【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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19章~魔の島(前編)~

【魔の島】

常に深い霧に閉ざされたその島は海の中に亡霊のように佇んでいた。

霧の切れるわずかな時間を狙い、ファーガス海賊団の船は島へと近づいていった。

そして、エリウッド達はついに【魔の島】へと足を踏み入れたのだった。

リンとヘクトルは大地を踏みしめながら大きく伸びをした。

 

「ふぅ、ようやく着いたわね」

「なんか、動かねぇ地面ってのが変な感じになるな」

 

二日とはいえ船の上での生活は慣れない者にとってはやはり辛い。リンとヘクトルだけに限らず、揺れない地面に降り立った時の感覚は皆一緒だった。

 

「やっぱ、いいな・・・大地・・・」

 

完全に船酔いにやられたギィはサカの流儀で大地に感謝を捧げていた。

 

「さて、これで全部か?」

「はい!ハング様の御指示通りであります!」

 

ハングとマリナスの周りには水やら食糧やらが大量に並べられていた。

ここは何が起こるかわからない未開の地。普段なら不要なものでも必要な場合があり、その為の大荷物だ。

 

船から縄梯子を使って浜辺に降り立ったハングは【魔の島】の全容を眺めた。

見渡せるのは浜辺からわずかな距離だけ。視界の大半は巨大な樹海に塗りつぶされていた。

 

「おい、ハング」

「あ、お頭。ありがとうございました」

「とりあえず、俺たちは船を修繕しなきゃならん。二週間はかかるからな・・・それまでは待ってやれる」

「まぁ、それだけあればなんとかなるかな。戻らなきゃ全滅したと思ってください。墓標には適当に彫っといてくれれば十分です」

「はっ!どこぞで野垂れ死にする奴にかける時間も金もねぇ。彫りたいなら生きて帰って自分でやれ」

「はいはい、わかりましたよ」

 

ハングは楽しそうに笑う。

 

「ついでなんだがダーツが島の見物したいってんでな。連れてってやってくれるか?」

「戦力に数えられるなら大歓迎です」

「それだけは保証してやる。何せ丈夫なだけが取り柄だからな、ガハハハハ!」

「お頭~それはないっすよ」

 

船から降りてきたダーツ。持ち物は食糧と斧二本。また、騒がしくなりそうだ。

 

「よろしく頼むぜ兄弟!」

「おう、こき使わせてもらうぞ」

 

そんなこんなしてる間にも手の空いている仲間達は荷物を馬に乗せている。

 

皆の口数が多いのは不安の裏返しであろう。

 

これから、見るからに危険な場所へと足を踏み入れるのだ。不安にかられるのは人間として自然な反応と言えた。

 

ハングはその中でも最も不安要素の強い存在に目を向ける。

 

それはニニアンだった。

 

「・・・ありがとうございます。エリウッドさま」

「これぐらいお安い御用だよ」

 

ニニアンは馬の背に乗る方法をエリウッドから教えてもらっていた。

彼女の記憶はいまだ戻らない。常識的な事柄もいくつか抜け落ちているのもわかっている。旅路に同行させるのは酷ではあるが、エリウッドが率先して世話をやいている。

 

「えと・・・ニニアンさん・・・・ここをこうしてください」

「すみません。フロリーナさんにも・・・ご迷惑を・・・」

「そ、そんな。わたしなんか気にしないでください」

 

男性たるエリウッドの手の届かない諸々は一年前の旅で仲良くなったフロリーナが手伝っている。

その他にもレベッカ、セーラ、プリシラといった女性陣も手を貸しており、軍の中でもそこだけはやけに華やかだ。

 

そして、そんな華の香りに虫が一匹引き寄せられていく。

 

「ああ、ニニアンさん!なんとおいたわししししししーーーーぃぃいぎゃああ!」

 

ニニアンに近づこうとしたセインが闇の塊に引きずり込まれるように吹き飛ばされる。

その闇を作り出したカナスは困り果てた顔でケントと話をしていた。

 

