インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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ガタノトーア
それは旧き世界の支配者。
それは、外なる神である。


13 Ghatanothoa

「……何ですの、あれは……」

 

セシリアがそれを見たとき、まず呟いたのはこの言葉だった。

 

並のISの武装にも耐えうる強固なアリーナのバリアが、たったの一撃で破壊されてしまった。

その事に驚愕し、そしてはっと周囲を見渡す。

 

……大勢の一般生徒が、唖然としたまま誰も動こうとしない。

 

アリーナと観客席を隔離するバリアは再び展開されている。

が、もとより一撃でそれを破壊できるのなら、バリアなぞ気休めにすらなりはしないのだ。

 

それにセシリアが気づき、周囲の生徒達に避難を呼びかけようとしたときだった。

 

アリーナの中央から、銃声が響く。

銃声の主は……一夏。

 

一夏は銃を空に向かって銃を撃ち放つと、ISの拡声機能を用いて叫んだ。

 

『全員! 今すぐアリーナから逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

一瞬の間。

 

そして、観客席の各所から悲鳴が上がり、生徒達が逃げ惑い始めた。

 

「よし、これで皆さんが動き出した。ならば……」

 

ならば、自分は少しでも無事に逃げれる観客を増やす為に動くべきだろう。

代表候補生が専用機をもらうのは、何も試合などで勝つためではない。

 

代表候補とは、その通り、国を背負う者になる資質のある存在だ。

では、国を背負うとは?

ただ看板を背負って試合に勝つこと?

 

否、否である。

 

国を背負うとは、試合の勝ち負けだけではない。

有事の際には先頭に立ち、人々を導くと言う事でもあるのだ。

そして、その際の自身の行いの助けの一つとすべく、専用機という物は与えられている。

さらに自国の国民から選ばれた代表が、自国の技術の粋を集めて作ったISで自国を背負う。

その姿で以って、人々に希望を与える為に代表は存在する。

 

ただ試合に勝つためなら他国の優秀なISの技術を用いてISを作ればいい。

だと言うのに、わざわざ自国の技術の粋を集めて専用機を作る意義はそこにある。

 

いわば、国家の威信の体現なのだ。

 

アリーナの強固なバリアを破る攻撃手段を持つ相手だが、いざと言うときはわが身を盾にしてでも観客は無事に逃がして見せよう。

そう決意したセシリアはふと気づく。

 

--篠ノ之さんはどこへ……!?

 

 

※ ※ ※

 

 

「通信システム、ダウン!」

「シャッター開放系も駄目です!!」

「くっ! またか!!」

 

アリーナ管制室。

そこで千冬たちは再び襲ってきた異常事態に対処せんとしていた。

思い出すのは、クラス代表決定戦の際の異常。

そのような異常など二度と起こさないと決意し、学園職員ならびに情報科生徒は新たなシステムの構築などを進めてきた。

 

しかし、異常はそんな努力を鼻で笑うかのように目の前に存在する。

そして、被害を食い止めるどころか以前よりも被害は拡大している。

以前と同様に通信系のダウン、それに加えて今回はシャッター開放系もダウンしてしまった。

これでは、アリーナの中に居る一夏達をアリーナから出してやることも出来やしないし、通信系がダウンしている現状ではそのことを伝えることさえ出来やしない。

 

(何だ、何なんだ、これは!?)

 

千冬は今すぐにでも叫びだしたくなるような思いに駆り立てられていた。

まるで、心臓をつめたい手で握りこまれているような……うまく名状することは出来ないが、とにかく『良くない感覚』が千冬を襲う。

 

この異常の裏に、何か、そう、想像もつかない『なにか』が潜んでいるような……

 

『おっと、ちーちゃんはそれ以上はだめー』

『そういうこと。「私」も「僕」も、君の事はなかなかに気に入ってるんだ』

『『ここで壊れてもらっちゃ困るよ?』』

 

「……何を馬鹿なことを」

 

そんなことよりも目の前の異常に対処しなければ。

 

 

……極まれに存在するのだ。

世界の裏を読み解く力が、技術が無くとも、異様に勘の鋭い人間が世界の裏を知覚してしまうということが。

少なくとも、先ほどまでの千冬は、取っ掛かりながらも世界の裏側に気づきかけたのだ。

しかし、それを闇がとめる。

 

