」
ハングはそう呟く。
「二人ともなの?ニルスは笛を吹くみたいだけど。ニニアン、あなたは?」
リンの質問にニニアンは小さく答えた。
「わたしは、踊りを・・・」
「お、お、お、踊り子さんですかーーーっ!!!」
セインが過剰な反応を見せた。
「きゃっ!」
「っ!」
「ぎゃわーーーー!!!」
小さな悲鳴はフロリーナとニニアンのもの。大きな悲鳴はハングとケントがセインにあげさせたものだ。
「ごめんなさいね、気にしないで」
「は、はい・・・」
セインの断末魔を聞きながらリンは話を戻した。
「踊り子なの?でも、服とか・・・そんなふうには見えないけど」
その質問にはニルスが答えた。
「ニニアンはね、もともと神に捧げる踊りの舞い手なんだ」
ニルスは誇らしげだ。それだけ、彼が姉を敬愛しているのだろう。
「神に・・・特別なものなの?」
「はい。旅をするのに舞っているのは普通の踊りですが・・・」
その後、ニニアンは少し考える仕草をして悲しげな表情を作った。
「・・・リンさまたちにお礼をしたいのですけど、捕まったときに足を挫いてしまい・・・踊りすらも・・・すみません」
それにリンは笑って答えた。
「気にしなくていいのよ。あなたが無事だったんだもの、それだけで私たちも嬉しいわ」
「そうそう、ニニアンを助けられてニルスが笑ってる。それが一番だ」
戻ってきたハングもそう言って微笑んだ。
「ありがとうございます。リンさま、ハングさま」
深く頭を下げたニニアンにハングは困ったような声を出した。
「さっきから気になってたんだけど、その『ハングさま』ってのはやめてくれ。なんか・・・こそばゆい・・・」
そう言って身悶える仕草をしたハングがおかしかったのか、ニニアンはクスリと笑った。
「わかりました、ハングさんでよろしいですか?」
「ああ、ちなみにリンは血筋だけは高貴だから『リンさま』のほうがいいぞ」
「ちょっと!勝手なこと言わないでよ」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃないし」
「私だって、『リンディス様』って呼ばれるの結構我慢してるんだからね!」
「ついでだ、『リンさま』も慣れとけ」
「どういう理屈よ!」
ああだこうだ言い合った後に、ハングが勝った。
「じゃあ、私はリンさまのままでいいわ」
「はい、わかりました」
クスクスと控えめに笑うニニアンはやはり年相応の女の子である。
「お二人は仲がよろしいんですね」
「どこがよ・・・」
少し不貞腐れているリンだった。その隣でハングは笑いをかみ殺していた。
一息ついた後、ハングは話題を変えることにした。
「だが、ニニアンの足はちょっと心配だな。それじゃあ旅も出来ないだろうし・・・」
「そんな・・・お気になさらないでください。助けていただけただけで十分なのですから」
ニニアンはそう言って微笑む。それが無理をして作った笑顔だというのは誰の目に見ても明らかだ。
ハングは自分に視線が集まってくるのを感じた。セインの無言の期待、ルセアの慈悲を願う瞳、フロリーナの訴えるような眼差し、ケントだけは無表情を貫いていた。
その時、ニルスが元気良く発言した。
「ねえ!もしよかったらぼくらも、リンさまたちについていっちゃだめかな?」
本人は最高の提案をしたつもりなのだろう。だが、それをリンは慌てて却下した。
「ダメ!私たちの旅はとても危険なの!私は命を狙われていて、いつ刺客が襲ってくるかもわからないような状態だから・・・」
「それなら、ぼくらすごく力になってあげられるよ!」
身を乗り出すようにしてリンの言葉を遮ったニルス。彼は振り返って姉にも同意を求めた。
「ね?ニニアン」
「そうね、私たちの"特別な力"でご恩返しができるかもしれない・・・」
「"特別な力"・・・?」
疑問符を発して聞き返したのはハングだ。
「わたしたちは、自分たちに起きるキケンを・・・少し前に感じることができるんです」
ハングの眉がわずかに動いた。
ニルスが姉の言葉を引き継いで続きを話す。
「・・・わかったところで、防ぐ力がないとどうしようもないんだけど。リンさまたちだったら、その点は心配ないでしょ?」
「・・・本当にそんなことができるのか?」
ハングはニニアンに向けてそう尋ねた。
「はい。信じていただけないかもしれませんが・・・」
「ニルスも使えるのか?」
「うん。僕はニニアンより少し力が弱いんだけどね」
二人には嘘をついている様子はない。もちろん、旅の仲間に取り入るためにこういった虚言を繰り返している可能性は否定できない。
だが、ハングは先の戦闘でニルスが素早く敵の出現を察知したことを思い出していた。もし『黒い牙』がこの二人を狙った理由もその辺りにあると考えるなら、いろいろな疑問点にも納得がいく。
