【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
相変わらずの曇天。今にも雨粒が落ちてきそうな空の下をハングは険しい顔で周囲を観察していた。
キアラン城が近い。
その為に自ずと皆の口数も少なくなっていった。既にケントとセインは馬に乗って戦闘体制。ウィルもラスも弓に弦を張っている。馬のわずかな嗎も、足音の草を踏みしめる音もやけに大きく聞こえる。
「ニルス・・・」
ハングは少しだけ歩きを緩めてニルスの隣に並んだ。
「なに?ハングさん」
「なんか一曲頼んでいいか?」
「え?今?」
「ああ、今だ」
ニルスはハングを見てそして隣の姉を見た。
「どうも気分が滅入る。もうすぐ戦闘が始まると思うと余計にな」
「いいの?」
「構わねえさ、できれば歌があるようなのがいいんだが。なぁ、ニニアン」
「わ、私ですか?」
「歌は専門外か?」
「いえ、そういうわけではないんですが。突然だったもので・・・」
ハングは二人に笑いかけた。
「頼めるか、二人とも」
「うん!」
「わかりました」
ニルスは一呼吸おき、歩きながら唇を横笛にあてた。何時の間にか、傭兵団の皆の視線が二人に注がれていた。ハングは張り詰めていた緊張の糸が緩めるかのように息をついた。
そして、横笛の調べが流れ出す。
梟の鳴き声のような、風の囁きのようなそんな音色。
山から草原を見渡した時のような高揚と厳かな教会で静かに祈りを捧げる時のような静謐。矛盾した様々な感情を包括したようにして曲が始まった。
そこにニニアンの歌声が同調していく。
どこぞの国の言葉とも知れぬ歌。それゆえに声という楽器を奏でているかのような印象を周囲に与えていた。
その歌声は耳朶を介さず、直接心に届くかのように自然と各々の中に染み込んでいった。世界の音が彼女の歌声の裏に隠れたかのように静まり返る。今この時だけはニニアンの歌声だけを皆が聞いていた。
昂ぶるでもなく、沈むでもなく。
ただ、滔々と流れる一つの曲が心地よくあたりに流れていた。
ある者は眉を緩め、ある者は目を閉じ、またある者は涙ながらにその流れる音楽を聞いていた。
これからくる戦いを忘れるかのように・・・
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「リンディス様、山を迂回すればキアラン城が見えるはずです」
そう言ったケントの声はやはり緊張感に包まれていた。イーグラー将軍の城からここまで、一度も敵兵に遭遇していない。ラングレンは私兵を一点に集めて確実にこっちを撃滅する気であろう。
「全てはこの戦いにかかっています」
ケントが強い声で言った。
「あてにしていた近隣の領地からの援軍も出ない今・・・ラングレン殿も死力でかかってくるでしょうから!」
セインはこんな時でも相変わらずの軽い口調だ。
「俺たちがイーグラー将軍の城を抜いたことでラングレンの息がかかっている地方の部隊にも揺らぎがある。叩けるとしたら今しかねぇだろうな」
ハングの声もいつも通りだ。
「おじいさまにお会いする・・・それだけのためにここまで来たんだもの!」
リンの声は少しだけ上ずっていた。
「ですがハングさん、数は向こうが圧倒的に有利です。まともにぶつかれば勝ち目は無いですよ」
「ちょっと、エルク!これから戦いだっていう時になんでそんなこと言うのよ!」
「いや、僕は単なる事実を・・・」
エルクはうめき声をあげながら、セーラに首を揺さぶられていた。
セーラは徐々に静かになっていくエルクを無視して、ハングへと向き直る。
「そんなもん!突撃してぶっ飛ばせばいいのよ!ねぇ、ハング!」
「いや、さすがにそれは策とも呼べねぇぞ」
ハングはため息混じりにそう言った。そうこうしてるうちに、半ば首を締められていたエルクがのっぴきならない状態になっていた。
心配したフロリーナがセーラに近寄る。
「あ、あの・・・セーラさん・・・エルクさんが・・」
