インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル
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本能

とっさの場面で役に立つのは、結局むき出しの本能さ


26 Instinct

IS学園アリーナ。
今、この場所は人々の熱気に包まれていた。

観客席にひしめく人々。
彼ら、ないし彼女らの服装はIS学園の制服姿であったり、白衣姿であったり、スーツ姿であったりとさまざまだ。
しかし、服装に統一性は無くとも、彼らが熱気に包まれている理由は同じだった。

そんな彼ら彼女らを、アリーナのピットに備え付けられているモニター越しに見た一夏は、思わずため息を漏らす。

「あ~あ、ここまで熱狂されちまうとやりにくそうだぜ」
「うん、プレッシャー大きいよねぇ」

一夏の言葉にシャルロットも同意する。

観客席の熱気の訳。
それはもうすぐ始まるIS学園のタッグトーナメントを待ちわびているからである。
各国はそれぞれ自国が開発したISがどこまで戦えるのか、また、他国のISはどの程度の物なのかを見ることが出来るという事でその熱気もひとしおだ。
だが、それ以上に観客席にいる誰もが見たいと思っているもの、それが……

「ま、何とかやってくしかないよな。確かこういうときは……手のひらに人って書いて飲み込めばいいんだっけか?」
「何それ?」
「緊張したときにやればいいとか言うおまじないだったはず」

とまぁ、こんな風に暢気に話している一夏が戦う姿、そして彼のISである。
なにせ、世界初のIS男性操縦者とそんな彼のISなのだ、見たくないと思っている存在の方が珍しいだろう。

「……あ、そろそと試合の組み合わせ発表だって」
「お、初戦は誰が相手でしょうね……っと」

シャルロットの言葉に一夏がモニターに目を凝らす。
先ほどまで観客席を映していたモニターには、今はトーナメント表が表示されている。
その表の最下段に次々と選手の名前が表示されていく。
そして、一夏とシャルロットの名前が……表示された。

「相手は……簪とのほほんさんか」
「簪さんって確か日本の代表候補の……それに布仏さんもどのくらいの実力なのか分からないし、いきなり気を緩められない相手だね」
「あぁ」

彼らが戦う相手は、簪・本音ペアだった。
部屋の引越し以来、簪はIS開発の方に力を入れていたため交流が途絶えていたが、どうやらこのトーナメントに出ているという事は件の打鉄弐式は完成したようだ。

「……うっし、行くか!」
「うん!」

しばし目を閉じ、己の中の闘志を昂ぶらせ、研ぎ澄ましていく。
そして、一夏はシャルロットと共にカタパルトへと向かった。


※ ※ ※


この子をまとってこうして空を飛ぶことを夢見て、はたしてどれくらいがたったのだろう。
実際にはそれほど時間は経っていないはずであったが、しかし、今の自分は何年も、何年もこの瞬間()を待ちわびたような感覚もある。

「かんちゃん、嬉しそうだね」
「本音……うん、すごく嬉しい。だって、こうしてこの子で空を飛べるんだから」

打鉄をまとって、自身の隣でそういった本音の言葉に、自らの体を包む鋼を見下ろしながら、簪は感慨深げに答える。
このまま、試合など忘れてもっと自由に空を飛んでいたいなどと言う考えも頭をよぎる。

「かんちゃ~ん、別に考えてもいいけどさ~、実際にやらないでね? おりむー達来たから」

本音の言葉に簪が空に向けていた視線を下ろすと、そこには鋼を身に纏った二人が居た。

「よう、久しぶりだな、簪」
「うん、久しぶり、一夏」
「……出来たんだな、打鉄弐式」
「いろんな人の力を借りてね」
「いいじゃねぇか。誰かの力借りたって」
「うん、私も今だったらそう思うよ」

それ以降、二人の間に会話は無かった。
ただただ、無言で得物を取り出す。

一夏はおなじみバルザイの偃月刀。
そして簪は……あれは薙刀だろうか?

