【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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1章~運命の足音(後編)~

リンが最後の一人を切り伏せる。彼女は残心を解いて息を大きく吐き出した。

 

「・・・これで全滅!さすがね、ハング!」

 

結局のところ、ハングが剣を抜く必要はなかった。奴らは刃物を持っただけの悪漢にすぎない。人数が多くても連携を取ることができなければただの烏合の衆だ。

ハングがやったことと言えば、仲間の3人に動き方を説明しただけだった。セイン、ケントの両名が騎馬で駆け回って相手をかく乱して、リンが一人ずつ仕留める。

単純だが、強力な戦術だ。騎馬の機動力と突進力はこういった障害物の無い平原でこそ力を発揮する。

 

ハングは騎士二人を眺めた。彼らは今も新たな敵影が出てこないか警戒を続けていた。

 

彼らの戦闘力はハングが思っていた以上に高かった。

 

よく、訓練している。草原育ちの為に粗削りの感が否めないリンの剣に比べて、安定感の高さは彼らの方が上だろう。

 

ただ、単純な戦闘での活躍は別だが。

 

特にセイン。剣は忘れる。槍はすっぽ抜ける。反撃をかわし損ねる。いいところ見せると意気込んでいたくせに空回りもいいとこだ。いつか死ぬぞ、あれ。

 

騎士二人は敵の増援がこれ以上ないと判断し、ハングとリンに馬を寄せてきた。

 

「それで・・・リキア騎士のお二人さん」

 

ハングは馬から降りたセインとケントに声をかけた。

 

「話を聞かせてもらえるんだったよな?」

「はい」

 

返事と共にケントが一歩前に出た。

 

「我らは、リキアのキアラン領より人を訪ねて参りました。」

「リキア?・・・えと・・・」

「西南の山を越えたところにある国だ」

 

わかってなさそうなリンに俺ハングが説明してやる。

 

「そうです。16年前に遊牧民の青年と駆け落ちした、マデリン様への使者として」

 

リンの瞳が揺れた。そこに宿した色は先ほど賊が『リンディス』の名を出した時のものに似通っていた。その瞳を知ってか知らずかケントが続ける。

 

「我らが主人であるキアラン侯爵のたった一人のご令嬢です。マデリン様はずっと消息が知れず、侯爵も娘はいないものとあきらめておりました」

 

セインが一歩前に出て言葉を引き取る。

 

「しかし、今年になって初めてマデリン様より便りが届いたのです。『サカの草原で、親子三人幸せに暮らしている』と。そのことに侯爵はとても喜ばれ、自分には『15になる孫娘がいる』『知らぬ間に、おじいちゃんになっていたようだ』と、それは、幸せそうな顔で発表なさいました。孫につけられたという名前『リンディス』は、侯爵が早くに亡くされた奥方様のお名前だったのです。」

「リンディス・・・」

 

リンが小さくその名前を呟いた。その声に郷愁が乗っているのが俺にはわかった。まるで、無くした過去を拾い上げた時のような声音だ。

 

セインが続ける。

 

「娘夫婦の思いやりに頑なだった心もとかされたのでしょう。なんとかひと目なり娘たちに会いたいと願われ、我らがここに来たんですが・・・」

 

セインは表情を曇らせた。

 

「マデリン様は手紙を出した直後、亡くなられていて・・・そのことを、数日前にこのブルガルで知りました」

 

わずかな沈黙。その後、ケントが口を開いた。

 

「・・・ですが希望は残されていました。娘は生き延びたというのです。一人で草原に残り暮らしていると・・・」

 

ケントが真っすぐにリンを見た。

 

「私は・・・すぐに分かりました。あなたこそ、リンディス様だと。」

「・・・どうしてそう思うの?」

 

ケントの頬がわずかに緩んだ。

 

「・・・あなたは、亡き母上によく似ておられる」

「母さんを知ってたの?」

 

