インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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ラウラ

世界に、運命に翻弄された少女。
彼女は今、ようやく安息の地を得ている。


17 Laura

ある一人の少女、名はラウラ。

 

現在はラウラ・ブランケットと名乗り、こことは限りなく近く、また限りなく遠い、もしかしたら辿ったかもしれない世界ではラウラ・ボーデヴィッヒと名乗っていた少女。

 

おそらく、彼女はこの世界でもとりわけ変わってしまった世界に翻弄されていた少女といって過言ではないだろう。

 

なぜ彼女が辿ったかも知れない世界とは大きく異なる人生を歩んでいるのか。

 

今回は彼女がこの世界で歩んできた人生をかたろうと思う。

 

 

※ ※ ※

 

 

まず彼女がどのようにして生まれたかについて語ろうと思ったのだが……実は彼女の生まれ、そして生まれてからしばらくの人生は、辿るかもしれなかった世界となんら相違はない。

 

辿るかもしれなかった世界と同じように、ドイツ軍で常人を超えた人間、生まれながらに戦うための人間を作り出すという名目で研究されてきた遺伝子強化人間。

その試験体の一人として、彼女は生まれてきた。

そして、辿るかもしれなかった世界と同様に兵士として戦うためのありとあらゆる知識……銃火器を含むあらゆる兵器の使用法、操作法を叩き込まれ、あらゆる敵、あらゆる状況に対処するための戦略を叩き込まれ、それらと生まれながらに戦うために最適化された遺伝子を用いて数多くの功績を積み上げた。

 

そう、この頃の彼女は間違いなくドイツ軍のエースであり、多くの兵士の憧れであり、遺伝子強化人間を研究している研究者にとって最高の成果を残した成功体だったのだ。

もちろん、彼女に対して反感を覚える兵士、将校もいたにはいた。

だが、彼女が打ち立ててきた功績が、それらから彼女を守っていたのだ。

 

彼女の人生は、軍人として順風満帆だったといえるだろう。

 

……彼女の辿るかも知れなかった人生がまず狂いだしたのは、ISという物が世界に広まったときだった。

 

女性しか扱えないという欠点はあるが、それを補って余りある、現存兵器をはるかに凌駕する性能。

ISを軍備として採用するのはもはや誰もがわかりきっているだろう。

当然ドイツ軍もISを軍の戦力として採用し、ドイツ軍で優秀な成績を収めていたラウラにも、その頃は量産機とはいえISは与えられた。

 

それでもまだ、まだ彼女の人生は狂いきってはいなかった。

ISという未知の兵器。

しかし、自身はあらゆる兵器を扱うために生み出された存在。

彼女は、ISを用いても功績を残していった。

 

……まだ、ドイツ軍に彼女の居場所はあったのだ。

この頃には、まだ。

 

彼女の人生が本格的に狂いだしたのは、それからしばらくのことだった。

 

ISという既存兵器を超えた存在。

しかしこれも技術である以上、いつか必ず進歩に頭打ちが来る瞬間が訪れる。

そしてその瞬間が来た際、自国が他国より優位に立つためにはいったいどうすればいいのだろうか?

 

ドイツ軍の天才たちは、すでにまだそうそうこないであろう、だがいずれ必ず訪れる未来を予見していた。

当然のことだ。

常に国という物は他国より少しでも優位を保ちたいと常日頃から思っている。

他国より優位に立てば、それだけ自国の意見を他国に通すことができるからだ。

ほんの小さな物でもいい。

アドバンテージとはその大きさを問わず、持つこと自体が強みなのだから。

連日の会議の上、ドイツ軍の天才たちの見解はこのような形にまとまった。

 

--いずれISに頭打ちが来るなら、それを扱う人間の方を改良すればいい。

 

遺伝子強化人間という、ほぼ人道的に見れば間違っているであろう物の研究を平然としてきた物達の同類であるドイツ軍の科学者たちが、そのような考えにいたるのにあまり時間は必要なかったし、そしてその案件についての研究許可が彼らに下りるのもそれほど時間はかからなかった。

 

