インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
何があろうと、人は日々を過ごす。
その日々に多少のイベントがあるのは……それはきっとご愛嬌。
まだ殆どの生徒が寮で寝ているであろう早朝。
IS学園の校門前に一台の黒塗りのリムジンがやってきた。
そのリムジンが校門前で停止すると、車の扉が開き、中から現れたのは……
「ふぅ……お嬢様に直接会うのは久しぶりですね。入学直前以来でしょうか」
……メイドだった。
どこからどう見てもメイドであった。
目の前にあるのは学び舎。
だというのに、彼女の格好はあまりにこの場では浮いていた。
しかし、そんなことなど気にしてはいないのか、彼女は実に堂々とした様子でそこにいる。
車から降りたメイドは、IS学園の校門を、そしてその先にある学園の校舎を目を細めて見つめる。
「……さて、行きましょう---」
そしてしばらくそのまま校舎を見つめていたメイドは、背後に振り向き声をかける。
振り向いた先には、丁度車から大きなカバンをもって降りてきた一人の少女がいた。
そして、その少女もまたメイドだった。
※ ※ ※
「ねぇねぇ知ってる? なんかまた転校生くるらしいよ」
「うっそ、マジで? ついこの間二組に凰さん来たばっかだって言うのに」
このような会話が意図せず耳に入るたびに一夏はふと疑問に思う。
--いったいそんな情報を女子はどこから仕入れているのだろうか。
古今東西、女と言うのは何故か噂話などには非常に敏感なのだ、何故か。
「しかも今度はこの一組に、しかも二人来るんだって!」
しかもその噂話、多少の脚色がされている場合もあるが、大抵真実に近いものなのだ。
三流だったとはいえ、元探偵だった一夏としては、その情報の入手方法が若干気になったりならなかったり。
「……アホくさ、んなもんどうでもいいことじゃねぇか」
が、自分が下らないことに対し全力で悩んでいるということに気づいた一夏は、頭を振ってその思考を放り出す。
むしろ、考えるべき点はそこではないのだ。
そう、今考慮すべきなのは……
「しかし……また増えるのか、女が」
その一点だ。
ただでさえこの学園には男が居ないって言うのに、また女子が増える。
しかも転校生は一組に来るという話ではないか。
トドメに転校生は二人。
この学園に入学してくるということはどちらも女なのだろう。
自分のような超弩級の例外で無い限り、男が入ってくるというのはありえないのだ。
肩身が余計狭くなるなぁ、と一夏は嘆息した。
まぁ、誰が転校してこようと自分には関係ない。
今までどおりに生活していけば……
「さらにさらに、そのうち一人は……男の子なんだって!!」
「その話! 詳しく聞かせていただきましょう!!」
思わず、一夏はその話題に飛びついた。
女子の最後の言葉を聞いてから行動までの間、僅か0.05秒。
某宇宙刑事の蒸着並みの速度だった。
※ ※ ※
HRの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、千冬と真耶が教室に入ってくる。
その二人の目に真っ先についたのが、なぜやらにやにやしている一夏だった。
「……織斑、どうした?」
「織斑先生? 別に僕はどうもしてないですよ?」
「でも、なんだかその……きも……様子がおかしいですよ?」
明らかに不審な一夏の様子に千冬が言及するが、当の一夏はそれに対し平然と返答する。
が、明らかに……言葉は悪いが、今の一夏は不気味だった。
その事を真耶が寸でのところでオブラートに何重にも包んで言うのだが、一夏はどこ吹く風。
「さぁ! 待っている人々がいるでしょう? 早く紹介してあげてください」
((あ、そういう事))
一夏の言葉で、ようやく一夏が不気味だった理由に思い当たる二人。
恐らく彼は転校生のうち一人が男子であると女子の噂か何かで聞いたのだろうとあたりをつける。
そしてそれは事実であり、また転校生のうち一人が男子だということもまた事実であった。
やはり、女子の集団の中に男が自分一人と言う状況には辛いものがあったのだろう。
明らかに男子がふえて浮かれている。
「……まぁ、織斑だけでなく他の生徒も転校生については気になっているだろう。さっさと紹介することにする……入れ!」
自身の弟の恥ずかしい姿にため息をつくと、千冬は教室の外へと声を投げかける。
それに答えたかのように、教室の扉が開く。
まず入ってきたのは、一人の少年。
ブロンドの髪後ろで一房に結っている、少年と言うにはあまりにも線が細く、他者の保護欲を誘う、そんな少年だった。
少年は教卓の隣までたどり着くと、そこで生徒達の方へと向き直る。
