レルゲン中佐のデート日記   作:homura1988

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映画館編からだいぶ経ってしまいましたが、続きです。
視点もデグさんからレルさんに切り替わりました。


遊園地編

 ターニャ・デグレチャフは目が離せない人物だ。そう言ったのは、確かに私エーリッヒ・フォン・レルゲンだ。しかし誤解をしないでほしい。あの者を考えるだけで胸ならぬ胃が締め付けられて言葉が詰まってしまうのだ。

 私が彼女をはじめて目にしたのは、彼女がまだ士官候補生の時、当時はまだ八歳だった。その年齢だけでも驚かされるというのに、彼女は叩き上げのベテラン歩兵大隊相手に指揮実習を見事成し遂げてみせた。要領の良さという観点から見れば、ぐうの音も出ないほど完璧な指揮だったとは言える。そこは純粋に評価しよう。しかしあの、まるで兵士を塵芥のように見る目。あれは、八歳の幼女という概念では到底表しきれない。正直に言えば、寒気がした。

 ターニャ・デグレチャフは幼女の皮をかぶった化物だ、と言ったのも私だった。彼女を推していたゼートゥーアならびにルーデルドルフ両閣下はその私の言葉を称賛として捉えたのだろう。ダキア戦での戦果もあり、彼女率いる第二〇三航空魔導大隊は華麗なるデビュー戦を経て参謀本部の虎の子と認められてしまった。今後は各方面への配置もあり得るだろう。使い勝手のよい大隊で彼女の更なる大暴れが見られるとなると、ついには私の胃が捻転してしまう。

 彼女の第一印象は、生粋な戦争狂だ。どうにかせねば、どうにかして彼女の本意を聞き出したいと思っていた矢先、彼女の微々たる本音を聞ける機会に恵まれた。小さな戦争狂によるこれ以上の戦火の拡大を阻止するべく、何か望みはないのかと私は彼女に聞いてみたのだが、彼女の口からは、平和を、の一言だった。脱帽した。単なる戦争狂ではなかったことに、私は一等驚いていた。

 それから私は少し考えた。彼女は物心ついた頃から軍人だ。それに加え、孤児院出身で衣食住には苦労していただろう。ならば、後方の素晴らしさを知れば良いのではないだろうか。勝利の際には最高級の珈琲をご馳走すると約束したが、それでは遅い。ならば即時決行だ。

 私はさっそく、一人だけ士官専用ラウンジに入れなかった彼女を改めて労うという理由をつけ食事へ誘った。もちろん、直ぐに了解する彼女では無かったが、慰労会立案者である鉄道部のウーガ少佐がとても気にしている、と言うと、漸く彼女は渋々といった表情で顔を頷かせたのだった。

 今日の天気は快晴だった。いつもより少し早めに起床し、剃り残しがないように念入りに長めに洗面台の前に立っていた。シャツもリネンから出したばかりのもの。正直に言うと、日がな軍衣であるため、私服のコーディネートにはあまり自信がないのだ。

 白シャツにネイビーのスーツ。ブルーのレジメンタルストライプのネクタイと、タイピンはシルバーのクリップ式だ。黒のリブソックス、そしてサドルタイプのシューズ。ああ、完全にビジネスの格好だ。最後に濃いグリーンのPコートでそれを誤魔化し、私は切れていた胃薬を貰う為にまず医務局へと向かった。

 ルーデルドルフ准将閣下には無理のない程度に医務室の世話になるようにと釘を刺されているため、近頃は胃薬に頼りっぱなしだ。しかし廊下の窓に映る己の顔にあまり生気が感じられない。この日の為に、溜まった書類を全て片付けるために少々無理をしてしまったのだ。自室を出る直前、洗面台の鏡の前にもう一度立ちって笑顔の練習もしてきたというのに、これは明らかな病人の顔だ。

 「私は、どこで判断を見誤ってしまったというのだ」

 最初はただ本当に、士官専用ラウンジに入れなかったデグレチャフ少佐を労うために、あまつさえ、後方の喜びを知って前線から退いてくれさえすれば、という考えだった。純粋に純朴に、なにも下心があったわけではない。

