【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
ハングが山賊と戦っている時より、遡ることほんの少し。
「エリウッド様、出発の準備が整いました。」
「そうか。ありがとう、マーカス」
赤毛に蒼い瞳、精悍な顔をしたフェレ公子であるエリウッドは今まさに旅立とうとしていた。
「母上、そろそろ出発します」
エリウッドが振り返れば、城門には心優しそうな女性が女騎士を従えて立っていた。彼女はフェレ侯爵夫人。エリウッドの母君であった。
普段であれば、朗らかに笑っているはずのその女性の顔は今や心労で疲弊しきっていた。
「エリウッド・・・無事で戻るのですよ。お父様のことは心配ですが・・・このうえ、おまえまで失うようなことがあれば、この母は、生きてなどいられないでしょう」
「わかっています。ですが、大丈夫。父上は、きっと生きています。かならず、僕が捜しだし母上のもとに戻ると誓います」
エリウッドはそう言って安心させるように微笑む。
「約束ですよ」
「はい」
そして、エリウッドは母の傍に控える騎士にも視線を移した。
「イサドラ、僕のいない間、母上を頼むよ」
「はっ、お任せください」
その確かな返答にも柔らかな笑みを浮かべて、エリウッドは顔を一度引き締めた。
「では、母上どうか、お体をお大事に」
エリウッドはそう言って、用意されていた馬の鐙に足をかけた。こうして、エリウッドの旅は始まったのだった。
城門でエリウッドが見えなくなるまで見送っていた母親に最後まで挨拶を返し、エリウッドは城下から離れていく。
その隣に控えているのは百戦錬磨の堅物騎士を絵に描いたような人物、マーカスであった。髪に白いものが混じるようになったのが最近の悩みの種らしい。
「さて、マーカス。当分は二人旅だ」
「いえ、私の直属の部下ロウエンもお供します」
「ロウエンが?それはたのもしいな」
「ロウエンにはこの先にある村で腕に覚えのある男を数名雇っておくように命じました。本来なら、一小隊も連れて行きたいところですが・・・エリウッド様たってのご希望がございますからな」
「・・・すまない。だが、兵は一人でも多く母上の護衛に残しておきたい。なにしろ、フェレの精鋭部隊も父上とともに、いなくなってしまった。僕が留守の間になにかおきた時のためにも・・・」
「わかっております。ふむ、しかしロウエンのやつめ遅いですな」
そう言いながら馬を歩かせる彼らの間には十分な信頼関係が見て取れた。君主と部下というより、教師と生徒のような関係にも見えるがエリウッドはそれでも良いと思っていた。マーカスはエリウッドが幼い頃より剣や学問の良き師でもあった。
そうやって街道で歩を進めていた二人だったが、しばらくして前方から騎馬が駆けてくる姿を見つけた。
「エ、エリウッド様っ!マーカス将軍っっ!!」
遠くよりにその騎士は大声をあげた。前髪がやけに長く、目元がほとんど隠れている。彼はフェレの紋章のついた鎧を纏う騎士であった。
「ロウエン!」
彼がマーカスの部下であるロウエンである。マーカスは彼にいきなり説教を行おうとした。
「何をそんなにあわてておるか!!騎士たるものいかなる時も落ち着きを・・・」
「村に山賊があらわれましたっ!!」
「な、なんじゃとっ!?」
あまりの情報に取り乱すマーカス。だが、その君主たるエリウッドは冷静だった。
「本当か?ロウエン」
「詳しい話はこの者から・・・」
ロウエンはそう言って、馬から二人の人間をおろした。
「エリウッド様ですか?わたしは、村長の娘でレベッカといいま・・・」
「まて、レベッカ。俺が話す」
少女を押しのけて、後ろから癖のある黒髪と薄茶色の瞳を持つ旅人が姿を見せた。
「まさか・・・ハングか?」
「よう、エリウッド。久しぶり」
朗らかな挨拶だったが、エリウッドの後ろに控える人にとってはそうは聞こえない。
「お主!フェレ侯公子であるエリウッド様に対しその口のききかたは何だ!」
「いいんだ、マーカス」
「し、しかし・・・」
「彼は僕の友人だ。それに、父上も世話になったことがある。彼に敬意を払わないのは僕が許さないよ」