「いくよ、一夏」
「来いよ、簪」

「……なんだか二人の世界できちゃってるね」
「そうだねぇ」

そんな二人を、シャルロットと本音は傍で見つめていた。
シャルロットは若干呆れたように。
本音はいつもどおり微笑みながら。

「でも、そろそろ試合だね。おりむーもしゃるるんも友達だけど、勝ちはそう簡単に譲れないからね?」
「それでいいよ、僕たちもそう簡単に負けないから」

二人の会話が終わると同時に、試合開始のカウントダウンが始まる。
一つ、また一つとカウントダウンが進むたび、各々に去来する思いは、果たして何であろうか……

そして、ついにカウントダウンが終わる。

開幕早々、一夏はバルザイの偃月刀を簪に投げつける。
不意を打った一撃。
しかし、簪はその一撃にも冷静だった。

「それは何回も見てるもの!」

手にした薙刀、『夢現』でバルザイの偃月刀をなぎ払うと、そのまま一夏へ向かって突撃する。
対する一夏は……

「だろうな!!」

ロイガーとツァールを呼び出し、自身に振り下ろされた夢現にぶつける。
金属と金属がぶつかり、こすれあう甲高い音が響き、火花が両者の間で散る。

そのまましばらく二人は鍔迫り合いの状態となり、仕舞いには二人の顔の間の距離はほぼゼロになった。

「やるじゃねぇか、簪」
「前に言ってなかったっけ? 私これでも日本の代表候補だから」
「あぁ、聞いたことねぇな!」

両者が同じタイミングで相手を弾く。
互いに体勢を崩したまま距離が離れるが、二人が体勢を立て直したときには既に各々の手には先ほどまでとは異なる武装が握られていた。

一夏の両手には無骨な二挺拳銃が、簪の手には一丁のアサルトライフルが。

銃声(クライ)銃声(クライ)銃声(クライ)

アリーナの空を銃声が彩る。
簪はアサルトライフルの連射力を活かし、一夏を撃ち落とさんと引鉄を引き続け、一夏はアイオーンの機動力を活かし、銃弾をかわしながら自身も銃弾を撃ち込んで行く。

互いが目まぐるしく位置を変え、一時たりとも同じ場所に居るという事が無い。
それはさながら戦闘機のドッグファイト。

しかし、連射力の差は大きく、次第に一夏は簪に押され始める。
少しずつ、ほんの少しずつだが、アイオーンの装甲が削れて行く。
しかし、それでも一夏はこの状況をやばいとはまだ思っていない。
ただただ、銃弾を避けながらある一瞬を待っていた。

……そして、下から簪を狙って上昇してくるバルザイの偃月刀が見えた。

バルザイの偃月刀はそのまま簪へと向かい……

「さっきも言ったはず。何度も見ていると」

しかし簪は偃月刀をかわし、その横っ腹にアサルトライフルの銃弾を叩き込む。
偃月刀は力をなくしたように回転を止め、そのまま地面へと落下していく。
そして、再び一夏へと意識を戻したときだった。

一夏が、黒い何かを二つ、簪へ向かって投げつけた。

(っ!? 手榴弾!?)

すぐさま防御体勢をとり、そこで傍と気づく。

……アイオーンは手榴弾を持っていただろうか?

後付武装(イコライザ)として搭載したと言われたらそれまでの話だが、しかし今まで見てきた中で、一夏が手榴弾を使った場面がまったくと言っていいほど無かった。
不意を付くために今まで使わなかっただけか、それとも……

ハイパーセンサーの望遠機能で自身に投げられるそれを見る。
投げられたものの正体は……手榴弾などではなく、二挺拳銃のスピードローダーだった。
それに気づいたときには、既に一夏は自分が投げたそれに接近しながらシリンダーをスイングアウト、空薬莢を排出しつつ宙を舞うスピードローダーに空になったシリンダーを叩きつける。
そして、右の拳銃で左スピードローダーの固定具を叩き、左の拳銃に装填、ついで左の拳銃で右スピードローダーの固定具を叩き、右の拳銃にも装填。
そして手首のスナップでシリンダーを銃身へと戻した。

簪へ接近しながら行われたそれが終わったときには、既に一夏は簪の目の前に居た。

「これで……!!」

そして、12発の弾丸を簪へと叩き込もうとしたそのときだった。

「おっとそれは見過ごせないかな?」
「っ!? うおぁ!?」

横合いからの何者かの突撃によりそれはかなわなかった。

「っ!? のほほんさんか!」
「そゆこと。いやぁ、しゃるるんを撒いてくるのには骨が折れちゃった」
『ごめん一夏! 布仏さんに抜かれちゃった!』

本音の戦闘中とは思えない相変わらずなのんびりボイスと共に、シャルロットからの通信が入る。

「つかシャルルのあの弾幕を撒いてきた!?」
「あれぐらいなら頑張れば何とか。でもすごくおなかすくから後でお菓子の補給が欠かせないのだ、えっへん。と言うわけで……かんちゃん、ゴー!」
「ちぃっ! シャルル! 簪は任せた!!」
「分かった!!」

一夏の指示に、シャルロットはすぐに動き出す。
非固定部位を展開していた簪に、シャルロットはすぐさま狙いをつけ牽制の射撃。
その射撃により、簪は非固定部位の起動を諦め、シャルロットに向けてアサルトライフルを撃つ。
そのまま簪は自身に食いついてくるシャルロットの相手をし始めた。

一方、一夏は本音に組み付かれていたが、何とか本音を引き剥がし、蹴り飛ばす。
蹴られた本音は弧を描いて吹き飛んでいく……かと思えば途中で体勢を立て直した。

「……今、自分から後に飛んだだろ? のほほんさん」
「え~? そんな事無いよ?」

一夏の中で、本音の実力が上方修正される。

そもそも、高速切替による膨大な武器を、そして弾薬を用いた弾幕をそう簡単に抜けれるわけが無いのだ。
それを抜けてきたという事は、つまり本音の実力は……

「ちっ、とんだ穴馬が居たもんだぜ……」

両手に握った二挺拳銃を握りなおし、一夏は本音を睨むようにみやる。
それに対し本音は……いつもどおりだ。
しかし、一夏にとってこのような場面でもいつもどおりと言うことが、最早不気味だとさえ感じられた。

ならば、どうする……?

