Fallout4 Gunslinger of the Commonwealth   作:Ciels

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第三十話 コンバットゾーン、ケイト

 

 

 

 拳に巻かれた包帯を見て苦笑いする。まさか人を殴るためだけに包帯を巻く時が来るとは思わなかった。ぎゅっと拳を握りしめて、私は気合を入れるように呼吸を整える。

 私はスナイパーだ。それは孤独な職人であり、戦場において決定的な戦闘は極限まで避けなければならない。敵の位置を偵察し、任務に付与されているのであればアウトレンジから高価値目標を殺害する。そんな兵士なのだ。

 それが今ではどうだ。戦闘用のパンツにTシャツ、手には包帯。目の前には獰猛な赤毛の女の子が私を叩きのめそうと意気込んでいる。戦場から離れて大分経つけど、ここまで明確で近い敵意と対峙した経験はない。

 

「さぁ、やろうじゃないの!」

 

 両拳を叩きあわせて闘志を沸かせるケイト。私は肩の力を抜いてファイティングポーズを取る。ポーズといってもボクシングのようにわかりやすいものではない。ボクシングよりもちょっと手を下にして、手のひらを相手に向けるのだ。

 

「へぇ、それがあんたの構えってわけ?」

 

 獰猛に笑う乙女。私は何も言わずに時を待つ。するとトニーの声がスピーカー越しにケージの中に響く。

 

『嬢ちゃん方、準備はいいな?ルールは武器の不使用、それだけだ。どっちかがノックアウトするまで殴り合え。それだけだ』

 

 頷くと、ギャラリー席の方を見る。マクレディとニックが席に座ってタバコを咥えながら観戦していた。あのバカ弟子に至ってはバーボン片手に何やら煽り文句を投げかけている。ニックの方は年相応の落ち着きを見せてただ観戦していると言った方がいいだろう。

 ニックは当初勝負には反対だったが、マクレディのいうウェイストランド流のやり方とやらに言いくるめられて黙ったのだ。マクレディは私がやられる方に掛けているらしく、あとでキツく躾けないとならないだろう。

 

「準備はいい、ハニー?その綺麗な顔を痛めつけてあげるよ」

 

 冷静な私に対してケイトは薬でも決めてるんじゃないかと思うくらいには気分が高揚している。きっと決めてるんだろう、こんな世界だ。

 

『それじゃあゴングを鳴らすぞ。我らがリトルバード、ケイト!或いは我が商売を滅茶苦茶にしてくれた美女か!』

 

 リトルバードはやめなさいよ!とケイトが叫ぶとゴングが鳴った。

 同時にケイトが瞬時にこちらへ駆け寄ってくる。先制攻撃だ。

 

「せやぁッ!」

 

 キレッキレの右ストレート。思い切り振りかぶったそれは確実に私の顎を狙ってきていた。それを手で払うようにして上半身も躱すと、ケイトは追撃に左フックをボディめがけて繰り出す。とんでもなく洗礼されたコンビネーションだった。私はバックステップでギリギリそれを回避すると、前蹴りを低い姿勢の彼女の顎めがけて繰り出す。

 

「ははっ!」

 

 ケイトはそれを笑って避ける。上半身を仰け反らせ、不自然な姿勢のままギュイっと避けてみせたのだ。かなり柔軟性も高いようだった。

 彼女は私の蹴りあげた足を右手でそのまま掴むとぐいっと引き寄せつつ、左手で殴りつけてくる。こちらとしても大方そんなところだろうと思っていたので、それをパリィしつつもう片方の足を彼女の脇腹めがけて繰り出した。

 

「うっ!」

 

 さすがに突然飛んできたもう片方の蹴りには対処できなかったケイトはモロにそれを食らって前のめりになる。その隙に掴まれた足を空中で引き抜くと、背中から床に落ちる。受け身で衝撃を吸収しつつ、そのまま両足と腹筋を使って反動で起き上がりつつ、両足の先端をドロップキックのように彼女に叩きつけた。

 

「おおっ!」

 

「ほう。ありゃすごい」

 

 ギャラリー二人から賞賛が聞こえる。しかしケイトはしっかりと両腕をクロスして蹴りを防いでいた。私は空中で後方に回転しつつ、真っ逆さまの状態で両手を下に着くとバク転して距離を取る。

 

「なにそれ、最高っ!」

 

 どうやらドロップキックがケイトに火をつけたようだ。笑みが益々獰猛になっている。

 

「じゃあ私もぉっ!」

 

 そう言うと、彼女は全力でこちらにダッシュしてくる。その瞬発力が尋常じゃない。

 低い姿勢から拳が迫る。突き上げるような左アッパーだ。それを避けると今度はくるりと回って右裏拳。私は今度こそ回避できずに腕でブロックする。

 