リンの表情が一変した。ケントを見つめるものに宿る火は生半可なものではなかった。

その目に自分の家族を知っているかもしれないという期待が深く刻み込まれていた。

 

一人残されてしまった者にとって、誰かと思い出を共有しそのことについて語り合うということは非常に大事なことなのだ。それは、他者の中に亡くなった人を見つけるということであり、失われた人にもう一度出会うというものに等しい。

 

それが出来る人はまだ救いがある。

 

ハングは自分の脳裏に蘇る記憶を振り払った。

 

「私は直接お目にかかったことはありませんが、キアランの城で絵姿を何度も拝見しました。」

 

それを聞いたリンの表情が少し曇る。だが、彼女は少し表情を戻し、胸の前で手を握り締めた。

 

「部族での私の呼び名は『リン』・・・でも・・・父さんも母さんも家族3人の時は

、私を『リンディス』って呼んでたわ。」

 

彼女がそのまま目を閉じた。湯に浸る赤子のような優しい笑みを浮かべていた。

 

「なんだか、ヘンな感じ。もう一人ぼっちだと思ってたのに、おじいちゃんが・・・いるんだ。『リンディス』・・・って呼ばれること、もうないって思ってた・・・」

 

その姿に皆は黙り込む。だが、すぐにリンが目を強く見開いた。

 

「ちがう!さっきのヤツも、私を『リンディス』って呼んだわ!!」

「まさか・・・」

 

ケントが何かを思い立ったようにセインを見た。それに応じるようにセインも口を開く。

 

「ラングレン殿の手の者・・・だよな?」

「ラングレン?誰?」

 

騎士の二人はハング達に視線を戻し、ケントが口を開いた。

 

「キアラン侯爵の弟君です。マデリン様は戻らないものと誰もが思っておりましたので、その場合、ラングレン殿が次の爵位を継ぐはずでした。」

 

あぁ、なるほど。

 

ハングは納得の表情を浮かべていたが、リンは『だからなに?』と言いたげな顔をしていた。どうやら自分がどういう立場にいるのかわかってないらしい。

ハングはそれを簡潔に説明する。

 

「つまり、リンの大叔父はお前に生きてられると困るってことだ。今はお前がキアラン領の第一の爵位継承権を持ってる。お前は次期領主様ってわけだ」

「そんな・・・だって私、爵位になんて興味ないわ!」

「俺に食って掛かるなよ」

「あ、ごめん・・・」

 

ハングは騎士に話を振る。

 

「まぁ、そんな言い分が通じる相手じゃないんだろ?」

 

ハングの質問に神妙な顔で答えたのはセインだった。

 

へえ・・・こいつ、こんな顔もできるのか・・・

 

その感想を口の中だけに押しとどめてハングはセインの言葉を待った

 

「はい。これから先も、リンディス様のお命を執拗に狙い続けるでしょうね」

「イヤだね・・・権力に固執する貴族ってのは。で、どうする?」

 

リンに話を振ると明らかな困惑が帰ってきた。

 

「どうするって・・・どうすればいいの?」

「一つ質問」

「なに?」

「お前のおじいちゃんに会いたい?」

「会いたいわ!」

 

即答だった。いい答えだ。

 

「なら、迷う必要は無いだろ?会いたいなら・・・会いにいこうぜ」

『お前は会いにいけるんだから』

 

ハングはその言葉をなんとか飲み込んだ。

リンはそんなハングの一瞬の葛藤に気づいた様子もなく、小さく頷いた。

 

「キアランに行く。それしかなさそうね・・・」

 

ケントとセインが一礼した。

 

「我々がお守りいたします」と、ケントが堅い表情で言った。

「大船に乗った気でいてください」と、セインが朗らかに笑う。

 

リンはそんな二人の騎士のほうへ一歩踏み出した。

 

だが、動かない人影が一つ。

 

ハングはそこに根が生えたかのように立ち止まっていた。

そんな彼に気づきリンが視線を向ける。

「ハング・・・ごめんね。おかしなことになっちゃって」

「まったくだ」

 