「シャルル・デュノアです。本日よりこのIS学園に通うことになりました。どうぞよろしくお願いします」
人懐っこい笑みを浮かべながらそう自己紹介するとシャルルは頭をぺこりと下げる。
--ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
クラスのそこかしこから何かが撃ち抜かれた音が聞こえた……気がした。
「い……」
「『い』?」
その時、一人の女子生徒が立ち上がる。
その顔は俯いており、表情は伺えない。
そんな少女が、何事かを呟いた。
シャルルは呟かれた単語を小首をかしげながら問い返す。
そしてその少女は……
「イナフ!!」
満面の笑みにきらりとした輝きを付け加え、サムズアップをしながらそう叫んだ。
「い、いなふ……?」
さすがのこれにはシャルルもどう反応していいのかが分からない。
当たり前だ、むしろ分かるほうがおかしい。
「OK、子犬系男子だ。これから存分に愛でてやろう」
「Welcome、このくそったれに愉快なクラスへ」
「我々は君を歓迎しよう、シャルル・デュノア」
「盛大にな~!」
そこから連鎖爆発の如く起こる謎の寸劇。
思わずシャルルも、それどころか千冬も真耶も唖然としてしまうほどの惨状。
唯一の救いが、誰も彼もがシャルルを歓迎しているということだが……
「シャラップ」
そんな中、ある生徒の声が教室に響き渡る。
大声で発されたわけではない、しかしその声は騒がしい教室の中にあって非常はっきりと聞こえた。
声を発したのは……
「転校生が困惑してるぜ? 落ち着きな。……さぁ、続けてください、織斑先生」
一夏だった。
一夏は騒がしい生徒をたったの一言で静めると、千冬に先を促す。
あまりにも急激な事態の変化に半ば付いていけなくなっていた千冬だったが、一夏の言葉で気を取り直すと、シャルルにあらかじめ決めていた座席へ向かうように言う。
なおその際、周囲の女子からの熱い視線に囲まれ、怯える子犬のように縮こまるシャルルの姿があったが、それはどうでもいいことだった。
「……さ、さて、噂でもう広まっているかとも思うが、もう一人転校生がいる。入って来い」
そして千冬は再び教室の外へと声を投げかける。
やはりその声に答えるように扉が開き、入ってきたのは……
腰辺りまで伸びた長い銀髪を結わえる事無く流したままにしており、なんらかの病かなにかが原因か、左目を眼帯で覆っている、ともすれば中学生かそれ以下かと思えるような伸張をした……
「……メイド?」
そう、メイドだった。
さらに言うならそのメイド、この話の冒頭で車から二番目に出てきたメイドその人だった。
誰しもが思う。
制服は? というかなぜメイド?
そんな生徒達の困惑などなんのその。
メイドの少女は長い髪をなびかせ、悠々と教室を歩く。
そして教卓の傍までたどり着くと、生徒達の方へと向き直る。
「…………」
無言で生徒達を見やる。
そして、その口が開かれた。
「……ラウラ・ブランケットだ」
そして言葉を一旦途切れさせ、しばらく間をおいた後に言葉を付け足した。
「そして、このクラスにおられるオルコット財閥頭首、セシリア・オルコット様のメイドだ。以後、よろしく頼む」
そこまで言って、頭を下げた。
『……ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?』
一組の教室に、驚愕の叫びが響き渡った。
※ ※ ※
「驚きましたわラウラ。まさか貴女が入学してくるなんて」
「申しわけありませんお嬢様。お嬢様を驚かそうと皆に秘密にしていただくように頼んでいたのです」
HRが終わり、休憩時間になると、セシリアはラウラと名乗ったメイドの下へと駆け寄る。
ラウラはセシリアの姿を認めると頭を垂れる。
それに対し、頭を上げるように言ったセシリアが先ほどの言葉を発したのだ。
ラウラは恥ずかしそうな表情でセシリアに返答する。
「んで、セシリア、この子はお前さんのメイドだって言ってたが……?」
「ええ、この子は私付きのメイドの一人ですわ。ラウラ、この方が織斑一夏さんです」
「貴方がお嬢様の仰っていた……ラウラ・ブランケットだ。よろしく頼む」
「こりゃ後丁寧にどうも。ご紹介に預かった織斑一夏だ。よろしくな」
互いに自己紹介をし合い、握手をする二人。
しかし、ふとラウラの表情が曇る。
「……? 俺なんかしたか?」
「いや、別にそういうわけではないんだが……お嬢様から聞いていた情報から推察した人物像と違うような気がしてな……」
「……参考までに、セシリアからなんて言われてたんだ?」
一夏の言葉に、しばし口にするのをためらうようにしていたラウラは、やがて口を開いた。
