Fallout4 Gunslinger of the Commonwealth   作:Ciels

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第二十話 アークジェット、シンス

アークジェットに突入すると、真っ先に目に入ったものは壊れたプロテクトロンの残骸だった。それも経年劣化等で自然に壊れたわけではない。明らかに、人為的に破壊されている。

ロビーを抜け、プロテクトロンのメンテナンスルームに入る。そこでもやはり、何者かに破壊されたプロテクトロンの群れ。俺たちは警戒しつつも部屋を調べる。今のところPip-boyのセンサーに生物反応はない。

 

「プロテクトロンの残骸には焼けた弾痕、だが薬莢は無し。エナジーウェポンだな」

 

俺の推測をダンスに聞こえるように呟いた。

 

「なんと言うことだ。想定していた中でも最悪の事態だぞ」

 

「と言うと、やっぱりインスティチュートってのが絡んでるの?」

 

後方を警戒するアルマが尋ねると、ダンスは真剣な面持ちで頷いてみせた。

 

「間違いない。連邦の人間の多くは実弾兵器を好む傾向にある。だが、その中でエナジーウェポンにこだわるとなると……やはり、シンスだろうな」

 

どうやら俺たちはまたしても貧乏くじを引いてしまったようだ。ガービーといい、どうもまともな人間はそういったことに巻き込む傾向にある。困ったもんだよ。

とにかく、ここの部屋に目的のものは存在しない。俺たちは次の部屋へと進む……が、どうにも扉に鍵がかかっている。それも、電子ロックのタイプだ。

 

「すまないが、パワーアーマーではターミナルを操作できない。そこに生きているのがあるようだから、操作してくれないだろうか」

 

大きなパワーアーマーを着込んだダンスが申し訳なさそうに言った。確かに、あのマニピュレーターではキーボードの操作は無理だ。

これによし来た、と嬉しそうに答えたのがアルマだった。元々ギークである彼女はターミナルとかコンピュータが好きなのだ。俺も昔はよく機械いじりなんかもしてたけど、彼女ほどじゃない。

 

「待て、動体反応がある。恐らく機械だ、注意しろ」

 

Pip-boyのセンサーが何かを捉えた。反応形式は機械寄りのアンノウン、となっているが、恐らく敵だろう。多少の殺気を感じる。

ダンスも何かを感じ取ったらしく、未だ開かない扉にレーザーライフルを向けていた。

 

「まだ開かないのか?」

 

「待ってね、待ってね……よし来た!開いたよ!」

 

ダンスの催促から数秒、閉まっていた自動ドアが開いた。それと同時に、何やら見慣れないものがいくつか扉の奥から姿を現わす。

それは、一見すると人にも見えた。だが、それは一瞬だけ。肌は白く、所々機械的な配線やパイプが見て取れる。顔はあるが、それだって人間の骨格に近付けて作られているに過ぎないと、簡単に判断できた。

あれが、シンス。手には見たことのない割とデザイン性が良いレーザー兵器。それを、こちらに向けていた。

 

「コンタクトッ!」

 

気がつけば体が動いていた。こちらに銃を向けるものは何であれ排除するように、そしてそれから生き延びるように訓練されていたからだろう。200年の時を経てもそれは変わらない。

アルマを抱きかかえて机の裏に隠れると、すぐに前衛で戦っているダンスを援護する。

隠れながらアルマと耳栓をし、ライフルを構え、ダンスに向かってレーザーピストルを撃っているシンスに向けて発砲した。

2発のヘッドショット。5.56mmの弾丸は、確かにシンスの頭部に命中した……が、倒すまでには至っていない。だが確実に効いているようで、フラついている。

 

「硬いッ!」

 

思わず感想が漏れた。だが、手は止めない。もう1発、今度はシンスの胸に命中する。ようやくシンスは後ろへ倒れた。火花を散らしているということは、やったのだろう。

 

「アド・ヴィクトリアム!」

 

ダンスがラテン語を叫ぶ。彼はその屈強なパワーアーマーの拳でもって、一番近くのシンスを殴りつけた。それだけで、シンスの頭部は粉砕し、機能を停止させた。やはり、200年経ってもパワーアーマーは強い。

 

「メカニストでもあんなもん作らないだろうね!」

 

