【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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9章~悲しき再会(前編)~

それはキアラン領に本格的に入る前の事だった。

 

「キアラン城に辿り着くには大きく二つの道がある」

 

宿を出る前に今後の進行方向について会議を開いたリンディス傭兵団。

ハングは地図を前にして一同に問いかけた。

 

「まず、一つはラングレンの息のかかったキアラン領内の城を一つずつ各個撃破していく道だ」

 

ハングは地図の中に大きく曲がった線を書いた。

 

「この道ならラングレンの私兵を確実に潰せる。キアラン城付近でも周囲を気にする必要は無くなるが、同時に時間がかかる」

 

そして、ハングは比較的真っ直ぐな線を地図に書き込んだ。

 

「そして、もう一つ。このまま南下して城を一つ抜き、一気にキアラン城に駆け込む。短期で決着をつける方法だ」

 

ハングは改めて一同を見渡してリンの前で視線を止めた。

 

「どうする?」

 

答えは最初からわかっていた。

 

「できるだけ、早くキアラン城に着きたい。南下しましょう」

 

その時、ケントとセインがわずかに痛みを孕んだ顔になっていたのをハングは気づかないふりで通していた。

 

窓の外は未だ曇天。数日続く長雨は今も降ったり止んだりを繰り返していた。

 

ハングは地図の上に視線を落とした。インクのみで地形の描かれた地図だが、ハングはその姿を明確に思い起こせる。

 

荒い山肌、川沿いの林、見通しのよい街道。

 

『この時期は霧が多いのでな、街を巡回するのも一苦労だ。山賊を相手にするに至っては骨ばかり折れる。さっさと隠居したいもんだ』

 

そこは少しだけハングにとっても思い出のある土地だった。

 

かつて、一度訪れた。リキアを巡るその旅の途中で寄ったのだ。

ハングはその時の出来事に思いを馳せる。

 

「さぁ、行きましょうみんな!」

 

ハングはリンの声に現実に呼び戻された。

彼に夢を見る間は無かった。

 

「今日は霧が出るかもしれない、準備を怠るなよ。ケント、松明をありったけ買い込んどけ」

「はい、わかりました」

 

ハングは口から出た己の言葉がいつもより空虚であることを自覚していた。

そんなハングにリンが声をかけた。

 

「ねぇ、ハング。その抜かなきゃいけない城ってどんな人が治めているの?」

「イーグラー将軍、キアランの中でも古参の将軍の一人さ・・・本当は戦いたくない相手だ」

「強いの?」

 

リンの質問にハングは少しだけ笑って答えた。

 

「・・・ああ・・・強いよ・・・」

 

 

その言葉に潜む感情はハング本人にしかわからない。

ハングの内心など誰も気づかない。その術をハングは嫌という程に心得ていた。

 

そして、キアランを南下して1日目。

 

曇天の灰色の空が頭上に満ちていた。空気に混じる湿気が肌に絡みつく。山岳地帯に吹く冷たい風が体温を徐々に奪っていった。

 

「こりゃ、本格的に霧が出て来そうですね」

 

ハングの隣に突如現れたマシューがそうぼやく。ハングは声をかけられるまで、そこにマシューがいることに気づかなかった。相変わらずいい腕をしている。

 

「お前なら見通せるか?」

「夜目も霧目も効きますよ。頼りにしてください」

「霧目ってなんだ、勝手に言葉を造るな」

 

ハングのその台詞にマシューは少しばかり笑った。

 

「よかった、いつものハングさんだ」

「あ?なんだそれ?」

「いえいえ、こっちの話です」

 

そして、マシューはやはり忽然と消え失せた。

 

「なんだったんだ?」

 

その、単純な疑問に答える者はいなかった。

土地勘があるからと軍の先頭を一人で歩いていたハングの小さな声に反応できる者はいない。

 

ハングは再び視線を前に集中する。

 

