【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「では、弟にはまんまと逃げられ。一度は捕らえた姉の方も何者かに奪われた・・・そういうことですね?」
「はっ・・・思わぬ伏兵がおりまして・・・」
青藍色をした短い髪と藍染めの魔道士の服。自分の体の線を惜しみなく出す彼女。妖艶と冷酷を併せたような氷のような瞳。放たれる声は巨大な雪山から吹き降ろされる風のように威圧的な響きを孕んでいた。
その前に跪く一人の男性。筋肉質な身体つきと背中の大剣。纏う雰囲気は手練れのそれだ。だが、そんなものを歯牙にもかけず、女性は見下したような態度を崩しはしなかった。
「言い訳はおよしなさい。結果が全てです」
彼女がその手の中の魔道書を開いた。そのわずかな動きだけで跪く男は震えあがる。
「姉妹を取り戻す策は?」
「手の者に探らせましたところ、我らを阻んだ一団が姉妹を伴いこちらに向かっていると報告がありました」
「ここに?」
彼女が魔道書を閉じる。パタン、という音を頭上に聞きながら男はわずかに安堵の吐息を漏らした。
「どういうことですか?」
「この指輪が目的ではないかと・・・珍しいものだったので娘の指から抜き取っておいたのが役に立ちました。これをエサに奴らを一網打尽にしてみせます」
少しの間があり、衣擦れの音がした。彼女が移動している証拠はそれだけだ。足音一つ聞こえない。顔を下げたままの男性には彼女がどこにいるのかわからない。
自分の背後で雷を放とうとしているのか首筋に短刀を突き立てる気なのかそれとも、既にこの場から離れているのか。男はただ震えて待った。
「わかりました・・・少しだけ時間をあげましょう」
予想していたよりも遠くからの声。だが、その位置からでも彼女は自分を一撃で消し炭にできることを男はよく知っていた。
「私はこれから別の任務をこなし。それからここに戻ります。刻限は明日の夜明け・・・いいですね?」
「はっ・・・」
「私が戻った時に姉弟がいなかったら・・・この手で【牙】の制裁を下すことになります。よく覚えておきなさい」
そう言い残し、その女性はなんの気配もなく消えた。だが、その場に残された男はしばらくの間そこで固まっていた。
古城の裏から外に出た女性。そこに繋がれた馬に乗り、周囲を見渡した。
「【疾風】」
「なんだ?仕事か?」
揚々とした落ち着きのある声がどこからともなく降ってきた。
「先の戦闘で逃亡した者がいます。始末しなさい」
返答は無い。気配は最初から無い。
【疾風】と呼ばれた者がどこからどこに移動したのかを見たものはいない。
そして、それは女性も同じ。
次の瞬間には最初からそこに誰もいなかったかのように女性の姿は跡形もなく消えていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
リンディス傭兵団は逃亡する一団の情報を元に、その行方を追っていた。
道なき道に生じたわずかな人の気配を辿りながら、彼らは一つの古城にたどり着いていた。ベルンでハング達が一夜を明かした古城よりも更に古い。
その中は不気味な程に静まり返っていた。
「ここね・・・」
「ああ、うっさんくさそうな連中が何人か出入りしている」
リンとハングが森の中よりその古城を見上げていた。
「・・・リンさま、あの・・・本当に取り返しにいくの?」
不安を露わに声をかけてきたのはニルスだ。
「ええ、行くわ」
対するリンに迷いはなさそうだ。
「でも、ここは奴らのアジトだよ?もっともっと強いやつがたくさんいるんだよ?」
声を殺しながらも強い口調で訴えかける弟に半ば泣きそうな姉が言葉を足した。
「・・・指輪のことはもういいのです。ですから・・・」
そんな二人にリンが振り返る。そこには自信のある笑みが浮かんでいた。
「ハングが賛成してくれなかったら私も無理するつもりは無かったの。でも、ハングは戦うことを選んだ。勝算がなければそんな選択をする人じゃない。私は・・・」
リンはハングの横顔を少しの間見つめた。
「ハングといっしょなら勝てると思う」
「かいかぶりすぎだ」と、ハングから声がかかるが肯定してくれる者はいなかった。
「だから、私たちに任せて。ね?」
リンの言葉に少しだけ二人の顔に生気が戻る。
それでも、やはり彼らの中ではまだ不安が渦巻いていた。
そんな四人のもとに周囲の偵察に出ていた人たちが戻ってくる。
周囲には他に拠点も無く、外部からの援軍は考える必要は無いというのが総合的な意見だった。
「ハング殿、中は思っていたより数が多そうですよ。どうしますか?」
古城の偵察を行っていたセインとケントは険しい顔を浮かべていた。
「通路も狭く入り組んでいます。向こうの拠点ということもあり、背後を取られる可能性が高いです」
セイン、ケントの報告を頭の中に入れて。面倒そうにハングは頭をかいた。
「やっぱ自分の目で見る必要がありそうだな・・・」
各国の城の特徴や基本的な形状はハングの頭には既に存在している。だが、古城となると話は変わる。長い年月で壊れた壁や、崩れて通れない通路、新たに作られた地下道などはハング自身が確認せねばならない。
