【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
武器を構えるラングレン。彼は油断なくリンの周囲にいる人間に視線を巡らせた。旅人と騎士二人。ラングレンは知った顔に声をかけた。
「おまえは・・・ケントか」
ケントは相変わらずの生真面目な表情だ。
「ラングレン様、これまでの妨害の数々・・・もはや、言い逃れかないませんぞ!」
「愚か者め!」
唸るようにそう言い、ラングレンはセインにも声をかける。
「セイン・・・おまえは、堅物のケントと違って話のわかる男だな。リンディスを裏切ってこちらにつけ。地位は保証してやるぞ」
対するセインはやはり相変わらずの軽薄な笑みを浮かべたままだ。
「・・・ありがたいお申しで、痛み入ります」
セインのその一言に心を動かしたのはラングレンだった。
「では・・・」
ハング達に動揺はない。セインの答えなど聞くまでもなくわかっていた。
「でも、俺、その堅物との相棒関係解消する気ないんですよ。それに、仕えるんならあんたより、断然リンディス様がいい!」
「はははは!それでこそセインだ」
ハングが笑い、そしてラングレンはわずかに唇をかむ。
「痴れ者共が!その選択後悔させてやるわ!!名門キアラン家に、サカ部族の血などいらぬ!!ここで、わしが貴様らもろとも討ち取ってくれる!!」
ハングは剣先をラングレンに向ける。
「ふざけんなよ、血に色でもあるのか?お前の血もリンの血も変わらねぇ赤だ!誰が継ごうがな、仕事さえこなせりゃ領主なんて誰でもいいんだ!てめぇは、自分の欲望にそれらしい理屈をつけてるだけだ!!」
「なんだと・・・」
怒りで顔を赤くするラングレン。
ハングの隣でリンもまた剣を向ける。
「あなたが自分の欲のためにおじい様やこの領地を巻き込んだこと、私は・・・私は絶対に許さないっ!ラングレン! 覚悟っ!!」
「小娘が!!」
ラングレンの持つ槍が怒りで震えていた。
ハングは一呼吸置き、声を張り上げる。
「いくぞぉ!」
ハングのその声に応じるように騎士両名がラングレンめがけて駆け出した。
金属音が響く。二人の武器はラングレンの側近に止められた。だが、二人はすぐさま次の行動を開始していた。ケントとセインは武器を操って、その側近を外へ外へと押し出す。
ラングレンはその瞬間に騎士両名の意図を察した。最初から側近を引き離すことが目的だ。ならば、本命は・・・
次いで生じた乾いた音。ラングレンの槍を持つ手が軽い衝撃と痺れを訴える。既にリンが剣の間合いにラングレンをとらえていた。
騎士二人は援護、本命はリンだ。
再び振られるリンの剣。ラングレンはその剣戟を槍で大きくはじき飛ばした。
流れたリンの体に今度はラングレンが持ち出した斧が迫る。だが、そのわずかな隙にハングが切り込んだ。絶妙の間合い。ラングレンは攻撃を手元で止めざるおえなかった。ハングの攻撃を防ぐために、間合いを取ったラングレン。そこに、リンの突きが繰り出される。
ラングレンは苦い顔をして、斧を手放し、盾を取り出してそれを受け止めた。ラングレンは空いた手で槍を再び突き出す。リンはそれを頬の薄皮一枚を犠牲にして回避した。
ハングが横から剣を振るうもラングレンの装甲の前に防がれた。
ハングは不利を悟り、リンの服をつかんで後方に飛んだ。
間合いを取って呼吸をはかる。
状況を察したセイン、ケント両名も後退してくる。
雨が石畳をうつ。はるか遠くで戦いの音がまだ響いていた。
「あんまり時間かけてられねぇんだけどな」
ハングの小さな声は雨に煙って断片的にしか聞こえない。だが、不思議と何を言ったのか周囲の三人はわかっていた。左右の騎士二人は大怪我こそしていないものの、多少の傷を受けていた。そしてそれはラングレンの側近も同等である。
