【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
海をゆく海賊船。空は快晴、帆に風を受けて船は進む。
甲板は仕事をする人達で溢れ、活気のある声が響く。
その甲板より一つ下、そこに船室などという洒落たものは無く、柱だけが並ぶ空間にハンモックが吊るされていた。
優雅な船旅とは程遠い船室。その片隅には簡単な厩があり、騎士達の馬やペガサスが繋がれている。
そこから少し離れたところで小さな樽を抱えている男がいた。
「オロオロオロオロ・・・」
「大丈夫ですか?」
真っ青になって小さな樽を抱えているのはギィ、その背中をさすってやってるのはプリシラであった。
「まったく、情けねぇな。船の上で襲われたら一発であの世行きだな」
「う、うるせぇ・・・」
青い顔をしているギィ。
その隣でエルクは自分の主人のことを心配していた。
「プリシラ様は平気ですか?」
「はい、私は大丈夫みたいです。むしろ、この船の揺れは少し好きです」
「え、エルク・・・俺の心配を、おっ!ウェー~~・・・」
ギィの腹の中はとうの昔に空っぽ。吐き出しているのは胃液が大半である。
「しょうがないですね。ウィル、そっちの小樽もとってください!」
「はいは~い」
手渡された新たな樽をギィに抱えさせ、エルクはマシューに胃液の入った樽を手渡す。
マシューは呆れたように肩をすくめて、中身を捨てるために甲板に上がっていった。
「うぅーーーぎぼぢわるい・・・」
ギィを看護する一同の近くでは同じように体調を崩してしまったレベッカを看護する人たちもいた。
ギィは完璧な船酔いだがレベッカはもう少し複雑だった。
ハンモックの上に寝かせられ、ルセアが濡らした手ぬぐいを取り替えている。
真水は船の上では貴重なので、海水で代用せざるおえないが無いよりマシである。
実のところ帆船というのは相当にやかましい。
船体が軋む音、綱が擦れる音、帆がはためく音、ネズミが走り回る音。
様々な音で溢れかえる船室は慣れない者にとっては眠れたものではない。
フェレからの長い旅路や度重なる戦闘の疲れもあり、レベッカは体調を崩してしまったのだった。
「ルセアさん一応薬草茶はできましたが・・・」
ロウエンが差し出したお茶はドロリとしていてお茶と称していいのかどうか微妙だった。
だが、火を極力避けなければならない船の上ではこれが限界だった。
「仕方ないです、今はこれしか無いんですから。レベッカさん、起きれますか?」
「・・・はい・・・」
気怠そうに体を起こすレベッカ。
不安定なハンモックの上ではそれすらも体力をかなり消耗する。
フロリーナに支えてもらいながら、薬草茶を飲むレベッカは相当辛そうであった。
「あぁ、レベッカさん!おいたわしグわな!」
「すみません皆さん!セインを取り逃がしてしまいました。今、止めを刺したのでもう安心してください」
「あ、相棒・・・お、れを・・・」
このクソ忙しい時にはセインには大人しくしてもらった方がよいというケントの判断だった。
「カナス殿、手を貸していただいてよろしいですか?」
「は、はい!わ、わかりました」
状況がよくわからず、ケントの指示に従ってカナスはセインを引きずるようにして移動させていた
普段なら笑いを誘う光景だが、レベッカにはそれをする体力も残っていない。
「レベッカ・・・大丈夫かい?」
「・・・レベッカさん・・・」
それを見てるしか出来ないウィルとロウエンは地団駄を踏みそうになるのをなんとか堪えていた。その二人の後頭部に衝撃が走った。
「あいた・・・」
「いてっ!なにすんだよヴァっくん!」
「ヴァっくんはやめろ!それと・・・」
二人の後頭部に拳をぶつけたのはレイヴァンだった。
「辛気臭い顔で病人の側をウロつくな・・・治りが悪くなる」
レイヴァンの言葉にロウエンとウィルは気まずそうに顔を見合わせた。
「・・・それは・・・そうなんだけど・・・」
「ですが、心配ですし」
「だったら遠くで眺めてろ。レベッカの視界に入るな。ついでに俺の視界にも入るな。見ていて鬱陶しい」