その言葉にリンが心無し小さくなった。

 

「でも・・・ま・・・約束したもんな・・・」

「え・・・」

「俺は一人前の軍師、お前は一人前の剣士・・・だろ?」

「ハング・・・」

 

リンの目に柔らかい期待が光った。

 

「どうせあてのある旅じゃ無かったんだ。修行の旅にはちょうどよさそうだ」

「いいの?本当に!?」

「ああ、とことんまで付き合うよ」

「ありがとう!」

「気にすんなよ、リン・・・っと、これじゃ失礼かな?リンディス様」

「え・・・ちょっ・・・やめてよハング!」

 

ハングははカラカラと快活に笑った。リンの必死な表情が面白かったのだ。

 

「冗談だ冗談。俺にとっちゃお前はロルカ族のリンだよ。」

「もう・・・」

 

リンは小さくため息をついて、手を差し出した。

 

「・・・あらためて、よろしくね」

「ああ・・・」

ハングとリンはまた握手を交わした。

「で・・・だ!」

 

その瞬間、ピシリと空気が固まった音がした

リンは直後に自分の危険を感じ取った。だが、握手で手を握られては身動きが取れない。

 

周囲の温度が急激に下がっていくのをその場にいた全員が感じた。

ハングは笑顔だ。にも関わらず、彼が激怒しているらしいことは誰の目にも明らかだった。

 

リンのハングを見る目におびえが走り、ケントが反射的に一歩足を下げ、セインは既に何歩か逃走していた。

ハングがリンに向かって一歩足を出した。ほぼ同時に全員が一歩足を後ろに下げた。

 

彼の目に見えぬ圧力にその場が支配されているようだった。たとえ、見知らぬ誰かがここに入ってきたとしても同じ反応をしていただろう。それほどまでに今の彼には周囲に有無を言わせぬ迫力が宿っていた。

 

「リン・・・俺はお前がただのロルカ族のリンだから言うんだけどな・・・」

 

笑顔で迫るハング。だが、それが恐ろしくてたまらない。この笑顔が嵐の前の静けさだというのは誰かが説明するまでも無かった。

 

リンはこのとき心の端で彼の激怒の波から救ってもらえるなら例え世界を滅ぼした竜とでも戦ってもいいとまで思っていた。

 

「リン・・・どんな危機に陥っても気に入らない相手に頭を下げないその心は立派だ。なぁ?せっかく助力してくれるっていう騎士二人の手を無碍に払うとはまぁ・・・見上げたもんだ・・・お前はいったいいつからそこまで強くなったんだろうな?」

「ご、ごめんな・・・さい」

 

ハングの笑みが消える。表情が全て消え去っていた。今まで以上に恐ろしい顔になった。

周囲の気温を吸い込んで、ハングの体温が上がっていくのが握った手から伝わってくる。

 

「『ごめんなさい』?」

 

来る・・・来る・・・来る・・・

その予感をここにいる三人は全霊で感じ取った。

リンがわずかに視線を落とした。今のハングの顔を直視などできるはずもない。

 

「リィィィン!」

 

怒声が草原を駆け抜けた。それと同時にハングの形相が竜のそれに変わるのを確かにリンは感じ取った。

 

顔を上げられる訳が無い。視線など合わせられるはずが無い。

一度下がった視線が更に下がる。先程感じたハングの圧力は確実に物理的な力でもってリンの後頭部を押さえつけていた。

 

「正座しろ!」

「はい!」

 

反射的に正座するリン。その向こう側では騎士二人も正座していた。

 

「いいか!この野郎!俺はな!そうやって自分の意地とか矜持とか、そんなんで命を粗末にする奴らは大嫌いだ!そりゃ、死んでいく輩はそれでいいかもしれねぇけどよ!自分の気持ちがただ楽になった上あの世に渡れるんだらからよ!!」

 

ハングの怒鳴り声が響き渡る。そんな彼に言葉を割り込ませる無謀な勇者はいなかった。

 

