【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~月夜に照らされて~

後方から聞こえる阿鼻叫喚を振り払うように走り続けた。

 

後ろには護衛を務めてくれる仲間がいる。だから自分は振り返らずに先頭を行く。

 

私を護るのが皆の役目。ならば、道を示すのが私の役目だ。

平原を走り抜け、森に駆け込み、それでもなお走り続ける。

何度か木の根につまづき、生い茂る枝葉で手足を切り、目に入る汗を拭いながら、ただ走る。

 

左手を剣の柄にかけ、右手で『御守り』を握りしめて・・・

 

リンはただ走った。

 

生き残る為に・・・

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

ハングは城壁の上に来ていた。

 

さすがに眠れなかった。

 

左腕の鱗は熱に浮かれたまま。そんな状態で心が落ち着くわけがない。

 

ハングは城壁の端に寄りかかり、自分の左腕を握りしめる。焦ってはいけないと思うものの、やはり焦る。持て余した感情が溢れ出しそうだった。

 

今すぐにでもキアランに向けて馬を走らせたい衝動を抑え込む。

 

今の自分はただの旅の軍師ではない。一軍を預かる軍師だ。勝手な行動はできない。

 

鱗から放たれる熱がそのまま全身に伝わったかのようにハングは自分の身体が興奮しているのを自覚した。

 

それは自分でも驚く程の熱量だった。

 

仇敵に対するものとは全く別の炎。

あれを怨嗟の泥炭で燃える墓場の鬼火とするなら、これは人家を温める暖炉のかがり火だった。

 

この一年、リンのことを思い出す度にそれは感じていたことだった。

あのリンとの旅は胸の奥に横たわる薪のように赤く、静かに燃えている。

 

それが今や全身を消し炭にしかねないまでの炎へと育っていた。

ハングにはこの火の消し方がわからない。自分の身体と鱗からの熱。どちらの方が熱いのか、もうハングにはわからなかった。

 

自分が知らないことが世に溢れていることは知っているが、自分の中にまで知らないことが溢れているなんて思いもしなかった。

 

「軍師失格だよな」

 

腕が熱を帯びた途端に、自分の頭の中から一度全てが吹き飛んだ。何もかも捨てて駆けつけたいと思った。それを押しとどめたのは単に自分一人で何もできないという現実だった。

 

この時期にリンに危険が迫るなら、それは政治的な問題ではない。軍力が無ければリンの危機を救えない。一介の軍師が一人で突撃したところでただの犬死だ。そんな自分の無力さに絶望しかけてハングはギリギリの所で踏み止まったのだ。

 

もし、自分が一騎当千の猛者ならば良かったのにな・・・

 

そんなあり得ない仮定をして、そんな力が無い自分に苛立ち、くだらないことを考えたと後悔する。

 

ぐるぐるとハングの思考は回り続ける。そのうち、そんな輪の中にいる自分に呆れ果てる。それでもハングの中の火は消えない。

 

ハングは感情を抑えることもせずに舌打ちを繰り返した。

 

『お前はリン一筋だと思っていたんだが、そうでもないのか?』

「どうやら、そうらしい・・・」

 

ドルカスに昼間言われたことを思い出して、今更答えてみる。

これがどういう名前の感情なのかがわからない程にハングは鈍感ではなかった。

 

不意にハングは城壁の淵から離れた。

 

そして、自分の中の熱を吐き出すかのように、月に吠えた。

息が切れるまで吠え続け、息を吸い込んでまた吠える。

 

気持ちばかりが逸り、ここに留まるしかできない自分に焦り、感情に弄ばれて浮かれる。

 

その全てを吐き出すかのようにハングは空に向かって吠え続けた。

 

狼の遠吠えのような叫びを月だけが冷たく見下ろしていた。

 

ハングは声が枯れるまで叫び続けた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

肩で息をし、乱れた呼吸を整える。

額に滲んだ汗をぬぐい、ハングは城壁にもたれかかった。

 

「やぁ、ハング」

 

突然、声をかけられ、ハングはそちらに視線を向ける。

そちらからエリウッドが楽な服装で歩いてきていた。

 