アルマが愚痴を言いながらも射撃する。彼女が持っている武器は今のところ、ボルトアクションライフルと拳銃のみ。さすがに近接戦は厳しいか。ただ、やはりスナイパーの意地なのだろうか、的確に頭へと弾丸を撃ち込んでいる。

俺とアルマが二体、ダンスが三体倒すと、シンスの一団は全滅した。たった七体倒すだけなのに俺は1つ弾倉を撃ち切ってしまった。いくら戦闘に慣れているからと言って、初めて見た相手とは戦いづらい。しかも機械で硬いと来た。

 

「見れば見るほどおぞましいな、こいつらは」

 

ダンスがシンスの頭部を踏みつけて言った。

 

「確かにこいつらが敵だとやり辛いな。耐久性も人間より高い」

 

「そこが厄介なのだ。奴らは数で攻めてくる。そうなれば、小さな集落は武装していても負けてしまうだろう。さぁ、戯言は後だ。先へ進もう」

 

 

 

次のフロアも激戦だった。大きめのフロアに入った瞬間、周囲から奴らが現れて大規模な銃撃戦へと移ったのだ。

 

「BoSのために!」

 

そう叫びながら突撃するダンスに奴らのヘイトが集中する。これはありがたい、俺が真似して出て行ったら消し炭にされてしまう。

 

「バルコニーの上だ!」

 

「クリア!右!右にもいる!真上!」

 

夫婦で死角を潰しながら、背中合わせで交戦する。いつのまにかアルマの手には、奴らから奪ったであろうレーザーライフルが握られていた。それなりに奴らの装甲に対しては効果的なようだ。

 

「大人しくしなさい、抵抗は無意味だ」

 

先程から、無機質な声があちらこちらからする。どうやらシンスの声らしいが、やる気のないあの声はどうにかならんのか。

 

「おや、我々の武器が鹵獲されたようだ」

 

「なるほど、興味深い。もう一人は頑なに実弾兵器を使っている。時代に取り残されているようだ」

 

「今やインスティチュート製のレーザーライフルが一番だというのに」

 

大きなお世話だこの野郎。しかもちゃっかり自分達の武器を宣伝しやがって。割と実弾武器を馬鹿にされて怒る俺は、いつもよりも多めに弾を消費している。エナジーウェポンはヒョロガリ向けの武器だって、それ一番言われてるから(全米ライフル協会)

怒りに任せてフロアを制圧する。ここでようやく分かったが、奴らはそれほど射撃が上手いわけでもないし早いわけでもない。基本動作を一個一個着実にやろうとするせいで無駄が多い。いかにそれを早く、無駄なくできるかで近接戦闘の勝敗が決まる。場合によってはルールを無視しなければならないくらいだ。

「これ、案外良いね。反動無いし」

 

アルマが手にしたインスティチュート製レーザーライフルを褒める。

 

「ダメです。俺が許しません」

 

実弾武器主義者兼全米ライフル協会会員の俺はそんな武器許しません。あんな信頼性のない武器を使ってどうするんだ。プリズムはすぐ割れるしメンテナンスはそれなりに機械工学に精通した人間じゃないとできないし……

まぁ、なんだ。今度アルマにもっと汎用性のある武器をプレゼントしよう。エナジーウェポンは除く。

さて、それからというものの、シンスとやらは出てこなかった。俺たちは警戒に警戒を重ねながら施設内を進んでいく。

 

「やけに静かだ。気をつけろ、こういう時は大体待ち伏せしている」

 

ダンスが不吉なことを言うが、俺としても同意見だった。アンカレッジでは不気味なほどに静かな室内で中国軍の特殊部隊に襲われた。幸いにも、真っ先に敵のステルスフィールドに気づけたからなんとかなったが。

 

「奴らはステルス機能を所持しているのか?」

 

俺がそう質問すると、ダンスは振り向かずに言った。

 

「いや、今までで確認していない。数で押してくるのが奴らの戦法である以上、ステルスによるゲリラ的な強襲には興味がないのだろう」

 

