【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
女性陣の寝室。
リンを部屋の奥に座らせて、白湯を飲ませて、涙が止まるまで側でフロリーナが抱いてやり、ようやく彼女は喋れるようになった。
だが、その直後にハングの乱入劇。
彼女達が殺気立つのも無理の無いことだった。
「大丈夫ですか?リンディス様」
声をかけたのはつい先日合流を果たしたイサドラだった。ハングの乱入に真っ先に剣を突き付けた張本人だ。
「・・・はい・・・ご心配かけました・・・」
正確にはまだ心配をかけ続けている状況だ。だが、イサドラは優しく微笑んでくれた。
ふと、リンの手のひらに温もりが乗った。
隣のフロリーナが握りしめてくれていた。
プリシラやセーラも少し離れたところでこちらを見守ってくれてる。
フィオーラは白湯を作った竃の火の始末をしてくれている。
レベッカはリンの寝床を作る為にできるだけ柔らかい布団をかき集めて奔走してくれている。
ニニアンも弟をエリウッドに任せて飛んできてくれた。
皆が自分を心配してくれている・・・
『ったく・・・あんまり心配かけんなよ』
リンはハッとして声が聞こえたほうを振り返った。しかし、そちらは無機質な石壁があるだけ。
もちろん誰もいはしない。
「リン?」
いきなり石壁のほうを見たリンが心配になってフロリーナが声をかけた。
「うんん、なんでもないわ・・・空耳がしただけ・・・」
リンは安心させるように笑ったつもりだったのだろう。
だが、それは泣きだす一歩手前の顔にしか見えなかった。
「・・・空耳・・・ねぇ・・・」
部屋の隅でセーラがぼそりと呟いた。
「ねぇ、リン。どこか苦しいとことか・・・痛いところとかない?もしかしたら私の杖が効くかもしれないし」
それはセーラの建前だ。彼女の杖は外傷しか治せない。
だが、リンはそのことに思い当たる思考力もなくなっているのか、素直に答えた。
「・・・ここが・・・苦しいの・・・」
リンが抑えたのは胸の中心だった。
セーラが隣のイサドラを見ると困ったような視線が返ってきた。
「痛くなったりしない?」
「・・・・・・稽古の後から・・・時々・・・」
運動をした後に胸の痛みと息苦しさ。彼女の発言だけを信じるならかなりの重病に聞こえる。だが、稽古の相手を考慮に入れれば病名は一発で判明する。
幻聴まで聞こえているなら確かに重症に違いは無いのだが・・・
セーラはとりあえずイサドラにリンの世話を任せ、フィオーラとフロリーナを連れて部屋の外に移動した。
外にはもう誰もいない。
ハングがまだウロウロしていたら面倒だったので、その点では幸運と言っていいだろう。
セーラは周囲に誰もいないことを念入りに確認し、話を切り出した。
「あれは無理ね。まったく・・・」
「やっかいですね・・・」
しみじみと頷くフィオーラ。
だが、フロリーナはまだわかっていなかった。
「リンは病気なの!?」
焦るフロリーナにセーラが弱り切った顔で答えた。
「病気よ。しかも、めちゃくちゃ重症ね」
「そんな・・・お姉ちゃん!リンは!?助かるの!?」
「それは・・・」
フィオーラはその質問にどう答えたものか悩む。そんな彼女に代わり、セーラが続きを引き取った。
「どうだかね・・・相手はあれだし・・・リンも鈍感なとこあるし・・・」
「え?鈍感?」
目を丸くするフロリーナ。それに対してフィオーラは『その通りだ』と同意するかのように何度も頷いた。
「一番やっかいなのはそこですね。あれほど関係が近いのに、彼女自身に自覚がない」
「自覚があることが常にいいとは限らないけど、今回は罪よね」
「え?え?え?」
相手?関係?自覚?