あんまりにもな言い方だが、自分達が鬱陶しいのは紛れもない事実なので二人は船の片隅へと追いやられていった。
「・・・レイヴァンさん・・・」
「あいつらがいると・・・休めんだろ」
レベッカは弱々しく笑い、再び横になった。
しばらくして規則正しい寝息が聞こえてくる。
レベッカが落ち着いたのを確認して、ルセアは隣で眉間に皺を寄せたままのレイヴァンを見上げた。
「・・・なんだ、ルセア」
「いえ、なんでもありません」
楽しそうに微笑むルセアから目を背け、レイヴァンはその場にあぐらをかいたのだった。
「ルセアさん!真水を少しだけわけてもらってきました~~!」
「え?セーラさん、よくわけてもらえましたね?」
「海賊なんて私の魅力にかかればイチコロですよ!はい、どうぞ」
そう言ったセーラの持つ杖の先端には赤黒い染みが滲んでるような気がした。
彼女の言った『イチコロ』は本当に文字通り『一殺』だったのではないか。
そう思ったルセアだったが、現実を直視してしまうと変な心労が増えそうな気がして、目を瞑ることを選んでしまった。
ルセアは祈りを捧げながら革袋に入った水を受け取る。
「ありがとうございます」
「いいえ、これくらいお安い御用です!!・・・・って、そうだ!フロリーナ!若様にちゃんとお礼言ったの!?」
「ふ、ふへ!え、ええ、えぇぇと」
「もう、しっかりしなさい!ああ見えて若様は流されやすいとこあるんだから!お礼にかこつけて、押し倒しちゃえば絶対大丈夫よ!勇気出してドーンといってきなさい!」
「あ、あの・・・もう少し練習してからじゃ・・・ダメですか?」
「練習って、あのペガサス相手に?もう・・・しょうがないわね・・・いい!私が教えた通りにやるのよ!」
その一連の流れを間近で見ていたレイヴァンはプリシラの方に視線をやる。
「お兄様?どうかしましたか?」
「・・・いや」
そして、次にルセアを見てみる。
「レイヴァン様?」
「・・・・あれが、例外か」
だが、あの姦しい娘でも杖の技を使えるという。
少しエリミーヌ教の教えというものに興味が出てきたレイヴァンであった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
甲板は人々で溢れていた。帆を張る為に綱を握る者、汚れやすい甲板の拭き掃除をする者、見張りの為にマストに登ろうとする者。
それぞれの動きはよく統率がなされており、まるで一つの川の流れを見るかのように滑らかであった。
一通りの仕事を終え、非番を手に入れたハングはその甲板を縫うように歩き、船の舳先へと向かった。
その途中でバアトルとドルカスが甲板で働いていたのを垣間見た気がしたが、些細なことだ。
「よう、エリウッド。船酔いなんかしてねぇか?」
「ハング。大丈夫だよ」
ハングはエリウッドと共に舳先の方から船の行く末に視線をやる
水平線の彼方に小さなシミのように島が見えていた。
それがヴァロール島である。
「しかし、立派な船だね」
「ファーガス海賊団の歴史は意外と古いんだ。まぁ、お頭の歳を考えればわかるだろ?」
ハングがそう言うと、エリウッドは怪訝な顔をしながらハングを見た。
「な、なんだよ?」
「いや、その格好でハングが『お頭』なんて言うから少し違和感があってね」
「あぁ、なるほど」
ハングは今の自分の服を引っ張る。
ハングは港町で見せたような動きやすい格好ではなく、いつものくたびれたマント姿に戻っていた。
「リンディスに気を使ってるのかい?」
「そういう訳じゃないさ。単にあの格好だとこき使われるのが目に見えてるからな。俺はもうこの軍を預かる軍師だ。船の仕事ばかりやってるわけにはいかない」
そのハングの言葉に嘘は無いようにエリウッドは思えた。
だが、まるっきり本当ではないだろう。
ハングは明後日の方向を見ながら頭をかいた。
ハングが何を話そうとしているのか、エリウッドには手に取るようにわかっていた。
「それでさ・・・お前は気にしないのか?」