さすがになかなかの手練れだった。
本当なら素早く側近を片付けて四対一に持ち込みたかったのだが仕方ない。そう易々とはいかないようだった。
緊張の糸が張り詰め、そして切れる
ラングレンが斧を拾い上げて投げつけてくる。回避が面倒で、ハングが左腕で弾き飛ばした。
その隣でリンが爆発的に加速した。一気に間合いに踏み込み、切り上げる。
「ぐっ!」
【マーニ・カティ】は精霊の宿る剣。それはラングレンの装甲を易々と切り裂いた。
「小娘がぁぁぁ!!」
だが、浅い。ラングレンの反撃がくる。その槍をセインの槍が阻む。
リンに群がろうとする側近の一人をケントが、もう一人をハングが受け持った。
セインが槍でラングレンを止めている間にリンが再び懐に飛び込んだ。
「覚悟ぉぉ!」
ラングレンの首を飛ばさんと白銀の軌跡が描かれる。
「甘いわ!」
槍の柄でリンの剣を受け流したラングレン。その勢いのままセインを吹き飛ばし、槍の切っ先をリンに向けた。
「死ねぇぇぇ!」
激しい音がした。
「痛ぇえなぁあ!」
「なっ!バカな・・・」
ハングがラングレンの槍の切っ先を左手で受け止めていた。その間、ケントが側近二人を抑え込んでいる。
「リン!」
ハングが名前を呼ぶより早く、ハングの肩に重みが加わった。ハングの肩を踏み台にしたリンの足裏の感触が消える。リンがラングレンへと至る最後の間合いを潰した。
大上段に構えた剣。【マーニ・カティ】を一気に振り下ろす。肩口に入った一撃は袈裟斬りにラングレンの鎧ごと切り裂いた。
降り注ぐ雨に赤き水滴が混じる。誰しもの呼吸も雨音にかき消される。ラングレンが己の血だまりに膝をつく。
「いまいましい・・・サカの小娘めが・・・キアラン侯の座は・・・ワシの・・・」
身体から噴き出す血。それでもなお、ラングレンは槍を支えに立ち上がろうとしていた。
だが、それも長くは続かない。雨に濡れたラングレンの身体はゆっくりと地面へと吸い込まれていった。
武器が落ちる音がした。それはラングレンの側近が投降した音だった。
「ケント!セイン!早急に城内の制圧及び救援部隊の組織を急げ!仲間がまだ森で戦っている!」
「はっ!」
「お任せお!」
投降した二人を引き連れてケントとセインが城内に駆け込んで行った。
残されたのはラングレンの遺体、そしてサカの民と旅の軍師だった。
「終わった・・・のね・・・」
「ああ・・・」
ハングが自分の剣を鞘にしまう。そして、おもむろにマントを脱ぎ、遺体を覆った。
「彼は・・・どうして・・・」
「『兄に毒を盛ったのか』か?」
「うん・・・」
ハングは今も見開かれているのラングレンの目を閉じさせる。
「権力は衣の上から着るのだと王は言い、野心を持たず民に尽くせと神父は言った。だが、彼らの言葉はいつの世も真に聞くべき者に届かない」
ハングはそう言いながらも死装束を整えていく。
「知らないか?アムロス・ラーダっつう学者の言葉だ」
リンは首を横に振る。
「権力に取り憑かれた人間はいつの時代にもいた。彼らは更なる権力を求めて愚行を犯す。戦争ってのはな、突き詰めていけば権力の奪い合いでしかないんだ・・・土地を治める権力、兵を率いる権力、税を取り立てる権力・・・」
ハングはリキアの流儀で簡単に祈りを捧げた。
「リン・・・お前は・・・こうなるなよ」
ハングの隣でリンがサカのやり方で死者の弔いを行う。
背中を打つ雨は何時の間にかやんでいた。
祈りを終え、見上げた空からは何の因果か眩しい光が降り注いでいた。
「終わったのね・・・」
「ああ・・・終わったんだ・・・」
こうして、リンの大伯父であるラングレンはその生涯を終えたのだった。