「いっ……!」

 

 重い。重すぎる。この娘、拳に巻いたバンデージの下に何か仕込んでいるに違いない。

 

「ほらほらぁ!」

 

 振り向きざまに左フック。しゃがんでそれを避けると、彼女の膝が目の前にある事に気がついた。

 

 意識が飛びかける。気がつけば、私は空中に舞っていた。膝蹴りが見事に頭に突き刺さったのだ。

 ボールのようにバウンドしながら後ろに吹っ飛ぶと、こちらに走ってくるケイトがわずかに見えた。私は完全に脳震盪で、意識はこんなにも朦朧としているのになぜだろうか。

 火がついてしまった。

 

「オラオラー!」

 

 ケイトが私にマウントを取ると、拳を振り上げる。お腹の上に乗っていて、脱出は難しい。瞬間的に私は海老反りのように腰を浮かせて彼女のバランスを崩す。典型的なマウントエスケープだ。

 上半身に力が入りすぎていたケイトは簡単に、まるで揺れるつり橋を渡る人のようにグラつくと、私はそのまま両膝を彼女の背中に打ちあてる。

 

「うわ!」

 

 女の子らしい声をあげる彼女の両脇を両腕で抱えると、そのまま後方回転。するとどうだ、彼女は簡単に前のめりに倒れ、その上を私は回転してマウントを取り返したのだ。しかも対面していない、彼女はうつ伏せなのだ。絶対的に私が有利。

 

「ねぇね」

 

 すぐさま彼女の右腕を取って左腕で首を取りにかかる。利き手でない方では対処は難しい。

 ギリギリとケイトの頸動脈を締め付けながら私は言う。

 

「私久しぶりに火がついちゃった」

 

 顔の見えないケイトに囁くと、私の頭を思い切り彼女の後頭部に押し当てて万力のように締め付ける。

 たった10秒。それだけで、ケイトは失神した。ぶらんと彼女の右腕から力が抜ける。勝負はあっという間に決してしまった。

 

『勝負あり!おいストップ!ストップ!誰か彼女を止めろ!』

 

 完全にスイッチが入った私はギャラリーの二人に引き剥がされるまでずっと頸動脈を締め付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 災難続きとはまさにこの事だろうか。朝方、トリニティタワーへとたどり着いた俺とパイパーを待っていたのは救難信号とミュータントの大群だった。これを災難と言わずなんと言うか。

 タワー内のスピーカーからはひっきりなしにボスらしいミュータントの放送が流れていて、かといえば目の前ではこちらを殺す気満々な緑色の巨人達が迫っていて。

 

「援護しろ!多くは求めん!」

 

 的確に胸と頭を撃ちまくり、確実に一人ずつ殺していく。小口径のライフル弾じゃ急所以外では効果が薄い。しかし頭を狙うのは難しい。なら胸を撃って止まったところにヘッドショット。俺の理論は正しいようで、あっという間にミュータントどもは死んでいくのだ。

 

「援護って!簡単に言うけどさぁ!」

 

 柱に隠れつつも時折拳銃を撃ち込むパイパーが何か言っているが、俺の耳には入ってこない。

 フロアに巣食っていたミュータントをほとんど片付けると、逃げようとする緑色の腰抜けの足を弾丸でズタズタに引き裂いた。

 

「ウグゥ!く、狂ってル!」

 

 そんな彼の頭に2発ほど弾丸をくれてやると、こっちに対して辛辣な評価を下した彼は生き絶える。周辺の安全を確認すると、俺は弾倉を交換する。残りの弾が少ない……幸いこいつらが持っていた手製のライフルは.223口径だから流用できる。

 

「ねぇちょっとブルー!」

 

 パイパーが何か言っているが、俺は気にもとめずにミュータントの死体から弾薬を漁って空弾倉に詰めていく。質は悪いが使えるだろう。

 

「ブルーってば!」

 

「なんだ!暇なら使えそうな銃を拾え!」

 

「お前なに切れてるんだ!」

 

 思わずその言葉に手を止めた。

 

「俺が切れてるって?」

 

 鼻で笑いながらそう尋ねるとパイパーは言う。

 

「めちゃくちゃ切れてる。奥さんが心配なのは分かるけど!あんたらしくない!さっきだって、ミュータントがそこら中にいるのに突っ走って!こっちの身にもなれって!」

 

 彼女の言葉に、俺は深呼吸して天井を仰ぐ。確かにその通りだった。今、アルマがいないだけでフラストレーションがヤバイ。中東やアラスカではこんな状態になったことはなかった。それは大事な人が本土で平和にやっているからこそだろう。Vaultから出てからも、ずっと彼女は俺の横で、直接守れる場所にいた。だが今はどうだ。シンスの探偵とスナイパーの小僧がそばにいるだけ。どっちもまだ信用し切れていないのに。