「何がたい?」
わざととぼけてみると、ハングは苦虫を数匹噛み潰したような顔をした。
「ほら・・・俺が・・・」
「君が?」
エリウッドには助け船を出してやる気は毛頭なかった。
ハングは絞り出すかのように自分の言葉で言った。
「だから・・・俺が海賊だったことだ」
「ハングが海賊だろうと僕は君を信じてるよ」
「・・・・・・」
まるで準備していたかのような答えにハングは追加で50匹程苦虫を噛み潰したような顔をした。
「・・・お前な・・・」
「なんだい?」
微笑を浮かべるエリウッドにハングはため息を返した。
「なんでもねぇよ・・・」
ハングは自分が『海賊』であったことを告白するのに躊躇いと罪悪感を抱えていた。それがわかっていながら、エリウッドはわざとハングの口からその言葉を言わせたのだ。
ハングは口に中だけで『狸貴族め』と呟いた。
「一応、単なる感情論だけではないよ。例えハングがどんな過去を持っていようと、君が僕達を助けてくれてるのは事実だ。それに、ハングには目的がある。それは僕達の目標にも近い・・・それを達成するまでは僕達に協力してくれる。違うかい?」
ハングは答えない。
エリウッドの言葉を胸の内で噛み締める。
そんなハングを見て、エリウッドは口角を上げる。
「・・・と、言って欲しいんだろ?」
「・・・・・・・・・お前な」
ハングは力尽きたように船の縁に項垂れた。
そんなハングの隣でエリウッドは満面の笑みを浮かべていた。
「ハングが考えることはわかりやすいよ。戦場以外ではね」
「本当は交渉ごとも軍師の役目だからそういうわけにはいかないんだが」
ハングは青い空に向けて大きく伸びをした。
「特に、今のハングは本当にわかりやすいよ」
「・・・それは否定しないね・・・」
「『できない』の間違いじゃないのかい?」
ハングはエリウッドの台詞を黙殺することにした。
「好きな人に嫌われるのはきついかい?」
「別に嫌われちゃいない・・・はずだよ」
エリウッドは楽しそうに笑う。
そして、不意にエリウッドの表情が真剣味を帯びた。
「それで、ハングは何しにここに来たんだい?」
「・・・・・・・・さぁな」
ハングは再びヴァロール島を眺める。
エリウッドもそれに倣うようにヴァロール島の方を見た。
遠くに見える島は深い樹木に覆われ、霧の中に霞んでいて、島の全容を見ることはできない。
船が進んでいるので、次第に近づいているはずだ。
だが、エリウッドにはその島との距離がいつまでも変わらないような錯覚を覚えていた。
「ハング、ありがとう」
「なんだ突然」
「少しは気が楽になったよ」
「何のことだよ」
エリウッドは大きく息を吸い込んだ。
潮の香りが胸の奥深くまでしみこんでいく。
「父が無事であることを祈るしか今の僕にはできない」
「・・・・・・」
「それで様子を見に来てくれたんだろ?」
ハングはため息をついた。
「本当に俺ってわかりやすいのか?」
「ハハハ・・・そうかもね」
ハングはリンとの一件で少し気が滅入っていた。
だが、それ以上にエリウッドが参っていることに気が付いていた。
エルバート侯爵の居場所はわかったが、居場所は【魔の島】だ。それに、暗殺組織や反乱の話まで絡んできている。
気もそぞろになるのは当たり前だ。
ヴァロールが見えてきて、心労が重なっているんじゃないかと思い、ハングはエリウッドを探したのだ。
「以前・・・」
「ん?」
エリウッドは真っすぐに前を見つめ続けていた。
「以前・・・ハングは言っていたよね・・・戦いを好きになれない僕に『そのうち答えが出る』と」
それはラウスでの戦闘をする前のことだった。ハングも覚えている。
「それで、答えは出たか?」
「いや・・・今もどうすればいいかよくわからない・・・でも、父上が生きていらっしゃると知った・・・それ以降、父を助けるためだと思うと・・・迷わない自分に気がついた」
エリウッドはそれが良いこととは思っていなかった。
戦いの意味を考えなくなってしまったらそれは領主の息子として失格だ。だが、今はそんな理屈など頭の中には残っていなかった。