「・・・ハング。どう思う?」
ハングは少し悩むような仕草を見せたが、すぐに笑顔を見せた。
「いいと思うぞ。食料資金諸々は問題ないだろう。ラスから貰った大金が生きてる」
「ケントは?」
「そうですね、このまま置いていくよりは同行させる方が心配は少ないように思います」
「セインは・・・まだ、口を開ける状態じゃないわね」
打ちのめされて床でへたっているセインはルセアの看護を受けていた。
「まぁ、答えはわかってるけどな」
「それも、そうね」
ハングの意見に同意して、リンは二人に向きなおった。
「じゃあ、二人ともいっしょにいく?」
ニルスとニニアンはほぼ同時に笑顔になった。
「もちろん!」
「リンさま・・・よろしくお願いします」
やっぱり、姉弟だと改めて思うほどに二人の笑顔はよく似ていた。
改めて旅の仲間として足の具合を確認するハング達。
彼女の足を見てルセアは顔をしかめた。リンもまたその足に触れ、苦い顔をする。
ニニアンの足首は全体が赤く腫れあがり、一部は青く変色していた。
「っつ!!」
リンが足を軽く動かすだけでニニアンは身体を強張らせるほどの痛みを感じていた。捻挫か、もしくは骨が折れている可能性があった。
「ニニアン、この足で『置いてって構わない』って言うのはさすがに無謀よ」
「すみません」
「これ・・・杖で治せたりしないのかしら?」
リンの疑問にルセアは首を横に振る。
「神の杖は傷の治りを早めたり、毒を浄化することはできますが、こういった捻挫や骨折の治癒には向いてないのです。2週間で治る怪我を10日にするぐらいの力はありますけど」
「そっか・・・しばらくは馬に乗ってもらった方がよさそうね。ニニアン、馬は乗れる?」
「・・・少し・・・でも、あまり自信は・・・」
「それでしたら、このセインめが!!このわたくしめが!御一緒に同乗いたしまジョバアァア!!」
ハングが全力で投げ飛ばしてセインを沈黙させる。
この男は怪我人の傍に寄らせてはならない。セインの突拍子のない行動に驚いて、変な姿勢になったりなどしたら怪我を悪化させかねない。それはここにいる全員の共通認識だった。
「まったくもう・・・ニニアンは私の馬に乗せるわ」
「そ、そうです・・・か・・・わかり・・・まし」
地面に叩きつけられて息も絶え絶えのセインをハングは見下ろす。
「なんだお前、まだ意識あったか。少し丈夫になってきたな」
「おほめ・・・いただき・・・ありがとうござい・・・ます」
ハングはこのまま過度の制裁を加え続ければ良い肉壁が作れるのではないかと本気で思案するのだった。
「・・・あ」
そんな時、不意に小さくニニアンが声を出した。
ニルスがそんな姉に声をかけた。
「どうしたの?ニニアン」
「・・・指輪が無くなってるわ」
ニニアンはそう言って自分の細い指をさすった。確かにそこには何の装飾品もない。
それを見て、ニルスが余裕をなくしたかのように声をあげた。
「も、もしかして【ニニスの守護】?」
「ええ・・・」
答えるニニアンも元気を無くしていた。もともと白い肌をさらに青白くして、目が悲しく揺れていた。
「大事なものなの?」
二人の様子にただならぬものを感じてリンはそう尋ねた。
「・・・亡くなった母の形見でした」
その言葉に二人が反応を見せた。
リンは顔に痛みを堪えるような表情を映し。ハングは少し遠い目をしていた。
「氷の精霊ニニスの守護を受けた・・・この世に一つしか無い指輪なんだ・・・でも・・・やつらに持っていかれたならあきらめるしかないよね」
「・・・そうね」
二人して沈む姉弟。
その姿はとても寂しそうに見えていた。
まるで、母を亡くしたばかりの子供のように。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
周囲は安全とみなしたハングは見張りに立てていた人達を呼び戻した。
食事には少し早いうちにハングは持ち物と食糧の整理、旅路と所持金との照らし合わせなどいくつかの雑務をこなしていた。
そのもとに、リンがやってきていた。
躊躇いがちな顔の中に少し諦めに似たものが混じっている。その姿はまるで欲しいものをねだろうとする子供のようだった。
「ハング・・・ちょっといい?」
そんなリンをハングは笑顔で迎えた。
「さっきの二人の話か?指輪だったな」
頷くリン。
「私は、ニニアンの指輪を取り戻してあげたいけど・・・」
「ニルスの言うとおり強敵を追っかけるのは危険だ、と」
リンはまた頷いた。
「・・・それで、どうするか相談しにきたんだけど」
ハングは困ったように頭をかいた。
