【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
今回のハングの策は囮作戦だった。とはいえ、今まで時折使用してきた敵を釣る『誘い伏せ』の類ではない。今回は単純に空中からの敵の経路を絞る為の策だった。
ヘクトルを初めとする巨体の持ち主やエリウッドやリンなど派手に動きまわれる奴らを前線で暴れさせ注意を引く。
夜間で視界が悪いのは向こうも同じ。弓兵がどこに潜んでいるかわからない状況で飛行部隊は単独行動はしない。地上部隊が目立てばそちらの援護にまわる。そこを町民が自衛の為に所有している防衛用ロングアーチで狙い撃ちにするのが今作戦の肝だった。
「次、行きます!!」
「おっと、待て角度修正。右に5度だ」
ロングアーチの部隊は二つ。
レベッカを射手とし、ロウエンとギィを護衛につけ、目にはラガルトを置いた。
「レベッカさん、もうすぐ矢が尽きます。次のシューターに移りましょう」
「は、はい。ロウエン様」
「畜生・・・俺も前線がよかった」
「そうぼやくな少年。命のかからねぇこういう仕事こそやりがいがあるんだよ」
そして、もう一つはウィルを射手とした部隊。
護衛にはレイヴァンとルセア、夜の目はマシューだ。
「ヴぁっくん!次の矢お願い!!」
「その呼び名はやめろと何度言えば・・・」
「いいじゃいですか・・・ヴぁっくん」
「ルセア・・・お前な・・・後で覚悟しておけよ」
三人の掛け合いにけらけら笑いながらもマシューは仕事をきちんとこなす。
こちらはこちらで良い部隊だった。
この二つの小隊で飛行部隊の頭を抑え、狙い撃ちを避けて高度が下がってきたところに大本命のエルクとカナスが待っているのだ。
飛行部隊を基礎としていた敵部隊が浮足立つのにそう時間はいらない。
ハング達の前線部隊は町になだれ込んできた敵部隊を押し返し、敵本陣まで食い込んだ。
敵部隊の首領格は筋骨隆々の男だった。
夜襲の手際は良かったが、引き際を見誤っている。
少なくとも軍略に関してはハングの方が何枚か上手だ。
「こっから逆転は無いと思うぞ」
「逆転などする必要ない。姉弟さえいただければいいのだからな。どちらにせよ、失敗には『死』あるのみだ」
【黒い牙】
相変わらず、わけのわからない連中だった。
「それとネルガル殿からの挨拶だ。『子供は二人とも近いうちに返してもらう』だそうだ」
「あんな悪党が保護者面とはな。いい冗談だ」
ハングが笑ったのをきっかけに仲間が動いた。
それと同時にハングも前に出る。ハングが左腕で斧を受け止めるのと同時に複数の剣が目の前の男を貫いた。
「・・・まったく・・・どんだけ手駒がいるんだあの野郎。おちおち眠れもしねぇ」
ハングは追撃を仲間に指示して、一旦その場を後にした。
「で、エリウッド。大丈夫か?」
エリウッドはレイピアの血をぬぐってから鞘にしまう。
顔をあげた時、彼は少しはまともな顔になっていた。
「ああ。三人とも心配をかけた」
ハングの後ろにリンとヘクトルも並ぶ。
「無理はしなくていいのよ?」
「・・・悲しむのはすべてが終わってからだ」
リンの問いにもエリウッドははっきりと答えた。
「今は、父上のためにも・・・ネルガルから、この大陸を守ることに全力を尽くす!」
ハングはニニアンとエリウッドが部屋の中でどんな会話をしたのか気になったが、藪を突いて馬に蹴られるのはごめんだ。
そんなエリウッドとハングにヘクトルが質問をする。
「それで、これからのことだが何か考えがあるか?」
「これから・・・か」
ハングは答えるより前にエリウッドを見やる。
エリウッドはその視線に応え、次の行き先を提示した。
「・・・オスティア候にお会いしよう」
ハングは軽く頷く。
「兄上に?」
「これまでのこと・・・報告しないわけにはいかないだろう?」
「あー・・・まあな」
ヘクトルが苦虫を数十匹噛み潰したような顔をした。
「ヘクトル?どうしたんだ?いつものヘンな顔がよりひどくなってるぞ」
「ハング、お前とはいい加減決着をつけといたほうがいいと思ってんだが?そこんとこどう思うよ?」
ハングはけらけら笑ってヘクトルの拳を躱す。
その一連を無視して、エリウッドがやり取りの意味を理解していないリンにオスティアの事情を説明していた。
「ヘクトルは、ウーゼル様に頭が上がらないんだ。今まで報告を怠ってたから顔を合わせにくいんだよ」
「あぁ、なるほど」
その隣ではハングとヘクトルがじゃれ合うように拳を振るっていた。
「てめっ!避けんじゃねぇ!」
「んじゃ受け止める方向で」
ヘクトルの拳にハングは左手を合わせて受け止める。
得物を用いての殺し合いならともかく、ただの喧嘩ならこの腕の使いごこちは良好だった。
