【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
しばらく、雨に濡れていた二人だったが、ハングのクシャミで宿へと戻って行った。
雨の中で寝ていたので、二人揃って完全な濡れ鼠だ。
「うわ!ハングもリンもずぶ濡れじゃん!何してたの!?」
「おぉ、ウィル。いいところに、手拭いをありったけ持ってきてくれねえか?」
首肯して、飛んでいくウィルを見て二人でまた笑みを漏らす。
「っ!!」
そして、ハングは何かに気づいたように顔をリンから背けた。
ハングは自分の服の裾を絞るふりをしてなんとか気持ちをやり過ごす。
「身体の芯までびしょ濡れになっちゃった」
「あ、ああ・・・」
今のリンは服のまま川に飛び込んだようにずぶ濡れだ。そして今は曇天の空の下ではなく、油の火で明るい宿の中だ。そのせいでハングはリンを直視できなかった。
「あ・・・鞘の中にも水が・・・後で手入れしとかなきゃ・・・」
前髪から滴り落ちる雫がリンの頬を伝い、首筋を駆け下りる。彼女の長い睫毛についた雫が宝石のように光っていた。
だが、そんなことを全て吹き飛ばすのが濡れて張り付いた彼女の服だ。
彼女の体の線を主張してくるのと同時に彼女が胸に巻いたサラシが透けて見えている。
はっきりいって目の毒だった。
そう思いながらも垣間見てしまうのが悲しい男の性である。
「ハング!手ぬぐい持ってきたぞ!」
ウィルの声に身体を強張らせるハング。
「お、おう。ありがと」
そして、ハングはウィルとリンの間に体を挟み込み、ウィルの視界からリンを隠す。そして、手拭いを半分掴んでリンに放り投げた。
「リン、しっかり髪拭いとけよ。風邪ひくからな」
「ハングもね」
そして、ハングはウィルを連れて早足でその場から離れた。
その明らかに不自然な行動にウィルは少し思考を巡らせる。
そして、ニヤリと微笑む。
「ハングって意外と純情だな」
ハングはウィルの首を腕と脇で挟み込んだ。
「余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
「いたいいたいいたい!ハング!本当にいたい!あと、濡れた服が冷たい!」
「やかましい!」
ハングは頬を少し赤く染めながらウィルの首を極めたまま部屋へと戻った。
「ハングさん、絞め技の練習ですか?」
エルクが魔道について書かれた本から目をあげてそう言った。
「似たようなもんだ!」
「いたい!いたいです!いたいって!エルク!ハングを止めてくれ!」
「どうせウィルが悪いんだろ?」
「誰か助けて!!ニルス!!」
「ニニアンのとこに行ってていないよ」
「ラスさん!ドルカスさん!ケントさん!」
ラスはウィルの訴えを無視して宿から借りた書物に視線を落とした。ドルカスは少し微笑するだけだった。ケントも少し笑みをもらしたが、なんの対応もしなかった。
この宿では大部屋を借りたので傭兵団の男衆全員がここにいた。
「誰でもいいから助けてください!」
「あきらめろ!大人しく食らっとけ!」
ハングはウィルの首を固定したまま体位を変える。
そしてウィルの足を払って腹を抱えて逆さに持ち上げた。
「うわぁ!」
「おらぁぁぁあ!」
そして、そのままハングはベットの上にウィルの頭をねじ込んだ。
「ふん、そこで少し反省してろ」
沸き起こる笑い声はなんの隔たりもない。
今まで重ねてきた時間がそのまま形になっていた。
「ハング!よくもやってくれたな!」
「うっせぇ!お前が余計なこと言ったのが悪い!」
「何を言ったんだい?」
「ケントさん、聞いてください!ハングはリンの・・・」
言い終わる前にハングはウィルの首根っこを掴んで足を払った。背中からベットに叩き込んで確実に黙らせる。
「かはっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
ハングの顔が赤いのは今しがた運動したからではないだろう。その様子を見て、傭兵団の面々はなんとなく事情を察した。ハングがとり乱すことといえば大概の原因はわかっている。
「あれ?そういやセインは?」
ハングが改めて視線を巡らせてみるといつもいる顔が見当たらない。
返事はルセアがした。
「セインさんなら先程買い出しに行きました」
「この雨の中か?」
ハングはずぶ濡れの服を着替えて、体を拭きながら窓の外を見る。
「はい、なんでもセーラさんに頼まれたそうです」
「ああ、まぁ・・・納得した・・・あいつも頑張るね」
「ハングだって、リンのために外で打ち合いしてたじゃん・・・」
ベットに寝そべってぼそりと言ったウィルの腹に肘をめり込ませた。
変な音がしてウィルがようやくおとなしくなった。
「・・・ほどほどにしておけよ」
手加減はした、とラスに返したハングは代えの服を着込んだ。
その時、部屋のドアが思いきり開け放たれた。
「ちょっと!さっきからドシンドシンうるさいわよ!」
セーラが部屋に踏み込んできた。
