【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
楽しい時間も、忙しい時間も早急に流れていく。
少し冷えてきたと感じる頃にリンは祖父を床につかせた。
「ありがとう、リンディス。お前が帰ってきてから楽しい毎日だ。最近、夕食に出てくる臭いのキツい食材だけは勘弁してほしいがな」
ハウゼンはよく笑うようになった。それはずっと仕えてきた人々から教えてもらったことだ。とても良い兆候だと、リンは単純にそう思う。
『笑うことはいいことだ。それが悪魔を祓うってのはどこの国の教えだったかな?』
ハングの声が頭の奥から響く。リンは思わず首を横に振った。
最近、本当にハングのことを思い出すことが多い。この頃ハングが文官の仕事を手伝ってるために会う機会が減ってしまっていたからだろうか。今日もハングに出会ったのは三日ぶり、というか戦いが終わってから初めて会った。
だからといって、彼のことを思い出すのもなんだか変な話のような気がする。
「ハングくんのことを考えていたのかね?」
「えっ!!」
リンは驚いて顔を上げた。ハウゼンはまたくすぐったそうに笑った。
「リンディスは彼のことを考える時にいつも悩むような顔をする」
リンは目を大きく見開いて何度も瞬きをした。
まったく自覚が無かった。
「ハングくんは面白い人だ」
「おじいさまはハングとお話を?」
「ああ、どうしても私の判断を仰がなければならない書類はだいたい彼が持ってきてくれてるんだ。レーゼマンのはからいでね」
リンは少しの間呼吸を忘れてしまった。完全に初耳だった。
「彼は良い青年だ。彼なら私も依存はないよ」
「な、ななんの、話ですか?」
ハウゼンは堪えきれずに大きな声で笑い出した。そこで、リンはからかわれていたことをようやく理解した。
「ハングくんの言う通りだ。リンディスはからかうといい反応をしてくれると」
ハングのやつ・・・
物騒な文句を心の中でいくつか並べ立て、リンは立ち上がった。
「おじいさま、最近は冷え込みますから暖かくして眠ってくださいね」
「わかっているよ。なんだかリンディスは祖母に・・・私の妻に似てきたな・・・」
リンはそれを聞き、嬉しそうに笑った。リンはハウゼンに手を振って部屋を後にした。
「本人達に自覚が無いこともそっくりだなぁ・・・」
外から見える夕焼けを見ながらハウゼンは終始子供のように笑っていた。
「ハウゼン様、お食事です」
「むぅ、またこの臭いか・・・」
刺激臭とも違う、腐敗臭ともちがう。大蒜の臭いというのはどうも慣れない。
「ハウゼン様、残さず食べてくださいね。ハング殿からきつく言い渡されてるんですから」
「むぅぅ・・・」
ハウゼンが飲まされていた毒物を調べた結果、その解毒薬として大蒜が候補にあがったのだ。ハング本人も何度もハウゼンに言い含めているが、ハウゼンはどうしてもこれが苦手なのである。
ハウゼンは渋い顔をして、大蒜を口に運んでいった。
それはハウゼンが一日のうちで苦い顔をする数少ない機会だった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
夕闇の迫る城内であったが、リンはなんとなく居室に戻る気がせずに、ぶらぶらと城内を歩き回っていた。そんなリンの耳によく聞き慣れた音が飛び込んだ。
木剣を打つ音、馬の嗎、気合いの叫び。鍛練の音だ。
リンは音を頼りに訓練所へと足を踏み入れた。
「リンディス様!」
「リンディス様がいらしたぞ」
「お美しい・・・」
リンはすぐに失敗だったと思ったが後の祭りだ。基本的に洋服を着るリキアではサカの民族装束はよく目立つ。注目を集めてしまったリンはその場で踵を返してしまうことまで考えたが、さすがにそれを実行はしなかった。
少し愛想笑いを浮かべて手を振る。ぎこちないながらも誠意だけは伝えようとした。
「リンディス様、こちらに何か御用でしょうか?」