その後、さほど時を待たずして城門から一人の男性がこっちに歩いてきた。見るからに文官の出で立ちの人間であるが、その懐に何を忍ばせているかはわからない。リンとハングは警戒心を持って対応した。
「リンディス様・・・ですね」
「あなたは?」
リンの問いにその男性は失礼を詫びるかのように頭を下げた。
「キアラン侯爵家の宰相を務めます。レーゼマンと申します。ケントとセインからお話しはお聞きしております。そちらの方がハング殿ですね」
「ああ・・・」
ハングはそう言って、強い視線を送る。
「レーゼマンさんは今まで何を?」
「ラングレンに監禁されておりました。私が信用できないのでしょうか?」
ハングは肩をすくめた。
「まぁ、そうだな・・・レーゼマンの名前はキアランの善政の中でも有名だ。あんたが本人であるなら、信用に足るわけだが・・・」
ハングは奥でセインが親指を立てて合図するのを遠目で見やる。
「まぁ、平気そうだ」
レーゼマンは静かに微笑んだ。
「それで、キアラン侯爵の容体は?」
「ラングレンが侯爵のお食事にこれまで毒を盛っていたようで、すっかり体を壊されて・・・ずっと床に伏せっておられます」
ハングはリンの方を向いた。
「会って来い・・・」
「うん・・・」
リンはレーゼマンを引き連れて城内に駆け込んで行った。
一人、取り残されたハング。だが、すぐに城門の中から大量の蹄の音がしてケントとセインが飛び出てくる。
その後ろには装備を固めた騎馬部隊が続いていた。
「ハング殿、お一人ですか?」
「今、俺が必要なのはあいつじゃない、ウィル達だ。さぁ、いくぞ・・・戦いは終わったが、皆の命の危機は去ってねぇんだ」
ハングはセインの馬に飛び乗った。
「この内戦の立役者は随分働きますね」
「ここは、リンの土地だからな」
セインの軽口に一発くらわせ、ハングは後ろを振り返った。
「んで、こいつらはその立役者に従ってくれるわけだ」
「はい、信用してください!!」
ハングは後ろにいるおよそ百名の兵隊に素早く指示を送り出した。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「・・・誰じゃ」
そこは悲しみに満ちていた。
「わしは、誰にも会わぬと言っておるだろう」
レーゼマンに案内されて入ったキアラン侯爵ハウゼンの居室。
空気は淀み、すえた臭いがこもっていた。だが、それ以上に部屋の主の悲しみが池の底の泥のように溜まっていた。
「なにをしておる!早くでていかんか・・・」
やっと会えた家族。だが、その人は横になったまま扉の方を見ようともしない。
その声の端々にはもう絶望が顔をのぞかせている。
床の周りをとりまくものが死の影だと錯覚してしまう程にキアラン候ハウゼンはやせ細っていた。眼窩は落ち込み、顔の皺一つ一つが痛みをはらむかのようにひどく歪んでいる。
その死の臭いの中にリンはためらうことなく足を踏み入れた。
「・・・あの!私・・・リンディス・・・です」
小さい声ながらはっきりと、その声は部屋の中に響いた。
「リンディスじゃと・・・まさか」
ハウゼンが体を起こす。
「父の名はハサル、母の名は・・・マデリン」
リンの言葉の一語ずつがハウゼンの体に力を与えているかのようだった。
「十五の歳まで草原で育ちました」
リンの言葉は震えている。流すまいと決めた涙も、振り向くまいと決めた心も、今は何も関係が無かった。
「・・・まことなのか?こっ、こっちへ顔をよく見せてくれ・・・」
リンはハウゼンの寝る床(とこ)の傍にまで踏み込んだ。
窓から差し込んだ日の光が彼女の顔を照らし出した。
「おお・・・ま、間違いない・・・マデリンによく似て・・・おお、おお・・・」
ハウゼンの目元から零れ落ちる雫は頬を伝い、寝具に黒い染みを残して消えていった。