「セーラ、君の声の方が周りの迷惑になってるよ」
「エルクは黙ってなさい!」
そう言ったセーラの後ろからリンとフロリーナ、ニニアン、ニルス、そしてずぶ濡れのセインが顔をのぞかせた。ゾロゾロと皆が入ってきて。結局この大部屋に傭兵団が集合していた。
ハングはウィルが倒れるベットに腰掛けて笑う。
「悪いなセーラ、俺がウィルで遊んでたんだ」
ハングが顎でさした先にはベットの上で未だ悶絶しているウィルだった。
「もう!次からは静かに暴れなさい」
「それは無茶だろ」
『暴れるな』とは言わないのがセーラだ。彼女が神に仕える女性とはもう誰も思っていない。そして、セーラは乱暴にエルクのベットに腰掛けた。
「エルク、私は退屈してるのよ」
遊べと、彼女は言っていた。
ハングが視線を部屋の中に滑らせると、さっきまでいたマシューが消えていた。
エルクは先程閉じた本を脇の棚に置いた。ついでにため息も漏らした。
「それで・・何か案はあるのかい?」
「もちろんあるわよ!」
セーラはセインを呼び、買ってこさせたものを差し出させた。
「どうせみんな暇なんでしょ?これで遊びましょ」
セインが差し出したのは52枚の札を用いたゲーム。トランプであった。
本来なら数占いの道具だったものが様々なルールを付けたして遊びへと変わった品だ。
「この人数ならポーカーでどう?ルールは知ってるわね?」
わからないと首を横に振ったのはニニアンとニルスだった。
「あれ?知らないの?」
「はい・・・」
「他の人がこれを使ってるのは見たことあったけどね」
「だったら、何回か見ときなさい。そしたらルールもわかるでしょ」
そして、セーラがセインに何事かを命じる。
セインは敬礼を一つして床に大量の石ころをばらまいた。
「お金を賭けるのは面倒だからこれをチップ代わりにしましょ。やらない人はいる?」
ケントとルセアとドルカスが辞退し、ラスも仕草で不参加の意図を示した。
ウィルは動けず、マシューはいない。というわけで残った面子がエルクのベットに集まった。
「ニニアン達はともかく、リンもルール知ってたのか?」
ハングがそう尋ねた。
「ええ、父さんがロルカの皆とよくやってたから」
ハングの隣に腰掛けたリンの髪からはまだ雨の匂いがしていた。
「それじゃ、親はハングにやってもらおうかしら」
「いいぜ、イカサマ禁止か?」
「当たり前でしょ」
ハングのカードを切る手つきは淀みがない。
皆にカードを配る音が雨の音に溶けていく。
皆は無理にでも明るく振舞おうとしている。それは、誰が言い出すともなく伝染した空気だった。
誰しもがわかっていた。これがおそらく最後の大休止であることを。
この先に待つのは敗北かもしれない。死が目の前に迫ってるかもしれない。
それでも、彼らは自分の意志で付いてきてくれるのだ。そんな思いを噛み締めながらハングはカードを配っていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
諸侯からの返事を携えてエリウッドがこの宿を訪れたのは日も暮れかかった頃のことだった。再会の挨拶もそこそこにして、ハングとリンは宿の一室でエリウッドの話を聞いていた。
「結論を言えば・・・キアランに隣接する5つの領地。ラウス、トスカナ、カートレー、タニア、サンタルス・・・全ての領主殿に、キアランへの干渉はしないとの意志を確認した」
その報告を聞いて、ハングの隣でリンが大きく息を吐き出した。
「エリウッド、なんてお礼を言えばいいか・・・」
それに対してエリウッドは力無く首を横に振る。
「僕がやったのはどちらにも手を貸さないということだ。つまり、僕も君たちに力を貸すことができない」
そんなエリウッドにハングは笑顔を見せた。
「それでも、俺たちの軍力を五分五分にしてくれた。礼は言わせてくれ。ありがとう」
エリウッドは少し困ったように頬をかいた。
エリウッドは謙遜しているがが、ハングはエリウッドが動いてくれなかったら結構危なかったと思っていた。
キアラン周囲の領主までもが、あの噂に踊らされるとは考えにくい。
ラングレンに兵を貸すということは早い話がラングレンに『賭ける』ということだ。
この相続問題でラングレンが勝利し、次期侯爵と相成った時の為に恩を売ろうという算段だろう。
実際に現在の単純な戦力比は圧倒的にラングレンが有利である。周囲がラングレンに兵を貸そうとする要因がここにある。
だが、エリウッドの口添えにより、それが五分五分となった。
領主が兵を出さないというのはそういう訳だ。本当にこちらが有利だと思っていれば、彼らはこちらに兵を貸してくれる。エリウッドが領主に何を言ったのかはわからないが、今の状況は決して悪くはなかった。
なにより、リンがこの戦いに勝利したとしても、キアラン領は他の領地に貸しができない。
それはリキアという国で今後もキアランが存続していくにあたり、大事なことであった。
そういう意味でハングはエリウッドに礼を言ったのだ。
