【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
日が沈んだ海。
夜闇の中に満天の星空が光を降り注いでいた。
ハングは船室から甲板へとあがり、リンの姿を探した。ハングの頬には拳骨で殴られた痕が今も残っている。
先の戦いで受けた体の傷や鼻血は杖で治療してもらえたのだが、ヘクトルに殴られたところは誰も治してもらえなかった。
『自業自得でしょ』
『すみません・・・私もそう思います・・・』
セーラとプリシラの言い分はわかるが、それとこれとは話を分けて欲しいハングである。
ハングは辺りを見渡す。ハングは船楼の上に彼女の姿を見つけることができた。
ハングは階段をあがる。
船楼の上には彼女以外の人影はいなかった。
彼女は船の端に寄りかかり、海の外を眺めていた。
ハングは後ろから声をかけようとして、口を開いた。
だが、喉が潰れたかのように自分の口からは言葉が出てこない。
ハングは結局そのまま口を閉じてしまう。
正直、今にも逃げ出したかった。
リンの顔を見たくなかった。彼女の冷たい言葉を聞きたくなかった。
ハングは彼女に否定されることを何よりも恐れていた。
こんな思いはハングにとって始めてだった。
奇怪な腕を持ち、幼くして一人世間に投げ出されたハング。周囲からの拒絶の姿勢はいつでもあった。
孤独が平気な人間はいる。
ハングは自分がそうだという自負があった。
だが、今は彼女に拒絶されることが怖くてたまらない。
『私を・・・私を騙してたの!!?』
先日のリンの叫びが今更ながらに蘇る。
ハングは軍師だ。本音と建前を使い分け、真実を隠しつつ本質を掴むことを本分としている。それでも、自分を信じてくれる者には誠実であるつもりだった。
策を伝えなかったり、誤解する言い方をすることはあるがそこは曲げたことはない。
だからこそ、その台詞は聞きたくなかった。
仲間に信頼されない軍師など、詐欺師と大差ないのだから。
その台詞をまた聞かされるかもしれないという思いがハングの行動を制限してしまう。
ハングは一度深呼吸をする。
そして、背を向けたくなる足を全力で叱咤した。
ここで逃げたらハングは本当の詐欺師になってしまう。
ハングは腹の奥に力を込め、意を決してリンの隣に並んだ。
「・・・・・・」
リンは少しその横顔を見ただけで、すくに海に視線を戻してしまう。
ハングは潮の匂いを腹の中に溜めてからなんとか声を絞り出した。
「言い訳を・・・させてくれるか?」
「・・・・・・・」
リンは何も答えない。
「わかった・・・だったらこれは俺の独り言だ・・・」
ハングは視線を海から空へと向けた。
「俺は・・・無法を働いたことはない・・・この海賊団も・・・俺が乗っている間はそんなことをさせたことは無い・・・」
リンはやはり何も反応を示さない。ハングの話は続く。
「この海賊団は元々は街の自警団が発展したものだ。金を貰い、用心棒をする・・・その本質は今も変わってない。この船も普段は商人を乗せて商売をする輸送船だ。確かに・・・役人相手に戦うこともあった・・・でも、それだって不正を働いていたのは向こうだ。この船は・・・曲がってない・・・それだけは・・・言える」
ハングは途中で自分が何を言いたいのかわからなくなっていた。ただ、リンには自分の仲間を誤解して欲しくなかったのだ。
それでもハングを許せないというなら・・・
ハングはそこまで考えて、底知れぬ不安に取り付かれた。それを何とか押し殺してハングは話し続ける。
「だから・・・その・・・」
口の中がカラカラになっていた。ハングは自分の手足が小刻みに震えていることを自覚した。
「その・・・・その・・・・」
「許さない」
ハングはリンの顔を見た。彼女の横顔は先程と変わらない。
「私は・・・許さないわ・・・」
リンの表情からは何も読み取れない。ハングは本気で泣きたくなってきていた。
「この海賊団の人達が悪い人じゃないのは、今はわかる・・・だから、この海賊団への言葉は取り消してもいい。でも、あなたは別・・・」
ハングは自分の拳を握りしめた。その拳に視線を落とす。
「私は・・・」
ハングは唇を噛みしめる。
「私は・・・港であなたが苦しみだした時・・・あなたを失うかもしれないと思った時・・・本当に後悔した」
「・・・・・・・・・・・え?」
ハングは思わず疑問符を放ってしまった。
「まだ私はあなたのことを何も知らない。ハングのことを何も知らない。それなのに、あんな形でお別れになるのかと思ったら・・・私は本当に後悔したの・・・」
ハングは顔をあげた。そこにはリンの強い視線が待っていた。
「あなたが海賊だったって聞いて、混乱もした。私の仇とハングが被って頭の中がぐちゃぐちゃになった」
半端にあった時間がリンに余計なことを考えさせた。