「待て、エリウッド!俺がお前の友人なのは確かだ。それに、エルバート様に手を貸したことも事実だ。だからといってこの方に敬意を払われるほどのことをした覚えはないぞ!」
抗議するハングだったが、それは見事に黙殺された。
マーカスはエリウッドに尋ねた。
「この方はどなたなのですか?」
「ハングとは、昨年のキアラン内乱で会ったんだ。すぐれた知略の持ち主で、彼がいなければキアラン侯と、孫娘リンディスの命はなかった・・・そのハングが、どうしてこのフェレに?」
ハングはそう言って自分に視線を向けるエリウッドの表情を見て、既に自分の抗議に話を戻すことができないとわかった。相変わらず、狸貴族ぶりは健在のようだった。
ハングは諦めて、キアランからこれまでのいきさつを簡単に説明した。
「なるほど・・・偶然の再会に感謝するよ。力を貸してくれるかい?」
「当然だろ、友達は助ける」
ハングとエリウッドは手をあげ、高い位置で手を打ち鳴らした。
「それでハング。敵勢は?」
「見た感じただの山賊だ。この人数でもなんとかなるだろう」
ハングは改めて指示を出そうとする。その時、横から物言いが入った。
「ハング殿、敵が山賊なら略奪と共に村を占拠しようとするのでは?平地での戦闘ならまだしも、市街地戦ではこちらが不利と言わざるおえませんぞ」
そう進言してきたのはマーカスだった。少し固いその声音に苦笑しながらも、ハングは笑ってみせた。
「その点は大丈夫、奴らは一人残さずこっちに向かってきますよ。ほら」
ハングの指差した先。そこには村を出てこちらに向かってくる、というか突進してくる山賊の一団がいた。
「ハング、なんだか彼らの殺気、というか怒気が尋常じゃない気がするんだが」
「挑発したからな」
その横でなんとなくロウエンが難しい顔をして、レベッカが頬を赤らめていた。その様子を見てエリウッドは少し複雑な表情になった。
「どんな挑発をしたんだい?」
「俺の挑発術はまた今度指導してやるよ。それより今はあの怒髪天を衝いてる山賊共を一掃する」
ハングは不敵に笑い、皆に指示を出し始めた。
とはいえ、複雑な戦術は必要ない。この街道を何のためらいもなく突撃してくる相手だ。敵の初撃を騎士二人でいなして、ハングとエリウッドが踊りこみ、レベッカの援護と後に加わった傭兵二人の働きで山賊は容易に撃退できた。
「はっはっー!どうだ、山賊共!弱きを襲うような不貞な輩はこのバアトルが許さねぇぞ!!!」
豪快に斧を振り回していた傭兵はバアトルという名だった。体格もでかいが声もでかい。しかし、態度はでかくないので付き合いやすそうな人だった。彼はロウエンが雇った傭兵の一人だ。
そして、もう一人
これはハングとしても意外な人物だった。
「ドルカスさん!?」
「ハングか・・・お前とはなにかと縁があるらしいな」
一年前に旅を共にしたドルカスがそこにいた。
「久しぶりです!ナタリーさんは元気ですか?」
「ああ、今はフェレ領内に住んでいる。お前の言ったとおりいい土地柄だ。お前はどうしてここに?」
「相変わらずの修行の旅ですよ」
「また、行き倒れたのか?」
ハングは言及を避け、笑って誤魔化した。誤魔化しきれているかどうかは極めて怪しかったが。
ハングとドルカスが握手と近況報告をかわしてる隣では村長とエリウッドが挨拶をかわしていた。
「これは、これはエリウッド様ですな?このたびは村を救っていただき誠にありがとうございます」
「礼にはおよびません。領民を守るのは当然ですから」
エリウッドは事も無げにそう言ってのける。
だが、それが当然のようにできる領主は実は驚くほど少ないのが今の世の中であった。村長はその代表例をよく知っていた。
「いやいや、そんなことはありませんぞ。西の方にあるラウス領・・・あそこはひどいもんですじゃ。領主ダーレンは戦の準備に忙しく、領内の村々が山賊や盗賊どもに襲われても知らぬふりとか」
いつの間にかハングもエリウッドの隣に戻ってきて話を聞いていた。
「戦の準備ねぇ・・・まさかとは思うけども」