見覚えのある山がある。

見覚えのある町がある。

見覚えのある橋がある。

 

ハングは吐き出しそうになったため息を押し殺した。気を引き締めなければならない。

今朝から感じていた虫の知らせが既に大音量で警告を鳴らしていた。ここまで嫌な予感がすることは珍しい。

 

だが、ハングは気づいていた。

 

これは『予感』などではなく、『確信』であると。

 

戦いが避けることのできないものであることをハングは『確信』していたのだ。

 

だからこそ、ハングはこのまま何事もなく過ぎてくれと願わずにはいられない。

霧が自分達を覆い隠してくれないかと期待せずにはいられない。

 

それが希望的観測であることはハング自身が一番わかっていた。

 

それでも、とハングは何度も自問自答する。

 

軍師が感情に流されるなどあってはならない。冷静に冷徹に戦場を見渡し、戦局を見通し、戦闘の結末がこの先にどう影響を与えていくのかを考え続ける。そこに感情や希望を挟んではならない。

 

そんなことはわかっている。

 

でも、それがどうしたというのだ。俺は人間だ。感情に流されて何が悪い。

だが、同時に心の奥が冷たく囁くのだ。

 

『悪いに決まってるだろ』

 

ハングは奥歯を噛み締める。

 

だが、ハングにはもう悩んでいる余裕は無かった。

 

「止まれ!」

 

山々に木霊する嗄れた強い声が響いた。

わずかに霧の出てきたこの谷に一人の男が立ちふさがっていた。

 

白銀の鎧に身を包んだ中年の騎士だ。武器は地面に付き立った荘厳な槍と、背中に担いだ重厚な斧。騎士独特の鋭くも誠実な眼光と髪の無い頭が歴戦の騎士であることを物語るかのように光っていた。

 

いや、頭は関係ないか。

 

ハングは自分の考えを即座に否定した。

 

「ハング殿!敵ですか!?」

 

後方から真っ先に駆け込んできたセインとケント。

その二人がハングの後方で急停止するのが聞こえた。

 

「げっ・・・」

「あなたは・・・」

 

セインの呻き声とケントの驚愕する声。

 

「ワレス殿!」

 

ケントの呼んだ名前に反応するかのように目の前の騎士が笑って体を揺らした。鎧同士がぶつかる金属音のみがあたりに響いた。

 

「ケント・・知り合いか?」

 

精神的に持ち直したケントにハングはそう尋ねた。

 

「はい、キアラン騎士隊の隊長を務めておられた方です」

「でも、今は引退されて畑を耕してるはずじゃ・・・」

 

今だに持ち直せないセインは呻くようにそう言った。

その問いにはワレス本人が答えた。

 

「わしもそのつもりだったがな。ラングレン殿から騎士隊に命が下った。公女リンディスをかたる不届き者を討つべし、とな」

 

隣でケントが背筋に緊張を走らせた。

 

「あなたまで、我らを疑うのですか!?」

 

そう言いながらもケントは腰元の剣の柄に手をかけている。それを見て、ハングは一歩足を引いた。この状況で戦闘となれば自分が足でまといになるのはわかりきっていた。

 

ハングは目だけで周囲の様子を確かめる。

近くの林に目を向け、空を見上げる。

どうやら、伏兵の様子はない。このワレスという人は単身でハング達を待ち構えていたようだ。

それは自分1人でも問題を解決できるという自信の表れだ。

 

「リンディスを名乗るその娘をわしの前に差し出せ」

 

ワレスはわずかに殺気を込めた声でそう言った。

 

「リンディス様をどうしようというんです?」

 

セインが一歩前に出た。だが、ワレスはそれに臆することなど微塵もなく言い放った。

 

「返答いかんによってはここで討つ」

 

その場にいた三人の背筋にゾクリと全身に悪寒が走った。

ワレスは槍を構えたわけでも、斧を取り出したわけでもない。

だが、その身に滾った純然たる殺気に完全に当てられていた。

 