「起きてたのか?」

「というより、起こされたという感じかな。狼の遠吠えが聞こえてきたからね」

 

ハングは眉間に皺を寄せた。

 

「何言ってやがる。寝てなんかいなかったくせによ」

「それは、カマかけかな?」

 

エリウッドはそう言ってくすぐったそうに笑う。

 

「ったく、狸貴族が・・・」

 

ハングは諦めたように舌打ちをした。

 

そのハングの顔からは焦ったような表情は消えていた。その代わり残っていたのは疲れたような、諦めたような、そんな笑みだった。

 

「ヘクトルは・・・いないのか?」

「僕だっていつもヘクトルと共に過ごすわけじゃないよ」

「まぁ、そうだな」

 

ハングは城壁に肘を付いて城の外を眺めた。夜もふけ、月明かりに照らされた世界の中。光るのは南に見える海面の煌めきだけだった。

 

「俺も戦えればな・・・」

 

ポツリとハングはそんなことをこぼした。ともすれば、夜風に飲まれてしまいそうな程に小さい声だったがエリウッドは聞き取った。

 

「ハングは戦えるじゃないか」

 

エリウッドはハングの隣に並んで一緒の方角を眺める。

 

「お前らっつう手駒を使ってな。だが、俺自身が闘えるわけじゃない」

「僕だって軍師がいなければ、どう軍を進めていいかわからない」

「そこは自慢するな。お前はいつかは領主になるんだろうが」

 

エリウッドは笑わなかった。彼はいつもの優しげな顔を少しだけ鋭くした。

ハングは隣のエリウッドを盗み見る。エリウッドはどこか遠くを見つめているようだった。だが、ハングにはエリウッドの視線の先を読むことはできなかった。

 

「ハング・・・キアランの・・・リンディスの危機に立ち上がる君を僕はカッコいいと思う」

 

突如、エリウッドはそんなことを言った。急に褒められたハングだが、眉一つ動かしはしない。エリウッドは話を続ける。

 

「ハングはリンディスの危機を察した途端にすぐさま行動を開始した・・・・」

 

ハングとしてはなんだかバカにされてるような気もした。エリウッドはハングの行動は無計画な思い付きだと言っているようなものだ。

 

だが、不思議と腹はたたなかった。エリウッドからは後ろ向きな感情が読み取れない。

そんなハングの印象を証明するように、エリウッドは言った

 

「ハング・・・僕は躊躇わずに行動できる君が羨ましいよ」

 

そう言って、エリウッドは笑った。疲れたような、諦めたような笑みだった。

 

「僕はだめだ・・・僕は色々と考えすぎてしまう・・・そして、どうすればいいかわからずに迷う」

 

ハングはエリウッドの方を見ない。その代わり、やけに大きな月を見上げていた。

 

「でも、ハングは止まったりしない・・・君は・・・ずっと前に進み続けている」

 

ハングは月に向かって肺の中の空気を吐き出す。

 

「ハング・・・君は悩むことはするけど・・・本当に大事な目的を見失って迷ったりしない・・・僕はそれがうらやましい」

「そんな大層なもんじゃねぇよ・・・俺は・・・」

 

ハングはエリウッドに自分の過去も自分の目的も、左腕のことさえ一切話したことはなかった。なのに、どうしてこういう言葉が出てくるのだろうか。

 

「なんでお前はそう人の心を簡単に言い当てるかね?」

「狸だからかな?」

 

エリウッドの笑い声が聞こえた。ハングも笑った。月明かりに二人の笑い声が溶けていくようだった。

 

「落ち着いたかい?」

「ああ、冷静さを保てるぐらいにはな」

「それはよかった」

 

エリウッドは城壁から身体を離した。

 

「ハングにも感情を制御できない時があるんだね」

「俺をなんだと思ってる?俺だってただの人間だ、焦りもするし動揺だってする・・・ハハッ、英雄への道はまだ遠そうだ」

「なら、まずは一人前の軍師にならないとね」

「・・・だな」

 

それも遠そうだ、とハングは独り言のようにつぶやいた。

 