「・・・勝算はあるのかい?」
「・・・勝つわ」
「それしかリンの爺さんを救う手立ては無いからな」
そう言うとエリウッドはクスリと笑った。
「ん?今、俺変なこと言ったか?」
「いや、ハングにとってはキアラン侯でもそういう扱いなんだなと思っただけだ」
エリウッドの物言いにリンが首を傾げた。
「どういうこと?」
「ハングはキアラン侯ではなく、リンディスの祖父を助けたいんだね」
「・・・ったく、言葉尻をとらえやがって。狸貴族め」
そう言ってハングは負けを認めたかのように笑った。それを見てリンも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「友人として・・・君たちの勝利を願っているよ」
「あんがとな」
「あなたの思いやり・・・決して無駄にしないわ」
三人は立ち上がり握手をかわす。
「エリウッド、今日はここに泊まるのか?」
「いや、父上から呼び出しがあってできるだけ早く戻らなければいけないんだ。今日はこのままリキアに向けて出発するつもりだ」
「そうか、エルバート様によろしく伝えといてくれよ」
「ああ。いい土産話になったよ」
宿の入口に三人で向かい、そこでエリウッドはフードを被った。
その時、彼は思い出したように二人を振り返った。
「そういえば、ハングたちは運がよかったね」
「え?」
「なんのことだ?」
フードの下のエリウッドはわずかにほくそ笑んでいた。
「例の噂、広がり具合から見て、君たちがあと少しでも速く進軍してたら困ったことになっていたんじゃないかい?」
ハングはエリウッドが言わんとしていることを悟って、苦虫を10匹程噛み潰したかのような渋面を浮かべた。
「もっと早くキアランに入っていたら、キアラン領の奥で君たちは例の噂に取り囲まれることになった。そうしたら、いきなり四方が敵だ。きっと、僕と連絡をとることもできなかっただろうね」
エリウッドの話を聞きながら、リンは目を徐々に丸くしていき、ハングはどこか明後日のほうに視線を向けた。
「僕と別れた後でどこかに寄り道でもしてたのかい?軍師さん」
「うるせぇよ、この狸貴族・・・」
エリウッドはまたクスリと笑う。
「それじゃあ、またどこかで会おう」
「はいはい、さっさと行け」
貴族相手とは思えないほどにぞんざいな言葉を放つハング。それを背中で聞き、エリウッドは夕闇迫る雨の世界へと去って行った。
「ハング・・・」
「ん?」
その時、リンの頭に去来していたのは、エリウッドと別れた直後のひと時のことだった。あの時ハングはニニアンの指輪を取り戻すために『黒い牙』を追いかけると言ったのだった。
「もしかして・・・あのとき・・・」
「俺がたかだか指輪だけの為に軍を動かすと思ってたのか?」
ハングはそう言って鼻で笑う。
「お前は俺を見くびりすぎだ」
ハングは寝室に向けて歩き出した。それを慌ててリンが追いかける。
「ちょ、ちょっと待って!あの時点でどうして噂が流れてることを知ってたの?」
「んなもん、知るわけないだろ」
千里眼じゃあるまいし、とハングは笑った。
「ただ、もし俺がラングレンの立場ならお前を襲撃すると同時にそういった流言で追い詰めると思ったからな。下手にキアランに飛び込むのは危険だとは思ってたよ」
ハングは少し歩幅を緩めてリンに追いつかせる。
「マシューを走らせて、国境付近にその種の噂が届いていなかったことがわかってたからな。どこか別の場所で数日潰す必要があった。それで、ちょうど軍内部の誰にも真意を悟らせずに寄り道できる口実を探してたんだ。特にお前に気を遣わせることなく寄り道できる口実をな」
あの時、祖父の病気の話を聞いて一番焦っていたのはリンだ。
そのリンにどう寄り道を切り出すか、それがハングの悩みの種だったのだ。
ハングの隣に並んだリンは少し剣呑な顔をした。
「いっつも思うんだけど、どうしてそういうことを全く私たちに言ってくれないの?」
「あれは情報戦だったからな、口にする言葉は少なければ少ないほどいいのさ」
ハングはリンの視線など、どこ吹く風と受け流した。
「まぁ、まさかあそこまでの戦闘になるとは思ってなかったけど。『誰かさん』が不用意に戦闘を承諾しちまったもんだからな」
満面の笑みを浮かべたハングにリンはほぼ条件反射で背筋を伸ばした。
「っと、何か質問は?」
「ハングの頭の中ってどうなってるの?」
「お前と一緒だよ」
ハングは大部屋のドアを開けた。
「8からのストレート!これでどうだ!」
「フルハウス・・・」
セインが見事に撃沈していた。
「うわ・・・降りといてよかった~」
「ニニアンさん・・・三勝目です・・・」
呆然とするセーラとフロリーナ。照れたように俯くニニアン。その横では完全に打ち負かされたセインとそれをケラケラと笑っているニルスがいた。
「意外な才能ってあるもんだな」
「本当に・・・」
外では雨がやみ始めていた。
だが、雲はまだ分厚く空を覆っていた。