もう、リンに我慢するものなど何もなかった。
「おじいさま!!」
彼女は家族の胸に飛び込んだ。涙で頬を濡らし、固めた心を溶かしながら、彼女はしっかりと祖父の腕の中で抱きとめられた。彼女はやっと家族に出会えたのだ。
「ラングレンは、娘は死んだと言っておった。孫の・・・おまえも・・・死んでしまったと・・・よくぞ・・・よくぞ生きて・・・・・・おお・・・神よ・・・!」
とめどない涙を流しながら、ハウゼンは天を仰ぎみる。孫娘の温もりをその全身で感じて、愛すべき者の命に心から感謝をささげていた。
「父と母は昨年、山賊によって・・・命を奪われました・・・私だけ・・・こうして・・・生きて、お目に・・・」
時折しゃくり声をあげながら、リンは語る。
「リンディスよ、この愚かな老人を許してくれ。わしが、二人を認めていれば・・・山賊に襲われることなどなくこの地で、平和に暮らせたろうに」
ハウゼンもまた涙ながらにそう語った。リンは祖父の腕の中で首を横に振った。リンディスはもう一度祖父の顔を見るかのように彼の腕の中から離れた。
「おじいさま。私たち親子は家族三人、ずっと・・・幸せに暮らしてました。悲劇はおきてしまったけど、でも・・・それまでは本当に本当に幸せだったんです」
赤く目を腫らし、それでも過去の草原での日々を思って笑うリン。
「そうか・・・マデリンは幸せに生きたのだな・・・それを聞けただけでもよかった・・・・・・」
そこには確かに幸せがあったのだ。心の奥底からのリンの言葉にラングレンは再び涙を流した。
そして、そこには別の意味合いが込められていた。
「ありがとう、リンディス。これで思い残すことはない・・・」
途端、リンの頬に赤みがさした。
「そんなこと言わないで!!」
だが、ハウゼンは力なく首を横に振るだけだった。
「リンディス、わしはもうだめじゃ・・・長く毒に蝕まれた体はもとには戻らん・・・・・・」
うつむいてしまうハウゼン。そこにはまだ色濃い影が居座っていた。リンはそれを払拭するように一度頭を振る。そして、彼女は祖父の手を取った。
「心を強くもって、おじいさま!治るって信じるの!!」
節くれだった固い手であり、皺だらけのやさしい手。痩せてしまっても確かにそこには温もりが残っていた。
「草原では、心の強さが病を払うと言われているわ!私がついているから負けないで、おじいさまっ!!」
「・・・おまえが一緒に?」
「そうよ」
リンは包み込むようにもう一つの手を重ねた。
「これから一緒にお話したり散歩したり、音楽を聴いたり・・・!たくさん、たくさんしたいことがあるわ!」
強い瞳で、強い意志で、彼女は語りかける。自分の命を分け与えん覚悟で、彼女は思いの長けを解き放った。
「それは・・・楽しそうだ・・・」
ハウゼンの目元に皺がよる。今までの痛みや老いを背負った皺ではない。希望と喜びを蓄えた、柔らかな皺だった。
「そうでしょう!?それから、元気になったらおじいさまにも、草原に来てほしいわ。どこまでも広がる空、風わたる草の海・・・母さんが愛した大地をおじいさまにも知っていただきたいの!」
「マデリンの愛した大地・・・そうだな。わしにはまだ、たくさん、やることがあるな」
リンが包む手に力がこもる。それに呼応するようにハウゼンの手にも力が宿っているようだった。
「がんばって、おじいさま!!」
「リンディス・・・」
ハウゼンが差し出した腕の中に、リンはすっぽりと収まった。
己の意地のために家族を手放してしまったハウゼン。
他者の欲望のために家族を失ってしまったリンディス。
家族を失った人生。そんな二人はお互いの何かを埋めるかのように、お互いの命の間にある絆をただ感じ続けていた。