だが、フロリーナの小さな声など聞こえるはずもなく、セーラは変わらずハングに正面突破を進言していた。
「ほっときましょ、フロリーナ。いつものことよ」
リンそう言って視線をハングに移す。
「ハング、策はある?」
その返事はハングではなく、ワレスから来た。
「なーに、リンディス様!敵兵の十人や二十人、ワシが盾となって防ぎ、この槍で吹き飛ばしてくれよう!」
そう言って高笑いしたワレスだが『さすがにそれは無理だろう』との心の声が複数聞こえた気がした。
「ワレス殿の能力は買いますが、さすがにその動き方では時間がかかり過ぎます。今回は短期決戦でいきます」
「むぅ、そうか・・・ならワシは何をすればいい?」
ハングはニヤリと口元を歪め、目元をわずかに細めた。
「まともにぶつかれば勝ち目はない。だったら、戦う必要なんてないってことだ・・・ラングレンの戦略には先手を取られた。なら、戦術ぐらいはこっちが先手を取らないとな」
ハングはそう言って不敵に笑う。
これから戦場に向かう彼等にとってこれ程に頼もしい笑顔はない。
ハングは降り出した雨を飲み込むかのように空を見上げた。
「後世に伝えることもないくらいにさっさと終わらせてやるさ」
ハングは空に鳥の群れを見つけ、敵兵の位置を大まかに予測する。
ハングは後ろを振り返り、声を張り上げた。
「さぁ、行くぞ!!リンディス傭兵団の最後の戦いだ!」
皆から帰ってきた返事にはもはや一片の緊張感もなかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
『俺達はキアラン城の東側に広がる森を主戦場にする。そこに何がなんでも敵兵を誘い込む』
ウィルとエルク、そしてマシューの三人は先行し既に森の茂みに姿を隠していた。
おまけに付いて来たセーラには念のために木片を噛ませている。そうすればどうあっても無駄口を叩くことはできない。
四人は息を潜め、その時を待つ。
降り出した雨が草木に当たって音をたてていた。この天気では火攻めを行われる可能性は皆無。この雨はハング達にとって恵みの雨であった。
『ワレス殿、あなたはガタイがあってよく目立ちます。陽動を任せます。できるだけ平原で暴れてください。ラス、ドルカス援護してやれ』
森とキアラン城の間の平原。川にかかる橋から森まで続くわずかな平地でワレスとドルカスが敵軍と接触していた。
「ウハハハハ!貴様ら、それでも誇り高きキアラン兵か!?ぬるい!ヌルいぞ!!」
ワレスの斧が飛び、槍が血しぶきを描く。一人で前に出ているように見えて、ドルカスとラスが確実に死角を防る立ち位置を維持する。暴れながらでもそこまで行う手腕は歳の甲と言えよう。
比較的無口な二人を従え、ワレスはその場で暴れまわっていた。
『ルセアとフロリーナはニニアンとニルス姉弟の警護をしながら後詰を頼む。ワレス殿が危険なら援護を、危険が無いならまだ待機だ。まぁ、ワレス殿が危険に陥るなんてせいぜい撤退時ぐらいだろうがな。ニニアン、ニルス。この視界の悪さで敵が【シューター】を持ち出してくるとは思えないが、念のためだ・・・お前らのチカラ、あてにさせてもらうぞ』
ワレス達が暴れる場所から離れた場所でフロリーナとルセアは息を潜めていた。
目立つ純白のペガサスは更に後方だがフロリーナの指笛一つで駆けつけられる位置にいた。
『奴らがワレス殿に対して数の圧力をかけてくるなら、援護しつつ後退。戦線を維持するようならワレス殿が疲労するまで待機してから後退だ。とにかく、敵に森の中に逃げ込んだという印象を与えろ。できるだけ気取られるなよ』
そして、敵は前者の方法をとった。ワレス達が少数であると高をくくり、他の仲間と合流される前に各個撃破せんと数を投入し続けてきた。
「くっ!!まだ・・・まだまだだぁ!!」
「・・・ワレス殿・・・」
「むっ」
「下がるぞ」
ワレスは敵の攻撃を受け止めながらも冷静に状況を見極める。自分の闘志はまだ衰えていない、倍の敵兵に囲まれてもこの無口な斧使いと弓使いが後ろにいるならばこの場で戦える自信があった。