「あ、あの。ケントさん。こんなことを毎回してよろしいのでしょうか?」

「カナス殿はお気になさらず、ぞんぶんにやってかまいません」

 

セインの抑制役がケントに加えて一人増えていた。おかげでセインを初動の段階から始末できている。ハングとしては嬉しい誤算だった。

 

「でも・・・ニニアンって肌綺麗よね・・・どんな手入れしてるの?」

 

ふと、セーラがそんなことをニニアンに聞いていた。

 

「手入れ・・・ですか?・・・多分・・・何もしてないかと・・・」

「えぇ!じゃあ、もしかして髪も何も手入れしてない・・・・とか?」

「はい・・・」

 

「羨ましい・・・」という溜息は複数の方向から聞こえてきた。

 

そんな女性ならではの会話から自然な所作で身を引いてきたエリウッドはハングに声をかける。

 

「ハング。それで、どこに向かうんだい?」

「わからん」

 

エリウッドの顔が固まった。なかなか間抜けな顔だった。エリウッドがここまで油断した顔を見せるのも珍しい。ハングは笑いをこらえるようにして、言葉を足した。

 

「わからないからな。とりあえず帰る方向を見失わないようにしながら、樹海に入ろうと思う」

「驚かさないでくれ、本当に対策がないかと思ったじゃないか」

「悪い悪い、少し俺も・・・飲まれそうなんでな」

 

ハングはは笑顔を引っ込め、視線を樹海へと向けた。

 

そこに佇む暗く、深い森。

 

人間には生理的に足を踏み入れることを拒絶したくなる場所がある。

 

それは、臭いのこもった洞窟であったり、廃墟と化した洋館だったり。

そして、この森も間違いなくその類の場所だった。

 

ハングは背筋に走る悪寒を感じながら、その森を睨みつけていた。

 

ただ、世の中にはそういった嫌悪感に囚われない人種もいるのだ。

リンとヘクトルはまさにそういった人間だった。

 

「ハング!偵察に行きましょ!」

「エリウッド!何やってんだよ!置いてくぞ!」

 

軽快な足取りで周囲の探索の準備をすませた二人を見て、ハングは呆れたように目を細めた。

 

「あの二人はなんであんな元気なんだ?」

「ヘクトルはいつもああだけど、リンディスは誰かさんと仲直りできたからじゃないのかい?」

「・・・・・・・うるせぇ」

 

ハングはエリウッドを軽く睨みながら足を樹海へと向けたのだった。

 

リンとヘクトルに並んで、ハング達は樹海の近くへと歩いていく。

ハング達はあまり仲間達と離れないようにして、樹海の手前から様子をうかがい、森の境界に沿って歩いていった。

 

「ん?」

 

だが、その足がふと止まった。

森の中に人影を見つけたのだ。

 

ハングが最初に気づき、すぐにリンもそれを見つけた。

 

「どうしたんだい。二人とも」

「なんだよ、もう戻んのか?」

 

まだ気づかない二人をハングは手をあげて二人を黙らせた。

 

「あそこ・・・誰かいる・・・」

 

リンの静かな声。彼女の指差した先には霧に紛れつつ、誰かが木に寄りかかるようにして立っていた。

 

「先客か?・・・・ん?」

 

その時、少し風が吹いたせいか、霧が少し晴れた。

そのわずかな間で確認できたのは、赤毛と長い前髪。その顔には見覚えがあった。

 

「なんだ、レイラじゃねぇか」

 

ヘクトルが安堵した様子で斧から手を離す。

キアラン城であったオスティアの密偵であり、マシューの思い人だ。

 

「なんだ。緊張して損したわ」

 

リンもまた剣から手を離す。ハングとエリウッドもお互いの顔を見て笑顔をこぼした。

 

自分達は予想以上に気を張り詰めていたらしい。

 