「あ、ケント。いえ、特に用は無いのだけど、散歩してたら鍛練の音が聞こえたものだから」
見知った顔に出会ってようやく息が吐ける。
「そうですか、ではこちらにどうぞ。人目につく所は気が安まらないでしょうから」
「ありがとう」
リンはケントに連れられるままに、訓練所の中でも人気の少ない場所へと向かった。広々とした訓練所には見知った顔ぶれが並んでいた。
「リンか・・・」
「おおぉ!リンディス様!今日もお美しい!」
打ち合いをしていたドルカスとセインがこちらに来た。
「ドルカスさん。ナタリーのところに帰らなくていいの?」
汗を拭いながら、ドルカスは訓練用の斧を地面に放り投げた。
「傭兵で金を稼ぐと決めたんだ。学べる時に学んでおかねばな・・・だが、それも今日で終わりだ。明日にはここを発つ」
リンは少しだけ寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「リンは城に残ると聞いたが・・・」
「ええ、おじいさまが元気になるまで・・・お側を離れられないわ」
それを聞いたセインが視界の隅でいく度も勝利の雄叫びをあげてはケントに睨まれていた。セインの一際大きな叫びにかき消されないように、ケントが少し声を張った。
「ハウゼン様の容体が見違えるように良くなったと医師が申しておりました。すべて、リンディス様のおかげですね」
「私の大切な・・・ただ一人の家族だもの・・・長生きしてもらいたいわ」
リンは手近な椅子に腰掛ける。
「それにしても、ここは静かね・・・」
「はい、かつてワレス将軍が作ったんですが・・・井戸が遠く、宿舎も遠く、不便極まりないので使う人があまりいないのです」
ケントはそう言って、まだ叫び声を上げ続けていたセインに拳骨を振り下ろした
「いってぇ!相棒、最近加減忘れてないか?ああ、そうそう、リンディス様の父君と母君が逢瀬を重ねたのもここだそうですよ」
頭部にコブを作ったセインの情報にリンは目を丸くした。
「それ、本当?」
「はい、確かな情報筋です」
「お前はそういうことをどこから集めてくるんだ?」
ドルカスのもっともな質問にセインはもったいぶって首を横に振る。
「情報は最大の武器である。その武器の出どころをわざわざ・・・」
「リンディス様!」
「ウバブばば!!!」
何か語ろうとしていたセインはヒューイの足元に消えた。
「あっ!!セインさん!ご、ごごごめんなさい!!」
笑の渦が巻き起こる中で、セインは砂埃にまみれた姿で下から這い出した。
「いいえ!大丈夫ですよ!はっはっはっ!それよりもフロリーナさん、今晩の夕食でも・・・」
「きゃぁ!」
急に迫って来たセインから逃げるようにフロリーナがヒューイの陰に逃げ込んだ。
「ああ・・・なんと・・・可憐な・・・」
「あははは、相変わらず寝ぼけた台詞ですね」
ウィルも笑いながら現れた。ショックから立ち直ったフロリーナは大事な要件を思い出し、リンへと顔を向けた。
「あ、あのですね!リンディスさま!わ、私、このキアラン侯爵家で雇っていただけることになったの!これからも、リン。いえ、リンディスさまとずっと一緒にいられるわ!」
「本当!!」
「ふぎゃ!!」
リンは喜びのあまりにフロリーナに駆け寄った。そのために、まだ立ち上がれずにいた騎士を一人踏み潰したがそれは些細なことだ。
「それはすごく嬉しい・・・けど、『リンディスさま』はやめて『リン』でいいじゃない」
リンの言い分はわかる、だがフロリーナにとってはそうもいかなかった。
フロリーナは静かに首を横に振った。
「・・・私は、ここで雇っていただきあなたの臣下になったのよ。けじめはつけないといけないわ・・・あなたと一緒にいられることが私の・・・一番の幸せなの。それは呼び名よりもっと大事なこと・・・」
フロリーナの声は落ち着き払っていた。彼女の目に宿る真剣な光を見せつけられ、リンにはこれ以上我儘を言えなかった。
「・・・だからお願い、ね?」
「・・・一緒にいるためにはガマンするしかないのね?わかったわ」
