インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
あれ、一人……いや、二人ほど女子とは呼べないよう……
あぁ! 窓に! 窓に!!
「……で? 何でもう夜とはいえ教師であるはずの千冬姉と、そもそも未成年であるセシリアが酒飲んだんだ? ん?」
一夏は、自分の目の前で畳敷きの床に正座する千冬とセシリアにそう問う……未だに女装させられたままで。
本人としては、すぐさま女装なんぞ止めたかったのだが……
「お待ちください! 織斑様のその美はもはや至宝……その至宝が失われるのをみすみす見逃せと申しされますか!? もとより! 貴方にそれほどまでの至宝を捨て去ると言う権利があるとお思いか!?」
ラウラの猛反発に合い、そんな彼女の主張を無視してきている服などを脱ぎ去ろうとしたら一瞬で拘束されたため、未だに脱げないでいる。
現在も、拘束はとかれたものの、デジカメのフラッシュを何度も光らせているラウラがついでに目を光らせている。
……そもそもお前さんに俺にこの格好を強要させていい権利あるのかよ、と思うのだが、この状態のラウラにはきっと正論をいくら並べても無駄だろう。
あの執事さんもそうだったし。
と言うわけで、未だに一夏は千冬そのものと言う状態だった。
閑話休題。
一夏に問われた二人は、あーだのえーだの歯切れの悪い返事しかしない。
特に、千冬の方がより歯切れが悪い。
そんな様子にため息を一つつくと、一夏は部屋の隅で固まっている三人に振り向く。
「で、どうしてああなった? 説明プリーズ」
「い、イエス、マム!」
一夏の問いかけに真っ先に箒が立ち上がり答え始める。
ちなみに、マムといわれたことで一夏にふたたび精神的ダメージが入ったが、その事実はこの際アザトースの庭に放り込んでおいても問題ない。
内心くずおれている一夏をよそに、箒は何が会ったのかを語り始めた。
※ ※ ※
千冬達に割り振られた部屋。
そこはやけに重苦しい空気に包まれていた。
……いや、重苦しい空気を放っているのはその部屋の中にいる二名のみで、他はいたって平然としている。
そんな二人をちらりと見やり、千冬は口を開いた。
「……まぁ、そう固くなるな。別にとって食いやしない。ただ聞きたいことがあっただけだ……篠ノ之、デュノア」
千冬の言葉に、箒とシャルロットが大きな反応を示す。
ビビり過ぎである。
「……ねぇ千冬さ……織斑先生、なんで私とかセシリアたちも呼ばれたわけ?」
「まぁ、お前達にも関係ある……かもしれん話だしな、ついでに呼んだ……と言うわけで、まずはこいつを飲め」
鈴音の言葉にそう返すと、千冬は全員の目の前に缶を置く。
部屋にいるのは千冬を抜かせば箒、セシリア、鈴音、ラウラ、シャルロットの五人。
そしておかれた缶も五個。
そして千冬の目の前にも一個の缶。
……一体どういった意図があるのだろうか。
誰もが疑問に思いつつ、しかし目の前の存在から放たれるプレッシャーに圧されて缶に手を伸ばす。
……訂正、二人ほどは特にプレッシャーも気にした風が無かった。
とにかく、五人は缶を手に取り、プルタブをあけ、そして中身をあおった。
それを見た千冬が、ニヤリと笑う。
「よし、飲んだな……これでお前等も共犯だ」
「はい?」
千冬はそういうと、自分の目の前に置かれた缶に手を伸ばし、プルタブをあけると、一気に煽る。
缶を良く見ると……ビールだった。
「……っておい! 教師!!?」
思わず鈴音が突っ込みを入れる。
余りにも堂々と飲んだため、一瞬反応が遅れてしまったが、さすがに見過ごすことは出来ない。
なにせ、自分達はただ旅行に来ているのではなく、あくまで学校の行事の一環としてこの場にいるのだから。
「素面では聞けん話だからな、余り気にするな」
「まさか自分がお酒飲みたいが為に僕達にジュースを……?」
と言うか、何でこの教師臨海学校に酒なんぞ持ち込んでいるのだろうか?
永遠の、そして絶対追求してはいけない謎である。
ビールを半分程度飲んだ千冬は。やや赤くなった顔で目の前の生徒達に向き直る。
「……さて、程よく酔いが回ったところでお前達に聞きたいことがある……うちの弟のどこに惹かれたんだ? ん?」
「は、はぁ……?」
千冬からの質問に思わず気の抜けた返事をする箒たち。
……え、何? その程度の質問するために酒の力って必要なの?