そんな時にヘクトルが来てくれたのだ。
自分の中の感情を吐き出しながら泣いて、喚いて、叫んで、罵倒して。
それでも側に立っていてくれたヘクトル。
そのお陰でリンは自分の中に残ったものを整理することができたのだ。
「でも、私は・・・やっぱりあなたを信じたいの・・・」
ハングは彼女とヘクトルとのやり取りの内容を知らない。リンの中でどんな葛藤があったのか、どう折り合いがついたのかはわからない。
それでも、自分には出来なかったことを誰かがやってくれたのはわかった。
殴られた頬は今も熱を帯びている。そのおかげで夜風がやけに心地よく感じた。
「だから・・・いつも、色んなことをはぐらかして・・・自分をさらけ出そうとしないハングを・・・」
リンが言葉を切る。波の音が静かに流れていた。
「私は許せない・・・」
ハングはリンを見ながら肩の力を抜いたのだった。
「・・・そうか・・・」
「ええ・・・」
真っ直ぐにハングを見つめるリン。
ハングがリンと初めて出会った時、その綺麗な瞳が強く印象に残ったものだ。
澄んでいながらも、その奥に仄暗い感情を沈め、それでも真っ直ぐに前を見ているその瞳。
もしかしたら、あの時から惚れていたのかもしれないと、ハングはふとそんなことを思った。
今、自分が何をすればいいのか。さすがのハングにももうわかっていた。
「何が・・・知りたい?」
答えはわかっていた。
「『ネルガル』・・・ハング・・・その人はあなたに何をしたの?教えて・・・くれるわよね?」
ハングは自分の目的を口にしたことは無かった。
それは自分の業に周囲を巻き込みたくなかったからだ。復讐の連鎖に共に捕まって欲しくなかったからだ。それがハングの利己だということはわかっていた。
「あぁ・・・わかった・・・」
だが、それも、今日までだ。
彼女や仲間達はハングに巻き込まれることを欲している。
ハングは近くで様子を見守っている仲間にも聞こえるように、少し大きな声で語り出したのだった。
「昔・・・話をしたことがあったかな・・・俺には妹がいたって」
「『エミリ』だったかしら」
「ああ、よく覚えてたな」
「少し印象的だったから」
「・・・そうか」
ハングは一度深呼吸をする。
「あの時は『死んだ』と言ったがな・・・正確には少し違う」
ハングはリンから目を逸らす。
「エミリは『死んだ』・・・『殺された』んだ」
多少の予想はついていたのか、リンは驚きはしなかった。ハングの話は続く。
「理由は今もわからない・・・ネルガルは数人の闇魔道士を連れて突然俺たちの村を襲った」
ハングは星空を見上げた。
「あとは阿鼻叫喚の地獄絵図だ・・・村人は手当たり次第に殺され、家は全て焼き払われた」
もう、あれから何年経つのか。だが、薄れゆく記憶の中でもあの時の映像は今も鮮明に残っていた。
「村の外にいた俺は慌てて駆け戻った。村は火の海だったよ。俺は周囲を火に囲まれながらも大通りを駆け抜けた。周りには生きながらに火をつけられ苦しむ村人が何人もいた。そんな大きな村じゃない・・・みんな顔見知りばかりだ・・・」
ハングは視線を甲板の上に戻す。
「そして、俺の家の前だった・・・あいつが・・・いた」
誰のこととは言わない。ネルガルしかいない。
「あいつは燃え盛る家から妹を引っ張り出し・・・結界の中に・・・」
今でも目を瞑れば鮮明に蘇る。
「閉じ込められた妹が・・・俺に気づいた・・・でも、見えない壁に阻まれて出られなくて・・・そこでネルガルが何か呟いた。そして、妹の足元に魔法陣が浮かび上がった。俺は・・・走った・・・でも、どうしようもなくて・・・全然足が動かなくて・・・結界にたどり着くこともできず・・・エミリは・・・俺の目の前で・・・」
ハングは自分の腕を掴んだ。左手の爪が食い込む。
「エミリの上半身が・・・消し飛んだ・・・」
息を飲む音が聞こえた。それが、誰のものかはわからない。
リンかもしれないし、他の誰かかもしれない。
だが、今はどうでもよかった。
「俺は・・・もう・・・何も考えられなくなって・・・ネルガルに噛り付いた・・・」
『なんだこのガキは?・・・ふむ、いい余興を思いついた・・・』
「そして、ネルガルは何を思ったのか・・・俺を結界の中に閉じ込めて・・・手当たり次第に魔法を放っていった・・・家が消し飛び・・・人が消し飛び・・・俺は結界の中で・・・何も出来ずにそれを見ているしかなかった・・・」
爪が食い込むハングの腕から血が滴る。リンはそれに触れようとしたが、途中で手を引っ込めた。
「全てが終わった時・・・村は無くなってたよ・・・文字通り・・・跡形も残らずにな・・・今となっては地図にすら載ってない。まぁ、もともと小さな村だったけど・・・」
ハングは笑う。どうにもならない絶望を語り、ハングは笑った。