「ヘクトル、押し負けてるよ」
「くっそ!エリウッド!手貸せ!!」
「ははは、それは嫌だよ」
「この薄情もの!」
怒鳴るヘクトルにハングは眉間に皺を寄せた。
「軍師相手に貴族が二対一でやろうとしてんのはいいのかよ?」
「お前みたいな性悪は一度ぶちのめした方が世のためだ!!」
「どんな理屈だよ」
「ハング、ヘクトルに理屈を説いてもしょうがないよ。屁理屈で道理を蹴っ飛ばすのが彼のやり方だ」
「なるほど。つまり、いつものやり方か」
「おまえら、言いたい放題言いやがって!!」
三人の漫談だか寸劇だかわからないものを見て、リンはこっそりと溜息をはいた。
「男どもは元気ね・・・元気ないよりよっぽどいいけど」
彼女としてはそんな彼らに混ざれないのが少し残念であった。
そして、ハングとヘクトルの喧嘩が終わった頃、追撃の指揮をとっていたマーカスが戻ってきた。
「エリウッド様・・・落ち着かれましたか」
「ああ、今決着がついたよ。ハングも殴り合いならなかなかやるね」
「は?」
マーカスは呆気にとられ、エリウッドの顔を見る。
エリウッドは戦いの前までは完全に意気消沈していたので、そのことについて質問したつもりだった。
マーカスはもう一度質問しようと口を開く。
「マーカス・・・」
それを遮るようにエリウッドが言った。
「僕は大丈夫だ。心配をかけたな」
そして、エリウッドは楽しそうに笑ったのだ。
マーカスはそんな主君に苦笑いを返しておいた。
マーカスは一呼吸おいて、騎士の顔に戻る。
「エルバート様のことですが・・・私の独断で、早馬にてエレノア様に伝令を送りました」
そして、エリウッドも候子としての顔になった。
「・・・そうか。ありがとう、マーカス。よく気が付いてくれた」
「・・・少しでも早くお知らせすべきだと思いましたので。侯爵の・・・最期はご立派であられたのだ・・・と・・・」
ハングは少し離れたところでそんな二人を見ていた。
ヘクトルに殴られた頬が痛む。その隣でヘクトルも大の字に寝転がって荒い呼吸をしていた。こちらもハングに貰った頭突きが随分と痛みをひいていた。
お互い引くに引けなくなって結局半ば本気で殴り合った結果だった。
「まったく!男っていうのは!!」
そして、リンにお小言をもらいながら痛む個所を冷やしてもらっている次第だった。
その時、暗闇の中から馬が駆けてきた。
「エリウッド様っ!マーカス将軍っ!!」
やってきたのは白銀の鎧を着こんだ女騎士。その胸元にはフェレの紋章が光輝いていた。
「おお!おぬしイサドラではないか!」
イサドラと呼ばれた女騎士。純白の鎧と白馬。肩にかかるぐらいの髪は適当な切り揃え方ではあったが、それが彼女本来の美しさを損ねることは無かった。
「やっとお会いできました。ご無事でよかった・・・」
「イサドラ、どうして君がここに?まさか!母上の身に何か・・・」
「いえ、ご安心ください。エレノア様はお元気です。昨日、エルバート様の訃報が届いた時も・・・声ひとつ荒げず・・・ただじっと・・・報告に耳を傾けておられました」
どうやら、彼女はエリウッド達がフェレ城に残してきた数少ない精鋭だったのだろう。
そんな彼女とハングは以前会ったことがあった。
彼女はエルバート様と共に盗賊討伐に出ていた一人だ。
あの頃はまだ見習いであったが、今や立派な騎士であるようだった。
「そして、すぐ私に命じられました。エリウッド様に、この剣を届け、そのまま側近く仕えよと」
「そんなことをすれば、城の警護が手薄に・・・」
「エリウッド様・・・どうか母上様のお心をお察し下さい。エルバート様が戻られない今、エレノア様にとってあなた様のご帰還だけが心の支えなのです。『父上の遺志を守り通しなさい』エレノア様はそう伝えるよう申されました」
話の流れを聞いていたハングは口を挟んだ。
「エリウッド。念のため確認しておきたいんだが、オスティア侯とは懇意なんだな?」
「あ、ああ・・・」
「なら、フェレ城を守るための兵を借りたらどうだ?こっちはそれ以上の案件に関する情報を持ってる。同情票は買えると思うぞ」
ハングの言い方が少し辛辣なのは、まだ頬が痛んでいたからだ。
エリウッドはわずかな間考えたが、結局はハングの案に同意した。
「そうだな。僕よりも・・・母上のお心にかなうよう努めるべきだな。わかった、マーカス、すぐに早馬の手配を」
「御意に」
マーカスが去った後、イサドラがようやくこちらに気付いたようだ。
「・・・・もしかして・・・ハング殿?」
「『殿』って敬称はいらないって、昔も言いましたよね?」
イサドラとハング。二人の接点に一番驚いていたのは多分エリウッドだったろう。