「父上を助けるためなら・・・僕は・・・なんでもしてしまう気がする。それが少し・・・怖い・・・」
そう言って項垂れるエリウッド。
『殺してやる・・・殺してやる・・・一人残らず・・・貴様ら全員・・・必ずぶち殺してやる!』
不意に自分の中に響く怨嗟の声。小さい頃の甲高い声は今も体の内側に刻まれている。
ハングは戦いに対して迷いを覚えたことはない。立ち止まろうと思ったことなどない。
そんな自分を不安に感じたことなどなかった。ハングはむしろそんな自分を頼もしく思っていた。これがあれば時と共に憎悪を風化させずにすむからだ。
血を求める心身。
エリウッドはそんな自分を恐れている。
ハングはそんな自分に依存していた。
「俺とお前の差は・・・そこなんだろうな・・・」
ハングは小さく声に出してそう言った。だが、その言葉は船上の喧騒に飲まれて消えてしまう。
「なにか言ったかい?」
「いや・・・でも、俺はエリウッドはそれでいいと思ってるぞ」
「そうだろうか・・・」
俯くエリウッドにハングは自嘲するように笑ったのだった。
その時だった。
「お頭!十時の方向に小舟が漂ってますぜ!中に人が乗ってるみたいだ!」
「引き上げろ!」
甲板の方から飛んできた声にハングは振り返る。
「十時の方向?」
ハングはその方角が見えるよう船の端へと移動した。
「あれか・・・」
ハングが視認する。エリウッドも同じようにハングの隣に並ぶ。
「小舟か・・・よくあることなのかい?」
「なくはないが・・・」
ハング自身も海を漂っていたところを拾われた身だ。
「・・・問題はそこじゃない」
「どういうことだい?」
「この付近の潮の流れから考えるとあの船は【魔の島】から来たとしか思えないからな」
上陸した者は生きては帰れないといわれるからこその【魔の島】だ。
そこから流れて来た小舟。
ハングは嫌な予感を覚えていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
時は少し遡り、船の後部。そこは普通の甲板より高い位置にある。船楼と呼ばれ、船室や舵輪などが置かれる場所である。
甲板を見渡せるその場所は船の中では比較的人が少ない。
そこにリンはいた。
何をするでもなく。ただ一人でそこから海を眺めていた。
「エリウッド・・・っと、あれ?」
そこにヘクトルがあがってきた。
「エリウッドなら舳先の方で・・・海賊と・・・何か話してるわ」
『海賊』
ハングのことかとあたりをつけたヘクトルは「んじゃ、心配ないか」と独り言のように呟いた。
となれば、もう一つの問題を解決する必要がありそうだった。
「・・・まだ、なにか用?」
ヘクトルの方を向きもせず固い声を放つリン。
ヘクトルは渋い顔をした。
「お前な・・・その不機嫌はなんとかしろよ。別にハングが海賊だったからって・・・」
「その人の名前は出さないで!!」
こいつは重症だ。
ヘクトルは出そうになるため息をなんとか押し殺した。
ハングとリンが大喧嘩したというのはセーラやマシューから聞いている。
それが随分と曖昧に決着となってしまったということも知っている。
一晩立てば少しはマシになるかとも思っていたが、時間をあけたことが逆効果になっているらしい。
ヘクトルは誰にも聞こえない程に小さく舌打ちをした。
これは明らかにあの『海賊』の責任である。
喧嘩の後で膝を付き合わせて腕の一本でも捧げてればここまでこじれはしなかっただろう。どうせハングの腕の骨など戦闘では役に立たない。首から上が動いていればいいのだから、大人しくリンディスに差し出すべきだったのだ。
ヘクトルは『こいうのは苦手だ』と思いながらも言葉を選んでいく。
「お前の両親が山賊に襲われた話は・・・聞いた」
『ハングから聞いた』という台詞は堪える。
「だけど、ここの『海賊』はそんな悪い奴らじゃ・・・」
「・・・親だけじゃない!部族の仲間も・・・ほとんどが殺されたわっ!」