思わずそんな考えが頭をよぎる。
「……『そんな質問するために酒の力借りるなよ』と言いたそうな顔だな、お前等」
「気のせいですね、ええ、気のせいです」
ここで否定しなければ血を見る。
誰もがそう確信していた。
が、よく考えれば間違ってないのかもしれない。
なにせ、あの千冬が色恋沙汰関係の話をしているのだし。
「いやいや、確かに一夏は家事も出来る、気配りもそこそこできるほうだ。見てくれも悪くない……あれ? 自分で振っといてあれだが、惹かれない要素なくないか?」
織斑先生、頭に完全にお酒が回って……
とは誰も言わない。
言ったら明日の朝日は拝めないだろうし。
そもそも、普段の千冬だったら心で思っただけでもアウトだったりする。
じゃあ何で今セーフか?
皆が思ったとおり、頭にアルコール回っちゃってるから。
ちなみにこの千冬、酒は好きだがそれほど強いわけではなかったりする。
さすがに我を完全に忘れるほど弱いわけではないが……
「で、どうなんだ? ん? んん?」
最早完全に絡み酒である。
とにかく、ここで無言でいても状況は好転しないわけで、箒たちはぼそぼそと呟くように口を開き始めた。
「えっと、私は……昔、小学校の頃、助けてもらって……その時の一夏に、はい」
「……ふむ、普通にラブでコメるような展開だな、つまらん」
「そんな!?」
自分から語れといってきたくせに、いざ語ったらこの扱い。
あまりにあんまりな扱いにさすがの箒もショックは大きい。
部屋の隅でしくしくと体育すわりで泣き始める箒をよそに、千冬の視線が次に捕らえたのは……鈴音。
「で、凰はどうなんだ?」
「私ですか? まぁ、私も箒と似たり寄ったりですね……振られましたけどね」
「ほう? うちの一夏にまさか女を振る度胸があったとはな」
「えっと……また会えるかわからない、でも大好きな人がいるからって振られましたね。というか、一夏の奴告白されるたびにそうやって振ってますよ。ざっと10人は切り捨ててます」
「えぇ!?」
鈴音の続けた言葉に大きな反応を示したのは……シャルロット。
当然、千冬がこの不自然なタイミングで大きな反応を示したシャルロットを見逃すわけも無い。
「ふむ? なぜデュノアはそこまで大きな反応を示したんだ? さぁ、きりきり吐け。楽になれるぞ? ん?」
「う、うぅ……」
シャルロットは何とか黙秘を貫こうとするが、千冬の無言のまなざしに、あっという間に陥落。
「えっと、その、僕性別偽って入学してきたじゃないですか。その一件で一夏に助けられたと言うか、助けてもらえるきっかけを作ってもらったというか……それで、その……」
「ふむ、それで惚れたのはいいが、鈴音の一夏に好きな人がいる発言に絶望したと」
「ちょっ!? せっかくぼやかしてたのに!!」
思わず千冬相手だという事も忘れて突っ込むシャルロット。
が、叫んだ後しばらく考え込み、こういった。
「……でも、略奪愛って言うのも……アリ?」
「「ないない」」
鈴音とラウラが思わず手を横に振りつつシャルロットに言い放つ。
まさかこの穏やかそうな少女が略奪愛などと言う言葉を使うとは……
そして鈴音は部屋を見回す。
箒は部屋の隅で体育座り、シャルロットは腹黒化、千冬は酔っ払い普段の姿など見る影も無し。
ここに来て、ついにカオスが飽和した。
誰かこいつ等を止めろ! と言う声がどこから聞こえてきそうだ。
鈴音はため息をつくと、このカオスを何とかしようと口を開く……
「おだまりなさいな、あなたたち」
今まで無言を貫いていたセシリアが手にしていた空き缶を畳敷きの床に叩きつけるように置き、そう言い放った。
「さきほどからきいていればこいばななどとつまらぬはなしばかり……すこしは芸をしてたのしませようなどというひとはいないのですか!?」
が、なんかおかしい。
言葉がやけにふわついているというかなんと言うか。
よく見るとなんだか体も左右にゆらゆら揺れている……?
やがて、あっちへふらふらこっちへふらふらとゆれていた視線が固定される。
……箒たちがいる場所へと。
「……と、言うわけで……あなたたち、ここで芸をなさい」
「げ、芸?」
いきなり言われても……
箒たちは互いに目を合わせる。
--どうする?