「二人は面識が?」
「ああ、俺がエルバート様と会ったときに従軍していた一人だったんだよ」
「はい。その際にはハング殿には随分とお力添えを・・・」
「堅苦しい言い方はしないでください、イサドラさん」
「いえ、そういうわけにはいきません」
最初からハングを突っぱねていたマーカスとはえらい違いである。
「ハング殿は例え非公式といえども、エルバート様に認められたお方です。私が敬意を払うべき相手と思ってのことですので、お気になさらず」
ハングは面倒そうに頭をかいた。
エリウッドといい、マーカスといい、敬意を払う相手というのを自分で決めるというのは悪いことではない。上司の話をただ鵜呑みにするど阿呆よりは何倍もましだ。
それでも、自分が敬意を払われるというのは別問題である。
しかし、それを言いだしても平行線をたどるであろうことはハングもわかっていた。ならば、真摯に受け止める他ないだろう。
「徹底的に働かせますから・・・覚悟はいいですか、イサドラさん?」
「はっ。この命尽きるまで戦います!」
いい返事だ。
ここに冗談の一つでも混じらせてくれたらハングの好みなのだが、それを騎士に期待するほうが間違っている。
兎にも角にも、今日は疲れた。
ハングは皆に指示を出し、一日を締めたのだった。
「ハング・・・」
「どうした、リン。怖い顔して?」
「あの人と・・・どんな関係?」
「は?」
だが、ハングの一日はなかなか終わらないようだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
どこぞとも知れぬ宮殿。深く不快な闇に満ち足りたその宮殿。そこにネルガルはいた。
「と、いうわけで本日の夜襲は失敗に終わりました。逃亡兵の始末も終えております」
バトンでの戦闘の報告。ネルガルはそれを楽しそうに一笑にふしていた。
「そうだろう。あの程度の男では勝てるわけもあるまいよ」
「随分と評価なさるのですね。ネルガル様」
そう言ったのはネルガルに報告を行っていた女性。
黒い髪と妖艶な体。扇情的な仕草と高圧的な瞳。大罪の一つである色欲を周囲にばらまくために生まれたような姿をした女性。
名をソーニャと言った。
「ククク、当然だ。あのフェレの子鼠だけなら造作もないが。あれには優秀な頭脳がついている。この程度破ってもらわねば面白くもない」
エルバートによる一撃は確かにネルガルの力を奪っていた。
だが、それ以上に今のネルガルには楽しいことがある。傷を癒す間の暇つぶしにはちょうどいい。
「お言葉ですが、ネルガル様。あの・・・ハングとかいう者、それほどに警戒すべき男なのでしょうか?」
「ソーニャよ。わしのが信用ならんのか?」
「め、めっそうもございません!」
平伏するソーニャ。だが、ネルガルはそれすらも笑って見過ごした。
「まぁ、よい。今のわしは気分がよいのだ」
「はっ!ありがたきお言葉です」
ネルガルは軽く手を振って、更に笑う。
「ふふふふ、このように人間を超越してもなお。余興というものには心が躍る。それが、わしにも予想がつかぬ余興であればなおよい。楽しみだ・・・楽しみだよ・・・」
暗い宮殿の中に笑いが響きわたる。
そんな宮殿にまた一人、影があらわれた。
「リムステラ。戻ったか」
リムステラ。エフィデルと共に【竜の門】にいた一人だ。
「はい」
ネルガルは笑いを止め、そこからは厳しい表情を保った。
「ソーニャ。私の傷は未だ癒えない。力を取り戻すには時間がかかるだろう。私の肉体に傷をつけたフェレ候は死んだ。代償は、息子の死でつぐなってもらう。だが、奴には先程も言った通り頭脳がついておる。おまえは、ブレンダンをうまく使って【黒い牙】を動かすのだ。今までのような雑魚ではない、【四牙】を向かわせろ」
「ふふっ、おまかせを。奴らの首を、あなた様に捧げてみせましょう。それで、ハングというものは?」
「邪魔立てするなら始末してかまわん。そう簡単にはいかぬはずだがな・・・」
「御意」
ソーニャはそれ以上言葉を挟むことなく消えた。その場には転移魔法特融の紋章が残されていた。
そして、ネルガルはリムステラに視線を送る。
「リムステラ。お前は、私のために【エーギル】を集めよ。この傷が癒えるには・・・時間と【エーギル】が必要だ。お前は私の作り出した中で最も強い【モルフ】。力ある者すべてに死を与えよ」
「御意・・・」
短い台詞だけを残してリムステラも消える。
残されたネルガルは一人、笑う。
「ハングよ・・・私の傷が消えるこの間・・・踊るがよい・・・【黒い牙】・・・【四牙】・・・・さて、楽しみだ・・・フフフフフフフフフフフフフ・・・」
不気味な笑い声がいつまでも響いていた。