「……ま、決まってらぁな」

自分はごたごたと考えるのは苦手だ。
故に……

「真正面から突っ込む!」
「おおぅ!?」

鋼の翼から緑の燐光(フレア)を吐き出しながら、一夏は本音に向かって、比喩無しに真正面から突っ込んだ。
あまりにも思考を放棄したその行動に、そして思考を放棄し、ただ愚直に突っ込むことのみを考えたが故にとんでもない速度を誇るその突進に、本音も面食らう。

「真正面がお留守だぜ!? 本音さんよぉ!!」
「これは……っ! さすがに驚いたかな!?」

その勢いのまま、本音に二挺拳銃を文字通り叩きつける。
元来、拳銃を何かにたたきつけたとなれば拳銃は破損するだろうが、しかし拳銃としては明らかに無骨で頑丈なつくりをしている二挺拳銃は、それ自体を打撃武器にしても自身が破損するという事は無かった。

殴り飛ばされたことにより吹き飛んだ本音を、一夏は追撃するために追いかける。
そしてそれを見た本音は、右手にIS用のハンドガンを呼び出し、それを吹き飛んだ体勢のまま一夏に向けて発砲。
一夏はそれを必要最低限だけ避ける。
クリーンヒット弾は避け、掠り弾はそのまま掠らせる。
さながらそれは肉を切らせて骨を断つかの如く戦法。
いや、もはや戦法とも呼べるほどの物でもないだろう。

だが、それがどうした?

目指すべき結果は単純明快、ただ勝つこと。
ただそれのみだ。

(止まら……ない!)

自身の牽制が牽制にすらなっていないことに内心歯噛みし、本音はならばと拡張領域から一つの物体を取り出す。
手のひら大の大きさのそれは……IS用グレネードだ。
原始的で、普通に投げただけではそうそう当たらないそれは、しかし食らえばISも一撃で戦闘不能にしうる威力を持っている。

自分は懐まで入り込まれるだろう。
ならば、その一瞬を使って自爆覚悟で相打つ……!

--かんちゃんなら、しゃるるんにも勝てるかもしれないしね

そして、一夏が懐に入り込み、その拳銃を構えたまさにその瞬間。
本音はグレネードのピンを引き抜き、自分と一夏の間に放り投げた。

絶妙なタイミングで投げられたそれに、一夏は驚いたように動きを止め……

ありえない急降下を見せ、爆風から逃れた。
結果、爆風に呑まれたのは本音のみ。

(嘘……避けられた……?)

あれは……あれは何だ?
今の急降下はいったいどのような手品を使ったというのか。

もはや戦うだけのエネルギーも残っておらず、ゆっくりと地面へと降下する本音は、急降下していった一夏をみやる。
急降下していた一夏は、しばらく降下した後、飛行ユニットから激しく燐光を噴出し、再び空へとのぼっていった。

「……まさか、PICを切ったの? おりむー」

PICにより、重力から解き放たれた機動を見せるISにしては、あまりにも重いその動作に、本音はそう呟く。

先ほどの手品の種は単純明快、使って当たり前のPICを一夏が切り、飛行ユニットを下方向に加速するようにふかし下方向へ回避、後にPICを再起動し、上方向へ加速していったのだ。
言葉にすれば、酷く簡単な行為だ。

だが、だれが考えつくのだろうか。
戦っている最中に、自身が使っているISの機動の要となるPICを切るなどと言う行為を。
よしんば考え付いたとして、誰が実行するだろうか?
失敗すればそのまま地面へと激突するかもしれないその行為を。

「なんていうか、本能ってかんじだよね、ここまで来ると」

恐らく、一夏はこれをあらかじめ考えていてやったわけではないだろう。
考えてやっていたとしたら、あのとっさの場面で出来るはずがない。
故に、あれは本能。
意識が思考し、行動する前に、無意識が体を動かす。
ゆえに思考から行動へのタイムラグなどあるはずも無く、即座の行動となる。
これを本能といわず、なんといえばいいのだろうか。

「あ~ぁ、でも墜ちちゃったなぁ。ごめんねかんちゃん……」

今頃、空で2対1の戦いを強いられている簪に、本音は聞きえていないだろうが謝罪の言葉を述べた。



と言うわけで、この話からタッグトーナメントに入りました。

初戦の相手は簪&本音ペアで、まさかの本音が実力者説。
一応暗部の家系に仕えてるなら、強くたっていいじゃない!
と言う筆者の妄想が炸裂した結果です。
これに対しての異論は大いに受け付けます。