「ウソではございませんぞ。つい先日のことですがラウスに住んでいた、わしの弟が住む家を焼かれ、どうにもならなくなりここまで逃げてきましてな。弟の話ではもうすぐにでも戦をおこせるような状態だとか」
信憑性は置いておくとしても、そんな噂がある時点で少々無視できない事態と言えた。
そこにマーカスが口を挟む。
「エリウッド様!今の話が事実だとすると、ちと厄介ですな。この時期に戦をおこすとなれば・・・相手は、同じリキア内の領地である可能性が高い。もしかすると・・・エルバート様はそのことに巻き込まれたのでは!?」
「・・・父の失踪と関係があるか分からないが、他に有力な手がかりがあるわけでもない・・・」
エリウッドは一度ハングの表情を盗み見た。
だが、生憎なことに、ハングは少し別のことを考えており、エリウッドと視線が合うことは無かった。
エリウッドは己で結論を出した。
「よし、ラウスへ向かおう。調べたほうがよさそうだ」
エリウッドの言葉にマーカスとロウエンが「はっ!」と返事をして姿勢を正した。
「ところでハング」
「ん?」
改めてエリウッドはハングに声をかけて、彼を思考の渦からこちらに引っ張り戻した。
「ハングはこれから何か予定でもあるのかい?もし、なければ僕の旅に同行してもらえるとありがたいんだが」
ハングは口の中で小さく笑った。
「こっちにエルバート様への恩があるのは知ってるだろ。最初からそのつもりでここまで来たんだ」
「本当かい?」
「ウソついてどうするんだよ。ダメって言ってもついていくからな」
「ありがたい。これからよろしく頼むよ」
ハングとエリウッドはその場で固く握手をかわした。
その隣で、マーカスが怖い顔で睨んでいるのをハングは感じながら笑顔を保っていた。
素性の知れない相手と自分の忠誠を誓う君主が握手しているのだからその反応も当然といえば当然であった。
ハングは針の筵に座らされているような居心地の悪さを感じながら、エリウッドから手を離した。
「それじゃあ行く先は決まった。さっそく出発しよう」
「はっ!」
マーカスの指示のもとでエリウッドのもとに馬が引かれてくる。
一年前に馬での移動をやたら嫌がっていた貴族の孫娘を思い出し、ハングはまた少し笑う。
そんな中で聞こえてきたのは少し焦ったような村長の声だった。
「レベッカ! 待つんだ!!いったいどこへ行く?」
振り返ると旅の用意を済ませたレベッカが村長と言い争っていた。
「父さん、わたし・・・このままエリウッド様についていきたいの!」
「ばっ、ばかなことを言うんじゃない!!エリウッド様たちは、危険を承知で旅にでられるのじゃぞ!?」
ハングとエリウッドはことの成り行きを見守っていた。
「わかってる。だから、お手伝いしたいの!エリウッド様は、この村の恩人よ。わたしにできるお礼なんてこの弓で戦うことぐらいだけど、それでも、お役に立ってみせる!」
「じゃが・・・」
「・・・それにもしかしたら、旅先でお兄ちゃんに会えるかもしれない。父さんには村長の役目があるしわたしだって、一人で旅なんて無理。だから、お願い!わたしを行かせて!!」
ハングとエリウッドが互いに顔を見合わせた。お互いの顔に拒絶の色合いがないのを読み取り、二人は視線を戻した。
「・・・やれやれ。死んだ母さんに似て頑固な娘だ」
「・・・ごめんなさい」
「・・・エリウッド様がいいとおっしゃるのなら・・・好きにすればいい・・・」
「ありがとう、父さん!」
「あの方のお父上・・・侯爵様には本当によくしていただいた。おまえも心をこめてお仕えし、エリウッド様のお力になってさしあげるんじゃよ」
「はい!」
ハングはそのまま背を向けた。
「ハング?」
「仲間が出そろったんだ。長居は無用だ」
エリウッドは少し肩をすくめ、やってきたレベッカを出迎えた。その近くで、バアトルとロウエンが荷物を馬に積み込んでいる。ドルカスはマーカスの指示でいくつかの物資を皆に配っている。
「今回は仕事が少なそうだな・・・」
ハングの楽しそうな声が風にさらわれて、なびいていった。
いまだ何も知らぬまま、新たなる旅はこうして幕を開けたのだ。
先に待つ、本当の絶望も知らずに・・・