インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
何が救いなのか。
それを決めるのは救われた当人である。
一夏の体のすぐ横に、一滴のしずくが落ち、小さな波紋を生む。
そんな光景を見て、一夏はしみじみと、心の底から呟いた。
「はぁ……広い風呂、最っ高……!」
呟きながら、一夏は広い、自分しか入っていない湯船で体を伸ばす。
さて、いきなり一夏の入浴シーンとなったため、一体全体どういった経緯でこのようなことになったのか、ご覧の父兄の方々はまったくわからないと思われる。
と、言うわけで、このような状況に至った経緯を説明させていただくとしよう。
全ては、今からおおよそ10分前、IS学園一年一組副担任、山田真耶の一言から始まった。
※ ※ ※
「あ、ここにいらしたんですね、織斑君、デュノア君」
学年別タッグトーナメントを終え、後は寮に帰って寝るだけ、と言った状態になった一夏とシャルロットの元に、真耶が小走りで駆け寄ってくる。
それに気づいた二人は、何事かと真耶の方へ振り向いた。
……ちなみに、タッグトーナメントの結果は、まぁ予想していた方々も多いだろうが、一夏&シャルロットペアが優勝と相成った。
まぁ、それも当然の結果だろう。
何せ各国代表候補と、元代表候補。そしてその候補と互角の戦いが出来る男。
そんな面子の戦いを勝ち抜いてきたペアなのだから。
それでいて連携ミスなどもないとくれば、むしろ勝てと言うほうが難しいだろう。
なおこの結果を見て、千冬は頭を抱えながら、しかしながら嬉しそうな表情をしていたそうだ。
恐らく、頭を抱えた理由は、結局専用機持ちが勝ってしまい、専用機を持っていない他の生徒のやる気に影響が少なからず出るのではと危惧しているといったところで、嬉しそうな表情の理由は一夏の成長ぶりが純粋に喜ばしかったといったところだろう。
なんだかんだで、弟の事を見ている千冬であった。
閑話休題
駆け寄ってきた真耶はしばらく息を整えた後に、口を開いた。
「急に呼び止めてごめんなさい。実はお二人に朗報をお伝えしようかと思いまして」
「朗報?」
シャルロットが真耶の言葉に小首をかしげる。
はて、今の自分達にとって朗報とは一体なんだろうか?
トーナメント優勝の景品であるデザート半年無料パス(個人用)は既にもらっているし、他に何が……?
一夏も朗報について心当たりがまったく無いのか、しきりに首をかしげている。
そんな二人の様子を見て、真耶は口を開いた。
「実はついさっき、ようやく時間の調整が済んだので、お二人に開放されますよ! ……大浴場が!」
「「……ああ!」」
真耶の言葉を聞いて、二人は手のひらを叩く。
そういえば、自分達は大浴場が使えなかったなぁと。
「もう浴場は使えますからね? あまり時間が経つと女子が使う時間になってしまうので、早めに入ってきたほうがいいですよー」
そういいながら、真耶は歩いて立ち去っていった。
「風呂、ねぇ……」
一夏は呟きながら思う。
そういや、最近は部屋に備え付けのシャワーで汗を流すくらいしかしておらず、湯船に浸かると言う行為はかなり久しぶり……それこそ、IS学園入学前以来だ。
そう思うと、すこし心が浮つきだす。
風呂に入れると聞いて心が躍るのは、やはり彼が日本人だからか。
「…………」
「……シャルさん? どうしたんだ?」
と、そこで隣にいるシャルロットが百面相をしていることに気づき、声をかける。
それに対し、しばらく黙った後、シャルロットは口を開いた。
「……ねぇ一夏。僕は……どうすればいいと思う?」
「どうって……あ゛」
シャルロットの言葉に一瞬疑問を覚えるが、すぐさま思い出す。
そういえば、本来女なシャルロットは、現在IS学園では男と言うことになっている。
なにせ、入学書類に男としっかりと記入して提出しているからだ。
……それが、シャルロットが望んだことでないにしろ。
つまり、ここで書類上の性別での『同性』である一夏と入るとしよう。
……一夏に自分の裸体を見せる事となってしまう。
これは問題だ。主にシャルロットの羞恥心的に
かと言って、じゃあ本来の性別での『同性』である女子と入るとなるとどうか?