フロリーナには何がなんだかわからない。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何?」
「リンって本当に病気なの?」
「ええ、あれは・・・」
フィオーラは溜息と共に答えを吐き出した。
「恋の病よ・・・」
ハングとリン。
口ではいろいろなことを言っているが、友情はとっくの昔に別の情に変わっていたのだろう。
だが、それはお互いあまり意識してこないようにしていた。今の関係が居心地が良いのもあったし、そんなことにかまけている余裕もなかった。
ハングは自覚はあったようだが、あの性格なので口に出さなかっただけだが・・・
「リンの方はあんまり考えたことなかったんでしょうね。いろいろ大変でしたから・・・」
フィオーラがしみじみと言った。
キアランが襲われ、魔の島に渡り、竜の出現とここまで駆け抜けるような日々だった。
その間にもハングとの大喧嘩やネルガルへの復讐の現場に居合わせたりと濃密な時間を過ごしてきた。
それが、ほんの小休止を入れ、気が緩んだところにハングの過去の親友の登場だった。
「ハングさんも息ぴったりであのヒースさんと戦ってましたし。それは、嫉妬もするでしょう」
ハングが生き生きと戦っていたのをフィオーラは間近に見ていた。そして、それは当然リンも見ている。
リンにしてみれば自分の立ち位置を奪われた形だ。
しかも、ヒースはリンの知らない頃のハングを知っている。
セーラもため息を吐きだす。
「なんだかんだ、自分が一番ハングと仲が良いって自負と自信があったんでしょう。そこにあのヒースさん。そりゃ男も女も関係ないわよね」
ここまでいろんなことが重なれば恋の病に侵されるに決まってる。
「・・・・はぁ・・・」
最後に溜息を漏らしたのは一連の会話を聞いていたフロリーナだった。
「・・・・ハングさん・・・」
名前をぼそりと呟いたフロリーナの声は随分と苛立っていた。
「・・・・やはり、連れてきましょうか?」
フィオーラがそう言った。
さっきは追い返したが、時と場所を選べば結果は変わる。落ち着いて話し合えば、解決するかもしれない。
だが、セーラは首を横に振る。
「今は無理よ・・・絶対に良い結果にはならないわ」
恋愛というもので一番大事なのはタイミングだとセーラは思っていた。
相思相愛の二人でも、お互いに心を通じさせるタイミングを逸すれば、結果はお粗末なものになってしまう。
リンの精神状態は既にボロボロだ。それに、今のハングは昔の仲間と出会って少なからず興奮している。その上、ハングは色恋沙汰の話に疎い。変なことを口走って売り言葉に買い言葉で喧嘩にでもなれば、これまで積み上げてきた関係が崩壊するかもしれない。
最低でもリンの感情が落ち着くまで、できれば自分の中でハングという存在がどういう相手なのかを見極めるまでは中途半端なことは逆効果になってしまう。
だから、やはり彼女らの結論は一つだった。
「しばらくは様子見ね。ハングにも釘指しとかなきゃ」
「仕方ないですね・・・」
フィオーラとセーラはヤキモキする思いを抱えながら、何度目かわからないため息を吐き出したのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハングがラスに連れていかれたのはニルスの休む部屋だった。
そこはニニアンから世話を受け継いだエリウッドが「どうせなら」とそこを男性陣の寝床にしていた。
「・・・すぅ・・・すぅ」
規則的な寝息をたてているニルスにハングはひとまず安心する。
寝室にはヒースとケントも戻ってきていた。
代わりに、本日の見張り役であるマーカスとロウエン、ヘクトルとオズインがいない。
「で、リンの状態は?」
ハングは真っ先にそれを尋ねた。その一言を聞きつけて他の皆も寄ってくる。
ウィルとエルクが深刻さを欠く顔でハングの近くに座った。
「ああ、リンディス様の話ですか」と、ウィルがニヤニヤと笑いながら言った。
「ハングさんは何も聞いてないんですか?」と、エルクは呆れたように言う。
それを見てハングはそれほど心配する状況ではないのだと予想をつけたが、落ち着かないことには変わりない。
そんなハングの肩にマシューが手を乗せた。
「その様子ですと、中に入れてもらえなかったようですね」
ハングはマシューの腕を払いのける。マシューは心底楽しそうだ。
そして、今度はセインが高笑いをしながらハングの反対側の肩を叩いた。
「はっはっはっ!ハング殿、女性の部屋に忍び込むにはコツがあるんですよ。今度お教えしましょうか」
セインに激しく容赦の無いツッコミを叩き込んでやりたいハングだが、それをぐっと抑え込んで目の前のラスに集中する。