確かにそうかもしれない。ステルスボーイと呼ばれる、個人携行できるステルスフィールド発生装置がある。起動すると、数秒の間だけ周囲の光を屈折させて透明になれるのだが……あれはいかんせんコストがかかるし、使用していた隊員からは健康被害が上に上げられていた。まぁ人造人間に健康も何もないだろうが。

しばらく進むと、ロケットエンジンの点火実験施設に辿り着く。上下に広いフロアの中心には、ロケットエンジンが吊り下げられていた。

 

「わぁ、すごいねこれ」

 

アルマが少し興奮気味に言うが、俺からしたらこれはミサイルの部品にしか見えない。どうやらダンスも俺と共通した意見らしく、

 

「地球がデカイ棺桶だとして、その蓋に最後の釘を打ち込んだのは企業の連中さ。奴らは私利私欲のために科学を悪用し、世界を放射能であふれさせたんだ」

 

そう語る彼の声色からは責任を感じる。きっとそれは、BoSという組織の役目から来ているのだろう。なるほど、技術を保存し悪用させない、か。少しばかりは共感できる。

階段で最下層まで辿り着くと、ダンスが実験フロアで警戒すると言うので、俺たちはメンテナンスルームでディープレンジ送信機を探す事にした。

 

「なにこれ、すごいのあるんだけど」

 

アルマが机の上に放置されているデカイ機械をいじる。どうやら廃品やらを装填してスチームで撃ち出す機械らしいが、なんだってこんなもん開発したんだろう。

 

「ほらアルマ、真面目に探して」

 

知っているが、この子は時々不真面目だ。不真面目というか、任務や興味のある事以外に集中力をさくのが苦手なのだ。子供みたいだが、そういうとこも好き。

 

「はぁーい」

 

気の抜けた返事をして、ターミナルを弄り出す。よく見ればゲームしている……仕方ない、送信機は俺が探そう。甘やかしすぎなんだろうか。

数分探して、送信機はどうやらここからエレベーターで上へと上がったところにあるということをアルマがログから見つけた。ゲームに飽きた彼女は、社員の日誌を読んでいたらしい。最初から読めよ。

メンテナンスルームと実験施設の窓越しに、ダンスに呼びかける。

 

「上にあるらしい!今からそっちに向かう!」

 

大声でそう叫ぶと、ダンスはなんだか呆れた様子で頷く。あぁ、サボってたのバレてたのかな。

だが、次の瞬間には彼は脱いでいたヘルメットを被りなおし、周囲を警戒し出した。何事かと思えば、上から降って来たシンスが彼を包囲したのだ。

 

「アド・ヴィクトリアム!」

 

彼はそう叫ぶと、シンスの軍団と撃ち合い、殴り合い始める。クソ、今更来やがったか。

 

「ハーディ!パワーアーマーってジェット噴流に耐えられるかな!?」

 

突然アルマがそんなことを言い出した。俺は頭の中にある知識と記憶を引っ張り出し、答える。

 

「前にT-51が戦闘機の後ろにいて焼かれてたが……確か、ピンピンしてたぞ!」

 

そんなこともあった。あれは笑えなかったが、今となってはいい思い出だ。俺しか覚えている奴がいないが。

 

「よっしゃ!いっちょファイヤーしますか!」

 

アルマが元気一杯にそう言うと、ターミナルのキーボードをいじくりまわす。そして、エンターキーを目一杯に押した。

ターン、という音が響くや否や、実験施設に吊り下げられているロケットが不穏な音を立てる。

 

「アルマ、何したんだ?」

 

「うーんとね、出力最低にしてロケット点火したの」

 

「だ、ダンス!今すぐパワーアーマーの冷却装置を入れろ!」

 

焦ってダンスに指示を飛ばす。ヘルメットの集音機能で声が聞こえていたのか、彼は戦いながらも頷いて、パワーアーマーのコンソールをいじる。

 

「なんだか嫌な予感がしますが」

 

「それはフラグというやつでしょう」

 

シンスが何か言うのもつかの間、ロケットからジェット噴流が真下に吹き出す。つまり、ダンスたちを地獄の業火が襲った。

 

「うおおおお!?」

 

あまりの衝撃に膝をつくダンス。俺は主犯のアルマを振り返った。彼女はてへぺろして誤魔化している。可愛いけど有罪。

 

「シャット、ダウン」

 