そして始まる研究、生まれたのが『ヴォーダン・オージェ』と呼ばれる物だ。

ヴォーダン・オージェというのは、肉眼への特殊なナノマシンを投与することによりさまざまな恩恵を投与者に与えるという技術だ。

その恩恵とは脳への信号伝達速度の高速化、高速戦闘下での動体視力の向上など、戦闘の際に重要になるであろう要素である。

大掛かりな手術は必要なく、ナノマシン投与のみによってもたらされるそれらの恩恵は、なるほど研究者の当初の目的どおり、人間を、しかも簡単に改良する術だったのであろう。

そして臨床実験では、不適合者は一切なし。

 

瞬く間に、ヴォーダン・オージェはドイツ軍の中で広がりを見せていた。

そして、ラウラもこのヴォーダン・オージェの為にナノマシンを投与したのだった。

他の操縦者が投与している中、彼女だけが投与しないという理由がなかったのだ。

 

……ここで、ついに彼女の人生は狂った。

 

彼女に投与されたナノマシンが彼女の瞳の中で変質、暴走。

それにより彼女はヴォーダン・オージェが制御できなくなったのだ。

 

暴走したヴォーダン・オージェは、彼女に過剰なまでの動体視力の向上、脳信号伝達の高速化を与える。

それは、到底人間が耐え切れる物ではなかった。

あまりに向上させられたそれらは、日常生活さえもまともにできなくなるほどだった。

日常生活ができなければ、当然軍の任務になど従事できるはずもない。

 

彼女の功績が、徐々に翳っていく。

そして、彼女がなんとか日常生活を送れるまでにヴォーダン・オージュの力になれた頃には、もはや彼女は不必要な存在となってしまっていた。

 

軍ではありとあらゆる兵士が彼女を蔑む。

彼女に反感を抱いていた兵士や将校達もさぞ愉快であったことだろう。

何せ自分を見下していた相手が、もはや自分の下にいるも同然なのだから。

彼女を守ってくれる功績は、今はもうない。

 

--よう、失敗作さん

--おんやぁ? かの誉あるドイツ軍人である少佐殿はこれに適合できなかったのですか?

--身の程を知らずにいた罰ではないのかね?

 

それでも、彼女は耐えた。

 

--確かに屈辱だ。

--これ以上無いほどの屈辱だ。

--だが、自分は誇り高きドイツ軍人だ。

--……この屈辱、はらさでおくべきか!!

 

耐えて、耐えて耐えて、彼女はどん底に落とされながらもその幼子のような腕で再び這い上がろうとしたのだ。

しかし神は、彼女のそんな努力さえもあざ笑う。

 

--君には失望したよ。

 

自身を作り出した研究者達、いわば親であった人々からの罵倒。

ラウラのヴォーダン・オージェ暴走により、遺伝子強化人間という技術そのものに対する疑問が浮かび上がってきたのだ。

 

--この技術には不備があったのでは?

--そもそもヴォーダン・オージェさえ移植すれば、一般兵士も期待以上の成果を上げる。

--……遺伝子強化人間は、果たして必要か?

 

たった一つの失敗を理由としたには、あまりにも暴論。

だが、一つ失敗が信用問題へと発展するのは当たり前のことだ。

それにより、今まで遺伝子強化人間の研究をしていた研究者への風当たりが強くなっていったのだ。

そして、軍上層部から下されたのは、研究のための予算のカット。

それは実質、もうお前らなど必要ないと言う、軍から研究者達への最終通告だった。

 

--お前が適合できなかったから。

--育ててやった恩を仇で返しやがって。

 

彼女に責の無い事で、彼女は責められる。

そして、その一言がついに言い放たれた。

 

--この失敗作が!!