 だが三日前、ウーガ少佐の元へ赴いて事の顛末を説明しながら、食事の他に何か良いプランは無いかと聞いてみたのだが、ウーガ少佐はどうやら私と彼女がデートをするという勘違いをしたらしい。職務上あまり口外はしないでくれ、という私の言葉も不味かったのだろう。妻へプロポーズをした時のデートプランだと知らずに、私はウーガ少佐からの提案を採用することにしたのだった。

 「レルゲンさん、これからどういたしましょうか」

 考え事に夢中になっていたせいか、視線から遥か下の方から投げ掛けかれた言葉に私はワンテンポ遅れて、ああ、とだけ返答をした。手元に持っていた珈琲カップは半分も飲まぬまま冷めてしまい、悪いと思いながらそのままゴミ箱に捨てた。

 映画館入口のベンチに彼女を座らせながら今後の予定を考える。時刻はまだ午後四時前。当初の予定では映画で二時間は潰せたはずが、唯一の上映作品が彼女の年齢では見られないことが発覚し、十五分ほどで終了してしまった。

 映画館まで送ってくれた部下が、帰る前に遠慮気味に、彼女に聞こえぬよう私に耳打ちした言葉は『本当に、これを観るおつもりですか』だった。普段から出来る部下だ、なにか卑しい意味を持つとは思わず深く考えることはなかったのだが、おそらく部下は知っていたのだろう。彼女の年齢では映画が観られないことも、上映する前に彼女を起用したプロパガンダ映像が流れることも。部下は下調べを怠った私を心配してくれたのだ、帰ったら礼を言わなくては。

 ポケットに入れていたメモを確認する。レストランの予約の時間まではまだ十分に時間がある為、食事の後に予定していた場所へ先に向かうことにした。

 ここから徒歩で数分の場所に移動遊園地が来ているのだ。と言っても、少しの出店とやや大きめの観覧車が並ぶ程度で、開戦前まではメリーゴーランドやコーヒーカップなども毎週来ていたらしいが、映画と同じく戦時下という言葉と共に、鉄屑となったらしい。今は事前告知制で月に三回程度の開催で、ちょうど今日も開催されると聞いてウーガ少佐がプランに捩じ込んだのだった。

 遊園地へ先に行くことに決め、ベンチの方へ振り向いても彼女の姿が無い。辺りを見回すと、少し離れた場所でまた市民から握手を求められていた。しまった、このベンチは喫煙所にもなっていて、周りでは喫煙者らが思い思いに愛煙を燻らせていたようだ。今日はなるべく彼女に合わせようと言った手前、最近は増々ヘビースモーカーになりつつ私ではこの類いの気遣いが出来ないと認めるしかなかった。

 「デグレチャフ、近くで移動遊園地がやっているらしい」

 「そうですか」

 再び市民が彼女を中心に輪を作ってしまう前に助け出しそう提案してみたのだが、はっきりとした可否の反応は得られず、彼女の伏せた睫毛には若干の疲れが見えてしまった。彼女率いる航空魔導大隊は再配置の命があるまで待機中という身だ。部下らには休暇を取らせているらしいが、彼女自身は本部でも執務室のデスクできっちり軍務をこなしているのだ、疲れているのは確かだろう。

 私の次なる言葉を待つ彼女の背後を陣取る空は、夕方の彩色になりつつあった。歩道に等間隔で並ぶ街灯もあと少しで夜の兆しを灯らせるだろう。沈みかけた陽に彼女の金髪が煌めいているように見えて、私はもう少しで、片手の手のひらにすっぽりと収まるほどのその頭に触れてしまいそうになった。伸ばしそうになった指が行き場を失くし、仕方なくずれてもいない眼鏡の位置を調整する。

 調子が狂ってしまう。待ち合わせにしていた本部の駐車場で車に乗り込んできた彼女は、世辞など一切なく、本当に綺麗だったのだ。まさか軍衣で来るのではないだろうかと思っていたのだが、丁寧な仕草で私の隣に座った彼女は、ワインレッドのワンピースに、普段より少し髪を下方で結んでベレー帽を被っていた。ルージュではないだろうが、唇には若干の艶が見えていた。