人が知覚出来ない声がどこからとも無く千冬に投げかけられる。

すると、先ほどまで指先に触れていた『なにか』が千冬の傍から消え去っていた。

果たしてそれは幸運だったのか、不運だったのか。

 

何せ、力も技術も無い存在が世界の裏を認識してしまった場合、待っているのは死より恐ろしい末路なのだから。

 

……音の狂ったフルートの調べが千冬の耳に届いた……気がした。

 

 

※ ※ ※

 

 

「さてと、これでしばらくすりゃ全員が逃げ出せるか……」

 

一夏はそう呟くと、視線の先に居る黒い人型をみやる。

少々いびつではあるが、それは確かに人型をしていた。

 

体の各部に開いた穴は、なんらかを放出する手段だろうか?

放出するのは、熱か、はたまた弾丸か。

そしてその顔面。

そこにも穴は開いている。

しかし、その穴から顔の中は見えない。

見えるのはぽっかりと口をあけている暗闇だけだ。

 

「で、何なのよあれ」

「俺に聞くなよ」

 

いつの間にか傍に来ていた鈴音が一夏に問いかけるが、一夏も分かるはずが無い。

何事かを管制室に問おうとしても帰ってくるのは無音。

ノイズすら帰ってこないのだ。

つまり、ジャミングが掛けられているというわけではないらしい。

 

(それに、嫌な予感がしやがる……)

 

そして、一夏がそう言葉にする事無く思う。

目の前のあの人型からは、どうにも昏い闇の臭いがするのだ。

それも、食屍鬼など目でもないくらいの、キツい臭いが。

 

もし、もしあれが予想通りの物だとすれば……

 

ちらりと鈴音をみやる。

 

(鈴を無事で居させれるか自信がねぇな……)

 

そもそも、ISという物が果たして『ソレ』に通用する物なのかどうか……

 

(……いけねぇな。どうにも考えが後ろ向きだ)

 

こんな自分、かの相棒が見ればどんな反応をしたのだろうか。

……恐らく、魔力を込めた拳でぶん殴ってくるのだろう。

『情けないぞ、この大うつけが!』と言う言葉と共に。

あぁ、そのことを考えたら以前殴られた痛みも思い出してきた。

 

(こいつぁ、現在進行形で俺に呆れてるな……アル)

 

その痛みが、まるでどこからか自分を見ている相棒からの叱咤激励の声に感じれる。

ならば、たとえそれが幻覚だとしても、それに応えてやるのが相棒と言う物ではなかろうか?

 

その思いと共に、一夏は両手の拳銃を人型に向け、引鉄を連続で引いた。

 

腹を揺さぶる重低音が響き、放たれた弾丸は人型へと殺到していく。

しかし、その弾丸はふと上げられた人型の左腕で全て弾かれてしまう。

装甲が分厚いのだ。

 

「ちぃっ! 黒い大根みたいな腕しやがって!」

「ちょっと一夏! 何不用意に手出してるのよ!?」

 

傍に居た鈴音が、一夏の行動に文句を言う。

しかし、果たして戦場で、敵が目の前に居ると言うのに余所見をしていて良いのだろうか?

 

人型が、両腕を上げる。

手首辺りに見えるそれは……予想にたがわなければ、恐らく光学兵器ないしそれに順ずる兵器の銃口。

その銃口が向いているのは……自分と傍にいる鈴音。

 

「っ! あぶねぇ!!」

 

鈴音の言葉に答えず、一夏は鈴音を抱きかかえるようにし、その場から飛びずさる。

瞬間、先ほどまで彼らが居た地点に向かって高出力のビームが放たれていた。

人型の腕からまっすぐに伸びるそれは、まさに光の柱の様でもある。

ビームはそのまま一夏達が先ほどまでいた場所を通り過ぎ、再びアリーナのバリアに衝突。

バリアはビームに一瞬耐えたものの、やはり甲高い音を立てて割れるように破られてしまった。

 

「すごい威力……あんなの当たったらISもひとたまりも無いわ! 一夏、ここは逃げて時間を……一夏?」

 

鈴音の言葉に、一夏は答えない。

その事を不審に思い、一夏を見やるが、しかし装甲に覆われた一夏の表情はうかがい知ることは出来なかった。

そして、件の一夏は……

 

「…………」

 

その装甲の下に隠れている顔は、驚愕の表情を浮かべていた。

そして、ついで浮かび上がったのは焦燥。

 

(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ……コイツは……今の俺じゃヤバイっ!!)