「よう、レイラ。お前、よくここに来れたな?」

 

ヘクトルが緊張を解いて声をかける。だが、返事がない。

 

「レイラ?どうした?」

 

一歩踏み出したヘクトル。ハングも少し首をかしげていた。

 

「ヘクトル・・・」

「ああ、様子が変だ」

 

ハングとヘクトルは緊張感を取り戻しつつ、更に歩を進めた。レイラにはもうハング達の姿が見えているはずだ。なのに彼女はまるで微動だにしなかった。

 

刹那、強い風が霧をさらった。

 

「んっな!!!」

「・・・・っ!!」

 

二人が瞠目する。

 

「どうしたの!?」

「来んなぁ!!!」

 

足を踏み出そうとしたリンをハングが怒鳴って止めた。

 

「なんだよ・・・なんだよこれは!」

 

ヘクトルの叫びが霧の中を反響する。

 

ハングは思わず胃袋の中身をぶちまけそうになった。それでもハングは彼女から目を逸らさなかった。否、逸らせなかった。

 

ハングとヘクトルの前には目をうっすらと見開いたレイラがいた。だが、その瞳は何も映していない。

 

彼女の首には両側から大きな切れ込みが入っていて、白い骨が覗いている。胸の中心に空いた大きな穴から木の枝が突き出ており、それが彼女の身体を木の幹に磔にしていた。それだけではない、彼女の身体はありとあらゆる関節が破壊され、あらぬ方向に曲げられている。

 

それは、明らかな悪意と敵意をもってやられた所業だ。

 

「ヘクトル・・・これは・・・」

 

エリウッドが口元を抑えながら近づいてくる。

 

「エリウッド・・・リンディスはどうした?」

「後ろにいるよ・・・でも、見せないほうがいい」

 

ハングは頷きつつ、剣を引き抜き彼女の胸から突き出た枝を叩き切った。

ハングはヘクトルと二人がかりで彼女の身体を木から降ろしてやる。

自分の知人を殺されたのはヘクトルだが、ハングもまたそれに近い程の怒りを覚えていた。

 

「くそったれ・・・どこの、どいつだ!こんな・・・こんな!」

 

ヘクトルが血を流さんばかりに歯を噛み締めていた。

それだけ、レイラの状態は酷いものだった。

 

「拷問でも受けたのか・・・」

「いや・・・違うな・・・」

 

ハングは吐き気をこらえながら死体の状態を調べる。

 

「関節が壊されてる割には内出血が少ない・・・胸の大穴の断面の色もおかしい・・・死因は首への一撃・・・それ以外は死んだ後にやられたもんだ」

 

こんなことする理由など決まっている。

 

「ネルガル・・・また・・・てめぇなのか・・・」

 

ハングの村にやったことと同じだ。

 

『見せしめ』と『余興』

 

ハングは震える手で彼女の瞼を閉じてやる。冷たくなった彼女の体は、痛烈な違和感を手のひらに残していった。

 

ハング達は彼女の歪められた身体を1つずつ丁寧に戻していく。

手足の関節を整え、胸の穴や首の傷を包帯で覆う。

そうして、最後に彼女の両手を胸の前で組ませた。

 

『この一件が片付いたらあいつを家族に紹介するつもりなんですよ!』

 

城壁の上で饒舌になっていたハングの友人。

そのことを思うと、胸がはちきれそうだった。

 

「リンディス・・・もういいぞ・・・」

「ええ・・・」

 

ヘクトルに促され、リンが近寄ってくる。

 

彼女はようやくレイラに対面する。レイラは彼女の祖父であるハウゼン様を救った。

彼女には言葉にできない程の恩があった。マシューとの関係も知っていた。自分にできることなら幾らでもしてあげられると思っていたのだ。

 

リンはレイラの傍に膝をつき、サカの民に伝わる言い回しで言葉を紡いだ。

 

それは、サカ流の葬儀だった。

 