 これでは本当に、男女のデートだ。私も今までにそれなりに恋人がいた時期もあったが、どう考えようにも、私の年齢で彼女と男女に仲と噂されるのは立場的にも道徳的にも危うい。あくまでも、帝国陸軍への多大なる貢献を労うため、そして後方の魅力に気づいて欲しい、という個人的な企みだ、やましいものなど一切無い。培った理性は軍歴と比例しているのだ。落ち着けエーリッヒ・フォン・レルゲン、薬が良く効いているのか胃はまだ悲鳴もあげていないじゃないか。

 「じゃあ、行こうか」

 「えっ、はい」

 一呼吸し、私と彼女は移動遊園地が開催されている公園へ向かった。石畳を奏でる大小の靴音は、彼女が気遣い無用と無理をして歩幅を広げ、そのタイミングで私が彼女に合わせて歩幅を縮めるものだから、いつまで経っても合ってはくれない。

 そして彼女はわざわざ車道の方を選んで歩く。歩道側へ誘導させることなど出来ないでしょう、とでも言いたいのだろう。しかし曲がり角で幅を詰めた瞬間を私は見逃さず一歩引きながら車道側へ回った。だがその瞬間、自転車が二人の前に飛び込んできてしまい、私の気遣いはまたしても失敗に終わったのである。

 「危ないっ」

 上官の危機に部下が咄嗟に前へ出るのは軍人なのだから仕方ないだろう。だが、ここは彼女が踊り慣れた戦場ではないのだ。目の前に出た彼女が自転車とぶつかり、小さな身体が石畳に倒れてから、私はようやっと反応することができたのだ。

 「なにをやっているんだ君はっ」

 今彼女が着ている服は軍衣でもない、魔導師用軍服でもない私服だ。受け身を取って転んだもののワンピースが太腿まで捲り上がったのを私は咄嗟に下げ、直ぐに抱え起こした。

 クラッチバッグが彼女の手から逃げ、石畳に落ちている。自転車の運転手はひたすら謝罪をするが、彼女は、大丈夫ですこちらも前方不注意でしたので、と言いながらクラッチバッグを拾い上げた。そのまま何事もなかったように歩くのを再開しようとするものだから、さすがに引き止める。見たところ、怪我は見られなかった。

 しかし、気付かないほど私も馬鹿ではない。転んで受け身を取った時に、ワンピースのスリット部分が裂けたのだ。クラッチバッグで押さえて何事も無かったように振る舞う彼女に若干苛立ちを覚えてしまったのは何故か分からない。

 「今後の為にも、君はもう少し女性として扱われることに慣れたほうがいい」

 「必要ありませんよ、私には」

 やはりそう答えるのだな。歩いてきた途中に女性服のブティックがあったはずで、戻ってみるとショーウインドウには子ども服も飾られていた。彼女は私の意図を把握したのだろう、店のドアノブに手を掛ける寸前に、待ってください、と背後から静止の声が掛かった。しかし私はそれを無視し店内へと入る。

 「好きな物を選びなさい」

 ほらやっぱり、と呆れた表情で彼女は笑う。

 「そのようなことをして頂かなくても、わたしは大丈夫ですから」

 「君は大丈夫だとしても、私はそうでない」

 その一言に彼女は観念したのか、一着適当に手に取ると試着室へと入っていった。しかし二分も経たずに試着室のカーテンが開かれ、薄桃色の花柄ワンピースを着た彼女が出てきた。店員がその一枚だけでは寒いでしょうとクリーム色のニットカーディガンを勧め、更に黒のハイソックスは合わないので白のタイツにしましょうと言っている。その間に私は、彼女の意見具申が投げられる前に全ての会計を済ませておいた。

 レジから戻ると、店員にあれやこれやと弄られた彼女が嫌悪感を丸出しにして店の出入り口に立っている。目は合わせなかったが、早く出ましょうと睨まれているのは見えない視線で分かった。