「『やるときにはやる、偉大な背中を持った男だ』と。だが……その、予想していたより普通……というか、ヘタレ? のような感じがしてな」
「うごふ……っ!」
織斑一夏に900の精神的ダメージ。
「まぁ、普段はへたれのへっぽこですからね、彼」
「ぶげらっ!?」
セシリア・オルコットの援護攻撃。
織斑一夏に2000の精神的ダメージ。
織斑一夏は精神的に打ちのめされた。
「……? お嬢様、彼はいったいどうしたので?」
「あまりお気になさらずに。……しかし、悪意無き残酷な言葉と言うのはげに恐ろしいですわね」
「他人事のようにいってるけど、セシリアの言葉も相当堪えるからな……?」
「あら、私の場合は悪意ある残酷な言葉ですから、当たり前ですわ」
「なお性質悪いわっ!!」
「?」
二人のやり取りに小首をかしげるラウラ。
よくも悪くも、彼女は純粋だった。
そんな中、一人の生徒が一夏に近づく。
「えっと、織斑一夏君……だよね? どうしたの?」
「ん、あぁ、なんでもない。なんでもないったらなんでもないんだ……って、お前さんは確か……シャルル・デュノアだっけ?」
「うん、そうだよ。織斑先生に分からないことがあれば織斑君に聞けって言われたから来たんだけど……」
そういわれてあぁ、と納得する。
同じ男なのだ。
女所帯の中で暮らしてきた先輩として彼の世話をしろと言うことか。
「そいつぁ悪かった。で、どうしたんだ?」
「えっと、なんか皆慌しいけど、次の授業は移動教室か何かなのかなって」
「次の授業……あ」
シャルルの言葉に次の授業はなんだったかと思い出そうとする一夏。
そして、何の授業だったかを思い出すと同時に顔を真っ青にし、時計に目をやる。
授業開始まであと5分。
「デュノア君や、とりあえず急ぐぞ。次の授業はグラウンドで実技だ。担当は千冬姉だから、遅刻すると恐ろしい結末が待っている」
「えぇ!? だったら急いで着替えないと!!」
「だから急いで付いてきてくれ!」
シャルルにそういうと、一夏は自分の席から体操着袋を持ってくる。
体操着袋と言っているが、中に入っているのはISスーツである。
「ほら、急いで急いで!」
「へ? あ、え?」
一夏の様子を呆然と見つめていたシャルルを見て、一夏は軽く嘆息すると彼の手を引いて教室を出る。
何の言葉も無く手を引かれたため、多少バランスを崩したシャルルだったが、なんとかバランスを立て直して一夏に並ぶ。
「ねぇ、着替えなきゃ駄目なんじゃないの?」
「だからこうして着替え場所に急いでるんだよ」
「教室じゃ駄目だったの?」
「……お前さん、女子だらけの教室で男子着替えたらアカンでしょう?」
「へ……? あ! そ、そうだね!!」
教室を出た一夏に対し疑問を投げかけたシャルルは、一夏の言葉に顔を真っ赤に染めながら同意する。
その様子を見て一夏は思う。
--この子は放っておいたらアカン。
もし自分がこの少年を放っておいたらこの少年が何をしでかすか分かったものではない。
今、一夏の心には使命感と言う名の炎が燃えていた。
「俺ら男子はアリーナ脇の更衣室で着替えるんだ。教室からちと遠いから急がないとやばいんだ……他にもやばい理由はあるけどな」
「へ? 最後になんか不穏な言葉が聞こえたような……」
なお、シャルルは一夏のこの呟きの理由をこの直後に知る事となる。
※ ※ ※
「……何とか間に合ったね」
「まったくだ。ったく、あいつら日に日に連携が強化されてやがる」
二人は授業開始のチャイムがなる前に何とかグラウンドにたどり着いていた。
しかし、そんな二人は汗まみれ。
それは授業に遅刻しないように全速力で更衣室へ向かっていたというのも理由だが、もう一つの理由は……
「あはははは……げ、元気なのはいいことだと思うよ? うん」
「はた迷惑だと思ってたら無理に隠さんでいいんだぞ? デュノアさんや」
更衣室へ向かう途中、女子の大群に追い掛け回され、それから逃げるために全力を出したという理由もある。
というか理由の大部分がそっちだったりするのだが。
「……なんだか、幸先がすごく不安だよ……」
シャルルは誰にも聞こえないように、自身の不安を吐露した。
なお、汗まみれの状態でISスーツを着ている二人を見て不埒な妄想をしている女子がいたが、それはこの際どうでも良かったりする。
と言うわけで寝る前に一話投稿しました。
今回登場したのはそう、ラウラちゃんです。
以前何人か『この話のラウラどうなってるんだ?』といわれていました。
その答えがこれです。
メイドです。
バイトで衣装を着たんじゃなく、ガチのメイドです。
セシリアのメイドさんなのです。
苗字がボーデヴィッヒじゃ無いのも理由があります。
まぁ、その理由は次かその次あたりにでも。