「くだらねぇもんで人の助けを蹴って、死地に飛び込んで・・・そんなんで、てめぇの命を繋ぎ止めた奴らの思いはどうなるんだ?えぇ!」

 

俯くリンの顔に影が差す。

 

「お前のじいさんだってそうだろうが!たった今、お前のじいさんは大事な最後の家族を本人の意地で失うとこだったんだぞ!」

 

そこに声を差し込む勇者が現れた。

 

「あの・・・ハウゼン様を・・・『じいさん』などと・・・」

「あぁっ!?なんだ!?なんか文句あんのか?」

「い、いえ!すみません!」

 

一蹴。仮にも騎士として厳しい訓練を受けてきたケントを一蹴。

 

縮こまるケントを見て、セインは今のハングに言葉を挟んだ勇気に心の底から敬服したそうだ。

 

「リン!お前は自分一人で生きてきた気でいんのかよ!?自分の命なら自分で捨てていいと思ってんのかよ!?甘ったれてんじゃねぇ!!お前の命は色んな奴らの思いの上に成り立ってんだ!『生きて欲しい』っつう誰かの願いを経てここで生きてるんだろ!違うのか!お前の周りにはそんな奴らがいなかったのか!?どうなんだ!?」

 

リンは俯いたまま。ただ、その両手は強く握り締められていた。どちらにしろ、恐怖で顔はあげられない。

 

「答えろ!!お前に生きて欲しいと思ってる奴はいたのか!?いなかったのか!?」

「い、いま・・・いました」

 

搾り出すようなリンの声。リンの中に浮かぶのが誰のことなのか。

それを察知したのはハングだけだったであろう。

 

「お前は今日そいつらの思いを捨てた!その人達の期待を裏切った!」

「ち、ちが・・・」

「違わねぇ!そんなこともわからないのか!?」

「・・・・・・」

リンは答えることができなかった。だが、その胸の内を見透かしたようにハングの怒鳴り声が飛ぶ。

 

「わかってんなら行動でしめしやがれ!しがみついて!食らいついて!無様に生きて見せやがれ!わかったか!」

「は・・・い・・・」

「聞こえねぇぞ!!」

「はい!」

 

悲鳴のような返事。それを聞いてハングは鼻から息を吐き出した。

それと同時に彼から圧力が消えていく。それを肌で感じながら、リンは俯いていた。

 

その頭にマントがかけられた。彼女の表情が完全に隠れる。少し埃っぽい臭いがしていた。

 

「俺は街で買い物してくる。騎士は一人残しておくから、落ち着いたら宿に戻って来いよ」

 

布の上からリンの頭を優しく二度叩いて、ハングは街へと足を向ける。

 

「ハング!」

 

その背中にリンの声がかかった。

 

「ありがとう・・・」

 

消え入りそうな声だったのに、なぜかハングの耳には確かに届いた。

ハングはセインとケントを見比べ、ケントをこの場に残すことに決めた。

 

「えぇっ!?リンディス様の護衛は俺がしますよ~」

「ダメだ。お前がそばにいた方が面倒が多そうだ。あぁ、それと俺との買い物中に軟派な真似したら罰金とるからな」

「そんな殺生な!ハング殿~」

 

ハングはセインを引きずるようにして町へと戻って行った。

ケントはそれを見送り、その場に直立した。周囲を警戒し、護衛を務める。 決して、今のリンを邪魔しないように。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

リンは今まで一人だった。リンは今までずっと耐えていた。

 

それをハングは少なからず理解していた。

 

 

彼女は親を失い、部族を失い、それでも自らを『ロルカ』と名乗った。名前という最後の証が失われないように。

 

1人で暮らしながら、泣かぬように心を硬くし、それでも他者を思いやる心を忘れずに、孤独と戦いながらあの草原にいた。

 

 

ハングはそれがどれほどに辛いことであるかを痛い程によく知っていた。

 

そして、そういった人間の行きつく未来もまた、知り尽くしていた。

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