もちろん、全ての戦闘でそれを確認をするわけではない。
今回は向こうが待ち伏せを企んでるのが見えている上に、相手の目的もはっきりしている。多少時間をかけて下準備をしても大丈夫だろうという判断のうえだ。
「ラス、マシュー。一緒に来てくれ」
頷くラス、気軽に「了解」と返したマシューを引き連れてハングは一団から離れて城の偵察へと動き出した。
「ハング、気を付けてね」
「ああ、わかってるよ。隠密は得意な方だ」
リンに見送られ、三人は森の茂みに身を隠しつつ移動していった。
森は古城の近くまで迫っており、身を隠すのに不便はない。頭上の木々は少しだけ雑に天を覆っている程度だが、その隙間を縫って降り注ぐ光が下草をしっかりと茂らせてくれていた。ハング達はその草木の陰に隠れながら古城へと近づいて行った。
「さすがにマシューは音をたてねぇな・・・そういうとこから密偵の姿が見え隠れすんだ。次からはもっと盗賊らしくしろよ」
もう何度目かわからない指摘に苦笑を返すことさえしなくなったマシュー。
「だ~か~ら~俺は密偵なんかじゃないですってば」
「ま、いいけどさ」
「・・・二人とも、少しは緊張感を持て」
ラスが二人をたしなめる。ラスは草原育ち故に音を立てずに草の中を移動するのには慣れていた。
ハングは身を低くして古城の方を見る。
「緊張感ねぇ・・・奴らが城から出てくる気がねぇんだ。正直多少の挑発じゃ出てこないと思うぞ」
ハングの言葉に疑問符を浮かべたのはマシューだった。
「あれ?俺たちって挑発役なんですか?」
「そんなわけあるか。でも、敵に襲われた時に一番逃げ方が上手い三人ではあるだろ?」
ラスはハングとマシューの顔を見比べて納得したように目を細めた。
マシューも少し笑うようにして同意した。
ハングは見える範囲で城の中身を観察する。そして、ハングは自分の目で見にきてよかったとつくづく感じた。
「こりゃ、面倒だな・・・」
城の中身はその大半の通路が破壊されていた。崩れたのではない。意図的に道を絞っている形跡がありありと見えた。道を限定することで侵入してくる相手の行動を読みやすくし、狭い空間で戦うことで相手との数の差を極力埋める。
理想的な戦場を作り出す手腕は間違いなくそこらの山賊にできる芸当ではない。
「城って言うより、拠点って感じですね」
マシューが目を細めてそう言った。
「ただの古城を堅牢な拠点に作り変えてる。ニニアンたちの言うとうりだったな。相当に危険な奴らがあの集団を率いているらしいな・・・」
「・・・どうする?」
ラスにそう聞かれて、ハングは肩を竦めた。
「まぁ、平気だろう。本当にできるやつがあの黒衣の集団を指揮していたとしても、少なくともあの城の中にはいない」
「なんでわかるんですか?」
「奴らの配置を見ればそんなに難しいことじゃない。あれじゃ、この城を生かしきれない」
マシューの問に答えながらも城の観察に余念がなかったハングだが、しばらくして息を一つ吐き出した。
「さて、だいたいわかったから俺とラスは戻ることにする」
「えっ?俺はこのままここで待機ですか?どうすればいいんです?」
「お前は俺たちが攻撃をしかけたら奴らの倉庫を探せ。火種は持ってるな?」
マシューは合点がいったように笑みを浮かべた。
「はっは~ハングさんも悪だねぇ」
「お前ほどじゃねぇよ」
マシューを残してハングはラスと、もと来た道を戻っていった。
沈黙に耐えかねたというわけではないだろうが、ハングはほどなくしてラスに声をかけた。
「なぁ、ラス」
「・・・なんだ?」
ラスの声は緊張しているように聞こえたが、迷惑を感じているようではなかった。
「お前・・・リンのことどう思う?」
ラスはわずかに目を見張る。だが、すぐにその目元は元に戻った。
それは質問の内容に驚いたというよりも、敵陣に近いこんな場所で呑気に話を切り出したハングに対して驚いたというほうが正しかった。
ラスは少し言葉を選ぶ間を置いてから話し出す。
「・・・強い。だが、脆いように見える」
「だろうな」
納得したように頷くハング。
「そして、それはお前も大差無い気がする・・・」
「・・・だろうな」
やはり、頷くハング。だが、少しだけ自嘲するような笑みが頬を緩ませていた。
「ハング・・・」
ラスの表情はわかりにくい。皆がそう言っているのはハングも何度か耳にしていた。だが、ハングにとってはそれは当てはまらない。
ハングの名を呼んだラスに少し痛みを堪えるような影がチラついているのをハングは見逃さなかった。
「お前は・・・なんのために旅をしている?」
一人前の軍師になるため・・・
そう、答えようとしてハングはやめた。それは目的の一つではあるが、真の目的ではない。ラスを相手にしてその手の誤魔化しが効くとは思わなかった。
だからハングは端的な言葉を使ってラスに説明した。
「復讐・・・かな・・・」
「・・・そうか・・・」
ラスはそれだけを言い、押し黙った。不意に吹いた風が頭上の木の葉を揺らしていた。