逃げ出したいほどの緊張感だったが、三人は歯を食いしばって耐える。

ここで、足を下げるわけにはいかなかった。

 

「ならば、我らも従うわけには参りません」

 

ケントが気丈に振舞ってそう言った。

 

「そうか、ならば・・・」

 

ワレスが槍を構えた。戦闘は避けられない。ハングがそう直感した時だった。そこに聞き慣れた声が飛び込んだ。

 

「待って!」

 

ハング達の後ろからリンが歩み出る。

 

「リンディス様!ちょっ!!」

「何してんだ!前に出てくんな!」

「お下がりください!」

 

セインとケント、ハングの三人がリンとワレスの間に立つ。

だが、それを押しのけるようにしてリンは前に出た。

 

「私よ。私がそうよ!」

「ほう」

 

リンが前に出て、ワレスが槍をおさめた。

だが、ハング達3人はいつでも飛び出せるように全身に気を巡らせていた。

 

「信じてくれないならそれでもいい。でも、仲間同士で戦うような真似はやめて!」

 

リンの澄んだ声が周囲の山々に響き渡った。その間に後方にいた仲間がこちらに追いついてきた。

 

「すんません、リンを押さえておけなくて・・・」

「ごめ・・んなさい・・・」

 

ウィルとフロリーナの謝罪を聞きながらもハングの視線は常にワレスを捉えている。

ワレスは顎に手をあてて、少しだけ考える素振りをした。

 

「・・・ふむ」

 

そして、ワレスは納得したように頷いた。

 

「きれいな目をしているな・・・」

「え・・・?」

 

そして、ワレスは何を思ったのか急に笑顔になった。それは長い年月を経た岩石が丸く削られたかのような笑顔だった。空気が突然に弛緩していく。

 

「わしは三十年騎士として生き、一つ学んだことがある。こんな澄んだ瞳をもつ人間に悪人はいない」

 

そして、ワレスは声をあげて笑い始めた。

 

「ふはははは、いいだろう、気に入った!わしも、お前たちと戦わせてもらうぞ」

 

そして、豪快に槍を振りかざす。

 

「ほ、本気ですか?」

 

ケントが驚きを隠せずにそう言った。

あまりにもな鞍替えに動揺してしまったのはむしろこちら側だ。

 

「このわしは、キアランに忠誠を誓った身。正当な君主に仇なす輩を許してはおけん。さぁ、いくぞ!イーグラーの私兵も動き出している!この軍の指揮官は誰だ!?」

 

雰囲気に呑まれながら、ハングが名乗りをあげた。

 

「俺です」

「ふむ、なかなかにヒヨッコのようだが?ほう、リンディス様が信頼を置いてると?ならば良いだろう!さぁ、どう動く!さぁ、さぁ、さぁ!」

 

詰め寄り、肉体的な圧力で迫るワレス。ハングはそのあまりの積極性に身を引きながらもいくつか指示を出し始めた。

 

その後ろでケントがリンにこっそりとワレスの感想をこぼしていた。

 

「・・・相変わらずだな、あの方は・・・」

「でも・・・いい人みたいね」

 

リンもワレスの悪意の無さはよくわかっていた。

 

「はい。尊敬できる方です」

 

ワレスは手近にいたセインを引きずりながら、豪快な態度で道を進み始めた。

 

「さあ!行くぞ!このわしが全ての攻撃をはじき返してやるわ!」

「ワレス様!道はそっちじゃありません!」

 

セインの声と、ハングのため息が同時に聞こえた気がした。

そして、ハングの声が飛ぶ。

 

「総員!聞け!こっから先は霧の中の戦いだ!俺の指示は不明瞭になる。今回の策の全貌を今からお前らに叩き込む。間違った動きをすれば仲間が死ぬことになるぞ!」

 

 

ハングは皆を集めて策を伝授した。

 

もう、引き返せない。

 

そんな思いを押し殺しながら。

 

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