シンスが次々と倒れていく。その中でも、ダンスはまだ耐え続けていた。

しばらくして、ジェット噴流がおさまり、俺はターミナルのキーボードを叩いて冷却水を施設に放出させる。ドバーッと、雨のように降り注ぐ水。それがすぐに霧へと変わっているのを見るに、相当な温度だろう。

 

「ダンス!おい大丈夫か!?」

 

冷却が完了し、俺とアルマはダンスへと走る。彼は四つん這いになりながらも、なんとかヘルメットを外して大丈夫だ、とその健在っぷりをアピールした。汗が滝のように流れているが、どうやら無事なようだ。

 

「君は……随分と過激な事をするな」

 

皮肉にも取れる賞賛を受け、アルマを振り返る。彼女はそっぽ向いて口笛を吹いていた。

数分し、ダンスはようやく立ち上がる。どうやらパワーアーマーは無事なようだ。さすが新型のT-60だ。

 

「さぁ、時間を取りすぎた。急いで上へと向かおう」

 

出会った時よりも何倍か疲れている彼を先頭に、エレベーターへと乗り込む。哀れダンス。

 

 

 

ディープレンジ送信機を手に入れる。エレベーターがたどり着いた先で待ち伏せしていたシンスのボスが所持していたのを奪ったのだ。ちなみに、この施設に存在していたシンスはもう殲滅したようだった。

日が昇る頃、アークジェットから出て、パワーアーマー越しからも疲れ果てた様子が見て取れるダンスを先頭に、俺たちは帰路につく。

 

「まぁ、何はともあれ目的は達成できたな。計画とはだいぶ違ったが」

 

アルマが顔をそらす。大丈夫、そんな君も好きだからね。擁護はしないけども。

 

「まぁ、作戦行動なんてそんなもんだ。常に流動的に物事が動く」

 

「そういう事を言ってるんじゃないんだが……まぁいい。君たちがいてくれたから片付いたようなものだ。礼と言っては何だが、これを受け取ってほしい」

 

ダンスは背中のウェポンラックから、レーザーライフル……AER-9を取り出す。個人的にはエナジーウェポンは大嫌いだが、お礼としてもらうのだから文句は言わない。

 

「これ、いいのか?」

 

「ああ。無理言って着いて来てもらったのはこっちだしな。それで、なんだが……私個人としては、君たちからは軍人としての素質を感じるのだ」

 

そりゃつい最近までアラスカで散々戦ってたしなぁ。アルマだって、時折とんでもないことするけど元々はスナイパースクールの助教だし。

 

「是非とも、BoSに加わる気はないか?」

 

俺とアルマは顔を合わせる。個人的には、すごく魅力的な提案だった。彼からは軍の規律といった、懐かしいものを感じる。それは、あの時代を軍人として生きていた俺からすればとても心地が良いもので……でも、ひとりの夫として、そして父として、首を縦には振れない事情もあった。

 

「考えさせてくれ」

 

「……そうか、残念だ。だが、私は諦めたわけじゃないぞ、同志よ」

 

ダンスはそう言うと、笑顔で握手を求めた。パワーアーマー越しで。

 

「あぁ、すまん。これでは握りつぶしてしまうな。じゃあ、あれだ。君が正式に加わる時まで、握手は取っておこう」

 

スッと、彼は拳を引っ込める。俺は頷いた。

 

「俺たちはこのままダイヤモンド・シティまで南下するつもりだ」

 

そうか、とダンスは頷く。

 

「君たちの健闘を祈ろう。お互い、まだ死んでいい時ではないからな」

 

「ああ。パラディン・ダンス、元気でな」

 

久しぶりに、俺は敬礼した。彼は胸に手を当てると、ケンブリッジまでのアスファルトの上を歩いていく。俺たちはしばらくそれを眺めた後、カッコつけたのはいいけど寝床はどうしようと悩み、アークジェット外の警備施設で休むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、今戻ったよ」

 

小さな男の子が、清潔感にあふれた真っ白な部屋に入ってくる。声をかけられた人物……先進的な椅子に座り、新品同然のターミナルを操作する白衣で白髪の老人は、手を止めてその少年を見た。