--いや、どうするって聞かれてもね
--でもやらないとなんかまずそうだよ
「あぁ、それと、つまらなかったら……」
「つまらなかったら……?」
「……うふふふふふふ」
(((何されるか明言しない辺りが怖い!!)))
というか、いつも凛としたお嬢様な彼女がなぜこんなにおかしいのだろうか?
その原因は一体……
周囲をそれとなく見渡すと、原因はセシリアの手の中にあった。
セシリアの持っている缶。
それには飛沫を上げるオレンジが描かれており、一見普通のオレンジジュースが入っている用に見える。
が、その缶の隅に、それほど大きくなく、かと言って目立たないほど小さくもなく、こうかかれていた。
……お酒、と。
「……未成年飲酒ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
鈴音の突っ込みが響きわたった。
※ ※ ※
箒の話を聞いて、思わず一夏は天井を見上げ、眉間をもむ。
そしてしばらく眉間をもみ続け、顔を真正面に戻すと……
「千冬姉、向こう一ヶ月酒禁止な?」
「殺生な!?」
「ドやかましい! よりにもよって学校の行事に酒を持ち込むんじゃありません!! そしてセシリアもなんで酒を飲む!?」
「えっと、織斑先生がお酒を持ってくるとは思いませんでしたし、だとしてもまさかお酒を渡してくるなどとはさすがの私も予想外と言うか……」
「……まさか、学校の行事とはいえ……海に来たから、浮かれてたな?」
「うぐぅ!?」
一夏に図星を言い当てられ思わず言葉に詰まるセシリア。
「うぅ……し、仕方ないじゃありませんか! 海なんてそうそう赴ける機会なんてありませんでしたし! 今も昔も平時はやれ書類それ書類! 書類書類書類! サインサインサイン!! 私は書類処理機じゃありませんわ!!」
しかも覇道瑠璃だった頃もそうだし、今もそうなのだ。
そりゃ鬱憤もたまるし、いくら精神年齢が100越えてても海への遠出に浮かれたくもなる。
この言葉に、さすがの一夏も哀れみの視線を向ける。
「あぁ! やめてくださいませ! 今の姿の一夏さんからのそんな視線は普段より余計にきついですわ!!」
何度も言うが、未だに一夏の外見は『なんかやさしそうな千冬』である。
美人、美少女からのそういう視線はダメージが大きいと言う理屈がここで適用された。
やがて、一夏はため息をつく。
「……まぁ、もういいか。とりあえず千冬姉の一ヶ月酒断ちは決定事項として、酒持ち込んだり飲んだりしたことばれないようにな?」
そう正座をしている二人に言うと、一夏は部屋の置くにある自分の荷物から着替えと、女装させられる前に着ていた浴衣を持ち、部屋の外へと向かう。
「一夏、どこへ?」
「どこって温泉。せっかく来たんだから温泉ぐらい入りたいし」
それに、男湯と言う自分以外入ってこれない場所で女装解きたいし。
「くぅ! さすがに男湯に逃げだれたらどうしようもない……! 申し訳ありません義姉さん、私はこの世界から至上の美が一つ失われることを阻止できそうにありません……」
「……なにがラウラをそこまで駆り立てるんだよ」
思わず、先ほどよりも深いため息が出てきた一夏だった。
※ ※ ※
「ふいー、ようやく戻れた……ったく、あのメイド衆みたいに人をおもちゃにしやがってあいつらは……」
頭にかぶせられたかつらをとり、薄く施されていた化粧を落としてようやく人心地ついた一夏は露天風呂に浸かり、月を見上げていた。
「……しっかし、あの時もこんなふうに温泉に浸かってたっけな」
そしてしばらくの後にあの女が入ってきて、しばらく後に出て行って、それと入れ替わるように……
「……アル……」
何かに期待するように露天風呂の入り口をみやる。
当然、それをあける存在は……いない。
「…………」
ふと、一夏の脳裏に最も考えたくない考えがよぎる。
……この世界に、アルはいないのではないのか?
いままでアルでは無いかと感じていたあの感覚は、自分の錯覚なのでは無いか?
だから……自分は、もうアルに会えないのではないか……?
一夏はそんな考えを振り払うように湯船の湯を掬い、顔に叩きつけるようにして顔を洗う。
そして、再び無言で空を見上げた。
--空には、ただただ、月が怪しく輝いていた。
今回のあとがきは作者がブリュンヒルデと財閥総帥に始末されたため、お休みとさせていただきます。