「エリウッド、もう寝とけよ」

「ハングは?」

「さすがに眠れはしねぇよ」

 

「それもそうか」とエリウッドは笑い、城壁から去って行った。

その後、すぐにヘクトルと会話する声が聞こえてくる。

 

彼も心配して様子を見に来ていたらしい。

 

つくづく、人との出会いには恵まれていることを実感する日々だ。

 

ハングは少しだけ軍師を志した日を思い出した。

 

大きな書庫の中で、仲間から笑いかけられながら、貪るように軍略を学んだあの日々を。たった一つの目的のために

 

遠くから狼の遠吠えが響いてきた。

 

ハングにもう焦りは無い。あるのはリンや昔の仲間の無事を祈る心。

さっきよりも幾分か落ち着いたまま、ハングは狼の遠吠えを聞いていた。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

城の廊下で狼の遠吠えを聞いたマーカスは、仕事を終えてようやく自室に戻るところだった。

 

「マーカス殿」

「これは、オズイン殿。今、終わりですか?」

「ええ」

 

オズインの手には安物のぶどう酒が握られていた。

 

「少し飲みませんか?」

 

騎士にも休息の時はいる。

 

それに。オズインと共に飲む酒ならば、度が過ぎることは無いだろう。マーカスに断る理由は無かった。

 

オズインとマーカスは月の見える一室で酒を酌み交わした。

 

「ふむ、悪くはない」

「そのようで」

 

お互いにまだ若い主に仕える騎士。自然と話題はそちらへと向かっていった。

エリウッド様は甘いだの、ヘクトル様は身勝手だの。

本腰を入れて改めさせなければならないことでは無いので、二人の顔は笑顔である。

 

「しかし、たった一度戦いを共にしただけで旅の軍師を雇ったというのはいささか心配ですな」

 

この旅の始まりの話を聞いて、オズインはそう言った。

 

「ええ、全くです。エリウッド様の人を見る目を疑うわけではありませんが、あれは早計に過ぎます」

 

マーカスは愚痴をこぼしながら酒に口をつけた。

 

「ですが・・・さほど心配せずとも良かったようです」

 

マーカスは窓の外を見ながらそう続ける。

 

「私もそう思います」

 

オズインは同意して、空になったマーカスの盃に酒を注いだ。

 

「最初は感情の無い、冷静過ぎる軍師に思えたが・・・」

 

マーカスのハングへの第一印象はこれである。

そのような男が自らの主の側にいるのはさすがに許容できない。

真意が見えぬ者程、いつ、どのような理由で裏切るかわかったものでは無いからだ。

 

「だが・・・」

 

マーカスの台詞は続く。

 

「時にあのお二方を叱り飛ばし、時に自らの感情にも呑まれることもある」

 

思っていた以上にハングは人間臭い人物であった。

動揺すれば常人と代わりなく、仲間の危機には思考も読みやすい。

 

「それでも、皆は彼の指揮を信じ切って動く」

 

それは今まで目にしてきた事実であった。

 

「軍師としてはまだまだ半人前ですが、ハング殿には人を惹き寄せる力がある。そのような友を主が得られたことを我々は素直に喜ぶべきです」

 

まだ、手放しで信じるわけにはいかない。それでも、多少の信を置いても良いだろう。

 

マーカスは今日のハングを見て、そう思ったのだ。

 

彼には彼の目的があり、彼には彼で大事な人がいるらしい。

人を愛することを知っているなら、裏切ることの難しさもわかっているだろう。

 

年の甲とでも言うべき判断だが、マーカスは少しだけいい気分だった。

 

「随分とハング殿を買っていらっしゃるようで」

「ああ、そうかもしれん」

 

彼の目的はわからない。だが、聞かなくてもいいだろう。

 

マーカスはそう思って再び酒に口をつけたのだった。




いよいよ、次回はリンディスとの再会。

と、言いたいところなんですが・・・

申し訳ないです。諸事情により明日よりしばらく更新が難しくなります。
隙があれば投降するかもしれませんが、1週間程間が空くかもしれないのでご了承ください。
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