 気持ちを整理すると、怒るパイパーに向き直る。

 

「その通りだ。ちょっと焦ってたみたいだ、すまない」

 

 けろっと、先程までの怒りを鎮めて冷静になる。そうだ、もっと妻を信頼しろ。彼女ならどんな状況でも生き残れる、大丈夫だ。

 

「え、ああ……随分気持ちの切り替えが早いんだな」

 

「兵士だからな。さぁ、上へ上がるルートを探そう。まだ救難信号の男が生きてるかもしれない」

 

 今は救難信号を出してきた男を優先しよう。確かレックスって言ったか。俺は夫でもあるが、弱き者を助くミニットメンでもあるのだから。

 

 階段は完全に崩れていて、エレベーターしか移動手段がなかった。二人でそれに乗り込み、軋む鉄の棺桶に揺られながら到着を待つ。もちろんいつ襲われてもいいように。

 

『なんだもうやられたのか。弱い人間にやられるような部下はいらん。むしろ貴様らが殺したお陰で俺たちは強くなれる!』

 

 エレベーターの中までもミュータントのボスはスピーカー越しに演説し出す。

 

「これこっちの声は聞こえないのかな」

 

「どうだろうな……あいつらは一方的に話すのが好きだから」

 

 なるほど、つまり聞く耳はないと。

 

『さぁ弱い人間、本当の戦士達が待ってるぞ!』

 

 彼がそう言うのと同時に、エレベーターの扉が開く。通路は無人のようだ。慎重にクリアリングしながら進めば、警戒態勢で出迎えるミュータントの集団が。

 まだこっちは見つかっていないことを利用して、俺は最後の手榴弾を取り出す。奴ら相手には効果が薄れるが、それでも致命傷にはなる。

 物陰に隠れながらピンを抜き、集団の真ん中に投げ入れる。

 

「ナンダ?」

 

「グレネードダァ!」

 

 時すでに遅し。炸裂した破片手榴弾はミュータントの集団を引き裂いた。それでも爆発と破片から逃れた数名が迎撃に移る。

 

「撃て!」

 

 号令で冷水機関銃を撃ちまくるパイパー。俺はミュータントどもが彼女に気を取られている隙に側面へと移動し、丸見えの頭をすべて撃ち抜いた。

 

「横ダ!アッ!」

 

 気がつけども遅い。俺たちを出迎えた戦士達は即座に片付いてしまった。やはり奇襲は強い。奴らもエレベーターを降りたところで襲撃すべきだったな。

 

『ほう!お前は強い人間だな!ならば上へ来い人間!このフィストが直々に相手をしてやろう!』

 

 自信過剰の放送が響く。どうでもいいが、大将が自分の位置をバラしていいことは何一つない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤毛の女の子の、意外にもぱっちりしたお目々が開かれる。仰向けに寝ている彼女の頭上から覗き込むように顔を出せば、言ってやった。

 

「やっほ。負けた気分はどう?リトルバード」

 

 まるで二日酔いのようにケイトは頭を押さえながら起き上がると、言ってみせた。

 

「それ、やめてよ」

 

 決闘が終わってから数分。私はケイトと二人きりで楽屋にて休憩していた。女の子のお部屋に土足で上がり込もうとしていたバカ達はしっかりと締め出してある。

 私は水の入ったボトルを彼女に渡す。ケイトは意外にもすんなりとそれを受け取り、飲んで見せる。後遺症は無さそうだ。

 

「はぁ……負けなしだったのに。あんたみたいな、お姫様にやられるなんて」

 

 どうやら負けた事を気に病んでいるようだったが、私からすればこんなんでもスナイパー兼元格闘指導官も実はやってたから、それに一撃でも食らわせた彼女はセンスがあると思うけども。

 

「人は見かけによらないのよ」

 

「ふん、身に染みたよ」

 

 不貞腐れたように目をそらすケイト。プライドは高かったようだから、まぁ仕方ないかもしれないけど。これから契約を引き継いで共に行動するにあたって、好感度は低そうだ。

 

「でもあの回転技は凄かった。しっかり頭に響いたよ」

 

「そう。仕留められなかったのはあんただけ」

 

 ありゃ、悪手だったか。

 

「さて、これから一緒に行動するけど。改めて自己紹介、私はアルマ」

 

 せっかくの女の子なんだから仲良くなりたくて、手を差し出す。彼女は訝しみながらも渋々手を取って、

 

「知ってると思うけど、ケイト」

 

「よろしくね、ケイト」

 

 精一杯笑顔でそう言えば、彼女はぎこちなく顔をそらした。

 

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