本当はもう自分の中では意見が固まっていたが、リンに質問をしてみる。
「お前はニニアンの為だけを純粋に思って、そう言ってるのか?」
「ええ・・・当たり前じゃない・・・」
「嘘はよくないぞ」
「嘘なんて!」
ハングは手のひらをリンに向けて黙らせた。
「俺が言ってるのはニニアンの為『だけ』を純粋に思ってこの提案をしてるのかということだ」
「それは・・・」
「どうなんだ?」
リンはしばらく黙っていたがそんなに間を置かずにため息を吐き出した。
「私は、何も持っていない・・・」
何のことだと聞くほど、ハングは無粋ではなかった。
形見の話だ。
「父さんも母さんも・・・何も・・・だから・・・」
泣き出すかとも思ったが、彼女は目をわずかに伏せただけだった。
「私は取り戻してあげたいの。せっかく、手に届くとこにあるんだから」
私には何も無いから・・・
言わなかったその言葉がハングには聞こえてきたような気がした。
「お前ならそう言うと思ってたよ」
「え?」
「セインとケント、マシューを既に情報収集に走らせた。明日には奴らの居場所もわかるはずだ」
ハングはのんひりとそう言った。
「奴らの持ち物は武器だけで食糧を誰一人持ってなかった。近くに補給基地があるはずだ。そんなに大幅な遅れにはならないと俺は踏んでる。それぐらいの寄り道は構わないだろう。だから、安心して取り戻しにいこう」
それを聞いているうちにリンの目がすわってきた。
「ねぇ、なんで私が言い出す前に既に話が決まってるの?」
「お前なら、指輪を取り戻したいと言い出すとわかってたからだ」
リンは何度目かわからないため息を吐きだした。
「もういいわ・・・」
「そうか」
ハングは悪戯が成功したかのように笑う。
リンはその笑顔の中に暗い影など微塵もないことを確かめた。
「ってなわけだ。しばらくは待機になる。身体を休めておけよ、念のために今日の打ち合いと勉強会は無しってことでいいか?」
「ええ・・・」
ハングはそう言って雑務へと戻っていく。
仕事をするハングの背中を見て、リンはその場を離れようとした。
だが、数歩も行かないうちに立ち止まり、振り返った。
「・・・・・・」
リンの中に去来していたのは昼間のハングの姿だった。
殺意に溢れ、理性を飛ばし、衝動のままに左腕を振るうハング。
今日のハングの姿を思い出すたびにリンの背中には嫌な汗が流れる。
そのことについて聞いたほうがいい気もする。だが、踏み込んでいいものかどうかわからない。
ハングが反応した『ネルガル』という名前。見たことのないハングの姿。
もしかしたらあれは今まで知らなかったハングの過去を垣間見た瞬間なのかもしれないとリンは思っていた。
ハングのことを知りたい気持ちと、知ったが故にハングが変わってしまうかもしれないという思考がせめぎ合う。
リンはその一歩を踏み出せずにいた。
「ありがとうな・・・」
不意にハングが声を発した。ハングはリンに背中を向けて作業をしながらそう言った。
「・・・お前の言葉に救われたよ・・・」
ハングの台詞にリンは胸を突かれたような気分になる。
「あん時、お前の言葉で少し頭が冷えた。あのまま敵陣に斬り込んでたら死んでたかもしれない。本当に礼を言う」
後ろを向いたハングの表情は見えない。
だが、その後姿はいつものハングのものだ。
それなのに、今の彼はとても疲れているような背中をしていた。
その姿を見てリンは肩の力を抜いた。
「おやすい御用よ・・・ハング、今は何も聞かないわ。ハングが話したい時に話してくれればいい」
ハングの表情は見えない。
それでもよかった。
彼が見ているものなど私は知らなくていい。彼が見えない場所を私が見てあげればいいのだ。そのために私達は2人でいる。
「私たちは二人で一人、でしょ?」
ハングがわずかに笑った気がした。
「そうだな」
静かな夜は感情を阻害しない。
「お前に会えて、よかったよ」
ハングの声が静かな世界に染み込んでいく。
それが、今のリンにはなんだか嬉しかった。
だが、振り返ったハングの顔を見てリンの表情は凍り付くことになる。
「で、だ。最近、勝利が続いてるせいか自分たちを過信して、勝手に実力もわからない相手と戦うと後々の責任やらなんやらも考えずに簡単に口約束して戦闘を決定した相棒に俺は言っておきたいことが多数あるんだが。今、時間はあるか?あるよな?無くてもあるよな?」
一瞬でリンの体の中を悪寒が駆け抜けた。
戦闘前のハングの凍った笑顔が走馬灯のように駆け抜ける。
ハングの顔に青筋を見つけ、自分がいつの間にか正座していたことに気がついた。
その夜、月を沈める勢いの怒鳴り声は偵察に出ていた三人が戻るまで続いていたそうだ。