 

その言葉に、彼女の心はついに折れた。

彼女はドイツ軍人としての誇りも持っていた。

しかし、それよりも強く、大きく、遺伝子強化人間の成功体という、いわゆる選ばれし者という事にもプライドを持っていた。

そして、そのどちらも、この一言でとうとうぽっきりと折れてしまったのだ。

 

それからの彼女の人生は、まさに抜け殻のような人生と言っても過言ではないだろう。

どこに居ようと、『誰もが適合できるヴォーダン・オージェに適合できなかった存在』と言うレッテルを貼られ、さらに暴走したヴォーダン・オージェに慣れたと言ってもそれはあくまで日常生活を送れる程度には、と言う話。

任務につくこともできず、それによりさらに周りからの視線は鋭く、残酷なものとなる。

 

……この時点でも、しかし彼女にはまだ這い上がるチャンスはあったのだ。

しかし、そこで彼女の人生が狂った最後の要因がそのチャンスの芽を摘んでしまった。

 

--織斑千冬。

 

彼女は辿るかもしれなかった世界では、およそ一年間、ドイツ軍でISの教官をしていた。

なぜなら第二回モンド・グロッソの際に誘拐された彼女の弟、織斑一夏の情報をドイツ軍が彼女にもたらし、そのおかげで彼女は一夏を救出。

その恩に報いるためにドイツ軍へと出向したと言う経緯があったからだ。

 

では、この世界ではどうだろうか?

確かにドイツ軍は一夏誘拐の情報を握っており、そしてそれを千冬に伝えようとした。

が、彼らが千冬に一夏誘拐の情報を伝えない内に、まさかの事態が発生した。

誘拐された当の本人からの電話である。

 

それにより、第二回モンド・グロッソでも快進撃を続け優勝。

織斑一夏も電話で千冬に言ったとおり、きちんと千冬の決勝戦をその目で見届けている。

 

……彼女がドイツ軍へ出向する理由がまったく無いのだ。

 

よって、千冬がドイツ軍でISの教官をすることも無く、ドイツ軍で教官となった千冬にラウラが教えを受けたということも無く、その教えを元にラウラがどん底から這い上がるということも無かった。

 

ここまで来て、彼女の人生はとうとう修正できないほど狂ってしまったのだった。

 

 

そして、まだ神は彼女に対して手ひどい仕打ちを与える。

 

それは、彼女が失意の中、ふらつく足でどこに向かうでもなく軍基地内を歩いていたときだった。

 

「……で、いつ廃棄するんだ?」

 

ふと進行方向にある角の向こうから聞こえてきた言葉。

誰の声も耳に届かないほどに呆然としていたラウラに、その言葉は何故かはっきりと聞こえた。

 

「あぁ、あの試験体……ラウラだったか。確か……今日だったな」

 

その言葉を聞いて、ラウラは自身の足元が崩れ去ったようだった。

当然だろう。

自分が今日廃棄……つまり殺されると聞いて、誰も平然としていられるわけが無い。

 

「……ったく、研究者共が高い金をかけて作ったってのに、まさかここに来て失敗作になるなんてな。笑える皮肉だぜ」

「今もあいつ、任務につけないらしいな。瞳の暴走で。軍もお荷物をずっと抱える理由も無いわけだ」

「でも、廃棄ねぇ……確か遺伝子いじくった、非人道的な存在だからとかなんとか」

「あぁ、人の遺伝子を弄ったなんて事がばれたらドイツ軍はバッシングは免れないからな、バレない内に無かったものとするって寸法さ」

「んな事気にするなら最初っからあんなん作るなよ。研究者どもは天才だが馬鹿だな」

「俺に言うな。だが、あいつらはイカれた狂人どもだからな……そんな常識も知ったことではないのだろう」

 

その言葉を聞かず、彼女は走り出した。

どこへ?

そんな事、彼女自身も分からなかった。

ただ、彼女の脳内にはある一つの思いが警鐘を鳴らしながらよぎっていた。

 

--ここにいては殺される……今すぐ逃げなければ!!

 

彼女はその思いに従い、基地から抜け出しどこへいくでもなく、とにかく逃げ出した。

死にたくない。

これまでドイツ軍のために己を捧げんが如く尽力してきた。

だというのに、その軍は自分を殺そうとしてくる。

私は死にたくない。

とにかく逃げる。

ひたすらに、遠くへ。

 

……さて、ここで彼女の壮絶な人生の回想をごらんの諸兄らに質問しよう。

これから処刑しようと言う人物を、果たして野放しにする馬鹿は存在するだろうか?