 

先ほどのビーム……否、高密度の字祷子の奔流を見て分かってしまった。

あれは……一般人の手に負えるものではない。

むしろ、今の今まで鈴音が平然と『アレ』を見ていられたことがもはや奇跡に等しいのだ。

 

もし『アレ』が予想通りなら、本来なら一般人はその姿を見ただけで石と化してしまうだろう。

 

(……慌てるな、慌てるな織斑一夏。仮にあれが予想通りのものだったとして、けどこうして鈴が無事だったんなら、まだ完全ってわけじゃないはず……だったら、滅ぼすなら……今!!)

 

決意は固まった。

 

「……鈴」

「何よ……?」

「とにかく、逃げ回れ、そして『絶対にアイツを見るな』。いいな?」

「ハァ!? 一夏あんた、何言って……っ!?」

「いいな!? 絶対近づくな! 姿を見るな! でなきゃ……」

 

--でなきゃ、死ぬぞ!?

 

そうとだけ言い残し、一夏は人型へと向かっていく。

その手にはバルザイの偃月刀。

 

(はたしてどこまで通用する? この模造品で)

 

出来ることなら、今すぐネクロノミコン写本を取り出して戦いたい。

しかし、まだこちら側を知らない存在が見ている中でそんなことは出来はしない。

あれは外道へ対する剣になると同時に、それもまた外道そのものなのだ。

不用意に出していい物ではないのだ。

 

ならば、今使える手札で戦うしかない。

アイオーンの武装はアトラック=ナチャ、バルザイの偃月刀、ニトクリスの鏡、ロイガー・ツァール、二挺拳銃、そして対霊狙撃砲と名づけられている武装。

が、アトラック=ナチャ、ニトクリス、対霊狙撃砲は現在ロックがかかっており使用できない状態だ。

ちなみにクトゥグアとイタクァはもともと無いのだが、それは恐らくあれらが何かしらの武器を形作る物ではなく、旧支配者そのものを呼び出す物だからだろう。

あの魔銃は、ただ単にクトゥグアとイタクァの力を込め、制御するための物というだけであり、クトゥグア達そのものではないのだ。

 

しかし対霊狙撃砲……ISで霊と戦うなど普通はありえないことであろうし、恐らくファーストシフトの際に一夏の思考、記憶その他もろもろを読み取った際、勝手に名づけた武装名だろう。

 

閑話休題

 

ともかく、実質使えるのは偃月刀、ロイガー・ツァール、二挺拳銃と言う事になる。

あまりにも心もとない。

だが、それでも退く訳には行かない。

 

ここで退くのは、後味が悪すぎる。

 

一夏は人型の懐にもぐりこみ、偃月刀を振るう。

その刃は、振るわれた人型の豪腕とぶつかり合う。

その質量差からか、ぶつかり合った際に一夏はたたらを踏むが、それも何とか踏みとどまり再び偃月刀を振るう。

やはり豪腕とぶつかり合い、一夏はたたらを踏む。

そして、三度ぶつかり合う……

 

「そこ動かないでよ! 一夏!!」

 

横合いから放たれたその声と共に、振るわれるはずだった豪腕の動きが止まる。

その隙を逃すまいと、一夏は腕を振り上げた状態でバランスを崩した人型の胴体に一撃を叩き込む。

 

その後も、横合いから人型に対して次々と不可視の何かが撃ち続けられる。

 

「鈴!? 逃げてろって言っただろうが!?」

「うっさい! こちとら代表候補よ!? 真っ先に逃げてどうすんのよ! 国の恥よ恥!」

「馬鹿野郎! んなこと気にしてんじゃねぇ!!」

「んなことぉ!? ぜんっぜん『んなこと』じゃ無いわよスカタン! 第一、二人でやったほうがはや……」

 

その時、鈴音は見た。

……見てしまったのだ。

 

一夏が切りつけた部位。

そこは装甲が切り取られ、中身が見えている。

その装甲の切れ間から……

 

「……あ」

 

瞬間、体が固まる。

動こうと思っても、体は動かない。

いや、そもそも体自体が、自分は動く存在だと言うことを忘れてしまったかのよう。

だと言うのに、自分の意識は体を動かそうとして……

 