肉体は母なる大地に帰り、魂は父なる空へと戻っていく。

 

彼女の祈りを聞きながら、ヘクトルがその場から背を向けた。

 

「マシューを・・・連れてくる」

「僕がいこうか?」

「いや・・・それはだめだ。これでも、俺はあいつの主君だからな」

 

そう言われることはエリウッドにもわかっていた。だが、声をかけずにいられなかった。

ヘクトルは親友の視線を背に受けて皆の待つ方へと戻っていった。

 

その時、轟音があたりに響いた。

 

エリウッドとリンが驚いてその方を見る。そこではハングが左腕で木を殴りつけていた。

 

「ちきしょうが・・・ちきしょうが・・・」

 

ハングの胸に過去の記憶が去来していた。

辱められたレイラの遺体が様々な人間と重なって見えていた。

 

「ネルガル・・・ネルガル・・・ネルガル!!」

 

怨嗟の声が響き渡る。

 

「ハング・・・」

「エリウッド・・・悪い・・・今・・・俺は自分を抑えられない・・・少し・・・頭冷やしてくる」

 

そう言って去ろうとするハング。

それを遮るように陽気な声がした。

 

「だめッスよ。ハングさん」

 

ハングが振り返るとそこにマシューがいた。ヘクトルも一緒だ。

 

「ハングさん。そうやって現実から目を背けないと頭冷やせないんじゃだめでしょ。理不尽も非情理もこの世には溢れてんです。それに直面するたびに八つ当たりしてたんじゃ軍師失格ですよ」

 

マシューは軽い足取りでハングに近づいていく。

 

「レイラは仕事でドジった。ただそれだけのことですよ」

 

そう言ってマシューはへらへらと笑う。

 

「マシュー・・・てめぇ・・・何笑ってやがるんだよ!」

 

そのマシューにハングが掴みかかった。

 

「レイラは・・・レイラは・・・お前の・・・」

 

マシューはそれでも飄々と笑ってみせる。

 

「何ですかハングさん。もしかして、自分と俺を重ねてません?」

「っ!!」

 

ハングの目が強く見開かれるのをマシューは間近で見ていた。

 

「自分の恋人が殺されたら、まぁそうですよね。それに、どうも・・・相当凄惨なことになってましたか?」

 

ハングが息を飲む。それが、いい証拠だった。

 

「そうですか・・・ハングさん、ダメですよ。下の者が死んだからって取り乱してたら身が持ちません」

 

ハングの腕から力が抜ける。それに比例するように彼の頭も垂れ下がっていく。

 

ハングの体が震えていた。だがそれも、次第に静まっていく。マシューにはハングが自分の中で憤りを無理やり消化していく様子が手に取るようにわかっていた。

 

そして、ハングは最後には小さく言葉をもらした。

 

「・・・・すまん・・・・」

 

それが、ハングの精一杯だった。

 

「わかってくれてよかったですよ・・・それにしても・・・へへへっ・・・この仕事が終わったら足洗わせるつもりだったんですけどね。間に合いませんでしたか・・・」

 

マシューの目に悲しみは無い。それが、密偵として感情を殺しているだけなのか、それとも現実に心が追いついていないだけなのかはハングにはわからなかった。

 

ハングはマシューから手を放す。

 

「ようやく、落ち着きましたね。いや~でも、これは本当はリンディス様の仕事なんですよ。夫を支えるのは良き妻の第一歩ですから・・・・なんちって」

 

珍しく饒舌になり、冗談を飛ばすマシュー。誰も笑いはしなかった

 

「ふぅ・・・ハングさん、若様。俺ちょっと抜けていいですか?こいつ、弔ってやんねぇと」

「ああ・・・」

「わかった」

 

大きく深呼吸したハングと神妙な面持ちのヘクトル。

彼らはリンディスとエリウッドを引き連れて皆の待つ場所へと戻っていった。

 

二人きりとなったマシューとレイラを残して。

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