「それで、どうなんだ?」
「・・・しばらくはお前がリンに会いにいかなければ平気だろう」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「は?」
ハングが口を開けたままの姿勢で固まる。彼の時間がピタリと止まっていた。
今のハングに『呆然』という立て札をかけてやればお金が取れそうな程だ。
しばらくしてハングの顔の筋肉が動き出した。
「え?はっ?」
「・・・お前がリンと会わなければ平気だ」
聞き間違いではない。だからといって意味が理解できたわけではなかった。
そんなハングの背中をマシューがぽんぽんと叩く。
「ハハハハ、まぁつまりそういうことなんで、しばらくハングさんはリンディス様禁止というわけです」
ハングの表情が再び固まる。マシューは『呆気』というタイトルの立て札を作るかどうか割と真剣に思案していた。
「・・・・俺が会わなければ・・・・え?」
ハングにはどういうことだか全くわからない。
ハングは思わず自分の臭いを嗅いでみた。自分がリンに会ってはいけない理由がそれぐらいしか思いつかなかったのだ。
完全に明後日の方向のことを心配しているハングを見ながら、ウィルとエルクはコソコソと話をしていた。
「ハングがこの手のことに弱いのは知ってるつもりだったけど・・・」
「ここまでとは驚きですね・・・」
当然、今のハングにそれを構っている余裕はない。ハングはわけのわからないまま、思考の渦に投げ込まれていた。
「・・・・は?え?まさか・・・」
「ハング」
「・・・・でも・・・違う・・え?」
「ハング」
「・・・それもないし・・・まさか・・・いや」
「ハング」
「・・・・ん?・・・・どういう・・・」
「ハング!!」
「あ、エリウッドどうした?」
ようやく反応を見せたハングにエリウッドは何事も無かったかのように話を始めた。
「明日からの行軍のことなんだけど」
ハングはとりあえず頭を切り替えることに全力を注いだ。
リンの病態は気になるが、こちらはこちらで重要なことだった。
「三つに分ける部隊の面子を少し変えて欲しいんだ」
ハング達は道中の襲撃を考え、部隊を三つに分けて行動している。
その面子を変えてほしいという要求は初めてだった。
「別にかまわないが。誰と誰だ?」
「今、中軍にハングとリンディスが一緒にいるが、リンディスを前軍にして、ギィを中軍に入れたい」
ハングの呼吸が止まった。
エリウッドは極めて真面目な顔だ。エリウッドは伊達や酔狂でこんなことを言っているわけでないことはない。エリウッドは軍全体のことを考えた上でハングとリンディスを会わせない方が良いと思っている。
「え、あ・・・ああ・・・」
ハングの声が絞り出すかのようなものになってしまったのは呼吸が相当に苦しかったからだ。
それ程にハングは衝撃を受けていた。
「本当に・・・俺がいると・・・まずいのか・・・」
それは疑問というより、悪寒だった。
自分がリンに会えないのは良い。
決して良くはないが、それはこの際置いておく。
ハングが衝撃を受けていたのは別のことだった。
自分がリンディスに強い感情を抱いていることは自覚している。
だが、ハングはそのことをせいぜい友情の延長線上ぐらいにしか考えてこなかった。
それが『彼女に会うな』という宣言だけでこれ程までに自分が動揺してしまっていたのだ。それは自分がどれ程彼女に心を奪われているのかを否応なしに突きつけてくる。
それは軍師としては決して良い状態ではない。
1人を特別扱いすることは、軍全体を見渡していなければならない軍師にとっては最も避けるべき事態だ。
過去に何度かリンの危機に軍を動かしたり、エリウッドと共に単独行動を取ったりしたこともあったが、それは全て戦略戦術上での利点が少なからずあった。
だが、もし自分がそういうことを度外視してでもリンを助けに走ったら・・・
ハングはそこまで考え、首を横に振る。
「・・・くそっ・・・」
1番問題なのはその決断をしたところで、全く後悔しなさそうな自分がいることだった。
1人沈み込むハング。それを見ながらヒースは部屋の隅でぼやいた。
「この軍の軍主殿はなかなか容赦ないみたいだね」
ヒースはエリウッドを見ながらそう言った。
その呟きにはケントが返事をした。
「ヒース殿はハング殿とリンディス様の関係を聞いているのですか?」
「いや・・・だが、ハングが誰をどう見ているかぐらいはわかる。これでも長い付き合いだからね」
「そうですか・・・」
ヒース殿のそういうところがこの騒動の発端なのですが・・・
ケントはそれを胸の内に秘めて、自分の主の幸せを願うばかりであった。