 店員が彼女を白銀と気付きはじめ、直ぐに店を出て目的地へと歩を再開した。今度はしっかりと車道側へと立つ。先ほどのハイネックのワンピースとは雰囲気が変わり、更に幼く見えてしまう。女性として、というよりも、子どもとしての対応が望ましいのだろうか。

 「あれですか、遊園地というのは」

 彼女が指差した場所に観覧車らしき物が見えてきた。開けた場所に、張りぼての看板が立っており、雑な字で移動遊園地と書かれている。しかしウーガ少佐が言った通り、やや大きめの観覧車とパンケーキやヴルストの屋台ぐらいしかない。これはもしや、子ども向けでは無いのではないだろうか。周りにいる人々らも夫婦やカップルが多い。

 「随分、閑散としていますね」

 「以前はもっとアトラクションがあったらしいのだが」

 最後まで言わずとも、隣の同職者は理解したとばかりに頷いた。

 時刻を知らせる鐘がどこからか鳴り響く。腕時計を確認すると、針は五時を指していた。広場で駆けっこをしていた子ども二人が、母親らしき人に呼ばれ帰っていく。しっかりと、けして離さぬように手を繋ぎ帰路へと歩くその後姿は、互いを大切に思い敬い、そして信頼をしていると分かるものだ。我らが命を賭して護らなければならない祖国の背中、そのものといえよう。

 「映画と同様、いつだって犠牲を担うのはこういう物ですから」

 「ああ、早く終わらせなければな」

 会話は再びそこで途切れる。彼女の横顔は、帰っていく親子の背中を見つめながら厳しい表情を隠そうとはしなかった。こんな顔をさせる為に、私は今日彼女を誘ったのではない。

 デグレチャフ、と声を掛けると、軍人ターニャ・デグレチャフは直ぐに取り繕った少女の顔へと変わる。そう、わたしが指定したのだ。上官と部下ではなく、私服を身に纏って一般市民の目線で過ごそうと。私は車内で、なるべく貴官に合わせようと言ったが、実際は全て私の指示であるし、今日の予定を何一つ彼女には事前に知らせていない。今さらながら私は自覚してしまった。最初から彼女を労うことが出来ていないのだと。

 観覧車の方へ向かえば、なるほど、子ども向けにしてはやはり大きすぎる。せいぜい人が乗り入れする箱も三つ程度だが、眼前の観覧車の箱は五つもあった。強い風が吹いたらさぞかし揺れるのだろう。

 「レルゲンさん、これに、乗るおつもりですか」

 「そうだが」

 彼女は航空魔導師だ。空中の景色など見慣れているのだろう。しかし、そういった口ぶりではなく、何か異形なものを目にした表情を露にしている。箱に乗せた客を、ギギギ、金属同士を擦り合わせながら回転させて再び地面へと還す。観覧車はその繰り返しだ。

 「わたしが知っている観覧車とは些か違うものでして…」

 彼女が知っている観覧車はどういうものか私には分からないが、観覧車は至極簡単な乗り物だ。四人乗りのブランコと同じだ。横の空いている部分から乗り、転落防止の為にベルトを巻いてそのままワイヤーに吊り上げられて回転する。屋根が無いため雨や風が強い日は中止になる、と看板にも書かれていた。

 嫌な予感がする。これはもしや、映画館の二の舞になるのではないだろうか。チケットを購入しようとスタッフらしき男に声を掛けたが、返ってきた言葉は想像していた通りだった。

 「すみませんお客さん、娘さんは規定の身長に達しておりませんので、この観覧車にお乗りすることは出来ません」

 スタッフの丁寧なお辞儀と、お詫びとばかりに真っ赤な風船が彼女の手に渡る。どうやら父親と娘に間違えられてしまったようだ。彼女は風船が逃げぬように糸を腕に巻き、これまた丁寧なお辞儀をスタッフへと返した。

 「ええ、そうだろうと思いました」

 そして私には、大きくわざとらしい溜め息と共に呆れた声が下方から投げられる。薬が効いていたはずの胃が今日はじめてチクリと痛んだ瞬間だった。

 

続く

 

 




次回で終わります。
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