……入ろうとすれば、もれなく変態のレッテルを貼られてしまうだろう。
これも問題だ。主に倫理面とか、これからの学園生活的に。
「ま、まて、慌てるな、これはきっと混沌の罠だ。ここで安易に答えを出してはいけないんだ」
「一夏、多分一番落ち着かなきゃいけないのは一夏だと思うんだ」
そして何故か当人よりテンパる一夏。
「というか、普通に時間ずらして入ればいいよね? さすがに入れる時間、そんなに短いとは思えないし」
「……そ、それもそうだな」
とりあえず、男子が使用可能な時間はどのくらいなのかを確認しにいくことから始めようかという事で、二人は大浴場へと向かっていった。
※ ※ ※
その後、男子が使える時間を確認した後、まず一夏が先に入り、一夏があがったらシャルロットが入ると言う取り決めをして、現状に至ったわけだ。
そんなこんなで人一人が入るには余りにも大きな浴槽に浸かり、体を伸ばしている一夏は……非常にたるんでいた。
広い浴槽は自分一人が独占中。
街中の銭湯などではありえない、贅沢なシチュエーション。
たるむなと言うほうが無理だろう。
……だから、たるんでしまっていた一夏は気づかなかった。
脱衣所と浴室を隔てる扉が開く音が聞こえ、ついで閉じる音が聞こえたことに。
湯煙の中、一つの人影が、ゆっくりと湯船でだらける一夏の元へと近づく。
そして……
「えっと、失礼します」
「おー、別にいいぜー」
そう一夏に声をかけると、湯船に浸かった。
しばし、互いに無言。
「「……あれ?」」
そして二人とも首をかしげる。
一夏は今しがた自分に声をかけ、自分が返答した相手は誰なのだろうか? という疑問から。
入ってきた人影は、あまりにも一夏が堂々と自分を迎え入れたことに対しての疑問から。
そして、二人が互いの顔を見やる。
「……お、おおおおおおおおお!?!? しゃ、シャルロットさんっっっっっ!?」
「よ、良かった、あまりにも平然と迎え入れられたからもしかして未だに男だと思われてたのかとか思ったけど、反応あってよかった。いや、良くはないかもしれないけど」
ここまで来て、ようやく一夏は人影……シャルロットの存在に気が付いた。
思わずシャルロットから距離をとる。
「な、なんばしちょるかね!?」
「……一応、男子ってことになってるからね。入ってもおかしくないでしょ?」
「な、何のための取り決めだったのか……」
思わず項垂れる。
さっきはあんなに恥ずかしい云々と言っていたはずなのに……シャルさん、恐ろしい子!
項垂れる一夏に、シャルロットが近づく。
「えっと、迷惑だった……かな?」
「いや、迷惑ではない。無いんだが……なんつーか、うん、いろいろあんだよ。いろいろとな……」
とりあえず、仰け反らせていた体勢を元に戻し、しかしながらなるべくシャルロットの方を見ないように、微妙に顔を逸らす。
なにせ、今のシャルロットの格好は、一糸纏わぬ体の前面をタオルで隠しているだけなのだから。
再び、無言。
「……ありがとね、一夏」
「あん?」
「助けてくれたこと」
恐らく、彼女が言っているのはデュノア社関連の事柄だろう。
「助けたって……俺は何もしてないぜ? 結局、解決したのはセシリアさ。俺はなーんも出来てないって」
「そんな事ないよ!」
一夏としては事実を言ったまでなのだが、しかしシャルロットはそれを大きな声で否定した。
確かにシャルロットの問題を解決に導いたのはセシリア、というよりオルコット財閥なのだろう。
そして、あの取り決めがあったという事は、一夏が行動しなくても、セシリアがシャルロットにいずれ話をしただろう。
しかし、しかしだ。
--真っ先に、自分の心を救ってくれたのは誰だった?