「ありがとう!大好きよ。リン!!」
親友の二人はその場で固く抱き合った。
「・・・じゃなくって、リンディスさま」
「クスッ、もうフロリーナったら」
湧き上がる笑いにフロリーナは頬を染める。
「あ、そうそう。リンディス様、俺も城に残りますんで」
「え!?ウィルは故郷に帰るんじゃなかったの?」
痛いとこ突かれたなぁ・・・と、ウィルは頭を軽くかいた。
「それが、俺すっかり『リンディス傭兵団』が気に入っちゃって。ケントさん、セインさんとも離れがたいし。故郷に必ず便りを送ることを条件に雇ってもらえることになりました。フロリーナと同じくリンディス様の専属部隊です。ってなわけで、俺も『リンディス様』です」
リンは一つため息を吐いた。
「なんか、ハングの言う通りになっていくわね」
「と、言いますと?」
「キアランについたら誰しもが『リンディス様~』ってことになるぞって」
あれはまだサカの草原にいる頃だった。セインも目を閉じてその時のことを思い起こした。
「ああ、そんなことも言ってましたね・・・でも、今はそんなことより!さぁ、フロリーナさん!同じ方に仕える者同士これから親睦を深めまジョォアバぁああ」
ケントに殴られて間違いなく昏倒したところで、ケントが少し城壁を見上げた。
「ハング殿はいつまで、ここにいてくれるのでしょうね」
それに笑いながら答えたのはドルカスだった。
「あいつのことだ・・・何時の間にかいなくなっていたりしてな・・・」
「それ、あり得るわね。見張っとこうかしら」
リンは半ば本気の目をしながら赤く染まってゆく城壁を見つめていた。
その後、リンはまだ訓練の残る人達と別れ、フロリーナと共に城へと戻ろうとした。
その途中、リンは城門付近で少し変わった組み合わせに出会った。
「ルセアさんとニニアンじゃない」
「こ、こんにちわ」
リン達に気づいた二人も丁寧に挨拶を返してきた。
「こんにちわ、リンディス様・・・」
『リンディス様』と呼ばれて、内心少し複雑なリンであった。
「ニルスはどうしたの?」
「はい・・・先に街に帰りました。私はまだ足が本調子ではないので・・・」
「私はそこでニニアンさんに偶然お会いしましたので、街までお送りすることに」
ルセアはこんな美しい成りでも男性だ。魔法も嗜んでいるので、夕闇迫る時間帯でも大丈夫であろう。
「そういえばルセアさんは今どこに?」
「街のエミリーヌ教会で修行を行えることになりましたのでそこで寝泊まりをしています」
「ふーん、そうだったの」
リンにとっては方向は逆だが、ここで別れるのも味気ないので城門までなんとなく一緒に歩いていく。リンとルセアが並ぶ後ろではフロリーナとニニアンが仲睦まじく喋ってる。
「あ、あの・・・・ニニアンさんはこんな時間までなにを?」
「ハングさんに呼ばれましたので、ハングさんの手が空くまで待ってたらこんな時間に・・・」
途端、教会について喋っていたリンが食いついた。
「ハングに呼ばれたの!?」
「え・・・えと、はい。あの、これからの予定についてとか・・・リキア内で使える通行証とか・・・足が完治したら、また旅芸人を続けますので・・・その・・・リンディス様?」
リンの表情が僅かに曇りだす。そして、少しだけ寂しそうに目元が下がった。
「私とは・・・全然・・・」
小さく呟いたその声を聞きつけられたのは隣のルセアだけだった。
「リンディス様も大変ですね」
「え、何が?」
ルセアは微笑んで素知らぬふりをした。
「それでは、私はこの辺で。しばらくはキアランにいますので」
「ちょっと、ルセア!なんなのよ!?もう!!」
「フロリーナさん、リンディスさま・・・また・・・お会いしましょう・・・」
「ニニアンさん、またね」
城門でルセアとニニアンは手を振って別れた。
「本当に・・・もう・・・」
「リン・・・ディスさま、冷えてきましたよ」
「そうね、戻りましょう・・・」
一つ息をついて、戻るリン。頭上に輝く一番星が笑っているように煌めいていた。