だが、二倍は相手にできても三倍は無理だ。
「確かに潮時か。ワシが殿をつとめる。森へ逃げ込め」
ワレスに対してラスとドルカスは小さく頷いて徐々に後退を始める。そこにルセアとフロリーナも加わり撤退を援護する。そして、彼らは予定していた地点まで来ると脱兎のごとく森へ駆け込んだ。
「逃がすな!追え!!」
「ここが手柄の稼ぎ時だ!!進め進め!!」
次々と森へ飛び込んでいくラングレンの兵達。
『敵が森に入ってこなかったら、ワレス殿にはもうひと頑張りしてもらいます。とにかく注意を引いて森へ逃げる。その繰り返しです。そして、敵が森に入ってきたら、後は単なる【隠れ鬼】だ。見つけた奴から確実に消していけ』
最後尾が森に入ったのを確認したマシューとウィル。彼らは木の上からその最後尾の敵兵に狙いを定めた。
マシューが合図を出した途端、、ウィルが弓矢が掃射を開始した。さらに別の木の上からエルクの炎が降りそそぐ。エルクの炎は雨で木々に燃え広がる危険が少なく、容赦ない火力を注ぎ込む。
「うわぁ!」
「なっ、どこから・・・」
「後ろからだ!」
「やめろ!固まるな!!一網打尽にされるぞ!馬を捨てて散れ!」
退路を断たれたラングレン兵は森の中に散り散りになっていく。それでも味方の位置を確実に把握する距離を保ったままの行動。さすがに訓練された騎士である。
『そうなったときに奴らの取れる選択肢は多くない。一団になって逃げるか、それとも散会して危険な範囲を潰しつつ森全体を制圧するかだ。どっちにしろ、戦力の投入が不可欠だ』
キアラン城の城門にて佇むラングレン。そのもとに伝令が駆け込んできた。
「ラングレン様、敵兵は森の中に逃げ込んだようです。森の中には伏兵多数。入った部隊がことごとく消息を断ちました」
「ふざけるな!ならば森から確実に燻り出せ、そんなに広い森ではない!全勢力でもって逆賊をうち滅ぼせ!」
ラングレンはその場にいる近衛の兵達も繰り出して前線へと投入していく。ここで戦力の逐次投入は愚策だ。見通しの悪い森ではただでさえ各個撃破される危険性が高い。
ラングレンの決断は決して間違ったものではない。
『もし、敵が増援を送ってきたらその後は【逃げ鬼】だ。できるだけ時間を稼いでくれ。その間に、俺たちは・・・』
「まったく・・・使えぬ奴ばかりだ。たかがサカの小娘に率いられた傭兵すら潰せぬとは・・・」
ラングレンは雨に煙る森を見ながらそう呟いた。その森に自分の兵達がなだれ込んでいく。敵兵の総戦力は把握している、あの数の有利を覆すことなど天地がひっくり返ってもあり得ない。
ラングレンはそう確信していた。
「部下が使えないんじゃなくて、指揮官が無能なんじゃないのか?」
「誰だ!!」
ラングレンは槍を構えた。
『皆が敵を引き付けてる間に、俺たちは南の川を渡ってラングレンに奇襲をかける。戦いを素早く終結させる方法は昔から二つだ・・・糧食を断つか、敵の指揮官を殺すかだ』
キアラン城の城門前。ラングレンの周囲には最低限の護衛が二人。対する正面には四人。
「よう、あんたがラングレンか?リンとは似ても似つかない嫌な面してるな。本当に親戚か?」
ハングはセインの馬から降り、からかうような口調でそう言った。
「貴様ら!一体どうやってここへ!?」
「南の川からだよ。しかし、橋を落としてるとは思わなかったぞ。全く、おかげで大分遠回りする羽目になった。しかしラングレン殿、予想通りに動いてくれて本当に大助かりだ。お前の戦術次第ではあと何通りか動きようがあったんだが。最低限の損害ですみそうだ」
ハングは剣を引き抜く。それに応じるように周囲の殺気が否が応でも高まっていく。
「普段は神なんか信じねぇけど。祈っといてよかったかもな・・・さぁ・・・終わらせようか。この糞ったれな内乱をよ!」
ハングのその言葉が最後の号砲であった。
ケント、セイン、そしてリンが手に武器を取り、心に鎧を纏った。
降り続く雨がただひたすらに音をたてていた。