「一夏なんだよ? 最初に僕を助けるなんていってくれたのは、一夏だったんだよ? 確かに、父さんも義母さんも、僕を助けようとしてたのかもしれない。でも、そんな考え、事情があったとはいえ、一言も言ってくれなかった。一夏なんだよ? 『助ける』って、はっきり言ってくれたのは……」
きっと、以前の自分の心境だったら、いきなりセシリアに「貴方の両親は貴方を助けようとした」と言われても、絶対に信じれなかっただろう。
しかし、一夏がそんなシャルロットの心を変えた。
俯く彼女に、それでも救いの手を差し伸べようとした彼がいたからこそ、シャルロットは世界に
そして、世界に光はあると分かったからこそ、両親の思いも受け入れることが出来たのだ。
だから、一夏がいなければ、自分が本当の意味で救われるという事は無かっただろう。
なにせ、自分の事は解決しても、両親との確執が無くなりはしなかっただろうから……
「一夏がいたから、僕は世界に希望を持てた。だから、僕を救ってくれたのは……一夏なんだ」
シャルロットが、服などは脱ぎつつも、それだけは外していなかった、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの待機状態であるネックレスを握りつつ、話す。
それに対し、一夏は何も言わない。
言えない、ではない。
ただ、彼女の胸のうちありのままを、全て受け入れるために、一夏は口を閉ざす。
「だから、僕は一夏にお礼が言いたいんだ。誰でもない、織斑一夏っていう人に……僕を助けてくれて、ありがとう、一夏」
「……おう」
湯船に浸かる二人の間にしずくが落ち、小さな波紋を作った。
※ ※ ※
朝。
新しい朝、希望の朝とこの世界で最初に歌ったのは一体どこの誰だっただろうか。
しかしながら、一夏は嫌な予感がしてならない。
なにか、とてつもなく大きなことが起きそうな気がしてならないのだ。
所謂、第六感、虫の知らせと言う奴である。
そんなもやもやした思いを抱きながらも、一夏は教室に足を踏み入れる。
「おいすー」
「おはようございますですわね、一夏さん」
「おはようございます、織斑様」
「おはよーさん、セシリア。そしてラウラは……なんつーか試合のときとずいぶん変わるよなぁ」
「あれは……その、未だに興奮したりすると、以前の口調などが出てくるだけであって」
あやふたと言いつくろおうとするラウラに、一夏は苦笑しつつ、彼女の頭に手をのせる。
「?」
「いいんだよそれでも。それがお前さんなんだろ? だったら、無理に直そうとしなくてもいいさ。それってつまり、お前さんを押し隠すってことになるからな」
「…………」
やがて、ラウラの頭から手を離すと、一夏は自分の席に向かっていった。
「……むぅ」
「あらあら」
ラウラは、しばらく一夏に撫でられた頭を自分でも撫で続けている。
そして、そんな彼女をセシリアは苦笑交じりに見つめていた。
ラウラたちと別れた後、ふと一夏はある席を見やる。
その席の主は……いまだ教室に来ていないようだ。
「……起きたら既にいなかったからもう来てると思ったんだが……どこいったんだ? シャルロットの奴」
その席の主、シャルロット・デュノアは、朝からその姿を消していた。
果たしてどこへ行ったというのか。
まさか、昨日あれだけ大胆なことをしておきながら、IS学園から立ち去ったとか、そんなことはないだろし……
「……~~~っ!!」
昨日の事を思い出し、思わず顔から火が出そうになる。
タオルで隠していたとはいえ、それでも隠し切れないあの肢体は、男には少々目の毒過ぎる。
(……アルにあんな場面見られたら殺されちまうな……俺)
そんな事を思った瞬間、ふと待機形態のアイオーンが揺れた気がした。
……一夏は知る由もないだろうが、恐らくもう手遅れかもしれない。
そんな事を考えているうちに、千冬が教室に入ってくる。
何故か疲れ果てたような表情の真耶をつれて。
そして、そんな彼女を引き連れている形になっている千冬も、なにやら微妙な表情だった。
「あー、諸君、HRを始めるぞ。まずは……転校生? を紹介しようと思う」
「えー、転校生と言えばそうかもしれませんが、皆さんも良く知ってる方なので、クラスになじめるか否かの不安はないと思いますよ、はい」
そんな二人の様子に、生徒達は首をかしげる。
そんな彼女たちの疑問をよそに、千冬が教室の外へと声をかけた。
教室の扉が開けられる。
一人の少女が、悠然と教室を歩む。
教室のいたるところから飛んでくる視線を受けながらも、ひるみもせずに。
そして、その少女はブロンドの髪を翻しながら、生徒達の方をむき、口を開いた。
「皆さん、おはようございます。シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノアです。まぁ、いろいろありまして、今まで性別を男と偽っていましたが……見ての通り、正真正銘の女です。先ほどあったいろいろ関係で、代表候補ではなくなったりという事はありますが、これからもよろしくお願いします」
その言葉と同時にその顔に浮かべられる、天使の笑顔。
それがまぎれも無く自分に向けられているのを見て、一夏は大きなため息をついた。
(あぁ、朝の嫌な予感って……こいつの事だったのか……)
クラス中からあがる驚愕の声や、「一×シャル本の夢がぁ、夏の祭典がぁぁぁ……あ、でも妄想あれば問題ないよね!」などと言う声を聞きながら、一夏はがっくりと項垂れた。
織斑一夏、もしくは大十字九郎。
彼がどこに行こうと、平穏は彼の元からさっさとトンズラしていってしまうらしい。
祝30話到達。
そして、いまだ影程度しか出てきてない本妻ェ……
展開の予定としては次が買い物の話で、その次辺りが林海学校の話の予定です。
さて、これから始まるシャルさんの攻勢を一夏はしのげるのか!?(何
まぁ、意地でもしのがせるんですけどね、筆者特権で。