少年は、この先進的な施設に反して昔ながらの、「外の」古着を着ていた。白いフード付きの長袖にジーンズ……戦争が起きる前でもあまり見なかったであろうファッションだが、少年曰くそれがお気に入りらしい。

 

「戻ったか。聞いたぞ、X6-88を随分と困らせたそうじゃないか」

 

老人がそう言うと、少年はクスリと微笑んで言う。

 

「彼はいじりがいのある奴だからね。ついつい」

 

「彼を困らせるのは構わんが、あのクソハゲ傭兵の所にいたいと駄々をこねたのは感心しないな」

 

「別に、駄々をこねたわけじゃない。要望したんだ」

 

「子供がそれをするのを、駄々をこねると言うんだ」

 

呆れたように、老人は首を横に振る。だが少年は、それすらも面白がっているように見えた。

 

「誰に似たんだか」

 

「子は父に似るものさ。それがどんな存在であれ、ね」

 

老人はため息をつく。自分が同じくらいの歳の時、こんなに生意気だっただろうか、と。うーん、生意気だったかもしれない。そうなれば何にも言う権利ないなぁ、なんて老人は呑気に思う。

 

「それはまぁいい。どうだった、外の世界は」

 

無理にでも話を変える。でなければ、一方的にこの子供のペースに巻き込まれるのだから。そう思えば、自分のこの性格やいじられやすさは老人の父親似なのかもしれない。とは言っても、老人にとっては会ったこともない父親なのだが。

少年は近くのソファーに腰掛けると、服の中から何かを取り出した。拳銃だった。

 

「人間というものは、良くも悪くも変わらないさ」

 

「それが君が得た教訓か?」

 

「もちろんそれだけじゃない。あそこには、ここには無い生きる喜びがある」

 

「ここにだってそれはある」

 

「いや、ないね。あったとしてもそれは仮初めのものだ。それに興味は無い。父さんも、本当はそうなんじゃないかな?」

 

「大人をからかうのはやめなさい」

 

老人は、少しばかりこの少年の思想に危機を感じつつあった。彼は外の世界に憧れを抱きすぎている。どれだけこの中が安全かも、十分に知らないのに。

 

「はぁ……もういい。S9-23、リコールコード、シーラス」

 

この会話に意味はない。老人はそう判断し、少年に眠ってもらう事にした。したのだが。少年は一向に眠らない。むしろ、笑みすら見せている。それも、先程とは違った、邪悪な笑みにすら見えた。

老人は悟った。悟って、全身の筋肉に、鞭を打った。

 

「無駄さ、父さん」

 

少年は立ち上がる。右手には拳銃を、左手にはナイフを。まるで、今から老人と戦う、といった様で、彼は対峙した。

 

「リコールコードを、破ったのか」

 

少年は声に出して笑った。老人は、自分の心の奥底にあった、自分たちの誤りを、ここでようやく理解した。

少年の腕が動く。拳銃をこちらに向けようとしたのだ。

 

「ッ」

 

老人は少年に向けて駆け出す。距離にして5メートル。だが、拳銃を1発撃つのには充分な距離。それでも、老人はこれを対処してみせる。

老人は自身の頭に向けられた射線から逃れつつも少年に迫った。そして、発砲。耳が壊れそうになるが、動きは止まらない。

少年は驚きつつもまるで楽しんでいるかのような笑みを崩さない。再度老人に照準を合わせようとするが、

 

「せいッ」

 

老人は銃のスライドを左手で横から掴み、押し込んだ。惹かれるスライドと排莢される弾薬。気がつけば、弾倉も抜かれている。

老人は右手で少年の手首を打ち、左手で弾の抜けた銃をもぎ取って後ろへ放り投げた。だが少年はまだ諦めず、逆手に持った左手のナイフを振るう。

だが、老人は右手でそれをいなすと少年の腕をひねってナイフを奪った。極めつけは、少年の足を払って転ばせる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

仰向けに転がる少年を見下ろす。少年は心底楽しそうだった。

 

「凄いじゃないか。まるでMr.ケロッグみたいだったよ」

 

「……歳なんだ、あんまり、過激な運動を、させるんじゃない」

 

老人はナイフを放り投げる。

カランと転がるナイフ。老人は、この少年の、いや彼らの危うさを再認識した。

 


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