リンがヘクトルに向かって吠えた。その声もまた甲板の騒音に紛れて遠くまでは届かない。
「奴らは私たちの飲み水に毒をいれた・・・みんな、もがき苦しんで立って歩くこともできない・・・それを待ち構えてた奴らに集団で襲われたのよ!」
ヘクトルは黙り込んでしまう。
リンのその怒鳴り声に気圧されたわけではなく、下手に言葉をかけられなかったのだ。
それだけ、今のリンは不安定に見えた。
「私は・・・一人・・・馬の背に乗せられた。父さんも・・・苦しいはずなのに・・・最後の力を振り絞って・・・震える腕で・・・私を・・・馬に・・・」
感情の爆発の後に紡ぎ出されていく昔語り。
その物語は涙で潤んだ声に変わっていく。
「・・・近くの部族に助けられ・・・十日目に目を覚ました。その時・・・私が・・・どんな・・・思いだったか・・・」
リンの瞳から水滴が一筋の道をつくった。
「死体は・・・もう葬られてたから・・・別れの言葉一つ・・・かけることもできず・・・最後に見た・・・父さんの姿は・・・くずれて・・・その上に山賊の斧が打ち下ろされ・・・る・・・そんな・・・そんな・・・」
泣きながら語るリン。
その涙を拭ってやるべきなのだろうか。
ヘクトルは少しだけそんな思いに囚われた。
だが、それを行動に移しはしない。
彼女が誰の胸の中で泣くべきなのかがわからないほど、ヘクトルは朴念仁ではなかった。
「でもよ、ハングはそのお前の仇の山賊と一緒に戦うって約束をしたんだろ?」
「そんな言葉が信用できるの!?」
「お前は出来ねぇってのか!?」
ついヘクトルは声を張り上げてしまう。
「あいつは今まで一緒に戦ってきた仲間じゃねぇのか!?」
「わかんないわよ!!私にも・・・わかんないのよ!!ハングは・・・ハングは・・・海賊で・・・大事な人で・・・仲間で・・・もう・・・わかんないのよ!」
再び泣き出すリンディス。
ヘクトルはくだらない話題を振ったことを後悔した。
目を伏せて大粒の涙を流すリン。
ヘクトルはそんな彼女を見ないように背を向けた。
「・・・なに・・・してるの?」
「・・・お前みたいな気の強い女は・・・泣き顔見られるの嫌がると思って」
ヘクトルは背を向けたまま動かない。
「バカじゃないの!だったら背中なんか向けてないでどっかに消えてよ!!」
ヘクトルは罵声ともとれるそれを背中に浴びながら静かに言葉を紡いだ。
「俺も・・・親・・・どっちもいねぇから」
次に始まったのはヘクトルの物語。
「おまえんとこみたいにそんな・・・ひどい話じゃねぇけど。それでも、すげぇガキみたいに泣きたかった。でも、人の目があると泣けなぇし、一人になったらなったで泣けなかったからな」
ヘクトルは少し言葉を切った。
例え大切な存在を失っても、その喪失感はいつかは薄れる。悲しみを乗り越える術は歳をとっていくうちに覚える。
だが、あの時の涙を流せなかった日々は早々忘れられるものではなかった。
ヘクトルが真っすぐに立つことができたのはあの辛かった日々を涙以外のもので埋めることができたからだ。
それは周りの大人の気遣いであり、兄の愛であり、そして友の優しさであった。
「・・・だから・・・まぁ・・・そういうことだ・・・」
彼女が当時は泣けなかったのもヘクトルにはなんとなくわかる。
そして、今は泣ける理由もなんとなくわかる。
だからこそ、ヘクトルにできることはこれぐらいだった。
「・・・ほんと・・・ばかね・・・そんな気の使いかた・・・はじめて聞いた・・・」
背中越しのその声を聞きながらヘクトルは唇を噛んでいた。
ヘクトルは仲間をここまで追い詰めた『海賊』に苛立ちを禁じえない。
とりあえず、あいつを一発殴っても誰も文句を言われないような気がするヘクトルだった。
「おーい!!小舟が漂ってるぞ!十時の方向だぁ!!」
マストの上から聞こえてきた声。
「・・・なにかしら?」
流した涙を拭いながら、リンは努めて普通の声を出した。
「行ってみようぜ」
少なくとも騒ぎになれば『海賊』は来るはずだ。
ヘクトルは拳を固めて、リンは深呼吸をして甲板へと降りて行った。