「そこからだ・・・俺の目的が決まったのは・・・俺は全てを奪ったあの男を・・・殺す為にここにいる・・・」
ハングは疲れたように笑いながらそう言った。
「これが、俺の復讐の全てだ・・・」
ハングとリンの目が合う。
波の音がする。船が揺れる。ロープが風に流され、音を立てていた。
「そういうことだったの」
「ああ」
「ありがと、話してくれて」
「ああ・・・」
「話して・・・辛かった?」
「・・・・ああ」
二人は大きく息を吐いた
「リン・・・ごめんな」
「私も・・・ごめんなさい」
そして、二人は顔を見合わせてへらへらと笑った。
「なんだか、随分遠回りした気がするわね」
「だな・・・」
リンは手を伸ばして、ハングの腕から爪を外した。
「大丈夫?」
「こんなの、放っときゃ治る」
リンは引き離したハングの左腕を手遊びするかのように軽く叩いた。
「でも『死んだ』と『殺された』か・・・私はあの時から、私はハングに嘘を付かれてなのね」
「嘘はついてねぇよ」
「これからは言葉を減らして誤解させたり、勘違いしやすい言葉を選ぶことは全部嘘とみなすわ」
「・・・さて、他に何か聞いておきたいことはあるか?」
「だめよ、まずは約束して。『これからは、嘘を付かない』って」
「・・・嫌だ・・・と、言ったら?」
「・・・・・・・泣きたくなってきた」
「約束します」
女の涙はつくづく卑怯だと思うハングである。
それは、裏で話を聞いていた男性陣も同じ感想であった。
「ハング、もう一つ聞いていい?」
「今更、渋ることなんてなんもねぇよ」
「あの・・・」
「ん?」
「その・・・えと・・・」
「どうした?」
ハングにはリンがしたくない質問をしようとしてるように見えた。
「無理して聞くことなのか?」
「うん!・・・ってほどでもないのかな」
「・・・どっちだ?」
いまだハングの左腕を弄ぶリン。
「その・・・港で言ってたじゃない・・・その・・・『最愛の相棒』って・・・」
「え・・・言ったか?」
「うん・・・」
ハングは眉をひそめた。記憶をなんとか掘り返そうとするも、そのような事実が確認できない。
「言ったのか?」
「うん」
「俺が?」
「うん」
「お前に?」
「うん・・・・・・・って、違う!!違う!!私じゃなくて!」
ハングは胸をなでおろした。
いくら色々あったとはいえ、そこまで言った覚えはなかった。
「ハングが怒ったときに言ってたじゃない。『最愛の相棒の死体にしがみついて海を漂ってた』って」
「ああ・・・あぁ!あれか」
確かに言った。思い出した。
「それって・・・誰?」
「誰・・・ん~~~・・・」
ハングはなんと説明したものか悩む。
「誤魔化す気じゃないでしょうね」
リンの視線が痛い。
「違うっての・・・そうじゃなくて・・・どう説明したもんかな」
ハングはそれを『誰』だと言えばいいのかわからないのだ。
「どこから話すべきか・・・とりあえず・・・って、近い!」
「あ、ごめんなさい」
いつの間にか、リンがハングの目前まで迫っていた。慌てて離れるリン。
それでも、ハングの腕は掴まれたままだった。逃がしてはくれなさそうだった。
「何をそんなに焦ってんだ」
「ご、ごめんなさい・・・ただ・・・その・・・『最愛』なんて言うから気になって・・・」
どうとでも受け取れる発言だったが、ハングは聞き流すことにした。
「でも・・・説明しにくいってどういうこと?」
「ああ・・・そいつは・・・」
ハングはふとあの『背中』を思い出した。
「そいつは・・・」
「バカ!それ以上押すな!」
「きゃっ!どこ触ってるのよ!」
「うわああぁぁ!」
ハングの口が開き、一つの単語と一つの名前がつむぎだされていく。リンの目が驚きで見開かれた。
だが、ハングの言葉は誰かの叫びに掻き消えてしまい、遠くまでは届かない。
大きな音がして、近くに積み重ねてあった樽の影から何人もの人間が倒れてきた。ハングはため息をつき、彼らの所へ足を向ける。
「ま、待って!あの・・・ハング・・・それって・・・・」
リンはハングの左腕を掴んだまま離さない。
「じゃあ、ハングは・・・」
「皆まで言うな。あれは・・・ちょいと・・・話したくない・・・」
リンは押し黙った。
「安心しろ・・・多分、このことで喧嘩になるとは思えない」
「どうしてそう言い切れるの」
「そんなに悪いことはしてないからだ」
ハングはリンの手の中から左腕を引き抜いた。
「あ・・・」
「まぁ、そのうちな・・・俺が話せるようになったら話すよ」
ハングはリンにそう言って折り重なって倒れている仲間の隣に立った。
彼等を見下ろし、ハングは息を大きく吸い込んだ。
彼等が近くにいるのはわかっていたし、盗み聞きしているのも知っていた。
だが、彼等が隠れていることをバラしてしまった以上、ハングにはケジメをつける必要があった。
「お前らぁぁぁぁ!」
海の上に雷が響き渡った。