少しずつ、体の末端から冷えていく感覚が鈴音を襲った。

 

そしてその感覚は、ついに体全体に……

 

「っ! 第四の結印はエルダーサイン! 脅威と敵意を祓うもの也!!」

 

ふと響いた声。

それと同時に、体が熱を取り戻していく。

 

「……あ」

 

口が動き、喉が動き、声がでた。

それだけなのに、何故こんなに涙が出るのだろうか……

 

心に去来したその疑問の答えを得ないまま、鈴音の意識は沈んだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……っぶねー……危うく鈴が石になっちまうところだった」

 

意識を失い、地面に倒れた鈴音。

纏っていたISは操縦者が意識を失ったことによりセーフティが働き、待機状態へと戻ってしまっている。

そして、そんな鈴音を包み込むような光。

日差しがさす現在では見難いが、目を凝らせば鈴音を包む柔らかな光が見えるだろう。

 

旧神の紋章。

 

旧き神の力を以って、瘴気を打ち払う紋章だ。

五芒星を象ったその紋章は、鈴音が倒れこんでいる部分の地面で光り、鈴音を今現在も瘴気から守っている。

 

「しかし、さっきの鈴の様子……やっぱり予想通りだったか、なぁ! ガタノトーア!!」

 

目の前に存在する人型の正体。

それはルルイエの主、クトゥルーとイダ=ヤーとの間に生まれた三柱の神の一柱にして長兄。

ユゴス星の先住民族からの崇拝を受け、彼らと共に地球へ降り立ち、古代ムー大陸に君臨していた旧支配者、ガタノトーアだったのだ。

 

本来なら無定形であるはずの彼がこのように人型をしているのは、恐らく人型はガタノトーアの入れ物だから。

故に、入れ物である表面を見ても鈴音に異常は無かった。

そして、象った物を見るだけでも体に異常をきたすというガタノトーアの影響を受けなかったのは、この人型がガタノトーアを象った物ではなかったからであろう。

しかし、一夏の一撃でその入れ物に穴が開き、鈴音は運悪くその穴から見てしまったのだ。

ガタノトーアそのものを。

 

「なんでわざわざ入れ物に入れてよこしてきたかはわからねぇが……誰がよこしてきたかは確定だな……わざわざクトゥルーの息子よこしてくるなんざ、皮肉が利いてるじゃねぇか、ナイアルラトホテップよぉ!!」

 

一夏の思考が熱くなる。

しかし、ある一定まで達すると同時に、その熱は冷める。

否、冷めると言うのは正しくは無い。

彼は未だに熱く燃えている。

しかし、彼はその燃え滾る意思を冷静な思考で制御しているのだ。

そして、その思考でつむぎだすは二挺拳銃。

その銃口を、バルザイの偃月刀でつけた穴へと向ける。

 

「……っ!」

 

銃声(クライ)

銃声(クライ)

銃声(クライ)

 

咆哮のごとき銃声と共に放たれた弾丸は、ガタノトーア表面の装甲に出来た穴に見事に入り込み、中にいるガタノトーアそのものを蹂躙する。

 

「-------------------ッッッ!?!?!」

 

今まで何をされても揺るがなかったガタノトーアが痛みにもだえ苦しむかのように声にならない声、音にならない音で泣き叫び、装甲の切れ目からは汚泥のような血が流れ出す。

 

--効果あり!

 

その様子を見た一夏は確信する。

少なくとも今の状態のこいつはISでも十分屠れる、と。

 

そして、その事に希望を見出したまさにそのときだった。

 

『何をしている一夏!! 男なら……そのような苦難乗り越えてみせろ!!』

「なっ!? 箒、アイツ何やってるんだ!?」

 

アリーナの放送室から、箒の声がアリーナに響き渡った。




ガタノトーア「きちゃった」

と言うわけで乱入してきたのはなんと密閉瓶に入った旧支配者でした。
……急展開でしょう?
クラッチペダルもそう思う。

そして、やっぱりやらかす箒さん。
前の話でちゃんと姫リアさんに自分の行動が及ぼす影響考えろ言われたのに……

そろそろタグにアンチを追加する必要性がでてきました。
この小説考えた当初はこんなはずじゃなかったのに……
九郎ちゃんが入った一夏が起こすドタバタ劇だったはずなのに……

どうしてこうなった

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