 

彼女の動向は常に監視されていた。

故に、彼女が基地を無断で脱走したということは、軍上層部に筒抜けだったのだ。

ここで、ドイツ軍はこれ以上無いほどの、ラウラ処刑の大義名分を手に入れてしまった。

 

脱走兵の処刑という、大義名分を。

 

脱走兵とされてしまったラウラに追っ手がかかるのはそれほど時間は必要なかった。

そしてその追っ手の中には、IS操縦者も数多くいる。

無論、逃げながらも彼女は必死に抵抗した。

しかし、瞳の暴走でろくに戦えない彼女に勝ち目などあるはずも無かった。

 

与えられていた専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲はそこかしこがぼろぼろとはがれ、最早原型を一切残していない。

十分も経たずに、既にラウラは戦えなかった。

そして、最後の一撃が放たれる。

 

超長距離からの狙撃を額に受けたラウラは、ISの絶対防御に守られ命を落とすことは無かったが、しかしその一撃により意識を失い、重力の手に引かれて地面へと落下していく。

その様子を見た追っ手は、彼女を確保しようと、彼女が落下した地点へと向かおうとする。

が、彼女が落下した場所の座標を見て顔を青褪めさせた。

 

「……こ、ここは……オルコット財閥の……」

 

オルコット財閥。

前オルコット家頭首が事故により他界し、跡をを継いだ娘の悪魔的な手腕により、既に欧州全域に強い発言権を持つにいたった財閥だ。

そう、ラウラが落下して行ったのは、オルコット財閥傘下企業の工場敷地だったのだ。

 

いかな軍といえど、オルコット財閥関係には容易に手出しが出来ない。

いかな理由があろうと、令状の手続きをきちんとせずに敷地内へ侵入、しかもISを纏った状態で、などとやらかしたら相手方を刺激するのは確実。

オルコット財閥を敵に回して生き残ってきた存在など、今まで世界中どこを探しても存在しないのだ。

 

「……くっ! 今は退くしかないか……!」

 

当然、軍もオルコット財閥を敵に回す恐ろしさは知っている。

ここで独断で突入などして問題が発生すれば……物理的に自身の首が飛んでもまだ足りない。

一族郎党、七代先まで責任を追及されてもおかしくないのだから。

 

軍から受けた脱走兵の処刑の命を達成できなかったことに歯がみしながらも、追っ手たちは基地へと帰還していった。

 

 

※ ※ ※

 

 

(……そこで私はオルコット財閥に保護され、そして今に至る……と。本当に、お嬢様たちには頭が上がらないな……)

 

目の前で整備されているブルー・ティアーズを見ながら、ラウラは過去を回想を終了する。

彼女が回想から意識を現実へ戻すと、そこにはブルー・ティアーズを整備する整備員の姿が。

彼らの働きを見渡し、そして叫んだ。

 

「いいか貴様ら! お嬢様のISだ! ピカピカに磨き上げろ!! ルーデル閣下も思わず頬擦りしてしまうほどにな!!」

 

彼女の言葉に、整備員が威勢の良い声で返事をする。

その返事に満足そうに頷くと、ブルー・ティアーズの隣にある黒いISを見やる。

 

「……そして、シュヴァルツェア・レーゲン、お前のおかげで私はこうして生き残れた。姿は変わってしまったし、やむなくコアも初期化しなければならなかったが……それでも、これからも私と共にあってくれるか?」

 

黒い装甲が、整備室の照明の光を反射する。

まるで、ラウラの言葉に答えたかのようだった。




と言うわけで、ラウラさんがセシリアのメイドになるに至った過程を。
ちなみに保護されたあとにもなんやかんやあって、それでメイドになるという流れなんですが、そのなんやかんやの部分はまた今度と言うことで。

さて、今回は結構独自設定多いかもしれません。
ラウラがヴォーダン・オージェ暴走させた後の話とか、ほぼ捏造でしょ、これ。といわれても文句言えないです。

ですが、うちの小説ではこういうことになってますということで、納得していただければ。

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